第102話 ウィステリア神国大神殿11
ゴーレムの報告によると、魔人はまだ動いていないようだ。ならば、今のうちに向かおう。
道中、討伐の方針を確認する。
「キュレネたち、魔人にリベンジしてみる?」
「いいえ、結構よ。残念だけど、まだあの魔人には勝てる気がしないもの。魔人はあなたに任せるわ。その代わり、私たちはヴァンパイアの相手をしてもいいかしら?」
「ヴァンパイアってAランクだったよね? じゃあ、大丈夫か」
一応、ゴーレムは待機させておこう。
山に近づくと、敵もこちらに気づいたのか、動き出した。
山のふもとで、魔人ガリエン=ルゥ率いるアンデッド軍団と対峙する。
今回は特に巨大なアンデッドが多い。サイクロプス、ギガンテスといった巨人系のほか、オーガキング、グリフォン、ヒュドラまでいる。
ガリエン=ルゥが私に気づき、にやりと笑った。
「ん? 貴様か! 目の色が違うようだが……まあいい。ハハハ、私は運がいい。この戦いが終わったら探しに行こうと思っていたところだ。
この前はよくもやってくれたな。たっぷり礼をさせてもらうぞ」
「いえ、お礼は遠慮しておきます」
私の返事はスルーされ、そのまま命令を下した。
「こいつは俺がやる! お前は手を出すな!!」
その視線の先にいるのは、ブラード補佐官がイケメンになったときの顔をしている ヴァンパイア。
なるほど、あれがヴラディスか。
それはこちらとしても好都合だ。キュレネたちにちょっかいを出さないのであればやりやすい。
ならば、こちらも合わせよう。
「じゃあ、こいつは私がやる。そこのヴァンパイアはお願い」
そう言うと、キュレネたちはヴァンパイアのヴラディスとともに戦場を離れていった。
「フハハハハハ! この前のようにはいかんぞ! 見ろ、我が至高のアンデッドたちを!」
魔人ガリエン=ルゥは誇らしげにアンデッドたちを示した。
「これだけの強者を集めるのに苦労したぞ。今、9体いる。そして記念すべき10体目は……お前だ!」
どうやら、このアンデッドたちは彼の一部のようなものらしい。「俺がやる」と言っていたが、アンデッドをけしかけるのは問題ないようだ。
気が変わってキュレネたちを狙わないよう、こちらに意識を集中してもらおうと軽く挑発する。
「おめでたいわね。この前、私が見逃してあげたってことに気づかないなんて。あなた、バカなの?」
「貴様あああ! いい気になりおって……! 我が至高のアンデッド軍団の攻撃を喰らうがいい!!」
怒りのまま動かしたのか9体のアンデッドがまとまって突っ込んできた。しかも、周囲に魔人以外誰もいない。
――好都合ね。
少し力を込めるとしよう。それに、今後“神”らしく振る舞うためにも、威厳ある強者の立ち回りを練習しておくのは悪くない。
私は魔力を込め、魔法を放った。
「哀れな死者よ、灰も残さず消え去りなさい。火炎地獄」
白く輝く超高温の炎が広がり、アンデッド9体を一瞬で飲み込んだ。彼らは断末魔の悲鳴をあげる間もなく、完全に消滅する。
魔法が収まると、そこには真っ赤に溶けた大地だけが残っていた。
「こ、これは……!? 私のアンデッドたちは……!?」
ガリエン=ルゥは目を見開き、愕然としている。どうやら彼だけは咄嗟に後方の空中へ飛び上がり、間一髪で炎を避けたようだ。
「へえ、あれを躱せたの。運がいいわね」
「貴様……! いったい何者だ!? こんなこと、ありえん……ありえん、ありえん!!」
怒り狂った魔人の周囲に、不気味な赤黒いオーラが渦巻く。
「喰らえ……我が究極の魔法!」
いきなり究極の魔法とは、なかなか賢明な判断ね。
「ヘルエクスプロージョン!!」
大気が震え、凄まじい閃光と爆音が戦場を貫いた。
だが――
「消え去りなさい!!」
私は叫びながらアンチマジックの魔法を放つ。
巨大なエネルギーは一瞬で霧散し、何事もなかったかのように消え去った。
ガリエン=ルゥは呆然とし、魔法を放ったときの姿勢のまま動きを止める。
「では、さようなら」
私は人差し指を魔人に向け、魔法を放った。
「ゴッドレイ」
輝く光が一直線に駆け抜ける。
ガリエン=ルゥは逃げようとしたが、間に合うはずもなく――光線に切り裂かれた。
「ば……かな……こんなことが……あるわけ……が……」
最期の言葉を言い切ることなく、魔人は地に落ちた。
私はゴーレムに討伐の証明として、遺体を回収しておくよう命じた。
そして私は、キュレネたちの戦いの様子を見に行くことにした。
彼女たちは開けた場所でヴァンパイアのヴラディスと対峙している。私は少し離れた岩陰に身を潜め、様子を見守ることにした。
……あれ? これから戦いが始まるの? もうそれなりに時間が経ったと思うのだけど?
頭の中の人が補足してくれた。
――近くで超強力な魔法が使われたため、戦闘どころではなかったようです。
……私のせいだった。
ごめん、と心の中で謝っておいた。
気を取り直し、戦闘が始まるのを見守る。
まずはキュレネが雷撃の魔法を放つ。
「メガフラッシュ!」
強烈な閃光とともに、雷撃がヴラディスへと向かう。
しかし――
「レジスタントマジック」
ヴラディスは耐魔法結界を展開し、雷撃を難なく退けた。
それを見て、ムートがすかさずドラゴンブレスを放つ。灼熱の炎がヴラディスを飲み込もうとするが……
やはり、レジスタントマジックによって完全に阻まれてしまう。
ヴラディスはそのまま耐魔法結界を纏った状態で戦うつもりのようだ。
《耐魔法結界 レジスタントマジック》
攻撃側の魔法の消費魔力(MP)と同量の魔力を消費し、防御する魔力障壁。
つまり、攻撃側と防御側が同じだけの魔力を消費し続けることになる。
持久戦になれば、最終的に消費可能な魔力量が多い方が有利になる。
今回のケースでは、キュレネとムートの魔力量の合計がヴラディスを上回らなければ、ダメージを与える前に魔力切れになってしまう。
――おそらく、ヴラディスはキュレネたちよりも魔力量に自信があるのだろう。
それを察してか、ムートが剣を構え、一気に切り込む。
《耐魔法結界》は物理攻撃には無力。
ムートの剣は障壁を素通りし、ヴラディスの体を捉えた。鋭い斬撃がヴラディスの胴を切り裂いた――ように見えた。
しかし、次の瞬間。
ヴラディスの体は何事もなかったかのように元通りになった。
ムートが怪訝そうに呟く。
「……手ごたえがない」
その刹那、ヴラディスが魔法を詠唱する。
「ホーミングファイヤーボールズ・スリー」
炎の球が三つ生成され、バラバラに見当違いの方向へと飛び出す。
――だが、次の瞬間。
三つの火球は軌道を変え、一斉にムートへと殺到した。
「神速剣!」
ムートの剣が閃く。
次の瞬間、火球は一瞬のうちに全て切り裂かれ、霧散した。
ヴラディスが微笑む。
「なかなかお強いですね。では、これはどうでしょう?」
ヴラディスがさらに魔力を込め、詠唱する。
「ホーミングファイヤーボールズ・テン」
今度は十個の火球が生み出される。
それに対し、キュレネが即座に詠唱を始めた。
「ホーミングアイスダガーズ・テン」
ヴラディスの火球へと、氷の短剣が放たれる。
火球よりも数倍速い速度で飛んだアイスダガーが、次々と火球を撃ち抜いた。
――瞬く間に、ヴラディスの魔法は全て相殺される。
その間、ムートは一気に距離を詰め、再び剣を振るった。
だが――またしても、剣は虚しく空を斬る。
確かにヴラディスの身体を捉えたはずなのに、何も切れた感触がない。
私は即座に解析を行う。
……なるほど。剣が当たる瞬間、その部分だけが霧状になり、通り過ぎた後に元の状態へと戻っているのか
ムートもそれに気づいたらしい。
「ヴァンパイアの霧化の能力か!」
そう呟くと、再び斬撃を繰り出す。
今度は途中で剣の軌道を変え、斜め上に切り上げるフェイントを仕掛けた。
だが――結果は変わらず。
ヴラディスの身体は霧となり、剣は空を切るばかりだった。
その隙を突き、ヴラディスが鋭い蹴りを繰り出す。
しかし、ムートも即座に反応。
かぎ爪の籠手でその攻撃を受け止めた。
――瞬間、籠手に触れた部分の魔法結界に穴が開いた。
「……っ!?」
その隙を逃さずムートが ドラゴンブレスを放つ。
灼熱の炎が、結界の穴を通ってヴラディスを襲う。
ヴラディスは咄嗟に身を翻すが、完全には避けきれず、炎が足先をかすめた。
「ぐっ……!」
足先の皮膚が焼かれ、焦げた臭いが立ち込める。
だが――すぐに傷はふさがっていった。
ヴァンパイアの再生能力は相当高い……
ヴラディスはムートの籠手を見ながら、低く呟く。
「……なんだ、それは? アーティファクトか?」
瞳に動揺の色が浮かぶ。
「そんなものが……あるとは……」
ムートは剣を背中に背負い、拳を構える。
キュレネに軽く目くばせすると、ヴラディスに向かって一気に飛び込んだ。
ヴラディスが迎撃の構えを取るよりも早く――ムートのかぎ爪が腹を抉る。
だが、やはり。
ヴラディスの身体は霧と化し、攻撃は虚しくすり抜けた。
……だが、今回は違う。
ムートの攻撃の直後に、同じ場所を氷の短剣がヴラディスの腹部を突き抜けていく。
ムートの籠手により壊れた魔法結界の隙間に、キュレネが魔法を放ったのだ。
「ぐわっ……!!」
ヴラディスの苦悶の声が響いた。
アイスダガーはそれほど強力な魔法ではないはず……なのに?
よく見ると、ムートが攻撃した腹のあたりに深い傷ができていた。
……なるほど、そういうことか
ヴラディスの霧化能力には、重大な弱点がある。
――霧となった状態では、魔法への耐性が極端に落ちる。
ムートの攻撃を避けるために霧化したヴラディスは、続けざまに放たれたキュレネの魔法を霧の状態で受けていたのだ。
これは……勝機が見えたわね。