第113話 ヴェルティーソ高等学園 呪い
キュレネが学校で、知らない男性から手紙を受け取っていた。
……もしかして、ラブレター? とちょっと邪推しつつも、気になって仕方がない。
でも、妙に聞きにくい。けど、聞く。
「それ、なに?」
「これ? 呪いを研究してるアルベロ先生に面会を申し込んでたの。
私の故郷――ゴルフェ島の呪いについて、何かわかるかと思って。それで、先生の助手の人が返事を持ってきてくれたの」
……全然ラブレターとかじゃなかった。
呪いねぇ。頭の中の人は「呪いは無い」って言ってたけど、研究者の見解ってどんななんだろう。
「ねえ、それっていつ? 私も同席していい?」
「ちょっと待ってね」
キュレネは手紙の封を開けて、中を確認する。
「えーっと……明日の放課後だって。大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、明日ムートも入れて、3人で行きましょう」
放課後、私たちはアルベロ先生の研究室を訪れた。
従者がすっと扉を開けてくれる。
「面会を予約していたキュレネです」
キュレネが書面を差し出す。
「はい、お伺いしております」
私たちは中へ案内され、ソファに腰を下ろす。
すると部屋の奥から、中肉中背で無精ひげを生やした四十代くらいの男性が現れた。
「おお、待っていたぞ。噂の三人組か。なるほど、確かに只者ではないな。
例の呪いの件だが、適任者がいるので一人呼んでおいた。少し待ってくれ」
彼はキュレネをちらりと見て、にやりと笑う。
「それにしても……オリトルソル皇帝の肖像画によく似ている。
皆が“皇女様”と噂するのも、頷けるというものだ」
「それ、地味に困るんですけど……」
「はっはっは。まあ、世の中には良からぬ輩もいる。十分注意することだな」
すると、扉がノックされた。
「トントン」
入ってきたのは――なんと、アコルト学園長だった。
「おう、すまん。少し遅れてしまったのう」
「どうぞこちらへ」
アルベロ先生の隣に腰を下ろした学園長が、私たちと向かい合う形になる。
そして、キュレネを見る。
「……ほう。噂に違わぬ気配だ。
とくに、そなた――本当に皇帝によく似ておる。
わしはかつて帝国に仕えておったゆえ、何人もの皇族と顔を合わせたことがあるが……
そなたは“最後の皇帝”と、特に雰囲気が似ておるのう」
少し遠くを見るような目になる。
「あの時、帝国を守りきれなかったこと……いまも悔やまれる。
ゆえに、皇族に会うと、どうしても申し訳ない気持ちがよみがえるのじゃ」
さすがはエルフ。長寿だから旧帝国のことも知っているんだ。
「もう五十年も前の話ですし、私は帝国のことを知っているわけでもありませんから……
どうか、お気になさらないでください」
「……そうか。そう言ってくれると、少し肩の荷が下りるようじゃ」
学園長はゆっくりと微笑み、今度はムート、そして私の顔を順に見ていく。
その視線が私に来たとき――ふと、動きが止まった。
「……まさか。あなた様は……」
ん? なんか感づかれたっぽい。
さすがに“神様バレ”はしてないと思うけど……。
「キュレネたちと、冒険者仲間をしています」
とりあえず、ありきたりな説明で誤魔化す。
「……そうでございますか。なるほど。
今年の社会人コースに、とんでもない三人が入ってきたと話には聞いておりましたが――納得でございます」
ん? 言葉遣い、変わったよね……?
なんか、“こちら側”への敬意を感じるんだけど……。
「それでは、本題に入りましょう。ゴルフェ島の呪いの件じゃな?」
「はい」
「――あれは、“呪い”ではないのじゃ」
その一言に、キュレネとムートが驚き、目を見開く。
私も息を呑む。やっぱり、呪いは存在しない……?
だが、アルベロ先生が口を挟む。
「学園長、それは極秘事項では……?」
「この方たちには、秘密にせんでよいのじゃ」
アコルト学園長は穏やかに首を振り、続ける。
「あれは、“禁呪”を利用した封印魔法じゃ。帝国が苦肉の策で施した、魔王を封じる強力な結界を維持するための術式……
その力を維持するため、強制的に人々から魔力を奪っておるのじゃ」
「……つまり、島民たちの体調不良は、魔王の影響ではなく、封印を維持するための“代償”だと?」
「その通りじゃ」
学園長の目が細くなる。
「島の範囲内にいる人は魔力パターンを取得され、一度登録されれば、以後どこにいても魔力は奪われ続ける。
しかも島から離れると、その分エネルギーの転送コストも上がるため、さらに多くの魔力を搾取される。
まさに、逃れることのできぬ“悪魔の術式”よ」
「……!」
「しかも術式は不完全ゆえ、副作用も多いじゃろう。
だが――あれを止めれば、魔王が目覚める。
帝国ですら封印が精一杯だった相手に、今の諸国が勝てるとは思えん」
キュレネが、怒りと悲しみが入り混じったような表情を浮かべた。
「……私たちの仲間が、“封印のための生け贄”にされていたということですか……
しかも、島の人口は減り続け、いずれ封印は持たなくなる……」
「うむ。その負担を補うため、トゥリスカーロ王が島に刑務所を設置し、人を送り込もうとしておるという話もある」
「……その噂、私も聞いたことがあります。まさか、そういう“裏”があったとは……」
キュレネは思い出したように、ポーチの中からアミュレットを取り出した。
「それと、もうひとつ。このアミュレットを持っていると、魔力を奪われません。このこと、ご存じですか?」
アコルト学園長がそれを見て、頷く。
「ああ、それか。確か、封印魔法とセットで開発された“対策用の魔導具”じゃな。
封印を施す魔導士が、自らの魔力まで喰われぬようにするためのもの。
じゃが……帝国崩壊とともに、他のアミュレットも、その資料も失われてしまった」
「……このアミュレットと同じものは、作れませんか?」
「封印魔法に用いられた“魔導具”の詳細が不明なうちは、再現は不可能じゃろうな」
キュレネが苦い顔をする。
「人を増やせたとしても、魔力搾取から完全に解放されるわけじゃない……
結局、魔王に勝てるだけの戦力を整えなければ……」
キュレネには、いずれ“エレメンタルマスター”になってもらうつもり。
だから、魔王を倒す未来がまったく見えないわけじゃないけど……今の時点で私の口からは言えない。
そんな中、学園長が口を開く。
「……今は、何ができるかも分からず、焦りもあるじゃろう。
じゃが、せっかくこの学園におるのじゃ。知らぬことを学び、考える時間はある。
それを無駄にせんことじゃ」
「……ありがとうございます。そうですね、焦っても仕方ない……
自分に何ができるか、よく考えてみます」
――こうして、私たちの面会は静かに終わりを迎えた。
家に帰るなり、キュレネが真っすぐ私を見つめてきた。
「ねぇ、ティア。……仮に、あなたが魔王と戦ったら、勝てると思う?」
――なるほど。
魔王のせいだと思っていたことが、実は人為的だった。
ならば、どうにかしたい。そんな焦りと怒りが、彼女を突き動かしてる。
でも、ここで「勝てる」と即答するのは違う。
私はゆっくりと息を吸ってから、答えた。
「……魔王と戦う以前に、まず“封印を解く”という行為そのものが、世界中から強く反対されるのは目に見えているわ。
残念だけど、現状――ゴルフェ島の住民以外は、誰も困っていない。
むしろ、魔王は“封印されている限り無害”という認識のまま。
そんな中で封印を破れば、“世界を危険にさらす存在”として、私たちは各国から敵視される可能性もある」
キュレネが口をつぐむ。
私は続けた。
「もし各国の反対を無視して封印を破り魔王を倒せたとしても、それは“やらなくてもよかったことをリスクを犯してまでやった”と非難されかねない。今の段階では、リスクが大きすぎるわ」
彼女の眉が、悔しさにわずかに震えている。
「でも、いずれ必ず“その時”は来る。
その時までに、力を蓄えて備えましょう。……その時が来たら、私も全力で協力するから」
しばし沈黙が流れる。
キュレネが、強く言い返してきた。
「その“その時”って、いつよ!」
でも、キュレネは今、自分の無力さに苛立っているのだろう。
だから私は、はっきりと言った。
「――2年以内よ」
瞬間、キュレネの表情がぴたりと止まる。
「……えっ? ちょっと待って。なんで、そんな具体的な返事が返ってくるの?」
たぶん彼女は、ただ吐き出したかっただけ。
なのに、思いがけず返ってきた明確な“未来予告”に、思考が追いついていない。
私は少し微笑んで、自信ありげに言った。
「ごめん。今はまだ言えない。でも、必ず“その時”は訪れるから」
キュレネはしばらく私を見つめたあと、静かに頷いた。
「……わかった」
完全には信じてない顔だ。
でも――少なくとも、焦燥感は和らいだように見える。
それだけでも、今は充分だ。
..…とはいえ、魔王の先には“さらに大きな危機”が待ってる。
もちろんこれも今は言えない。