第11話 セプバーロ大森林での魔物狩り2
今日は山越えだ。
といっても一つの尾根を越えて、向こう側の谷の様子を見に行く程度の行程。
3時間ほどで到着する見込みだが、登山道があるわけではないため、それなりにハードな道のりになるらしい。
ところが――。
険しい場所では、キュレネが土魔法で簡易的な道を作ってくれたおかげで、ほとんど苦労せずに峠を越えることができた。
「これなら楽勝ね」と思ったのも束の間。
突如、霧が立ちこめ、視界が一気に悪くなる。
その直後、大粒の雨が降り出し、地面は瞬く間にぬかるみ、足を取られるようになった。
さらに、雷まで鳴り始める。
「急いで移動したいところだけど、この雨じゃ、あまり動かないほうがいいかもね。
ティア、木の近くにはいないほうがいいわよ」
大きな木の下で雨宿りしていた私に、キュレネが声をかける。
「雷は高い木に落ちやすいの。そして、落ちた雷は木を伝って周囲の人にも影響を及ぼすから、危ないのよ」
その言葉に、私は慌てて木から離れようとする。
だが、動き出した途端――
足が、地面から飛び出している木の根っこに引っかかった。
転びそうになり、とっさにもう一方の足を前に出して踏ん張る。
次の瞬間――
地面が崩れた。
うそでしょ。
そのまま転倒し、山の斜面を転げ落ちていく。
全然止まらない!
必死に抵抗しようとするものの、なすすべもなく転がり続ける。
そして、地面のふくらみにぶつかった瞬間――
体が宙に投げ出された。
一瞬、重力から解き放たれる感覚。
まずい。
恐怖が背筋を駆け抜ける。
次の瞬間――
何か柔らかいものにぶつかるような感触とともに、勢いを吸収される。
……助かった?
そう思ったのも束の間。
身体がべったりと張り付いて、動けない。
周囲を見回すと、木の幹と幹の間に、粘着質のロープのようなものが張られていた。
なにこれ?
……もしかして、蜘蛛の巣?
嫌な予感しかしないんだけど……。
一息つく間もなく――。
巣の主であるオオグモが、ゆっくりと近づいてくる。
足を広げれば、3~4メートルはあろうかという巨大さ。
その圧倒的な威圧感に、全身がすくみそうになる。
そして――
目の前まで迫った瞬間、オオグモがお尻から大量の糸を吹きつけてきた。
「えっ――」
抵抗する間もなく、一気にぐるぐる巻きにされる。
まずい。まったく身動きが取れない。
やばい、やばい、どうしよう――!
そんな中、ふと――
オオグモと目が合った気がした。
……いや、実際どこを見ているのかは分からない。
何しろ、目がいっぱいあるから。
だが、確かに私を捉えた――そんな気がした。
そして、動けない私を弄ぶかのように、ゆっくりと近づいてくる。
恐怖が倍増する。
オオグモの口には、鋭く光る巨大な牙。
それが、スローモーションのように、ゆっくりと私の首筋へと迫ってきた。
「ギャァァァ――!!」
怖すぎる!!
『誰か助けて!!』
そう思った瞬間――
世界が変わった。
オオグモの動きが、急に遅く見える。
同時に、体の奥底から力がみなぎる感覚。
――この感じ。
――間違いない。
『女神モード』発動!!
女神状態なら、ぐるぐる巻きでも動ける。でも、こんな蜘蛛の巣の上で拳を振るっても、ダメージは半減するはず。
そんなことを考えていると、さっきから鳴り響く雷がふと頭をよぎった。
ぐるぐる巻きの拘束状態から、無理やり右手をオオグモへ向ける。そして、頭に浮かんだ言葉を叫んだ。
「ゴッドサンダー!」
右手から明らかに過剰な雷撃がオオグモを突き抜け天に駆け上がり、巨大な雷鳴を引き起こす。
雷鳴が収まった時には、オオグモの頭は砕け、体がピクリとも動かない。
……やりすぎた。
まさか、ここまでとは。
なんだかカニみたいな、妙に食欲をそそる香りが漂う。
いい匂い……このクモ、食べられるのかな?
いや違う、今はこの糸をなんとかしないと。
窮地は脱したものの、依然として蜘蛛の巣に引っかかり、糸でぐるぐる巻きのままだった。
ゴッドサンダーのおかげで右手だけは動くが、そこから抜け出すのは容易ではなさそうだ。
「ティアー! 無事ー?」
遠くからキュレネの声が聞こえてきた。山の斜面を降りてくる彼女たちの姿が見える。
「無事だけど、身動き取れないから助けてー!」
近づいてきたムートが、ぐるぐる巻きの私と砕け散ったオオグモを見て、「なんだこりゃ?」と驚いた。
糸を外してもらおうとしたが、絡み合っていて簡単には外れない。ナイフで切ろうとしても、びくともしない。
「この糸、かなり丈夫だな……」ムートがつぶやき、試しに火の魔法で糸の端を炙ってみた。
「お、これ火に弱いぞ」そう言ってこちらを見る。
「私も火に弱いんだけど!?」
ムートは苦笑しながら、ナイフを火で炙った。刃が赤く染まると、それを糸に押し当てる。すると、驚くほど簡単に切れた。
服や体を傷つけないように気をつけながら糸を切って慎重に剥がしていく。しかし、べたべたとした粘着成分があちこちに残ってしまった。
「うへー、でろでろだよ……」
「大丈夫よ。洗浄魔法+(プラス)で洗ってあげる。魔物の粘液なんかを落とすために開発された魔法よ」
「ところで、目が真っ赤だけど大丈夫?」
「えっ? 特に何も感じないし、大丈夫じゃないかな?」
そういえば、前に女神モードになった時も「目が赤い」って言われたっけ。
もしかして、女神モードになると目が充血するのかな?
「じゃあ、魔法かけるわよ。」
そう言うと、キュレネはすぐに、洗浄魔法を発動。
粘着成分がついた体もすっかり綺麗になり、一息つくことができた。
「で、何があったの?」
「落ちた先でオオグモの巣に引っかかって、食べられそうになったんだけど……。その時に雷が落ちて助かったの」
さすがに、あんな強力な魔法を自分で使ったなんて言えない。
「さっきの巨大な落雷、ここに落ちたのね。……よく無事だったわね」
キュレネがじっとこちらを見つめる。
「なんか……不思議な雷だったけど……?」
ギクッ。なんか疑われてる?
「ま、無事で何よりね」
キュレネは、深く追及することなく話を終わらせてくれた。
私の無事を確認すると、キュレネとムートはすぐにオオグモの死体へと近寄った。
「こんなオオグモ、見たことないぞ」
「ギルドで言ってた未確認の魔物って、これのことかしら?」
二人は慎重に観察する。
「とりあえず、魔石を回収するか」
ムートが胴体から、魔石を取り出す。
「……結構大きいな。このサイズなら、かなり強力な魔物だったはずだ」
「新種の魔物かもしれないし、参考のために足一本と糸を持ち帰るか。本体はさすがに無理だな」
そう言って、ムートは蜘蛛の足に向かって剣を振り下ろした。
「ガキン!」
「……すごく硬いな」
ムートは関節部分に狙いを変え、足を切り落とした。
「次に遭遇した時は関節を狙うべきか」
「魔法なら、火属性がよさそうよ。殻の内側にもしっかり熱が伝わるわ」
そう言いながら、キュレネは早速小さな火魔法を試していた。
「火魔法なら糸も燃やせるし、戦いやすそうね」
なるほど、初めて遭遇した魔物って、倒した後にもこうやって攻略法を考えるんだ……。
「もう少し谷を探索したかったけど、こんな雨で足場が悪い時に、この魔物に遭遇するのは避けたいわね。急いでギルドに戻って報告しましょう」
帰り道、全長10メートル近い黒毒蛇と遭遇した。このヘビの毒は薬にもなって高値で売れるため、討伐した後、魔石のほかに毒袋も回収した。
このヘビが今回の魔物狩りの最後の獲物となった。
結局、今回の遠征では目標を上回るオーガ14匹の討伐の討伐に加え、ゴブリン、オーク、大イノシシなども仕留めることができた。 かなりいい成果だったと思う。
誤字報告ありがとうございました。