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37 全ての色がぶつかって

 

「あ……」


 膝から崩れ落ちながら、視界の端でヴェーティーと呼ばれた少年が捕らえられるのを見て安堵する。

 マティアス様は後ろの騒ぎを悟られないよう、民に向けて未来を語り続けている。


 だから、大丈夫だ。


「アイノ!」


 崩れ落ちて固いコンクリートに頬にこすりつけるしかなかった私は、柔らかくて暖かい大好きな人に包まれる。


「だい、じょうぶ、で、すよ」


 私は微笑んでみせたが、正直あんまり大丈夫ではなさそうだ。身体を抱き起こされて自分の熱い脇腹が見えるようになったけれど、傷口から紫の煙のようなものが見える。なんだろう、これは……そう考えるのもおっくうになるほどに頭が重い。


「アルト、準備ができたわよ! すぐに!」

「ああ」


 ショコラの声が聞こえたかと思うと、アルト様に抱きあげられて城内の広間に進んでいくのはわかった。そしていつの間にか我が家に戻ってきていることもわかった。

 たぶん、ここは私の部屋だ。アルト様は私を抱きしめたままベッドに座ったみたいだ。


「アイノ、アイノ……!」


 アルト様はずっと私の名前を呼び続けている。彼の後ろからショコラも見える。

 大丈夫だよ、と伝えたくて口を開くけれどなぜだろう、言葉がでてこない。アルト様のこんな必死な顔を見るなんて初めてだなあ。私のためにこんなに必死な顔をしてくれるのかあ、なんて場の空気にそぐわない感想が出てきてしまうほど、私の頭の中はぼんやりしていた。


 アルト様が脇腹に手を差し出すと優しい黄色の光があらわれて包み込む。ほんの少しだけ熱が軽くなったと思ったけれど、それは一瞬のことだった。おなかを見おろさなくても紫の煙がモクモクと上がってみえる。

 ショコラも前足をかざして何か魔法をかけてくれているのだけど、紫は消えないまま私にまとわりついているようだ。


「くそっ……これは呪いか?」

「人間側も魔人を確実に殺す武器を用意していたのね。これ魔力に入り込んで、命と魔力をすごい勢いで消していく。魔力が多い者こそ致命傷になる呪いだわ」

「ショコラ。今、アイノから魔力をもらったらどうなる」

「……そうか、その方法があったわね。瘴気の対象を変えられるかも」


 二人が話している内容があまりいいものに思えなくて私は首を振る。


「アイノ、今助けてやるから」

「だいじょう、ぶです」

「心配することはない。だからこっちを見てくれ」


 じっと見つめられた瞳は涙に濡れている。嫌な予感がじんわりと背中を這う。お腹はやっぱり燃えるように熱い。

 アルト様は私の顎に手をかけて、いつもキスをするように顔を近づけてくる。私は力を振り絞ってなんとか手で身体を押しのけて、顔をそむけた。


 むに。と、顔をそらした先で柔らかい感触がする。私にキスをしているのは……ショコラ?

 こんなかわいいおててでどこにそんな力があるのかわからないほどに、前足で顔を固定されてぎゅっと唇を押さえつけられる。じゅうじゅうと音がするように熱かったお腹が冷えていく。同時に重い頭や身体もすっきりしていく。


 ハッとしたときには、クリーム色の毛並みが紫に染まったショコラがいた。――考えなくてもわかる。呪いを魔力ごとショコラが吸い取ったのだと。


「ショコラ!? ショコラ!」


 ベッドの上に倒れ込んだショコラを慌てて抱き上げてからアルト様を見上げる。アルト様も呆然とショコラを見ている。ショコラの行動に驚いているようだ。


「アイノ、気分は……大丈夫そうね、よかった。アルト、そんな顔しないで。これが一番いいってことは貴方だってわかるでしょう」

「…………」

「待って、私はわからないよ! アルト様、回復魔法でどうにかならないのですか!?」

「……難しい」

「そんな……! だからって、ショコラが! ダメだよ!」


 私はショコラから瘴気を奪い返そうと思って、キスしようとするけれど。ショコラは身をひるがえして私の腕からすり抜けていった。


「ショコラ! お願い! 私を庇って死ぬとか、そんなのはやめてほしい、お願い。返して、それ」

「いいのよ、アイノ」


 そうショコラが微笑むと、いつものミニチュアダックスの姿がぐんにゃりと歪んで消え、その場には金色の炎のようなものが現れた。そしてその炎には先ほどの紫の瘴気がまとわりついている。


「私は元々存在しないものなの。犬の姿をしていただけ。だから、あなたの死ぬとは違う」

「ど、どういうこと……!?」


 理解が出来なくてアルト様を見ると、思い悩むような苦し気な表情が目に入った。


「ショコラは二十年前に滅ぼされた一族の魔力の集合体なんだ」

「え?」


 それは、なんとなく理解できるような、できないことで。でも、今それを詳しく説明してもらう時間はなかった。

 紫の瘴気の勢いの方が強くて、金色の炎の勢いが弱くなっていく。それはまるでショコラの命を吹き消していくみたいに。


「待って、それでも理解できない。細かいことはどうでもよくて、とにかくショコラに消えて欲しくない!」

「貴女を最後に守れたら嬉しいわ。私は、私たちは一人残されるアルトのために生まれたから。でも私たちは生き物というわけではない。だから――」

「違う! だって、私がここにきてからのショコラとの日々は全部本物だったもの! それは生きてるっていうよ! 諦めないでよ、だってショコラの魔法ってすごく最強じゃない、このモヤを吹き飛ばす魔法、ないの」


 涙で声が揺れる。アルト様の苦悶の表情や、明るく振る舞うショコラの声は嫌な予感しかない。私はアルト様の腕から抜け出し、ショコラの炎をかかえこむ。紫の瘴気は触れるとピリピリと痛んだ。


「アイノ」


 アルト様が背後にきて、私の手を取った。


「アルト様、なんで諦めてるんですか!? だって、ショコラは、アルト様のたった一人の家族じゃないですか!」

「……」


 アルト様に怒っても仕方ない。アルト様の表情を見ると、私よりももっと辛いのだろうとは思う。でも――私はまだあきらめたくない。


「アイノ、貴女が来てくれて私たちはもうそれで自分たちの役目を果たせたと思っているの。アルトは貴女と一緒にいて初めて未来を見ることができた。私たちはそれで充分」


「違う! 私とアルト様の想う未来は、二人と一匹のゆるやかな暮らしなの。だからお願い、諦めないで」


「最後は笑ってお別れしたいわ。ね、アルト。アルトはもう大丈夫よね?」


「……今まですまなかった、ありがとう」


 アルト様の顔は歪んで目には涙がたまっている。そんなアルト様の顔がうまく見えない。涙で目の前がぐちゃぐちゃで、何にも見えなくなってきたからだ。いやだ、お別れなんてしたくない。


「笑ってお別れしたいって言ったのに。もう、あの時みたいに心残りができちゃうわよ。あと少しで魔力が消えちゃうわ」


「……ねえ! 少しでも魔力を残せないの? 二十年前の方法みたいに!」


「瘴気の勢いが強くて魔力をどんどん消されていくのがわかるわ、私にある魔力を吸って自分の力に変えているみたい。きっと私の魔力を吸い終えたらこの煙も消えるわね」


 金色の炎は紫の煙に巻かれてどんどん小さくなって、今にも消えてしまいそうだ。だけど、金色の炎が小さくなるに伴って紫の煙も小さくなっていく。ほとんどショコラの魔力を吸いつくしてしまっているのだろうか。


「欠片でもいいから、ショコラの魔力が残っていれば、なんとかならないの……」

「……そうか。――ショコラ、今から攻撃してもいいか」


 私の呟きにアルト様が反応した。


「え?」

「瘴気を攻撃して燃やし尽くす。お前の魂にもダメージが行ってしまうと思うが、欠片くらい残せないか、魔力を」

「なんだかすごい難しい注文をされているわね」

「一つ可能性があるとすれば、それしかない。呪いを浄化することができないなら、ショコラごと燃やす。だから欠片だけでも残してくれ」


 アルト様は金色の炎に向かって手を伸ばして、私を見つめる。


「アイノ、ショコラの魔力に、魂に、防護魔法をかけてくれ。イメージするんだ、ショコラを守る」


 アルト様は私の背中に手を置いた。じんわりと熱が伝わってくる。

 大丈夫。私の魔力は暗黒期を経て強くなってる。アルト様からたくさん受け取っている。

 アルト様が教えてくれた、魔法はイメージすることが大事だって。ショコラを守りたい気持ちは、何よりも強い。


「いくぞ」

「はい……! レンド・イルース!」


 私の魔法が金色の炎を黄色く包んで、アルト様の放った大きな青い炎が紫と金色にぶつかった。

 部屋はいろんな色が混ざり合って激しく光り、前が見えない。衝撃に立ってる場所が揺れるけれど踏ん張って。とにかくショコラを想った。ショコラを守りたいと願った。

 最終的に全ての色がぶつかって真っ白になり弾け飛んだ。部屋はまばゆく光り、パラパラと金色が降ってくる。……紫色は見えない。


「ショコラ……? ショコラ!」


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