04 生贄を受け入れてください!
門の向こうに姿を現してくれた魔王アルトは、ゲームの特徴通りの人だった。
さらさらの黒い髪から覗く切れ長の青い瞳。高い鼻にきゅっと結ばれた薄い唇。背はすらりと高くて顔の小ささは人間離れしてる。――まあ人間じゃなくて魔王なんだけど。
「人間がなんの用だ」
アルト様は私をじろりと見る。どう見ても歓迎されている感じはしない。
「私、白の花嫁です。あなたのもとに嫁ぐことになりました」
「いらん。帰れ」
即答だ。これが本当の門前払いてやつ。
おかしいな。ゲームのアルト様は花嫁行列でリイラを見た瞬間、執着愛を始めるのに。全く愛されている気がしない。
「いえ、必要なはずです。魔力のある人間がいないとあなたの心は荒れ狂うでしょう」
お天気お姉さんみたいな言い回しをしてしまったけど、いらんと言われても「はい、そうですか」とは引き下がれない。
「暗黒期が訪れるんです、一年後に」
暗黒期、という言葉を出すとさすがにアルト様もこちらを見た。
「そうか。ならば一年後に出直してくれるか。今は必要ない」
冷たく言い放つとアルト様は私に背を向けて去っていこうとする。
「ちょっとちょっと待ってください! 暗黒期が来てからじゃ遅いんです! あなたたちの心が荒れると、魔物も人間の住処に飛び出してきてしまうんですよ! 犠牲者を出さないためにも、暗黒期より前に私を受け入れてください!」
生贄の立場でなんでこんなにアピールしているんだ。それにしてもこんなに歓迎されない生贄っているんだろうか。
「なぜ一年後だとわかった」
アルト様は背を向けたまま静かに尋ねた。
「お告げがあったんです! そして暗黒期よりも早く魔王様の元に嫁げと命じられたのです」
自分が早くアルト様に会いたかっただけだが、国のせいにするくらい許されるはずだ。
「あの、私! 国に返されたら困るんです!罰を与えられます!」
ようやくアルト様は振り向いてくれた。そしてツカツカと門の方まで来てくれる。
「お前は今一人だな?」
「はい。先ほどまで騎士もいましたが……」
「ショコラ。彼女以外この場には誰もいないか?」
魔王は誰かに呼びかける。数秒あって、門は開いた。ひとまず話は聞いてくれる気になったらしい。気が変わらないうちに私はさっさと門の中に飛び込んだ。
私が入ると後ろでキィと音が鳴り、門がすぐにしまったことに気づく。
それを見ているうちに、アルト様は私を待たずに足早に歩いていく。慌ててアルト様の後を追いかけた。
一つ門を入ってからも森に変化はなく、暗い森が続いているだけだ。建物などは何もない。
しばらく歩くとまたしても大きな門が現れた。今度は門に大きな扉がついていて、この先は見えない。きっとこの奥に城があるんだ。
アルト様は私に向き直り、自分の首のスカーフをするりと取り、私に近づいてきた。
「えっ」
一歩踏み出せば足がコツンと当たるくらいの距離まで来ると、アルト様の手が私に向かって伸びてきた。
え?愛してくれた?抱きしめられ――と思ったけど、そんなことはない。
彼は器用に私の首にスカーフを巻いただけだ。
「あの、これは……」
「この門以降は魔人しか通れない。俺の物を身に着けていれば通れる」
「ああなるほど……ありがとうございます」
アルト様が美しい紋様の扉の前に立つと、紋様が赤く光り大きな音を立てて扉は開いた。
あまりにも厳かな扉に緊張するけれど、アルト様は私を気にせずについていくので追いかけるしかない。
しばらくして私の目に現われたのは、木々に覆われツタが張っている小さな洋館だった。
ホラー映画に出てくるような屋敷を描いてくださいと依頼したらこれになるというくらいオーソドックス・ホラー洋館だ。
アルト様についていくと部屋の中はさらに暗い。ランプの火のゆらめきが照らしてくれているけど逆に怖い。壁に飾られている肖像画の目が動くんじゃないかと思ってしまうほど。
「アルト様、この家は?」
「俺の屋敷だ」
暗黒期が来るまでの私の住処かと思ったけど、魔王の屋敷?
中もたいして広くはない本当に普通の屋敷で、プリンシラ家よりもずっと狭い。
魔王と呼ばれる人の住処とはあまり思えないし、ゲームには魔王城があった。塔の一番上にリイラは閉じ込められていたし、そこらじゅうに魔人や魔物がいて彼らはアルト様の部下で……。
――そういえば、一度も他の者を見ていない。私を迎えに来たのだって、部下ではなくアルト様だった。
そんなことを考えているうちにリビングルームに通された。綺麗に掃除はされていそうだが、それ以外はやはり今にもゾンビが出てきそうなホラー映画のリビングルームだ。燭台の炎がゆらゆらと部屋を映し出す。
アルト様はソファに座り、向かいのソファに私も座るよう促した。部屋の隅から小型犬が現れてアルト様の膝の上に飛び乗った。……クリーム色のミニチュアダックスフンドに見える。魔物には見えないし、使い魔といえば黒猫やカラスなんかを想像するけど。
「お前は先程、俺の名前を呼んだな? どこでその名を知った?」
アルト様は唐突に質問をした。言われてみれば、門の前で大騒ぎした時に名前を叫んだ気がする。
「お告げを受けたのは私だからですよ。暗黒期が訪れること、私が花嫁だということ、それからあなたの名前も夢の中で知りました」
私の言葉にアルト様は何やら考え込んでから
「国も、今回のことは知っているんだな?」
「え、ええ。そうです」
白の花嫁はイルマル王国からの生贄だというのに、不思議なことを聞く。アルト様の質問の意味を考えている内に次の質問があった。
「お前は白の花嫁が何かわかっているのか」
「はい。あなたの花嫁になることです」
「簡単に言うとそうだ。暗黒期といえば聞こえはいいが、あんなものはただの繁殖期だ」
暗黒期も別に聞こえはよくないだろう、と思ったけど頷いた。
「本能的に子を残そうと、人間を求めて心が制御できなくなる。
俺は子孫を残す気がない。だから花嫁はいらん」
「なるほど」
「だが、暗黒期になると心の制御ができなくなるのは本当だ。魔物の制御もできなくなる。それは人間に大きな被害を持たらすし、人間の住処に迷い込んだ魔物も無事では済まない。俺は人間と魔物の争いを求めてはいない。ならばお前の力を借りるしかない」
アルト様は素っ気なく言ったが、やはりこの人は優しい人だ。
ゲームでのアルト様も花嫁を求めすぎておかしくくなっていたけど、人間と魔物の争いは求めていない。だから人気投票ナンバーワン男なのだ。
「暗黒期は協力してもらうが、その後は国に戻っていい」
「あのすみません。協力って何をするのかがわかっていないのですが、子供を作るということで合っていますか?」
私の言葉にアルト様は思い切りむせた。
でも、知らないのだ。ゲームの中では二人は恋人だったのだ。心を落ち着かせるだけのパターンを知らない。そもそもアルトルートでは、花嫁として迎えられてすぐに攻略対象たちがリイラを奪還しにきてそれどころではない。
「いや、子供は作らなくてもいい。花嫁だと認定した人間の魔力を分けてもらうと鎮まる。数ヶ月たてば落ち着く」
「そんなものでよかったんですか!?」
じゃああのゲームの悲劇はなんだったの!?
リイラが数ヶ月魔王に魔力を分けていれば誰も死なずに済んだじゃないか。……まあ悲劇というのはそういった小さなすれ違いで起こるものか。
「先祖はそのまま花嫁にして、子を作っていた。人間の世界に帰ったものはいないからそう思われるのも仕方ない。だが私は子孫を残すつもりはない。俺の代で最後にしたいのだ」
「えっ、なんでですか」
「……それは話す必要はない。数ヶ月だけ協力してほしい」
アルト様は初めてきちんと私を瞳にうつして真っすぐに言った。
協力――というかイルマル王国の都合でもあるのだから、協力せざるを得ない。しかし、どうしても気になることがある。
「あのすみません。ここまで来てなんなのですが、白の花嫁は私でいいのでしょうか」
「いいも何も、お前にお告げがあったんじゃないのか」
煩わしそうな顔になってアルト様は聞いた。
「そうなんですけど、アルト様に私、全然愛されていないなって」
「はあ?」
「魔王様は白の花嫁を一目見て、花嫁だと認定し深く愛すると聞いていましたから。魔王の愛は重いとも聞きました。それなのに、私全く愛されている気がしなくて」
あはは、と笑い声が聞こえたが、笑い声の主は頭を抱えているアルト様ではない。
え、やっぱりこの屋敷ってホラー館なの!?
「暗黒期に入っていないからだ。暗黒期に初めて目にいれた人間の女を白の花嫁だと認定する」