第111話 ヴェルティーソ高等学園 決闘
しばらく月日が経ったある日の授業終了後。何やら周囲が騒がしい。
「決闘やるってよ」
そんな声が耳に入ってきた。
同じ授業を受けていたルイーズ、クロエ、キアラと一緒に、決闘が行われるという闘技場へ向かう。
「生徒会のメンバーが出払ってるときに決闘なんて……」
慌ただしく動いている人が、ぶつぶつ文句を言いながら決闘の調整をしているようだった。
その後、扉から決闘の出場者が現れる。
「……うそ、キュレネとムートじゃない!」
「知り合い?」
ルイーズから確認された。
「うん、冒険者仲間よ」
「えっ、あれって噂の皇女様たちじゃない?」
クロエが驚いたように言う。
「そんなに有名なの?」
「ええ、私の耳に入るくらいには、一年生の間で人気みたいよ」
他人にあまり関心のなさそうなクロエですら知っているということは、それなりに注目されているのだろう。
向かい側の扉から、今度は決闘の相手となる3人が登場する。
それを見たキアラが眉を上げた。
「あれ、二年生の中でもけっこう強い人たちじゃない? ティアの仲間、大丈夫?」
キアラはこの中で唯一、上級の武術と魔法の授業を取っているので、そのあたりの情報には詳しそうだ。
「うん、大丈夫。むしろ相手のほうがかわいそうになるくらいよ」
私でもはっきり分かるほど、キュレネやムートとの実力差は歴然だった。
「……えっ、そうなの?」
「うん。見てればわかるわ」
「始め!」
合図とともに、決闘が始まった。
ああ、キュレネ、あのハルバードで戦うんだ……。相手の盾の人、かわいそうに。
そう思った直後――キュレネの一撃が相手の盾を粉砕し、そのまま無力化する。
観客席から歓声が上がる。
ムートも剣の腹で鮮やかに相手を叩き、一瞬で無力化した。
またしても見学者から歓声が沸き起こる。
最後に残った一人は、距離を取って構えていたが――
「メガフラッシュ!」
キュレネの雷撃魔法が炸裂し、あっけなく戦闘不能に。
闘技場には、割れんばかりの大歓声が響き渡った。
その後、キュレネとムートは、そのまま何事もなかったかのように引き上げていった。
「すごい、あれが皇女様か――」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
あんなに派手にやって……大丈夫なのかしら?
「ティアのお仲間、強いのね。あなたも強いの?」
「まあ、それなりにね」
「そういえばティアって、武術も魔法も授業取ってないよね?」
「うん。もうこれ以上強くならなくてもいいかなって思って」
「なにそれ、その若さで何か悟っちゃった感じ?」
「そんなことないってば」
今の時点で誰よりも強いなんて、さすがに言えない。
家に帰ってから、キュレネとムートに話をする。
「ちょっと、あの決闘は何だったの?」
「ああ、ちょっと目立ってたから、難癖つけられただけよ」
「でも、あんな派手にやって大丈夫なの? 前に“やりすぎた”とか言ってたじゃない」
「ん?それは子供の頃の話。あの時は、周りの子たちに勝っても『ちょっと優秀な子』って評価だったけど、ここでは違うわ。世界に通用するような人に勝つことになるから認めてくれる人も多いのよ」
「でも、あの相手ってそこまで強い人じゃなかったんじゃ……?」
「確かにトップクラスってわけじゃないけど、それなりに上位にはいる人たちよ。
ティアには分かりにくいかもしれないけど、私たち二人って――かなり強いの」
そういえば、この二人以外にAランクの魔物をまともに倒せそうな人って、見かけた記憶がないかも。
「なるほどね。……でも、人気が出るとそれはそれで大変そうだね」
「うん、まあね。味方になってくれる人も増えるけど、敵も増えるから。そのへんは、うまくやるつもりよ」
うまくやれる自信があるのならまあいいか……。
しばらくは何事もなく、平和な日々が続いていた。
そんなある日の放課後、廊下を歩いていると、壁の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「じゃあ、決闘よ」
あの声……クロエ? あの子、戦えるの?
この学園、決闘ってそんなに頻繁にあるのかしら。
気になって教室を覗くと、クロエとルイーズが男子生徒3人と何やら揉めている様子だった。
ルイーズがこちらに気がつき、手招きしてくる。
「ティア、いいところに来た。あなた強い?」
「まあ、それなりに強いと思うけど……」
「自分で強いって言うってことは、かなり強いってことよね。じゃあこの3人で勝負よ」
……いきなり巻き込まれた。
すると、対面式のテーブルにチェスのようなボードが並べられていく。
何これ?ゲーム?
「なにこれ?」
「なにこれって、何が?」
「このボードゲームっぽいやつ」
「シャーランだけど……。あなた強いって言わなかった?」
「えっ、このゲームで勝負なの? ごめん、勘違いしてた。やり方、全然知らない……」
「えー、ここシャーランの対局室なんだからシャーランに決まってるでしょ」
言われてみれば、部屋にそう書いてあった気がする。
「今さら中止はないからな」
男子生徒が釘を刺してくる。
ぐぅ……。
「とりあえず、ルール教えて」
そう言うと、ボードと一緒に保管されていたルールブックのような薄い冊子を渡された。
「一応、このスタンダードルールね。見ながらプレイしてもいいけど……今さらどうしようもないわね。いきなり巻き込んだ私も悪いし、気にしないで」
「始めるぞ」
そう言われ、3つのテーブルに分かれる。
とりあえず駒を初期配置に並べていく。
「早くしろ!」
相手から容赦ない催促が飛ぶ。
クロエとその相手はすでに白熱モードに突入していた。
「これより先、しゃべるとアドバイスと見なす。した方も聞いた方も負けとする」
「はじめ!」
相手が一手目を打ち、対局時計のスイッチを押す。
こちらの時間カウントが始まった。
ルールを確認しつつ、攻略法はサーバー側に考えてもらう。
せっかくなので、他の人の動きや打ち方も観察し、動作の癖などを学習する。
焦れた相手が苛立ちを隠さなくなるが、こちらはまだ動かない。
開始から10分ほどで、サーバーから準備完了の通知が来た。
よし、そろそろ始めるか。
無駄のない、美しい動きで1手目を打つ。
その後、十数手をノータイムで進める。
勝ち筋がほぼ固まったところで、ふと思う。
……これ、何のための勝負だったんだろう?
今さらだけど......。
私の勝敗が全体の勝負に関係ないなら、このまま終わってもいいんだけど......。
少し様子を見よう。
残る二人が両方勝つか、両方負けるなら私の結果は関係ないから都合がよいのだけど。
無駄な手を織り交ぜて、終局を引き延ばす。
そうしているうちに、ルイーズが負けた。
彼女がクロエのボードを見から、次にこちらのボードをじっくりと観察してくる。
ちょっとやりにくい……。
さらにしばらくして、クロエが勝利。
彼女たちもこちらに集まってきた。
……くぅ、これで1対1だ。私の勝敗で勝負が決まっちゃうのか。
仕方ない、ここは必殺技を使うしかない。
――よし。
引き分け。
対戦相手が睨んでくる。
「お前、手を抜いただろ」
やっぱりバレてたか。
「いえ、私の好きなように打っただけよ」
ルイーズが笑いながら言う。
「ティア、本当は強いじゃない。びっくりさせないでよ」
「それなりに強いって最初に言ったでしょ。……まあ、勘違いだったけど」
納得できない様子の対戦相手が詰め寄ってくる。
「なんであんな打ち方した!」
「わけも分からず勝負に巻き込まれたからね。何が賭けられているかも知らなかったし。振り出しに戻させてもらったわ。私を巻き込んだバツね 」
皆の顔を見回しながら言い放つと、場が一瞬静まり返り、少し引き気味の空気になる。
だが、ルイーズがすぐに笑い出す。
「ははは、ごめんごめん。ティア、面白いわね。この勝負、大したことないのよ。魔石学の授業で使う魔石を、負けた方が冒険者ギルドに調達しに行くってだけの話だったの。で、クロエの対戦相手が去年のアンダー14の大会決勝の相手らしくて、ついでにリベンジしたかったらしいの」
「なんだ、そんな理由だったのか……。先に言ってよ」
「ほんとごめんってば」
「ねえ、冒険者ギルドなら私が案内しようか?」
「そうだ、ティア冒険者だったね。じゃあ次の休みにお願い。あんたたちの分も持ってくるわ」
「悪い、頼んだ!」
するとクロエが少し不思議そうな顔で聞いてくる。
「ねえ、ティア。冒険者もシャーランやるの?」
「いや、やらないわよ。なんで?」
「最後の方しか見てなかったけど、相手を翻弄してるように見えたから。普段からやりこんでるのかと思って」
「たまたまよ。それに相手も、そんなに強いわけじゃないんでしょ?」
クロエがポツリとつぶやく。
「……あなたの対戦相手、去年のアンダー14で10位だったんだけど」
――あれ、ミスったかな...... 。