第103話 ウィステリア神国大神殿12
「グググググ……まさか、この技が破られるとは思わなかったぞ!」
ヴラディスが苦悶の表情を浮かべる。
だが、すぐに口元を歪め、不敵に笑った。
「仕方ない……美しくないので、あまりやりたくはないのだが、背に腹は代えられん」
そう言うと、ヴラディスの全身が霧へと溶けていく。
次の瞬間――再構成された彼の姿は、見違えるほど筋骨隆々なものへと変貌していた。
美しくない……って言ってたけど、普通にかっこいいんだけど……
「この体なら結界や霧化の小細工は必要ない。では、お覚悟を」
ヴラディスが手を掲げる。
「ダークレイン!!」
黒の雨が降り注ぎ、地面に落ちた瞬間、ジュッと音を立てながら白煙が上がる。
――何か、やばい液体を降らせてる。
ムートはすかさず 「エアシールド」 を展開し、雨を防ごうとするが、飛沫が飛び散り、皮膚に触れた部分が焼けるようにただれる。
「チッ……!」
キュレネがすかさず 「ウォーターシールド」 を張り、ダークレインを吸収する。
続けざまに魔法を放つ。
「メガフラッシュ!!」
高圧の雷撃がヴラディスへと襲いかかる。
しかし――
ヴラディスはそれを 素手で受け止めた。
雷撃が彼の手に触れるも、まるで効いていないかのように、その場に立ち尽くしている。
「なに……? あの身体……まさか、魔法耐性が異常に高い……?」
キュレネが息を呑む間もなく、ヴラディスの反撃が始まる。
「ダークジャベリン!!」
黒い魔槍がキュレネへと向かって疾走する。
「グランドシールド!!」
キュレネは素早く土の壁を生成し、それを防ぐ。
――だが、その瞬間。
ダークジャベリンが破裂し、黒い飛沫が辺り一面に飛び散った。
「っ……!!」
キュレネはかろうじて直撃を避けたものの、飛沫がかかった部分の肌が焼けるようにただれる。
さらに、飛沫が降りかかった地面からは、先ほどのダークレインと同じように白煙が立ち上り、辺りを蝕んでいく。
「これをばらまかれると厄介ね……」
キュレネはムートにサインを送る。
次の瞬間、二人の身体が淡く光り輝いた。
――エクストラブースト、発動。
何か勝算があるようだ。
それにしても……ヴラディス、あの姿になってから無駄に隙が大きくなっている気がする。
自信過剰になってる……? それとも、これも罠?
嫌な予感がする。
――そのとき。
シュッ……!
私のすぐそばに、先ほどのダークジャベリンの飛沫が飛んできた。
――これ、ヴァンプバグの毒成分と同じ……?
はっと気づく。
もしかして、これ……ヴラディスの血液?
私はすぐに視界の記録をサーバーから読み出し、魔法発動時の動作を検証する。
確かに――ヴラディスは魔法を発動する際、自らの血液を供給していた。
……近接攻撃は危険すぎる!!
だが、気づいた時にはもう遅い。
キュレネとムートはすでにヴラディスの前後を挟み撃ちにし、必殺技を繰り出していた。
「パワースラッシュ!!」
ムートの剣が、ヴラディスの背を強烈に薙ぐ。
「インパクトクラッシュ!!」
同時に、キュレネのハルバードが正面から叩き込まれる。
前後同時の強烈な一撃が、ヴラディスの胴を断ち切らんと襲う――
ザシュッ!!
「ぐふっ……!!」
ヴラディスの血液が飛び散る。
だが――
その返り血を浴びたキュレネとムートが、突如として苦悶の声を上げ、地面に崩れ落ちた。
「ぐっ……あああ……!!」
まずい……!!
ヴラディスの血そのものが、先ほどの危険な黒い液体だったのだ。
その間にも、ヴラディスの傷は猛烈な勢いで再生されていく。
ヴラディスは、不気味な笑みを浮かべると、ゆっくりと手を伸ばし、キュレネの首を掴み上げた。
「さて……とどめといこうか」
これはダメだ!! 私が介入しなきゃ――
そう思った瞬間。
キュレネが微笑んだ。
そして、ヴラディスの腕をがっちりと掴み、魔法を発動する。
「エクストラヒール!!」
まさかの回復魔法――
だが、次の瞬間。
ヴラディスの血液が、瞬時に浄化された。
「……なっ!?」
さらに、ヴラディスの腕が崩れ始める。
「バカな……この魔法は……はるか昔に、排除したはず……!!」
崩壊は腕だけでは止まらない。
浄化の波は全身に及び、ヴラディスの身体が塵のように崩れ落ちていく――
「ぐ……が……ああああああああ……!!!!」
ヴラディスの絶叫が響き渡る。
やがて、彼の身体は完全に崩れ去り――
魔石だけを残し、ヴラディスは灰と化した。
私は急いでキュレネとムートに駆け寄り、エクストラヒールをかけた。
「おめでとう。よくアレを倒せたわね。でも、ちょっと無茶しすぎじゃない?」
「相手はAランクのヴァンパイアよ。無理せず倒せるわけないでしょ」
まあ、それもそうか。
「よくエクストラヒールが効くって気づいたね?」
「ええ。あの黒い液体に触れて傷ついたとき、エクストラヒールを使ったら黒い液体がすぐに消えたの。でも、それで倒せるって確信したのは返り血を浴びたときよ」
「えっ……つまり、ギリギリの勝利だったってこと?」
「そういうことね。本当はムートとの挟み撃ちで仕留められると思っていたの」
「でも、それでは無理で、返り血を浴びた一瞬でとっさに気づいたってことか。本当に危なかったのね」
「まあ、ティアがちゃんと見てくれてるって分かってたから、それほど焦りはなかったけどね」
「えー、必ず助けられるとは限らないんだから、勘弁してよー」
「冗談よ。それより、ヴラディスの最後の言葉、聞こえた?」
「うん。“その魔法は、はるか昔に排除した”ってやつでしょ?」
「精霊教会が回復に闇魔法を禁止したのも、もしかしたらこいつが関与していたのかもね」
「たぶんそうだね。今回みたいに、精霊教会を誘導して、自分の命を脅かす魔法を排除させたんだ」
そんな話をしているうちに、キュレネとムートの傷も回復し、ある程度動けるようになった。
「そういえばティア、魔人を倒したところまでは見たけど、遺体はどうしたの?」
「私のゴーレムが回収して待機中」
「じゃあ、魔石とヴラディスの灰を回収して帰ろうか」
こうして私たちは、グレゴリオ大神官邸へ戻った。
魔人の遺体もあるため、地下の部屋を手配してもらい、グレゴリオ大神官と面会する。
「魔人とヴァンパイアの討伐に成功しました」
そう言って、魔石や遺体を示す。
「……エレメンタルマスターでもない三人で、これが本当に可能なのか?」
しばし驚いた様子を見せた後、大神官は深く息をつき、頭を下げた。
「すまない。まずは礼を言うべきだったな。ありがとう」
そして続ける。
「先ほど、魔物が撤退し、アンデッドも統制を失い弱体化しているとの速報が入った。おそらく、君たちが魔人とヴァンパイアを討ったおかげだろう。
魔物だけでも手を焼いていたのに、もし魔人とヴァンパイアまでこの神殿に乗り込んで来ていたら……考えるだけでもぞっとする。本当に感謝する」
大神官の表情には、安堵と感謝がにじんでいた。
「それで、討伐したのが君たちだということは秘匿したいのだったな?」
「はい」
「しかし、精霊教会としては討伐を公表し、民に安心を与えたい。魔物の襲撃で疲弊した人々にとって、大きな希望となるだろう」
少し考え込んだ後、大神官は提案した。
「どうだろう? 討伐したのが具体的に誰なのかは伏せるが、“精霊教会が討伐した”という形で公表させてもらえないか?
もちろん、君たちが気が変われば、その時点で名乗り出ても構わない」
それに対し、キュレネが口を開いた。
「私たちが正当に冒険者としての評価を得られるなら、問題ありません」
「というと?」
「魔人とヴァンパイアの討伐を冒険者ギルドに報告し、本来得られるはずの評価や報酬を受け取れれば、精霊教会が討伐したことにしても構いません。
私たちも精霊教会に所属する光神官ですし、嘘というわけでもありませんから」
「なるほど……分かった。冒険者ギルドマスターを呼び、調整しよう。もちろん、君たちにも出席してもらう。日程が決まり次第、連絡する」
大神官は穏やかに微笑むと、柔らかい声で言った。
「君たちも疲れただろう。しばらくはゆっくり休んでくれ」
「ふー、グレゴリオ大神官が私たちの意向に沿って進めてくれてよかった」
「それは当然でしょ。大神殿の権力争いは少し微妙な感じになったけど、魔人やヴァンパイアを討伐したのがグレゴリオ派の功績になれば、おそらく次の大神官長はグレゴリオ大神官になるわ。
その恩人である私たちに反感を買うようなことはしないはずよ」
「それに、Sランクの魔人――しかも、あの有名なガリエン=ルゥを倒したのよ?
そんな人の機嫌を損ねたら、それこそどうなるかわからないじゃない。
おそらく、今後も、ティアを聖女として祭りあげて、機嫌を損ねないように優遇されるわよ 」
「うわっ、それは面倒だな」
「ふふっ。その地位を欲しがる人はたくさんいるのに、“面倒”って言い切るあたり、ティアらしいわね」