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最終話 クリスマスを毎年

 

 魔の森に二度目のクリスマスがやってきた!

 私は今年もジングルベルを口ずさみながら、料理を並べている。


 去年と違うのは――……


「リイラ、これ運んでくれる!?」

「オッケー!」

「この飾り付けはここでもいいですか?」

「グゥルルルル」

「あー待って待って、これはまだ食べちゃダメ!」


 今年のパーティ会場は屋敷ではなく魔の森にある城だということ。

 それからゲストを呼んでいるということ!

 以前この城で数日暮らしていた人たちを招いたのだ。彼らのパートナーや家族たちも訪れて賑やかだ。そして人間だけじゃなくて、三区の門を開いて魔物たちとも行き来できるようにしていて人間が気になる子たちは何匹か遊びに来ている。


 今は城のホールで絶賛会場の飾り付け中だ。

 私は料理担当だから、屋敷のキッチンであらかた作り終えて最後の仕上げをこの場で行っている。

 五十名も招いているからホールケーキは大きくて十個もある。でもケーキはたくさんあったほうが幸せでしょう!

 私は気合いをいれてケーキにいちごを鎮座させてゆく。


「王子も来てるのね」


 ショートケーキからひとつ、いちごがなくなった。

 小さな手は丸くて赤いいちごを口に放り込む。


「ん、あま」弾んだ声の主はショコラだ。

 今日は食べまくるぞー!と気合いが入っていて、最初から人間の姿だ。


「つまみ食い禁止」

「だってすごく美味しそうだったんだもん」

 ぺろりと指についた生クリームを舐めるショコラをたしなめながら、こうやってまたショコラが食べる姿を見られることが内心嬉しくて仕方ない。


「あとマティアス様はもう国王よ」

「ああそうだった。忙しいんじゃなかったの?」


 ショコラがマティアス様を見る。そこには料理を並べるリイラをかいがしく手助けしているマティアス様がいる。

 王都の城とこの城を数ヶ月ぶりに繋いで、忙しいマティアス様も一応誘っていたのだ。参加できるかわからないと言われていたがちゃっかり準備段階から参加している。


「あれは牽制よ」

「なるほど」

「ここにいる男たちはみんなリイラのことが気になってるのよ」


 もうマティアスエンドを迎えているわけだし、誰がお妃様を奪うというのだろう。おかしくて笑ってしまう。


「まあそれはアルトにも言えることだけどね」

 ショコラがいたずらな表情をして「え?」と聞き返すとショコラはもうひとついちごを取って口に放り込むと、器用に犬の姿に変わりその場を立ち去っていった。


「もう」

 新しいいちごを乗せて最後の仕上げに粉砂糖を振る。さらさらの粉が舞うと雪のようでますます可愛いケーキに仕上がった。


「美味しそうですね! ――お久しぶりです」


 ケーキを見て笑みをこぼすのは……ああ、以前も私に話しかけてくれた煮物好きな元臨時魔法士さんだ。


「甘いものお好きですか?」

「はい! でも今日もご馳走ばかりで最高です」

「たくさん食べてくださいね」

「もちろんです!」


 白い歯を見せて彼は笑うと完成したケーキを持ち上げるとテーブルの方に運んでくれた。

 それを見送ってから他のケーキにも粉砂糖をふりかけていく。


「よし、これで全部完成!」

「これを運べばいいのか?」

「あ、アルト様! はい。あっちの大きなテーブルにお願いします!」


 先程まで庭で魔物たちの様子を見ていたはずのアルト様がいつの間にかやってきていた。アルト様が手伝ってくれるなら魔法の力でケーキたちはすぐにテーブルに並んだ。

 会場を見渡すとすべての準備が完了したようでリイラがグーサインを送ってくるから


「アルト様、お願いします」


 隣に目線を送ると、アルト様は頷いて指をパチンと鳴らす。


 部屋の明かりが消えて、小さな白い光がいくつもふわふわと浮かんだ。それは昨年のクリスマスにアルト様が見せてくれたイルミネーションで、今日もゲストに贈るためにお願いしていた。きらきらと漂う光の雪が会場を染めてうっとりするほど幻想的な空間になる。


「きれえ!」


 ゲストの中には小さな子どももいて、嬉しそうな声が上がる。子供だけじゃなくて、小さな歓声はあちこちで起きる。

 アルト様の魔法はいつだって優しい。アルト様を表すようなそんな優しい魔法が好きで、その魔法で喜んでいる人が目の前にいて私の頬は自然と緩む。


「アルト!」

 マティアス様が爽やかな笑みをアルト様に向けた。


「今日のホストとして一言お願いできないか」


 アルト様は面食ったようだけど、言われるまま皆の前に立つ。


「今日はこの場に集まってくれたこと感謝する……乾杯」


 たった一言の挨拶だけど、アルト様の表情からはこの場に対する愛情のようなものが見て取れる。

「メリークリスマス!」あちこちで陽気な声が上がって私も「メリークリスマス!」と声を上げた。


「アイノ、ちょっとこっちきて」

 せっかく料理を食べようと思ったのに。ショコラに声をかけられたかと思うと、彼女は私を会場のすみに引っ張っていく。


「なに?」

「何って、あなたはなんでそんな普段着なのよ」

 呆れたように言われるけれど、朝から料理で大忙しだったのだから仕方ない。会場内を見ると、女性陣はきちんとドレスアップしていた。さっきまで準備を手伝っていた人も。みんなちゃっかりしている。


「今年も私からのプレゼントよ」

 ショコラが私に指を向けると、去年と同じく光の粒が私を包みこんだ。そして、

「わ、今年も青いドレスだ!」

 昨年より鮮やかなロイヤルブルーのドレスだった。光沢があって上品なAラインのドレスだ。


「ありがとう、ショコラ大好き」


 食事をとるために人間の姿のままでいるショコラをぎゅっと抱きしめた。ショコラをこうしてまた抱きしめることが出来て嬉しい。


「私からも今年も編み物のプレゼントがあるから屋敷に帰ったらリビングルームのツリーの下を見てくれる? ショコラあてのプレゼントがあるの」

「やった、楽しみにしてるわね。よーし、今日は食べるわよ!」


 ショコラは気合いをいれると料理に向かっていった。


「アイノ、メリークリスマス! ドレスとっても素敵だわ!」


 そう言って私にグラスを傾けて微笑むのはリイラ。ピンクのカクテルドレスがよく似合っている。


「ありがとう。リイラも素敵。どう? お妃生活は?」

「覚えることが多くて正直大変。でもね、マティアス様の信じている未来を私も信じているから。だから大変なのも楽しくて嬉しいの」


 そう言ってはにかむリイラは魅力的で可愛い。


「たまには息抜きしようね。こっそり王都の城とここを繋いでもいいから。しんどくなったら逃げてきて」

「あはは、ありがとう。それができると思うだけでほっとする」

「ふふ」

「あ、料理取りに行こうよ。私そんなに料理得意じゃないから教えてほしい今度」


 料理のテーブルに向かいながらリイラは言った。でも妃が料理なんてするんだろうか。


「えっ、料理とか作る機会ある?」

「実はない。でもたまには自分の好きなもの食べたくなるし……マティアス様に私が作ったもの食べてほしいっておもう」


 料理を取り分けながらそう語るリイラは恋する目をしている。

 そうだよね、身分とか関係ないんだった。好きな人に喜んで欲しい気持ちは、誰にだってある。


 会場を見渡すと、マティアス様と談笑しているアルト様の姿が目に入る。昨年のクリスマスからは想像もつかなかったクリスマスだ。

 少し戸惑っているようにも見えるけど、皆の輪の中にいるアルト様を見るとやっぱり嬉しい。


 しばらくリイラと食事をしながら話しているとアルト様と目があった。こっそり見続けているのがバレてしまったらしい。

 アルト様が近づいてきたことに気づいたリイラは

「じゃあ私もマティアス様のところにいくね。メリークリスマス!」と私から離れていった。


 アルト様もタキシードを着て、いつもと違う姿にときめくから

「アルト様、メリークリスマス!」と声をかけた。黙っていたらいつまでも見とれてしまいそうだったから。


 私にグラスを傾けてアルト様は微笑んだ。少し酔っているのか頬が赤い。


「アイノ、少しだけ外に出ないか」


 魔物の様子も気になるのかもしれない。私は了承してアルト様と共に城の外に出た。

 城の外もアルト様はイルミネーションをしてくれていたようで、光の道ができている。魔物たちは何匹かいるけど大人しく私が用意した料理を食べていた。


 光の粒たちに誘われながら、私たちは墓地にたどり着いた。

 一年前、ここで今年のクリスマスの約束をした。来年もこれから先のクリスマスも。

 あの時と違うのは、私たちは本当の家族になれていること。魔の森から追い出されるのでは?なんて思う必要もない。


「今年のクリスマスがこんなに賑やかになるなんて予想してなかったです」

「確かにな」

「でも嬉しいです」

「俺は二人でもよかった」


 光の粒を見つめながらアルト様は小さな声を発した。言い方が可愛くて思わずほほ笑む。


「私、アルト様がみんなに囲まれてるの見るの好きなんです」

「変な趣味だな」

「アルト様の良さが世界中に伝われって思ってますから」


 本心だ。だってこんな素敵な人をみんなが知らないなんてもったいない。魔の森の奥で誰も知らないでいた優しさがもっと広まればいいのにと思っている。


「俺はアイノが人に囲まれてると落ち着かない」


 返ってきた言葉は予想外で、アルト様が拗ねたような口調だから思わず顔を覗き込んでしまう。


「なんでですか」

「アイノのことをみんな好きにならないか?」

「なりませんよ!」


 アルト様の小さな悩みが可愛くてつい笑ってしまったけど、アルト様は真剣な顔をしているからますます可愛い。

 マティアス様のことを笑ったけど、アルト様も独占欲は人並みにあるらしい。ショコラの言っていたことはこのことか。


「私のこと、魔の森から出さなくてもいいですよ。私はここから出られなくてもいいと思って、花嫁に立候補したんですからね!」


 私が明るくいうとアルト様はようやく表情を和らげてくれた。

 そして私の髪の毛にそっと触れる。光の粒が私の髪の毛にたくさん咲いていた。


「アイノ、ありがとう。こんなクリスマスが送れるとは思っていなかった」

「アルト様の優しさのおかげですよ」

「これからもこの城には人を時々招こうかと思っているんだ」


 アルト様が人を招くというのは意外だ。今回のクリスマスパーティも私とリイラとショコラが計画したものでアルト様はそんなに興味があるようには見えなかった。


「魔物の研究チームを時々ここに招いて、本格的に研究を進めようとおもう」


 アルト様は穏やかな声で、料理を食べ続けている魔物を眺めた。雪のようなモフモフとした狐のような魔物と白フクロウのような魔物がすぐ近くにいる。


「魔族はこれからも続かせていきたい」

「いいですね! 私ももちろん協力しますよ! 研究チームのご飯は私が作ります」

「皆アイノを好きにならないか?」

「まあ胃袋は掴めちゃうかもしれませんね」


 冗談交じりでそう言うとアルト様は一瞬眉間にシワを寄せる。そんな本気にしなくてもいいのに。


「……アイノがこの森にきて何もかも変わった。来てくれてありがとう」


 アルト様はやっぱり少しだけ酔っているのかもしれない。素直に吐露された気持ちが嬉しい。


「私もこの森に来てから幸せばっかりですよ」


 門前払いにされたあの日からたくさん積み上げてきた日々がある。使用人としてでもいいから認められたくて、まずは胃袋を掴もうと料理を頑張って。

 自分の心の潤いのために花を育てたら、アルト様も楽しんでくれた。

 二人と一匹の穏やかで小さな幸せがたくさんスローライフ。

 それから訪れた暗黒期。金色の瞳のアルト様と青色の瞳のアルト様に翻弄されて。

 花嫁の意味を考えて、苦しくなって疑ったりして。そんなふうにして四季を乗り越えてきた。


 そして、これからも四季を続けていくんだろう。

 クリスマスを終えたら春に向けて種を巻いて春になったらこの墓地はたくさんの花が咲き乱れてアルト様の家族たちを見守る。

 梅雨がまた訪れたら、暗黒期を思い出して切なくなりそうだなあ。


 きっといつか家族は増えて、魔物たちも増えたりして。

 人間との関わりも増えていく。

 二人と一匹だったここでの暮らしが広がっていく。


 何も変わらないようでいて、変わっていくことがある。


 光の粒が私とアルト様をくすぐっていく。アルト様はそっと私の手を繋いだ。

 手を繋ぐだけでドキドキして心臓が飛び出しそうな頃が懐かしい。もちろん今もドキドキするけど、ほんのり胸をあたためて、身体が愛しさで包まれる。いつのまにかこの恋は愛に変化していた。


「そろそろ戻るか」


 アルト様が城に目を向けるから、私は「はい!」と返事をした。


 自由になった私たちはこれからどこへでもいける。

 でも魔の森に必ず帰って来る。私たちは自分の意思でここにいる。


 アルト様の穏やかな海の瞳が私を見つめる。その幸せを噛み締めて、私たちは光かがやく場所に戻った。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

アイノ、アルト、ショコラのお話でした。

少しでも優しい気持ちが残れば嬉しいです。

この二人と一匹は大好きで、完結するのが寂しいのでまた後日談をかけたらなとは思ってます。


ずっと伴走してくださった方、まとめて読んでくださった方みなさんありがとうございます!

面白いと思っていただけたら評価やブクマもしていただけると嬉しいです!


本日短編も投稿したのでよければそちらもお楽しみください。

長い間、本当にありがとうございました!!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素敵なハッピーエンドで明るい気分になれました! 完結おめでとうございます!
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