幕間
――王都にて。
定期報告にと父の部屋に来たが、約束の時間よりも早く到着してしまった。先客との話がまだ終わっていないようで中から話し声が聞こえる。しばらく廊下で待つことにした。
――アイノ・プリンシラ。
その名前が聞こえて、動きが止まる。今日リイラから相談を受けていた名前だったからだ。
「アイノがいなくなってしまったの」リイラはそう言った。
すっかり僕たちの居場所として定着した屋上庭園で、ランチを食べながらリイラは切り出した。
「アイノってリイラの友人だよね」
「たった一人のね」
「最近ほとんど会えなくなったと言っていたね」
「今日アイノから手紙が届いていたの」
リイラは手紙を取り出して僕に見せる。僕と幸せになれと書いてあることに意識を持っていかれたことを恥じる。
「……これはお別れの挨拶だね」
「そうなの。心配になってサンドラ様にお声をかけたのよ。そしたらもうアイノは帰ってこない、と仰ったわ。それ以上は教えてくれなかったけれど」
「ふむ……でもこの手紙からすると、彼女の意志で出て行ったみたいだね」
「そうね。でも心配で」
リイラは泣き腫れた目をしていた。たった一人の友人が突然消えて不安なようだった。
――――その消えてしまった女生徒の名前が扉の向こうで聞こえる。
「それじゃアイノ嬢は本当に消えたんだな」
「ええ。ご指示通り騎士は一旦その場を離れました。十分後にもう一度戻ると既に彼女の姿はなかったとのことです」
「であれば、彼女の妄想ではなかったということだな」
「そうなりますね。もしくは、魔物に食い殺されたか……まあ血の一滴すらなかったようですから、中に入ったと考えた方がいいでしょう。――生き残りがいるのは間違いありません」
「準備をせねばならんな」
「前回同様花嫁行列で……」
「いやそこは慎重に考えていかねばならん。ひとまず一年後に備えて結界の強化だ」
これは一体何の話だろう。消えてしまったリイラの友人。
彼女が消えたことに、国が関わっている……?
足音がこちらに向かってくるのを感じて、僕は置物に身を隠した。
扉から出てきたのは、数名の大臣と――あれはプリンシラ侯爵ではないだろうか。彼女の父も関わっている?
僕は数分その場で待機してから父の元に向かった。
話す内容は定期報告なのですぐに終わったが、話の最後に父は不思議なことを言った。
「今までお前に頼んでいたリイラといったか――特別入学生の件だが。もう彼女を気にかけなくてもよい」
「なぜですか?」
「必要がなくなったからだ」
魔法学園アロバシルアには必ず一人平民が入ると決まっている。
平民が学園にいると肩身が狭いこともあるだろう。馴染めるように気にかけてやってくれ、と指示されていた。
リイラと入れ替わりで卒業していった平民の女生徒にも同様の指示があり、目に入れば声をかけるようにした。
それなのに突然「気にかけなくてもいい」とはどういうことだろうか。
アイノ嬢の失踪と、リイラへの指示は一見関係のないことなのに、なぜか結びついている気がしてしまう。
一度調べてみるか。何か嫌な感じがする。
リイラの笑顔をおもいだす。父に気にかけるなと言われても、もう彼女と話せない日々は考えられない。リイラのためなら僕はなんでもできるのだ。
◆◆
「あの娘の言うことは本当だと思うか」
自室のロッキングチェアに腰掛けたアルトは膝の上でくつろぐショコラに聞いた。
「そうね。人間に換算するとあなたは十八歳。そろそろ暗黒期が来てもおかしくない。それにあなたもわかるでしょう。花嫁が必要、と思っている時点で本物だと」
「そうだな」
怒りで噛み締めた唇から憎々しげな声が漏れた。
「あの子はあなたの家族を殺した人間ではないわ」
「わかっている」
「じゃあ人間だから、とくくらないことね。そうやって分けられるのを一番嫌っているのはアルトでしょう」
「そうだな。――しかし娘に対して警戒は必要だ。国の手先の可能性がある」
「そんな感じには見えなかったけど。あまりにも魔族の現状を知らない反応、あなたの花嫁に立候補したがること、侯爵家令嬢なのにボロボロの身体、それら全てがあなたを騙すための演技なら今度こそ魔族は滅びるかもね」
「ああそうだな。でももうそれでもいいか……俺は疲れたんだ」
「また始まった。まあイルマル王国に対して警戒を強めておくのは必要ね。結界を強めておくわ。じゃあおやすみなさい」
ショコラはアルトの膝の上から飛びおりて、そのままスタスタと部屋を出ていった。
一人残されたアルトは重いカーテンを開け、窓の外を眺めていた。