38 夜の終わりとはじまりの朝
光がさらに強くなり目の前が真っ白になって、私は目をぎゅっとつむる。眩しすぎて目を開けていられない。
アルト様が私を抱き寄せてくれることだけは温度でわかった。
ようやく光が落ち着いてきて目を開けるけど、そこは真っ暗で何も見えない。きっと部屋のランプが魔法で吹っ飛んでしまったからだ。
「ショコラは!?」
ショコラを探すために一歩踏み出そうとする私をアルト様が抱き留めて阻止した。
「アイノ、待て。危ない」
そう言ってアルト様は指先に青い炎を灯した。部屋の様子がようやくぼんやり浮かんできて、見えるようになると。私の部屋は魔法の衝撃でぽっかりと穴が開くように消えていた。壁はなく外が見えていて、床もなく数歩進めば一階部分に落ちてしまう。
「ショコラ……!?」
三分の一ほどになってしまった部屋を見渡すけれど、ショコラの姿も金色の炎も見えない。
その事実に、不安と焦りと涙が身体の中から上がってくる感覚がしてうまく息ができない。苦しい。
「アイノ、大丈夫だ」
アルト様がしっかりと私を抱き寄せて低く囁いた。
「でも……っ」
「落ち着いてみろ。聞こえないか?」
「え……?」
「静かに」
私は言われた通りに耳を澄ませてみる。
「……アイノ」
耳元で確かに小さな声がする。
「ショコラいるの?」
「アイノ、手を出して」
手のひらを差し出してみると、そこに爪ほどの小さな金色の光がきらめいた。
「ショコラ!? ショコラなの?」
「欠片でもいいって言ってくれたでしょ。なんとか踏ん張ったわよ」
「アルト様!」
後ろを振り向くと、微笑んでいるアルト様と目が合った。アルト様の瞳からはぽろぽろと涙がこぼれているけれど、きっと私の顔も同じだ。
「本当に欠片になっちゃって、犬の姿に戻れそうにもないけど」
「ショコラでいてくれるならそれでいいよ」
私は金色の欠片を掬うようにして、自分の頬にくっつけてみる。ほんの少しあったかくてショコラがそこにいてくれるということを知る。
「良かった……」
「泣きすぎ」
小さな声だって涙声だ。アルト様が私の手に自分の手を重ねる。ショコラがそこにいることを確認するように。
私たちはしばらくそうして、三人で寄り添っていた。
・・
翌日。
臨時魔法士たちが何名か城に戻ってきた。
あの日バルコニーから城内に侵入したショコラが、広間の隣にある空き室と魔の森の城を繋いでいてくれたのだ。
彼らの説明によると。あの場で、マティアス様が新国王になると宣言したらしい。
国民はかなり動揺していたけれど、あの場にいたのは平民ばかりだ。マティアス様の語る「平等な世界」を信じたいという声も多かったのだとか。
元国王やあの場にいた国の中心人物は投獄された。彼らはマティアス様の掲げる「平等な世界」に反対する家ともいえる。そして私を襲ったのは第二王子らしく彼もまた投獄されている。
あの場にいなかった大臣や元国王派の家も、元国王と第二王子がいない今おとなしく従うしかないだろう。
……かなり強引な手ではあるし、現時点では国のトップが入れ替わっただけだ。マティアス様の語る世界は美しいけどきれいごとも多い。
これからどうなっていくかは、正直わからない。
だけど、これは元々乙女ゲームの世界。正義はきっと勝つし、ちょっとご都合主義だって許される……そう信じたい。
マティアス様を始めとする主要人物たちは、こちらに戻ってくることはもうなさそうだ。また会うときは国が落ち着いてから、そう約束していた。
彼らにはやるべきことが多すぎる。臨時魔法士たちも状況を説明するために戻ってきただけで、報告だけ済ませるとすぐに王都に戻っていった。
臨時魔法士たちは、嬉しそうに語っていた。これからも王子直属の軍として国に重用してもらえることを。
きっと彼らの存在は国の力になるし、平民と貴族の壁がなくなる第一歩になるだろう。
そして、リイラが国に狙われることもなくなった。
リイラたち家族は元の生活に戻ることになり、リイラとも一時お別れだ。でも今回のお別れは寂しくない。
「次、魔の森に遊びに来るときは門から堂々と入ってきてね」そんなことを言えるのだから。
・・
「朝だ」
柔らかい光の中、私は目を覚ました。一番に目に入るのはアルト様の寝顔だ。光に照らされた黒髪をさらさらと撫でる。
しっかり閉じられた瞼が嬉しい。一緒に眠るアルト様はうなされることもなく、こうして安心した顔を見せてくれる。きっとアルト様はもう悪夢を見ない。
「朝か」
私の動きで起きてしまったのか、目をこすりながらアルト様も呟いた。
「暗黒期終わったんですかね」
昨日夜が訪れても、アルト様に角は生えなかった。翼もかぎ爪も大きな牙もなく。瞳も穏やか青のままだった。
もしかして、と思ってワクワクして眠りについたけど。想像していた通り、目覚めた先に朝はあった。
「朝ですねえ」
嬉しくて何度も朝だと呟いてしまう。
今日はきっと晴れの一日だ。窓から輝く光に浮足立って、待ちきれなくなって、アルト様を引っ張ってベッドから飛び出た。
庭に出ると待ち望んでいた太陽がそこにあった。雲一つない爽やかな朝だった。
プランターの前にしゃがみこむと、小さな芽がひとつ見える。昨日も雨だったから、小さな雫がついてキラキラと光っている。
「朝ねえ」
雫だと思ったけれど、ショコラだった。小さな声が聞こえてきて「朝だねえ」と私も返した。
そんな小さな会話が、涙が出るくらい嬉しくて。
隣を見るとアルト様も芽を覗き込んで微笑んでいる。
「朝ごはん、食べましょうか。フレンチトースト作ります!」
今日の元気も朝ごはんからだ。それから、せっかく晴れなのだから庭仕事をしよう。小さな幸せがいくつも待っている、そんな朝だ。




