第101話 ウィステリア神国大神殿10
明確な仕事もなく屋敷で過ごしていると、またゴーレムから連絡が入った。
――魔物とアンデッドの大群が、こちらに進行中。
「あー、やっぱり来たか……」
あのヴァンパイアの分身体の捨て台詞からして、向こうは戦力を整えていたはず。予想通りの展開だ。
一方こちらは、前回の戦いでかなりの戦力を失っている。正直、厳しい戦いになりそうだ。
「また魔物が攻めてきてるみたい。今度は大量のアンデッドもいるらしいわ」
私がそう伝えると、キュレネが考え込む。
「大量のアンデッド……アルマセン元男爵から魔人の暗躍の話も聞いたし、"アンデッドマスター"ガリエン=ルゥが関与しているかもしれないわね。もしアレが来ているなら、ティアが戦わないと、この国が負ける可能性が高いわよ」
「うーん……でも、私が魔人を倒すと、さすがに目立ちすぎてまずい気がするわね」
「そうなのよね。なんとなく巻き込まれちゃったけど、このまま大神殿の勢力として取り込まれるのも困るわ。とはいえ、ここが攻め落とされるようなことになれば、戦わざるを得ないし……立ち回りを考えないと」
確かに目立つのは避けたい。でも、もしここで魔人を倒せば、Aランク冒険者に昇格できるだけのギルドポイントが貯まる。このチャンスを逃すのは惜しい。
――そうだ、目立たないように倒せばいいのか!
「いいこと思いついたわ。他の人に気づかれないように、魔人とかヴァンパイアを暗殺しちゃうのはどう?」
「えっ?」
キュレネが驚いている横で、ムートはすぐに頷く。
「それはいいアイデアだな。普通なら無理だが、ティアならできそうだ」
「なるほど……確かに、皆が気付く前に魔人相手に少人数で奇襲をかけるのは悪くないわね。気が付かなかったわ」
よし、諜報ゴーレムを総動員して、魔物やアンデッドを操っている大元を突き止めよう。
そんな計画を立てていたところに、ヴィクトル上級神官からの連絡が届いた。
――魔物の襲撃についての知らせと、これまで通りの治療の要請。
まずは、上級光神官として治療に専念することに。
だが今回は戦況が膠着し、負傷者が増え続けている。周囲の話を聞いていると、どうやらかなり押され気味で、近いうちに籠城戦へ切り替わるのではと噂されていた。
そんな状況の中、私のゴーレムから南東の山でAランクの魔物を主体とした小集団を発見したとの報告が入った。
――指揮を執っているのは、魔人の可能性が高い。
ただ、理由は不明だが、今のところ彼らは動かず待機しているらしい。
すぐにキュレネとムートに話し、グレゴリオ大神官へ直談判に向かうことにした。
「その情報は確かか?」
「はい、私の協力者が確認しました」
「ふむ……。それで、お前たちは討伐に行きたいと?」
「はい」
「仮に情報が本当だったとして、まだ冒険者になったばかりのお前たちに、勝算はあるのか?」
――あれ?聖騎士団のエイルさんやカーラさんから、私たちのことを聞いていないの?
少し意外だったが、説明するより早い方法がある。
「問題ありません。これを見てください」
私は懐からドラゴンスレーヤーの勲章を取り出した。
「……なんだこれは?」
「ん? ド、ドラゴンスレーヤー……だと?」
グレゴリオ大神官が目を見開く。ヴィクトル上級神官も驚いたように顔を上げた。
「まさか……。最近、アトマイダンジョンでドラゴンが討伐されたと噂になっていたが……君たちが?」
「はい」
「噂では、たった3人で倒したと聞いたが……本当か?」
「ええ」
「まさかな……。噂に尾ひれがついたものだと思っていたが……それほどの戦力がここにいるとは、心強い」
驚きを隠せないグレゴリオ大神官に、キュレネが釘を刺すように言う。
「ただし、今回は討伐に協力しますが、この件が終われば私たちは自由にさせてもらいます。
もともと光神官は"副業"という約束でしたし、あなたが無事に回復した今、私たちがここに留まる理由はありません」
「……分かった。私としてはここに残ってもらいたいが、君たちにも事情があるのだろう。
――喜んで送り出すことにしよう」
「しかし、Aランクの魔物が集団でいるとは珍しいな。我々も調査しよう。ブリュンヒルデを呼んでくれ」
従者が部屋を出ると、すぐにブリュンヒルデ聖騎士団長が駆けつけた。
「Aランクの魔物が集団でいるとの報告が入った。確認を頼みたい。今、何人動ける?」
「私を含めて三人。エイルとカーラを連れていきます」
「うむ、頼んだ」
私たちが詳しい場所を伝えると、ブリュンヒルデ聖騎士団長はすぐに部屋を出ていった。
ただ、魔人がいるとなると、聖騎士団の三人だけでは不安が残る。念のため、ゴーレムに護衛を命じた。
その判断は正しかった。ブリュンヒルデたちは敵の攻撃を受けたものの、軽傷で帰還した。すでにゴーレムから報告を受けていたが、改めて話を聞く。
「Aランクの魔物はすべてアンデッドで、十体ほど。操っていたのは、片方の角が折れた魔人と……ヴラディスのようでした」
ヴラディス?
「我々は調査中にアンデッドの一体と交戦しましたが、何者かの介入があり、その隙に撤退しました」
「その介入した者の正体は?」
「分かりません」
それは私のゴーレムだ。
「それは我々の協力者です。心配はいりません。ところで、その『ヴラディス』とは?」
「ヴラディスか……やつはウィステリア神国とシドニオ帝国の国境付近に古くから住むヴァンパイアだ。昔から因縁がある厄介な相手だが、魔人と手を組むとは……」
「ならば、私たちが討伐に向かいます」
真っ先に反応したのはブリュンヒルデだった。
「相手はSランクの魔人だぞ? 三人でどうするつもりだ?」
「問題ありません。魔人の片方の角、ありませんでしたよね? それを切り落としたのは、このティアです。前回は逃げられましたが、今度は違います」
「なに?」
ブリュンヒルデが混乱するのも無理はない。そこへグレゴリオ大神官が口を挟んだ。
「どうやらこの三人は、我々の想像以上に強いようだ。討伐を任せるとして、援軍は必要か?」
ここは私が答える。
「不要です。相手が相手なので、巨大魔法を使う可能性があります。近づかないようにお願いします。
それから、この討伐の件は、知る者を最低限に抑え、情報を秘匿してください」
キュレネを見習い、力を込めて伝えると、グレゴリオ大神官は素直に頷いた。
『女帝の睨み』……便利だけど、常用すると危険な気がする。