第110話 ヴェルティーソ高等学園 授業
今日から学校が始まる。
朝、馬車に乗って学園へ向かう。
乗ってすぐに違和感を覚えた。
……なにこれ? すごく快適なんだけど?
揺れも少なく、車内の空気も快適そのもの。
頭の中の人が教えてくれるには、馬はゴーレム製で、馬車の方も高性能。揺れ防止機構や空調までついているらしい。
いやいや、マズくない? これ完全に目立つやつじゃない?
ちょっと焦って頭の中にツッコむと、
「あなた様がお金も渡さずに“手配しろ”とおっしゃったのでこうなったのです」と返された。
もしかして、ハイヒューマン仕様?家も“普通”じゃなかったりするのかな……?
少し不安になりつつも、周囲の馬車を見てみると、外見的にはうちのより豪華そうなものもちらほら。
「ま、見た目だけなら大丈夫かな」と、自分を納得させる。
学校に到着すると、まずは入学式。
大きな劇場のようなホールへと案内される。舞台も椅子も豪華で、高級感のある空間だ。
入学者はおよそ200人ほど。
世界最高峰の学園と聞いていたので、意外と少ないと感じる。
最初に登壇したのは、学園長。
登場したのは、なんとエルフの男性だった。
エルフってそんなに見かける存在じゃない。クラン・エフシーにいたエルヴィンさん以来、二人目だ。
名前はアコルト・ピエディ。
――あれ? どこかで聞いたことあると思ったら、キュレネが護衛依頼のときにもらっていた『魔法理論の極意』の著者だ。
なるほど、世界最高峰の学園の学園長が書いた本だったのか。
その後は、新入生代表と在校生代表のあいさつ。
同じ制服を着ているはずなのに、明らかに“身分が違う”とわかるようなオーラをまとった人たちが壇上に立っていた。
最後に教師の紹介があり、解散後クラスへ分かれていった。
社会人コースの人たちは、一般の学生とは別に集められた。
どうやらこのコースはあまり人気がないようで、私たちを含めて8人しかいない。
他の人たちは見たところ20代後半から30代前半といった感じ。
一度社会に出てから学び直しをする人達だ。
説明によると、社会人コースの学生は特定のクラスには所属せず、履修登録した授業にだけ出る形式らしい。
最初の三週間は、制限のある一部の授業を除いて自由に参加でき、その中から正式に履修する授業を選ぶ――つまり“お試し期間”ってことだ。
この期間に履修登録を済ませる必要がある。
その後、細かい学園のルールについての説明があり、学生証を受け取って本日は解散。
ちなみに、一般の新入生向けには上級生による歓迎会もあるらしいけれど、社会人コースは対象外。
まあ、正直そういうのはちょっと苦手だから、ちょうどよかったかも。
さて、早速履修する授業を考えなければならない。
キュレネやムートは、魔法関連を中心に選ぶだろうし、精霊教会の推薦条件もない。
私はというと、彼女たちが重点を置くであろう魔法の授業を学ぶ必要はないから、必然的に別行動が多くなりそうだ。
冒険者ギルドからは、以下の科目を履修するよう言われている:
• 『礼儀・作法』
• 『組織運営』
精霊教会からの推薦条件としては、神学的な分野に関するもの:
• 『哲学』
• 『科学』
• 『法典』
これらは確定として……あとは自由選択枠をどうするか。
気になっているのは以下の授業。
• 『地理』:私の元いた世界の地理とかなり近い内容みたいで地形、気候、人口、産業等々を学ぶ。
• 『魔物学』:魔物の特徴や生態を学ぶ。冒険者としても実務的に役立ちそう。
• 『魔法体系』:魔力の有無は問わず、魔法を分類し、進化の方向性を考える授業。
• 『神様学』:神々が人に直接干渉した事例を学ぶ、というちょっと興味深い内容。
このあたりは、実際に出てみてから決めようかな。
最初の三週間は自由だし、いくつか受けて雰囲気をつかんでからでも遅くはない。
最初の授業は『礼儀・作法』初級。
比較的小さな教室で、教壇と学生の机の間には、教室の半分ほどの広さのスペースが空けられていた。
――ここで実技っぽいこともやるのかしら?
気になるのは、今この教室にいるのが私一人だということ。
まさか、マンツーマンってことは……ないわよね?
そう思いつつ席について待っていると、やがて扉が開き、二人の女の子が入ってきた。
そのうちの一人、背の低いピンク色のツインテールの子が、私を指さして言った。
「ねえ、私と同じくらいの子がいるじゃない!」
そのまま近づいてくる。
すると、もう一人のパープルのミディアムウェーブ髪の子が、あわてて彼女をたしなめた。
「人を指さすのはやめなさい」
そして追いかけるように私の元へ。
「あなた、昨日の歓迎会にはいなかったわよね?」
ピンク髪の子はぐいぐい距離を詰めてくる。
「私は社会人コースのティアと言います。よろしくね」
「社会人コース???」
「……あっ、ごめんなさい」
と、パープル髪の子が間に入ってきてくれた。
「すみません、私は一年F組のルイーズです。こっちがクロエ。いきなり失礼しました」
「この子ね、昨日の歓迎会で“ちっちゃい”ってからかわれてたの。でも、飛び級で13歳でこの学園に入ったすごい子なのよ。それでティアさんは、何をされてる方なんですか?」
「私は冒険者よ。ちょっと神官もやってるけど」
「ちょっと待ってください……ツッコミどころが多すぎて、どこから突っ込めばいいか……。冒険者がこの学園に通うって、初めて聞きましたよ?」
「知性と気品を兼ね備えた冒険者を目指してるの。今年は私以外にも、すでにこの授業は必要ない冒険者が二人いるわよ」
「ええっ、それなら私も頑張らなきゃ。……ところで、クヴァーロン王国のドゥメール商会って知ってます?」
「いえ、聞いたことないわ」
「そっか、まだ全国区じゃないのね。私、その商会の娘なんだけど、商会の仕事もあって、礼儀作法までは手が回らなかったの」
――ふーん。このパープル髪の子が、あの転移装置のあったクヴァーロン王国の商人関係者か。雇ってもらえれば、お城に入るチャンスがあるかも?
「そちらは?」
「私はドライステーロ王国、オークランス男爵家の養女よ。この学園で科学の知識を学ぶために来たの。礼儀作法は、まあ後回しね」
そこへ、さらに一人、紺色のポニーテールの女の子が入ってきた。
「私はキアラ・メルテンス。実家はロンタクルーソ王国の子爵家よ。よろしく。礼儀作法なんて、面倒よね」
――わりとマイペースな人みたい。
時間になると、ダークブラウンの髪をきっちりまとめた、神経質そうな細身の女性が教室に入ってきた。
背筋をまっすぐに伸ばした美しい姿勢で教壇まで歩き、気品ある所作で私たち学生に視線を向ける。
「私がこの『礼儀作法・初級』を担当します、カピターレです。今回、この初級講座を受講するのは4名だけです。全員そろっているようで何よりです」
彼女は一呼吸おいて、きっぱりと言い切った。
「ここに来た以上、必ずこの講座の単位は取ってもらいます。ただし、きちんと身につけていないと、次の段階で恥をかくのは自分ですから――厳しくいきますよ」
そう前置きした上で、早速授業が始まった。
「まず、礼儀や作法の前に――表情、姿勢、指先の動きなど、細かい部分にも常に気を配ること。これは一朝一夕で身につくものではありませんので、覚悟しておいてください」
と言いながら、すぐに実技に入る。
商会の娘だと言っていたルイーズは、本気そのものの表情で取り組んでいる。
クロエとキアラは、まあそこそこ真面目にやっているといったところ。
私はというと――本気を出せば先生の動きをそのまま解析して完璧にトレースできてしまうけれど、この場では周囲に埋もれる程度にとどめておくことにした。
この『初級』のメンバーは比較的親しみやすく、他の授業でもたびたび顔を合わせることもあって、自然と友人と呼べるような関係になっていった。