第109話 ヴェルティーソ高等学園 入学準備
入学が決まったので、入寮の手続きをしに行く。
……すると、ちょっと面倒なことが判明した。
この学園の寮は、各国や団体によって運営・管理されており、入寮にはその国や団体からの推薦が必要だという仕組みになっていた。
そして、残念ながら――冒険者ギルドが運営する寮は、この学園には存在しなかった。
まあ、それは当然かもしれない。仕方ない。
もちろん、寮に入らず通学することも可能ではある。ただし、通学者に関してはセキュリティの都合上、「東地区」からの通学しか認められていないとのこと。
東地区――それは、エリーサさんの屋敷がある高級住宅街だ。
……なんとなく、いやな予感がしないでもない。
とはいえ、いつまでもエリーサさんの屋敷に居座るわけにもいかない。
ということで、不動産屋を訪ねてみる。
けれど、やっぱりというか、普通の学生は基本的に寮に入るため、学生向けの物件は存在しなかった。
このあたりで通学を選ぶ学生は、上級貴族や大富豪など――この地区に屋敷を構えられるような“お金持ち”に限られているらしい。
ちなみに、学園の職員でも東地区に住んでいるのはごく一部。住めるのは上級職員のみで、普通の先生たちは別の場所に住んでいるとのこと。
で、今日の時点で空いている賃貸物件はゼロ。案内されたのは「屋敷の購入」だった。
その相場――ざっくり10億サクル。
これまでかなり稼いだとはいえ、所持金は6億台。7億には届かない。そして、この学園の学費は一人あたり6000万サクル。
3人分で1億8000万サクル。
つまり、手元に残るのはおよそ5億。さらにこの学園、何かと追加でお金がかかりそうなので、実際に自由に使える額は4億程度か……。
とてもじゃないが、10億の屋敷は買えない。
というわけで、不動産屋に「もっと安くできないか」とゴネてみたところ――
「……あまりお勧めはできないのですが、ひとつだけ空いている物件があります」
との返答が返ってきた。
「あるんだ」と思ったのも束の間、どうやらその物件――いわゆる“訳アリ物件”で呪われているらしい。
詳細を尋ねる。
「この屋敷を建てた貴族が、ある日突然、正気を失ったような状態で亡くなりまして……。
その後、屋敷を購入した富豪も、まったく同じような最期を迎えたんです。
それ以来、ここは“呪われた屋敷”と呼ばれるようになりまして……。
取り壊しの話もあったのですが、解体を担当した作業員が原因不明の事故に遭ってしまい、今は少し壊れた状態のまま、長らく放置されているのです」
「呪いなら、たぶん俺は平気だ」
ムートがあっさり言い放つ。
「呪いなら、私のアミュレットで防げるかしら」
キュレネもぼそりと呟く。
そういえば、冒険者登録のときに聞いたっけ。
キュレネとムートの故郷・ゴルフェ島では、住民の多くが“魔王の呪い”を受けている――とかなんとか。
そして、彼女たちは「呪いは大丈夫」と言ってたような気がする。
……それにしても、「呪い」か。
――呪いって、何だ?
私の頭の中の人が答えてくれる。
「呪いは実在しません。
原因不明の不幸や現象に、説明がつかないから“呪い”と呼んでいるだけです。
因果関係が明確になれば、それはただの“現象”です」
なるほど、この世界で“呪い”は“魔法みたいに実在するわけではないのか。
「よくわからない不幸」が起きているとき、何かしら都合のいい理由をこじつけてるだけ、ということね。
……となれば、実際にその屋敷を見てみれば、“呪い”と呼ばれているものの正体が見えるかもしれない。
「その家、おいくらですか?」
キュレネが質問する。
「五億サクルで、いかがでしょうか?」
――高い。
とはいえ、交渉次第では手が届くかもしれない。
ということで、まずは実物を見せてもらうことにして、現地へと向かう。
土地は広く、建物も三階建てとかなり大きい。
だが、長年放置されていたのが一目でわかる状態だった。
雑草は生い茂り、木々は好き放題に伸びている。
建物は取り壊しかけの箇所以外にも、ところどころ壁が崩れ、屋根も傷んでいた。
不動産屋の人は「自分は中には入りませんが、見ていただくのは構いません」と言って、敷地の外で待機。
私たち3人だけで敷地の中に入る。
雑草をかき分け、建物の前へ。
取り壊された壁の隙間から中を覗く。
すると、ムートがすぐに反応した。
「この空気……なんか、やばい」
その言葉に、私も一気に警戒を強める。
――頭の中の人が言った。
「微量ですが、麻薬成分を検出しました」
「建物から出たほうがいいわ。麻薬が漂ってるみたい」
そう告げると、私は物陰でゴーレムを召喚する。
呼び出したのは、若い男の姿をしたゴーレム『ギルタブリル』。
初めて使うけど、たまには違うのを使おうと思って、気まぐれで選んでみた。
「この屋敷、麻薬が充満してるみたい。中の状況を詳しく調べてきて」
「かしこまりました」
ギルタブリルは一礼すると、屋敷の中へと静かに入っていった。
キュレネが、やや困ったような表情でつぶやく。
「……仮に“呪い”の正体が分かっても、これだけ大きなお屋敷なら、使用人や警備員が必要になるわね。
その人たちここへ来てくれるかしら。費用もバカにならないし、結構キツいかも」
「全部、私のゴーレムでいいと思うよ」
「えっ、ティアのゴーレムって何体いるの?」
「高性能なのが11体。普通のが……数十体ってとこかな」
本当は戦闘用のが2000体くらいいるけど……“ディバインナイト”がいるって噂になると厄介だから、それはやめておく。
「それだけいれば、問題なさそうね……」
やがて、ギルタブリルが戻ってきた。
「一階と地下に隠し部屋があり、そこで麻薬の製造と保管が行われていたようです。
ただ、管理が非常にずさんで、成分が隙間風などで屋敷全体に広がってしまったようです」
「なるほど、それが“呪い”の正体か。ありがとう、ギルタブリル」
私はギルタブリルを元に戻し、キュレネたちの方を向く。
「――そういうことみたい。元の持ち主、麻薬なんてヤバいものを扱ってたくせに、管理ずさんだったのね……」
「麻薬成分は、私の魔法で浄化できるから大丈夫。……さて、どうする?」
キュレネはしばらく考えたあと、うなずく。
「……じゃあ、ここを買いましょうか。
お金はギリギリだけど、私たちが“無事に住んでいる”って事実ができれば、引き払うときに相場の10億サクルで売れるかもしれない。
そう考えれば、悪くない投資よ」
「じゃあ、決まりね」
不動産屋に戻って交渉を開始。
結局、価格は四億五千万サクルでまとまり、購入が決定した。
手続きの間に私はゴーレムたちを召喚し、屋敷のメンテナンスと麻薬の浄化作業を命じる。
住めるようになるのも、そう遠くはなさそうだ。
私たち三人は、制服の準備のため服屋へ向かった。
この学園の制服は、高級な生地を使った仕立て服で、注文から完成までにそれなりの時間と費用がかかる。
ついでに普段着もここで調達する。
学園に通うのは裕福な家庭の子ばかりなので、私たちもそれなりに見栄えのする服を着ないと浮いてしまうのだ。
制服の採寸と注文を終え、いくつかの用事を済ませてから、新居へ向かった。
到着してまず驚いた。
屋敷の外観は、まるで別の家のように綺麗に整えられていた。
庭の木々は丁寧に剪定され、雑草は一本もなく、代わりに芝生と花壇が美しく並んでいる。
この短時間で……やりすぎじゃない?
そう思ったが、口には出さずに飲み込んだ。
そして中へ入ると――
最初に見たときの印象は古くて汚いというものだったが、今は床も壁も磨き上げられとてもきれい。すでに住める状態だ。
屋敷の管理は、高性能ゴーレムに任せてある。
役割分担もきっちりされていて――
執事役:ウシュムガル
メイド長:ムシュマッヘ
警備長:ギルタブリル
そして、屋敷内の仕事は汎用ゴーレムたちが担当しており、それっぽい組織体制も整っている。
さらに、外出用の護衛として、若い女騎士風のゴーレム『クルール』も新たに召喚した。
その他の高性能ゴーレムたちは、各国で情報収集任務に就かせている。
挨拶回りも完了済みで、すでに近所の住民たちには「呪いは解決済み」「学生が住む予定」だと伝えてあるという。
屋内の整備も終えられておりどこから調達したのか不思議なのだが、ベッドや机といった家具類もすでに揃っていた。
各自の個室は2階に確保した。
実は私、屋根裏部屋にちょっと憧れていたのだが、「家の主が住む場所ではない」と却下されてしまった。
3階は使用人用の部屋ということにし、ゴーレムの部屋となっている。
学園への通学は馬車を使う予定で、その馬と馬車の手配もゴーレムたちに任せた。
いったんエリーサさんの屋敷に戻り、引っ越し先が決まったことと、これまでのお礼を伝える。
荷物もほとんどないので、その日のうちに引っ越しまで完了した。
その足で冒険者ギルドにも立ち寄り、東地区に滞在することの報告と、年会費の支払いなどを済ませる。ついでに高額報酬の依頼を探してみたが、残念ながらそう都合よくはいかなかった。
その後は、学園都市内に5つある精霊教会を訪れ、軽く挨拶をしておく。
……そんな感じで、あちこち動き回っていたら、あっという間に日が過ぎていた。
そして――
明日、いよいよ入学である。