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03 魔王の花嫁いってきます

 


 私はひと月後に、白の花嫁として嫁ぐことになった。

 私も見届けておきたいことがあったし、国の準備もいるらしい。


 その結果、ひと月サンドラにべったり監視されることになってしまったのだ。


 リイラの時は本人を丸め込むために、退路を断つために、国が祀り上げて英雄か聖女のような形で大々的に花嫁行列を行った。


 しかし私の場合は立候補だし、暗黒期前だし、貴族である。

 貴族、それも侯爵家から白の花嫁が選ばれると言うことは、他の貴族の不安を煽ることになるからと徹底的に箝口令が敷かれ、花嫁行列はせずにこっそりと嫁入りすることになった。

 父はせっかく自分の娘が国を救う聖母として目立てるチャンスがなくなって不服そうだったが、私にとってはどうでもいい。


 白の花嫁が選ばれたことを知っているのは上位貴族の一部と、私の家族だ。


 国は立候補した私の気が変わってはならんと見張りをつけることを決めた。

 同学年であり、事情を知らされたサンドラが監視役に決まった。

 サンドラが性悪虐め女だということを父も知っているのに、この決定はあんまりだ。いや、普通家族が見張りなどありえない。わざとサンドラを指定したのかもしれない。国を救う聖母に対して、雑すぎる扱いだ。



 せっかく入学してから人間生活が送れていたというのに二十四時間サンドラのヒスに付き合うことになってしまった。


 サンドラの部屋は、ホテルのスイートルームのような部屋で二部屋連なっているリビングルームに私のベッドが持ち込まれることになった。

 私は二人で一部屋の一番ランクが低い部屋だったと言うのに。あの母親のやりそうな地味な嫌がらせである。まあ私の同室の生徒は優しい子で快適な生活を送っていたのだけど。



「ねえアイノ。あなた生贄になったのよ」


 底意地の悪い笑みでサンドラは何度も囁いた。生贄になる前に何か仕返しでもしてやろうかと思たけど、それは魔王の妻になってからでもいい。今騒ぎを起こしても困る。


 そのうち反応がない私に腹が立ったようで、同部屋という誰にも見られない空間を手に入れたサンドラは、眠っている私に水をぶっかけたり、手のひらをヒールで踏みつぶしたり、「私たちは部屋で食事を取るわ」と言って久々にサンドラの食べ残しを与えられる日々が戻ってきた。

 自分の食べ残しを人に食べさせたいの、ここまでくると性癖ではないだろうか。



 常にべったりとサンドラが隣に居るのでリイラとも過ごせなかった。王都を出る日にリイラに「あなたの幸せを常に祈っています、それから王子との幸せも。あなたの友より」と手紙だけ送るにとどめることにした。



 最後の夜、サンドラは久々に私の髪の毛を燃やした。

「花嫁になるアイノにとびきりのメイクよ」と言って。水魔法ですぐ消したが、長い髪の毛はチリチリになっていた。


「お姉様、ありがとう」いつも黙ってされるがままになっていた私はほほ笑んで、髪の毛をバッサリ切った。


「な、なによ」


「私が今から行く場所が魔王城だとはご存知よね」


「ええ。魔物の餌になるんでしょう? 食い散らかされて」


 サンドラはニィと笑った。人が餌になるのが嬉しいらしい。


「生贄じゃないわ、文字通り花嫁なのよ。旦那様になる魔王様に伝えておくわね、お姉様が素敵な髪型にしてくれたこと」


「えっ、花嫁に?」


 サンドラは白の花嫁のことを知らないようだ。若者にとって魔族は遠い存在だ。


「ええ、魔王様は実在するのよ」


「魔王の妻だなんて、どんな目に遭うことかしら」


「あら、知らなかった? 魔王はただの一人の花嫁を大切に愛するの」


 クスクス笑うサンドラに教えてあげると、目をぱちぱち瞬かせている、意味を考えているらしい。


「お姉様が八つ裂きにされるのを楽しみに今夜は眠りたいと思います」


 わからないようなのできちんと教えてあげることにした。


「ちょっとアイノ! そんなこと許さないわよ」


 それではおやすみなさいとベッドに入った私に、サンドラは馬乗りになって金切り声をあげた。

 魔王のことをよくしらなくても、魔物が恐ろしいものということは共通認識みたい。


「お姉様に許して貰わなくても結構ですよ。私にはもう関係ないことですので」


「本気で言っているの?」


「ええ。そうですね。魔王が持っているアイテムの……ガラス玉ってご存知かしら? 離れた場所でもうつるのよ」


 魔王アルトがそれを持っているかは知らないけど、お伽話によく出てくるガラス玉を思い出して適当に言った。


「お姉様の無残な姿がうつるのを楽しみにしていますね」


「悪かった、悪かったわよ! ほら私のオイルを貸してあげるから。まだ焦げている髪の毛に塗りなさい」


「オイルを塗ると手が沁みますの、お姉様がヒールで私の手を踏みつぶしたから」


「な……」


「傷だらけの手の持つ花嫁を魔王様はどう思うかしら……遠く離れた場所から、お姉様のこと見守っていますわね」


「ご、ごめんなさい! 謝るわ、今までのことを! ねえこれでいいでしょう。お願い」


 サンドラは見たこともない必死の形相になっている。最後の夜にいい物が見れた。


「ふふ。因果応報という言葉をお姉様に最後に差し上げますね。そうだ、親友のリイラのことはこれからもガラス玉で見守っていますから。お姉様も優しくしてあげてね」


「も、もちろんよ。あなたの代わりに優しく接するわ!」


「お姉様の優しさって食べ残しをあげることかしら……?」


「そんなまさか! ちがう、違うわよ」


「ではリイラには近寄らないでくださいね。そういうのも優しさですから」


 王子とリイラの恋は順調に進んでいる。最後のひと月で確認したかったものはテストの結果だ。王子ルートに入るにはテストで三十位以内に入らなくてはいけないから。リイラの成績は十六位で安堵した。

 それならもう恋を盛り上げるスパイスはそこまで必要ないだろう。この女のスパイスは物理的に痛いのよ!


「私の幸せもお祈りくださいね。私の機嫌が悪くなってしまったら、お姉様を八つ裂きにしてとうっかりおねだりしてしまうかもしれませんわ。なんたって魔王の妻になるんですからね、ホホ」


「そうね、ホホホ……」


 サンドラが青い顔でひきつったのを見て、私は微笑んだ。今夜はぐっすり眠れそうだ。



 ・・


 最高級の布で作られたらしいドレスには宝飾品がたくさんついている。

 ボブになった短い髪の毛も丁寧に結い上げられそこにもギラギラと宝飾品を飾られた。宝石をつけすぎて頭が重い。

 薄く化粧をして、ヴェールが下ろされた。誰から見ても美しい花嫁だ。宝石がゴテゴテしているのはセンスはないけど、魔王への賄賂だから仕方ない。

 私の荷物はほとんどない。お母様の形見のルビーのネックレスだけ身につけておいた。サンドラにもう奪われることもない。



「では行きましょうか」


 お昼過ぎ。国王や有力貴族、聖職者に見守られて、騎士に誘導され馬車に乗り込んだ。案内役の騎士は六名もいて、絶対に逃がさないという圧を感じる。


 馬車に揺られながら、そういえば魔の森がどこにあるのか知らないなと思った。

 前回の暗黒期は二十年前だったし(重鎮たちの反応が気になったので一応調べておいたけれど、やはり二十年前に暗黒期は訪れていた)普段は別の世界に住んでいるのだから、若者は魔族を意識している人はいないだろう。

私も前世を思い出すまでは考えたこともなかった。



 一時間は走った気がする。田舎の景色が一生続くのではないかという頃、馬車は止まった。

 田園広がるどこにでもある田舎の隅にその森はあった。背の高い木が生い茂り、中はまったく見えない。

 近づいてみると、物騒な雰囲気の森だ。有刺鉄線が張り巡らされて「立ち入り禁止!」と看板がいくつも立っている。



「すごいですね」と呟けば「結界も張ってありますから安心ですよ」と騎士はほほ笑んでくれた。……私は今からその中に入るのですが。


 騎士の後についてくると大きな鉄門がある。騎士は何かお札みたいなものを取り出すと鉄門に貼った。その後に大きな錠前を空ける。


「どうぞこちらへ」と騎士が緊張した面持ちで門の中に入った。かなり警戒していていつでも剣を抜けるようにしている。……六人騎士がいるのは私の逃亡以外にも理由はあったみたい。


 昼間のはずなのに、森の中はずっと夜のように暗い。誰かが作ったと思われる道が一応続いているのだけれど、その道はもう何年も誰も通っていないことがわかるほど荒れている。


 嫁ぐことに初めて不安が込み上げてくる。だけど案内役の騎士たちが私を取り囲んで歩いているから、私も流されて歩き続けるしかない。

 ヘンゼルとグレーテルみたいに来た道に光る小石を落としていった方がいいかもしれない。


 しばらく歩き続けると、目の前に三メートルはある背の高い鉄門があわられた。奥を覗き込むが城らしきものは見えない。


「ここが魔王城です」


 でも騎士は間違いなくそう言った。そして「花嫁以外がいると警戒されますから、ここで私どもは失礼します。幸せを祈っております」とさっさと去ってしまった。


 私はもう一度門の方を向く。こういうとき、私を歓迎するように門って開くんじゃないの?

 門は固く閉ざされたままだ。


 ああ、騎士がいるから警戒しているのか。と納得して、騎士の姿も足音も完全に消えるまで待っていたけれど。それから五分たっても門は開かない。


「え?」


 え、もしかして。魔王アルトって、私の夢だった? 乙女ゲームの記憶って夢?

 もしかして、白の花嫁って本当にただの生贄なの!?

 ここらに捨て置かれて、この森に住む魔物に食い荒らされるだけ――!?


 やばい。逃げるか。

 小石は落としていないけれど、目をこらせば荒れていても道はあるんだから。


 いやゲームを思い出して、アイノ!

 私が白の花嫁の任務を遂行しないと、国は荒れて人が死にまくる。私だって死ぬし、それに、せっかくここまできたんだ推しに会いたい。


「すみませーん!」


 私は門をガタガタ揺らすことにした。ガシャンガシャンと大きな音が鳴る。バサバサと鳥が飛んでいく。鳥じゃなくて魔物かもしれないけど。


「すみませーん!!! 魔王様いますかー!!! 白の花嫁です!!!」


 返事はない。

 花嫁は暗黒期でないと必要とされていないのかも。

 でももうここまで来たんだ。暗黒期が来るまで一年サンドラと過ごすのは困る。


「あのー! アルト様いますかー!!! すみません!!!」


 もうこうなったらヤケだ。ガシャンガシャンと門を揺らして叫ぶ。返事はないけどこっちも諦められない。


「すみません!!! アルト様!!!」


「――うるさい」


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