表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/49

06 領地運営もできず溺愛も始まらない

 


 ムスッとした表情のアルト様の前で、私は水を飲んだ。

 ショコラがバスルームで水を汲みついでにアルト様を呼んでくれたらしい。


「人間は食べ物も飲み物もいることを忘れていたわ」


「国に戻った方がいいだろうな」


「こ、困りますよ!」


 水を飲み終えて私は叫んだが、ショコラも困った表情をしている。


「でも私たち食事をほとんど取らないの。嗜好品として食べることはあるけど、基本的に何も食べなくてもいいから。だから料理を作れないの、貴族みたいに使用人もいないし」


「私、侯爵令嬢ですけど料理も作れます! だから大丈夫です!」


「……本当に侯爵令嬢? まあそれなら私が買い出しのときに食料を買っておけばなんとかなるかしら」


「全然なんとかなる!」


サンドラの食べ残しを食べる生活にはもう戻りたくない。


「過去の白の花嫁はどうされていたんですか? 人間ですよね?」


 黙って私たちの話を聞いていたアルト様の瞳がまた鋭くなった。他の魔人や過去の話はタブーらしい、気をつけないと追い出されてしまう。


「過去は今よりたくさん魔人もいたし、人間もいたから毎日ご飯食べでたわねえ」


「――ショコラ」


「はいはい」


「一年後、数ヶ月ここにお邪魔することになります。 どちらにせよ直面する問題です! ここにいてもいいでしょうか」


「すごい執念よ、この子。どうする? アルト」


「……好きにしろ」


「ありがとうございます、アルト様、ショコラ! 料理頑張りますから! それに使用人として使ってください! 私一通りの家事もできますし! 教えてもらえれば魔王の仕事も手伝います!」


 自分を売り込む為に仕事、と言ってみたけど。

 そういえば魔王の仕事って一体なんなのだろうか。


 考えてみると魔王の仕事ってよくわからない。色々な物語に出てきた魔王を想像しても説明できない。RPGに出てくる悪役魔王なら、人間を襲うことが仕事? 


 でもフォスファンの魔族は、暗黒期以外は人間に干渉しないし……。それなら魔族の王として、領主のように領地経営?

 だけど、魔人はアルト様しかいないらしい。この国で。


 ということは、なんの仕事をして、どうやって生計をたてているんだ?


「うふふ。色々考えてるみたいだけど残念ながら仕事はないわよ」


 ショコラはおかしそうにこちらを見て笑っている。アルト様は相変わらず不機嫌に口をつぐんでいるだけだ。


「え?」


「アルトは何も仕事していません」


「何も?」


「別に働かなくても、お金が必要な場面もそんなにないしね。アルトはこの家から出ることもない」


 それは……つまり……ストレートに言うと、引きこもり ではないか?



「じゃあ毎日何をしているんですか?」


「何もしていない」


 私の疑問にアルト様が答えてくれる。


「何も?」


「ああ。命つきるまで毎日代わり映えのない一日を繰り返すだけだ。死んでるのとたいしてかわらない」


 暗っ!!!

 そうだ、アルト様は暗い人だった。毎日退屈で寂しくて、そこに花嫁がきたから余計に執着してしまったんだ。ゲームのアルト様には率いる魔人や魔物がいてたから何やら執務もこなしてたけれど。



「あはは、アイノ。あなた顔に出てるわよ。この子ずっとこうなの、死にたがり屋さんなのよ」


 ショコラがからかうようにアルト様を見た。死にたがり……?


「はあ。――あ、でも私がお世話になる分、飲食代がかかってしまいますよね。私が働きましょうか」


「家には必要のない宝飾品が多すぎる、余裕で暮らせる」


「う……なるほど」


お金は十分ある引きこもりらしい。


「何か特別なことをする必要はない。ここには何もないぞ、それが嫌なら国に帰るんだな。ショコラ、頼んだぞ。俺は部屋に戻る」


 話は終わったとばかりにアルト様は立ち上がり、こちらに一瞥くれることもなくさっさと部屋から出ていってしまった。ショコラはその様子を見守ると私を見上げた。


「じゃあ私は買い出しに行ってくるわ。掃除道具はバスルームにあるから使ってくれる? ええとそれから……」


 ショコラは私の膝にぴょこんと登ると、私の唇に肉球をポスンと当てた。毛がさわさわと唇に触れた後にむに、とした柔らかさが伝わる。肉球だあ……。


「あなたの顔に防御魔法をかけておいたから、これで埃は大丈夫だと思うわ」


「あ、ありがとう」


 このわんちゃん、魔力持ち?……しかも呪文も唱えずに?


「じゃあ掃除頑張ってねー」


 私が面食らってるうちにショコラはでかけていってしまい、一人取り残された私はとりあえず自室から掃除をすることにした。


 何もない部屋だ。後で家具は運んでくれると言っていたから、何もないこの部屋をまずピカピカに磨くか。窓を開けて換気するけど外も暗いので、掃除をする気分になんとなくなれない。


 ここでの生活、制限はかなりありそうだ。


 こういう国から追い出される話って。(私は自分から志願したけど)スローライフという名の領地経営サクセスストーリーになるんじゃないの!? 私も魔王の妻としてメキメキ内政物語! 前世の知識で無双! が始まると思ったのに。


 これでは本当にスローすぎる何にもないライフになってしまう。


 経営する土地もない、領民もいない! 閉ざされた森の屋敷の中! 無双できそうな前世の知識もない!



 お仕事ストーリーでないのなら。溺愛甘々ラブストーリーになるのが定番だ。


 でも暗黒期が来ていないアルト様は「人間いらん」だ。


 一番心配なのは、一年後「白の花嫁はやっぱりお前ではなかった」と言われてしまうことだ。

 暗黒期に入った瞬間、ダッシュでアルト様に元に向かわなくては! この環境ならばまず間違いなく一番を取れるはずだけど、アルト様が私が逃げ出してしまったら!?


 微妙に魔王の設定が違う今。信じられる「設定」などない。シナリオ強制力でリイラしか白の花嫁として認められなかったらどうしよう。



 考えれば考えるほど、この先の未来が不安になってきたんだけど!?


 でも、そんなことでへこたれてはいられない。

 私がアルト様を甘々溺愛して、溺愛し返してもらうんですからね!



 夕飯はすぐに食べられるものをショコラが買ってきてくれた。パンとフルーツだけだけど、最近サンドラの食べ残ししか食べられていなかったのでなんでも美味しく感じる。


 夜までかかってダイニングもキッチンも綺麗になったことだし、明日から料理を始めてみよう。


 領地経営ができないなら、美味しいものを食べる。これも物語の定番だ。前世のことはあんまり覚えていないけど、料理は人並み程度にはできた気がする、フラグではなく本当にできたはずだ。


 屋敷はずっと暗いから日付感覚はないけど、時計を見ると既に夜を示している。

 ショコラが用意してくれていたふかふかのベッドで目を瞑ると、すぐに睡魔が襲ってきた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ