第112話 ヴェルティーソ高等学園 王女
次の休みの日、私たちは学校から冒険者ギルドへ向かっていた。
空は少し曇っていて、今にも雨が降り出しそうな気配がある。
一緒にいるのは、礼儀作法初級クラスのルイーズ、クロエ、そしてキアラ。
キアラはシャーランの授業は取っていないので前回はいなかったけれど、魔石学の授業は受けているため、魔石は必要らしい。
冒険者ギルドは南地区の中心街――この街でもっとも賑わっている場所にある。
歩きながらルイーズが不安そうに言った。
「ちょっと、冒険者ギルドって怖いよねぇ……」
「まあ、場所によってはガラの悪い人も多いけど、ここは学生への手出し厳禁って徹底されてるから大丈夫よ。私にすらそう注意してくるくらいだし」
「そうなんだ。じゃあ安心だね」
冒険者ギルドに入ると、最初こそ少し注目されたけれど、すぐに興味を失ったのか皆あっさりと視線を逸らした。
問題なく受付までたどり着くと、前にも挨拶した受付嬢――フューメさんが対応してくれた。
「ティア様、本日はどのようなご用件でございますか?」
私のこと、覚えてくれてる……? すごいな、この人。
「今日は私じゃなくて、この子たちの案内役なの」
「承知いたしました。では、皆様のご用件は?」
ルイーズが前に出て答える。
「あまり一般的ではない魔石を六つ、ほしいんですけど」
「かしこまりました。それでは、詳しくお伺いいたしますので、別室へご案内いたします」
案内されたのは、思っていたよりもずっと豪華な応接室だった。
しばらく待っていると、ドアが開いて一人の男性職員が入ってくる。
この人も前に挨拶に来たときに会ったセントロさんだ。
「ようこそ、ティア様。お越しいただき光栄です。本日は魔石をご所望とのことで」
ん? なんだか私に対する態度が妙に丁寧すぎる気がする。
……いや、ここにいる学生は皆ある程度身分があるし、そういう対応なのかもしれない。
「今日は、こちらの子たちの用件だから。要望を聞いてあげて」
「承知しました」
セントロさんは相変わらず丁寧な対応で、皆の希望に合った魔石を無事に手配してくれた。
「ありがとうございました」
ルイーズたちが礼を言うと、セントロさんは最後まで腰を低く保ったままだった。
「こちらこそ、ご利用いただきありがとうございました」
私たちはそのまま冒険者ギルドを後にした。
キアラが突然、
「スイーツが食べたい」
と言い出した。
「いいね。そうしましょう」
というわけで、キアラが先輩に教えてもらったというスイーツ店へ向かう。
それぞれ、お茶とお菓子を注文する。
「さっきの冒険者ギルド、すごく丁寧だったわね。あれって、ティアのおかげでしょ?」
「えっ?そんなことないと思うけど」
「絶対、ティアの顔色うかがってたよ。ティアって何者? 偉い人なの?」
出た、時々聞かれるやつだ。
「一応、高ランクの冒険者だけど、偉いってほどじゃないよ。平民だし」
「そう? でも平民の冒険者がうちの学園に来るなんて、あり得る?」
うん、それはその通り。でも正面からそうだとも言いづらい。
「だよね、普通は来ないよね。じゃあ、"普通じゃない冒険者"ってことで」
「……わかった。そういうことにしておく」
それ以上は聞かない方がいいと感じたのか、話題を引いてくれた。
……魔人やドラゴンを倒してるし、ギルドが特別扱いするのも無理はないか。
それに精霊教会からは聖女の肩書ももらっているので本当にかなり偉かったりするんだよね。まだ一般には公表してないから今回のはそのせいじゃないけど。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか話題は生徒会の話になっていた。
この学園にもやっぱり生徒会はあるらしい。社会人コースだと縁がなさそうだけど。
ルーカス生徒会長がかっこいいとか、ベアトリーチェ副会長が素敵だとかで盛り上がっている。
私も、学園の主要人物ぐらいは把握しておこうかな。
店を出てしばらく歩いていると、突然の大雨に見舞われた。
曇ってはいたけど、まさかこんなに急に降ってくるなんて。
とりあえず近くの店のひさしに避難する。……さて、どうしようか。
念のためサーバーを経由して天気の予測をすると、このあと風も強まるらしい。
雨が止むのはおよそ3時間後とのこと。
そんな状況なら、馬車を呼ぼう。
私の護衛担当ゴーレム、クルールに通信を入れる。
「馬車で迎えに来て。友達三人一緒だから、全部で四人いるわ」
「そのような事態を想定し、すでに待機しておりました」
……おいおい。
それから5分もしないうちに、私たちの目の前に馬車が現れた。
いったいどこで待機してたんだろう。
御者席から、若い女騎士の姿をしたクルールが下りてくる。
「ティア様、お待たせいたしました」
「これ、うちの馬車なの。雨はしばらく止みそうにないから、よかったらうちに来ない?」
「えっ、いいの?」
「うん。じゃあ乗って」
皆で馬車に乗り込み、出発。
「えっ、何この馬車? 全然揺れないんだけど?」
「御者席、雨に濡れてない……なんで?」
「ティアの家の馬車、すごくない?」
やっぱり、すごいよね。
幸い、誰も気づいてないけど――この馬車、温度も湿度も完璧に調整されてて、中はとっても快適だ。
「そうなんだ。私、他の馬車ってあまり乗ったことないから、よくわからないんだよね」
そして、家に到着。
「ティア様、おかえりなさいませ」
すっと、メイド長役のムシュマッヘが現れ、4人のメイドに指示を出す。
「ティア様たちの雨汚れをきれいにして差し上げなさい」
「失礼いたします」
そう言って、4人が洗浄魔法をかけてくれる。
濡れた部分の水分もすっかり回収され、あっという間に乾いた状態に。
私は自分の部屋へ、3人を案内する。
「後ほど、お部屋にお飲み物をお持ちします」
皆、テーブルを囲んで腰を下ろす。
「ねえ、ティアって本当に平民?」
「そうだけど」
「……子爵家より豪華」
キアラがぽつりとつぶやく。
「冒険者って、運が良ければ一攫千金も夢じゃないからね」
「へぇ、冒険者ってこんな暮らしもできるんだ」
「まあ、運がよかっただけよ。だから仲間3人でこの屋敷を買ったの」
「仲間って、あの皇女様たちでしょ?なるほどね」
……何が「なるほど」なんだろう。
トントン――
「お茶とお菓子をお持ちしました」
手際よくテーブルに並べていき、
「失礼いたしました」
と一礼して去っていく。
その様子を見ていたクロエが言う。
「ねえ、ティアの使用人たち、所作も礼儀作法もすごくレベル高いんだけど? なんでティアは初級の授業受けてるの?」
ぐはっ……ゴーレムたちに負けてた。そうか、うちにお手本がいたか。でも……。
「礼儀作法を重視してないからよ」
「へぇ」
「私と一緒」
キアラがまた、ぽつりと呟いた。
キョロキョロと部屋を見回していたルイーズが、怪訝そうに口を開く。
「ねえ、この部屋にあるもの、どれも珍しい物ばかりじゃない? このランプとか……アーティファクトだったりしない?」
やっぱり、家の中も普通じゃないのか。
キュレネたちは何も言ってなかったのにな。
……うん、家に招いたのは失敗だったかもしれない。
「そう? 私、そういうのあまり詳しくないの。内装とかは使用人に任せてるから」
「あれ? この絵……うちの国のお姫様じゃない?」
ああ、最初の頃に魔法絵師に描いてもらったやつだ。
「うん、その人、第一王女でインテーネ辺境伯に嫁いだって聞いたけど」
「違うわよ?」
「えっ? 私、そう聞いたんだけど……」
「誰に聞いたの? 確かに似てるけど、これ、第三王女のスピカ様よ」
……え? ウソ? あれ?
そういえばあの情報、スラムにいた、いかにも怪しいおじさんから聞いたんだった。
……情報源って、大事だよね。
「あー……そうか。情報源はちょっと怪しいおじさんだった。間違ってたのか……
でもね、私その人に会ったことないのに、夢に何度も出てきて――助けて、って言ってきたの。だから気になって、魔法絵師に描いてもらって探してたの」
「それって……なんだかミステリアスね。
確かに第三王女の立場はあまり良くないのだけど……もしかして、運命的なつながりとかあるのかも……」
ルイーズの目がキラキラしてる。完全に食いついてきた感じ。
「ねえ、そのスピカ第三王女に会えないかな?」
「うーん、簡単じゃなさそうだけど……
そうだ、2年生に、うちの商会と付き合いのある伯爵家の令嬢がいるから、その子に相談してみるわ」
「ありがとう! 頼むね!」
思わぬところから、思わぬ朗報が飛び込んできた。
精霊システムの崩壊危機を知った今となっては第三王女が私を呼んだ理由は重要ではないのだけど、クヴァーロン王国・セロプスコの転移装置は私が元の世界に帰るカギになる。
私の話を聞いてくれそうな第三王女には、ぜひ接触しておきたい。