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36 舞台の上で

 

 私が小さく唱えた呪文は、バルコニーの隅にいたリイラ役の布を吹き飛ばした。そこから現れたのは少女でなく中年の女性だった。


「な……!」


 女性の顔を見て、二人の大臣の顔色が変わる。女性は民衆からよく見える場所に飛び出して叫んだ。


「国が……! 私の息子を殺そうとしました! 魔物に襲われた子供は私の子供です!」

「お、おい!」


 大臣が声を掛けると控えていた臨時魔法士が彼女に走り寄っていくが、それでも彼女は叫び続ける。


「息子は国によって森に押し込められたのです……! そして元気になってきていた息子を……!」


 そこまで叫んだところで彼女は魔法士に完全に捕らえられて、バルコニーの隅に戻された。


「息子がどうなってもいいのか!」

 顔を青くした大臣が彼女に怒りをぶつけている。それを見て国王や他の大臣はようやく彼女が何者かわかったようだ。

 民衆のざわめきが大きくなり、国関係者は明らかに動揺している。

 父も私の口を抑えたまま、唖然とした表情になっている。――今がチャンスだ。


 私は「フロータ・ルイロー」ともう一度唱えて、自分が浮かび上がることで父の拘束からなんとか抜け出した。そしてバルコニーから飛び出して空中で私は叫んだ。


「皆さん、注目してください!」


 空中から民を見渡す。皆、何が行われているのかさっぱりわからないのだろう。わかることといえば、国王の演説がめちゃくちゃになっていることくらいかしら。私と女性の仕事はこの場をかき乱すことだから、国王や民の様子を見る限り任務成功だ。


「あの女を捕らえよ!」

「何を言うつもりだ!」

「言わせるな!」


 女性に気を取られていた国王たちは私に意識を戻した。命令された臨時魔法士やなりふり構わない大臣が私の元に向かってくる。


「皆さん『レンド・イルース』と叫んでみてください! 自分を守るイメージをしてみて! レンド・イルース!」


 私が叫ぶと黄色いモヤのような光が私を包んだ。初心者でもできる簡易防御魔法だ。そのまま私はもう一度「フロータ・ルイロー」と唱えて空中を移動する。


「レンド・イルース!」


 一人の男性――民に紛れた臨時魔法士だ――が叫ぶと、彼の周りにも光のモヤがかかるのが見えた。


「これは防御魔法じゃないか!? なぜ貴族でもない俺に!?」


 別の臨時魔法士も同じ防護魔法を発動させてからそう叫んでいる。


「レンド・イルース!」見様見真似で子供も叫んだ。弱弱しいけど光が子供を包んでいく。それを見た中年男性も叫んで……そうして光は連鎖するように、民に広がっていく。


「魔女が! やめろ!」


 光を見つめていた私を、空中まで移動してきた父が捕らえた。父は私を抱え込んだままバルコニーに飛び込み転がった。

 私のことは見て見ぬふりだったというのに、国のことにはここまで必死になれるのか。子供の頃から抱きしめられたことさえほとんどなかったのに、うんざりするほど抱きしめやがって!


「魔人はもう来ないのでしょう! 処刑しましょう!」


 父は国王に向かってつばをばしながら叫ぶ。娘を処刑することで自らの地位になんとか守りたいのかもしれない。

 国王も真剣な顔で頷いた。

 民衆は見えないけれど、皆が口々に叫ぶ声が聞こえてくる。簡単な防護魔法ならきっとほとんどの人が発動できただろう。


「騎士団に伝えろ、この広場にいる人間を外に一歩も出すなと」

「かしこまりました。配置変更を指示してまいります」


 一人の臨時魔法士が走ってこの場を去っていく。……うん、騎士団も排除できる。父に押さえつけられながら私は国王に向かって微笑む。


「処刑できるならしてみなさいよ!」

「魔人に毒された魔女め……!」


 国王は憎しげに私を睨んでから、処刑の合図を送るべく自分の隣にいる緑のケープをつけた魔法士に目線を向けた。魔法士は背が高く国王が見上げると――


「初めまして。イルマル王。――魔の森のアルトと申します」


 そう言ってアルト様は、国王の首に長い指を添わせた。


「俺の花嫁を返せ」


 美して低い声がはっきりと聞こえる。


「おい……!」


 国王が唖然として周りを見渡すと臨時魔法士たちがぴったりと各大臣の隣をつけていて、すぐに魔法を発動できるように首元に指を添えている。


「ど、どういうことだ……お前ら! 裏切ったか!」

「騎士団は!?」

「民の元だ!」

「ば、バルコニーの下にも兵が待機していたはずです、合図を……!」


 一人の大臣が叫ぶと同時に、十名程の魔法士たちが下から飛び上がってきた。


「助かった……!」

「お前たち! すぐに攻撃を……!」


 大臣たちが慌てて指示するけれど。魔法士たちが指を向ける先は、もちろん大臣たちだ。


「どういうことだ」


 他の大臣と同様に捕らえられた父が感情のない声で呟いている。


「自分たちが利用するはずだった平民に捕らえられたお気持ちは?」


 静かな声が響き、入ってきたのはマティアス王子とエリアスだった。マティアス様は喫驚の表情で固まっている大臣たちを軽く見るとまっすぐバルコニーの先に向かっていく。


 民がどうなっているのか、座り込んだままの私から見えないけれど。

 暗黒期の暗闇が嘘のように、広場が明るく見えるから。きっとたくさんの人が魔法を発動できたのだろう。


「イルマル王国第一王子マティアスだ! 今日この日をもってイルマル王国は変わっていく!」


 凛とした声は、大きくざわついた広場でもよく通った。ざわめきが静かになっていく。


「マティアス!」

 アルト様に捕らえられたままの国王が叫ぶ。


「皆さんにはご退場いただきましょう」

 エリアスが言うと、広間の方からさらに臨時魔法士たちが何十名もやってきて彼らを連れていく。


 よ、よかった。私の仕事は終わった。バルコニーの隅にいたままだった私は立ち上がって、マティアス様に背を向けて広間の方に向かうことにした。国の未来は彼らにお任せだ。私には――


「魔女め!」

「アイノ!」


 爆発するような鋭い声がして。振り向くとそこには少年がいた。殺意を瞳の中にたぎらせて私に剣を向けて。え、誰……?


「ヴェーティー様!」


 大臣たちを見送っていたエリアスが叫び。アルト様が私に向かって手を伸ばすけれど。

 彼は一体どこから現れたんだろう。そう思う間もなく、私の脇腹が熱く燃えた。

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