第10話 セプバーロ大森林での魔物狩り1
いよいよ、本当の意味で冒険者としての活動が始まる。
今回の目標は――オーガ10匹の討伐。
オーガ。
赤い肌に二本の角を持ち、筋骨隆々とした大型の鬼。Cランク魔物に分類されている。
オーガを選んだ理由は、
「そこそこ強く、それでいて生息数が多いから、魔物狩りの練習にはちょうどいい」――らしい。
討伐場所は、この町へ来るときに通ったセプバーロ大森林。
ただし、私たちが通ったのはほんの森の端っこだったらしく、その広大さは計り知れない。
出発前に、冒険者ギルドへ立ち寄る。
すると、受付から注意のアナウンスがあった。
「ここ最近、森で見たことのない魔物の目撃情報が増えています。注意してください。掲示板にも掲載しましたが、未確認魔物に関する情報があれば、ぜひご報告ください」
「未確認の魔物……チャンスだわ」
キュレネが小声で呟く。
……前に、ちょっと無茶をするとは言ってたけど、本当に大丈夫?
私たち、まだ冒険者になりたてなのに。
携帯食料やテントなどの装備を整え、森へと足を踏み入れる。
オーガの生息地までは、1日かかる。
道中、ユゥバムースという魔物に遭遇した。
たてがみの生えた、体長50cmほどの灰色の巨大ネズミ――群れで行動する魔物だ。
問題なく10匹を討伐。
この魔物は食用にもなるらしい。
せっかくなので1体だけ解体し、肉を調理して食べる。
余った肉の一部は魔法で加工し保存食に。
残りは持ち帰れないので、魔石だけを回収した。
――残念ながら、この世界には"たくさん物が入る魔法袋"のような便利アイテムは存在しないのだ。
こうして、1日目は特に大きなトラブルもなく終了した。
翌朝、すぐに探索を開始した。
しばらく森を進むと――オーガ3匹を発見。
話には聞いていたが、実際に目の当たりにすると、その圧倒的な威圧感に息をのむ。
身長は2m50cmほどもある、大きな赤い鬼。
こわいよ。
こんなのと戦いたくない……!
「よし、一人1匹ずつ倒そう」
「えっ!? あんなのを一人で!?」
「オーガを単独で倒せるようになれば、中級冒険者だ」
「私、初心者なんだけど……!」
「お前の実力なら大丈夫だ」
そう言い放つと、ムートが迷いなく前へ踏み出す。
その気配に気づいたオーガが、巨体を揺らしながら棍棒を振り下ろした!
ドォンッ!
地面が揺れるほどの衝撃――だが、ムートは軽々と回避。
さらに、その隙を見逃さず、地面をたたいた棍棒の上に剣を振り下ろす!
ムートは剣で棍棒を押さえつけながら、深く息を吸い――
「喰らえ、『ドラゴンブレス』!」
次の瞬間。
ゴォォォォッ!!!
ムートの口から放たれた炎が、一直線にオーガの顔を焼き尽くす。
オーガは咆哮を上げ、そのまま地面へと崩れ落ちた。
「どうだ、俺の『ドラゴンブレス』は?」
……正直、驚きすぎて声も出ない。
キュレネも素早く動いた。
目にも止まらぬ速度で、レイピアがオーガの腹を貫く。
「ピアスファイア!」
ズブリッ!
オーガが苦しげにのけぞる。致命傷には見えない攻撃——しかし次の瞬間、
——ボッ!
突き刺さったレイピアの先から、爆発的な炎が噴き出した!
「グォォォォォォッ!!」
オーガが断末魔の叫びを上げ、その場に崩れ落ちる。
「今の……何?」
「突き刺したレイピアの先から炎の魔法を叩き込んだのよ」
「レイピアの先から魔法……!?」
「そう。突き刺した剣の先から魔法を発動できるの。結構えぐいでしょ?」
キュレネは微笑みながらレイピアを一閃する。血と炎の余韻が空気を焦がした。
「これ、『導魔のレイピア』っていう特殊武器なの。普通の剣じゃ無理よ」
体の中から焼かれるなんて……考えただけでもゾッとする。
「さあ、残るはあなたの番よ」
キュレネの視線が鋭く向けられる。
……私が本当にやるの!?
しかし、オーガが目前に迫って来たので仕方なく戦う。
オーガの動き自体はそれほど速くないため、攻撃をかわすのは難しくない。
隙を見て斬りかかるが、表面を浅く切るだけだった。
「……硬い」
かなり強い一撃を叩き込まなければ、深手を負わせることはできそうにない。
振り下ろされる棍棒を避け、カウンターで棍棒を握る手首めがけて思い切り剣を振り下ろす。
手首を切り落とし、そのまま畳みかける。
「お見事」
これがCランクのオーガか……。私の実力では、この程度が精一杯みたい。
自分ではかなり強化されたと思っていたけれど、中級冒険者レベル?
それに比べて、二人ともめちゃくちゃ強いじゃん……。
やっぱり、最初に魔物を倒したときの力――『女神モード』。
どうにかして、あれを自由に使いたい……。
そう考えながら、魔石を回収する。
次の日も早々に、5匹のオーガを発見。
1匹のリーダーらしき個体を先頭に、V字隊列で移動してくる。
「5匹同時に相手をするのは面倒ね。大きな魔法を使うわ。とりあえず、前の3匹は私が倒す。ムートは左、ティアは右をお願い。私が2つ連続で魔法を使うから、2つ目の炎の魔法を発動してから動いて」
そう言うと、キュレネは地面に手をつき、魔力を込める。
「グランドクラック!」
オーガの足元に深い亀裂が走り、周囲の木々を巻き込みながら、前の3匹を飲み込んでいく。オーガたちは身動きが取れなくなった。
そこへ、続けざまに火炎魔法――
「メガフレイム!」
裂け目に落ちて動けないオーガたちを、巨大な炎が包み込む。
その圧倒的な光景に呆然としかけた私だったが――
「ティア、お願い!」
キュレネの声に、はっとする。
後方の2匹は、体勢を崩しながらも、亀裂に飲み込まれまいと必死に逃げていた。
そうだ、私は右奥のオーガを担当だった!
慌てて駆け寄る。
炎と崩れた地面に怯え、逃げようとしていたオーガは、簡単に仕留めることができた。
逆側の1匹はどうなったかと確認すると――ムートが無事に倒していた。
キュレネって、こんなに強いんだ。
自分たちで「強い」って言っていたから、それなりには強いんだろうと思ってたけど……。
15歳の駆け出し冒険者のはずの2人がこれって、この世界の人たちってどれだけ強いの?
私、身体強化のおかげでかなり強いと思ってたけど……もしかして、この世界だと大したことないのかも?
あの時の力――『女神モード』くらい使えないと、やっぱり厳しいな。
そんなことを考え込んでいると――
「ちょっと、ティア? どうしたの?」
「……もっと強くなりたいなって思って。あんなに強い魔法があるなら、私も使いたい」
「強い魔法ねぇ……。さっきのは、私の家に伝わる魔法なの。強力な魔法って、力の象徴みたいなものだから、多くの貴族が研究しているのよ。そして、新しく生み出した魔法は、一族が優位に立つために独占するのが普通。すごい時間とお金をかけて開発した魔法を、簡単に真似されたり対策されたりしたら困るでしょ?
だから、私の魔法も例外じゃないの。一族以外に教える許可は、簡単には出ないのよ。
まずは、一般公開されている基本魔法をマスターしてみて。それでも、数年はかかると思うけど」
「そんなに?」
「ティアの剣技は、かなり洗練されているけど、それだってすぐに身についたわけじゃないでしょ?」
「……そうね」
10年近く学んで、やっと、中級者くらいの実力……だったかも。
「魔法も、それと同じ。地道に努力していくしかないわよ。
でも、ティア――あなた、魔法が使えなくても剣士として十分やっていけると思うわ。
その模擬剣でオーガを倒せるって、かなりすごいことよ。
あなたのエンチャントと相性のいい剣を使えば、オーガくらい雑魚扱いできるんじゃないかしら」
「……だったら、いい剣が欲しい」
「そうはいっても……。そういう武器って、ミスリルとかの高級素材を使ってるから、めちゃくちゃ高いのよ。
普通のCランク冒険者が、10年働いてやっと買えるくらい、かな?」
「……」
「まあ、それくらい稼げるように、頑張りましょう」