35 舞台にあがる
国王が出てくると場は一瞬静かになったが、それはほんの少しの時間だった。
ガヤガヤとすぐにざわめきは大きくなり「暗黒期いつおわるんだ!」と野次が飛ぶと皆口々に叫び始めた。
国民はこんなに不安を抱えていたのかと、初めて知った。私はアルト様やショコラから暗黒期がどういうものか説明を受けたし、終わりが来ることをしっているけれど。国民は突然現れた暗闇の日々が不安なのだろう、そりゃそうだ。
「白の花嫁はどうしたんだ!」と老人が怒鳴っている。そうか、彼らは二十年前を経験しているから。暗黒期が訪れると花嫁行列があるのだと理解しているに違いない。今回の暗黒期は花嫁行列が出来ていない、不安は加速したのだろう。
「静粛に!」
国王の隣にいた宰相が叫んだ。宰相が叫ぶと、民の誘導をしていた騎士団が鋭い睨みを効かせて野次を飛ばしていた人たちを黙らせる。まだざわざわとしているものの、怒鳴る者はひとまずいなくなった。
国王の奥には数名大臣が控えている。その中に憎き父親の姿も見つけた。
「皆の不安を取り除くためにもこの場を開いてくださったのだ。この闇、暗黒期に関しても説明がある。きちんと聞くように」
宰相がそう言うとようやく民も静かになった。国王が再度前に出てきて声を張り上げた。
「暗黒期は必ず終わりを迎える! しかし皆の不安な気持ちもわかる。先日魔物が子供を襲ったことは皆も知っているだろう、国としても大変重く見ている。魔族は危険なもの。彼らを討たねば私たちはいつまでも魔物の影に怯えることになる。そこで民を守るために、魔の森に軍を進めている。我々は根本を絶つのだ!」
私はこの王がとても好きにはなれないけれど、それでもやはり国王なのだと思う。威厳のある風格に低くて通る声。民のために国が動く、その事実は民衆を沸き立たせるのに十分だった。
ここから魔人が受け入れられる未来が作れるのだろうか。そんな不安がよぎるくらいには。
「そして暗黒期のたびに捧げている『白の花嫁』だが……今回は捧げる事が出来なかった」
王の悲痛な声に、民からは疑問の声があがる。
「『白の花嫁』を騙る者が現れたのだ。その者は自分こそ『白の花嫁』だと主張し、国を謀った。そしてその結果、今に至るまで花嫁行列も出来ていない。例年より闇が深いのは魔人の怒りだ」
でたらめばかりを並べる。でもそう言い切る彼の姿を疑う者はいないだろう。誰も『白の花嫁』の定義を知らない。いや、そもそも『白の花嫁』は誰だっていいのだから。
「彼女は身分を偽ってアロバシルアに入学までしていた。身分を偽り、国を謀るこの行為は彼女が魔人の一味なのではないかと考える。――リイラ・カタイストをこの場で処刑する!」
どよめきが広がる。皆が動揺しているうちに私は民衆をかきわけてバルコニーに近づいていく。
白い布を被せられた少女――もちろんリイラではない――は臨時魔法士に両手を拘束されながら前に出る。
「魔女め!」「魔女!」「太陽を返せ!」と民の声が響くなかで、私の声は聞こえるだろうか。
「待って!」私は喉が切れるのではないかと思うほどに大きな声を出した。やはり民の声にかき消されてあまり聞こえない。それならば……。
「フロータ・ルイロー!」そう叫んで私はショコラを抱き上げたまま地上から浮き上がる。民の頭の上を通って私はバルコニーの方に空中を泳いでいく。
「待って! その処刑、待ちなさい!」
大きな声でもう一度叫ぶと「なんだあれは?」と私の影に気づいた者も現れた。私はバルコニーのふちに降り立った。ショコラをバルコニー内に放って顔を上げると、突然現れた私に国王たちは凝視しつつ口角は上がっている。
「処刑されるのは私です。『白の花嫁』を騙ったのは私ですから。そこにいるリイラ・カタイストこそが本当の『白の花嫁』です」
そうだ、リイラが『白の花嫁』だ。その事実は変えなくたっていい。私はアルト様の花嫁なんだから。
突然現れた人間に皆静まり返って注目してくれている、都合がいいことだ。
国王たちは私が来ることを想定していたくせに白々しく驚いた表情を作っている。そっちも演技するってことね。
「なぜ君が!? まさかお前はまじょ――」
「虐げられていたからですよ!」
まさかお前は魔女か、だなんて言わせるつもりはない。私は顔を手のひらで覆った。
「申し訳ございません。まさかこんなことになるだなんて思っていなかったのです! まさか本当に暗黒期が訪れると思っていませんでしたから……! 騙すつもりはなかったのです!」
「……な」
突然泣き崩れた私に国王は面食らっているので、そのまま泣きまねを続けた。
「私はプリンシラ侯爵家の次女アイノと申します。そうです、プリンシラ侯爵の娘です! ですが! 私はプリンシラ家で人間以下の扱いを受けておりました。与えられた部屋は物置。食事は家族の食べ残し以外ろくなものを与えられず。水をかけられ、ぶたれ……ここが地獄だったと思っていたのです……! それならば、魔人の元に嫁いだ方がいくらかマシだと思い、お伽話を信じてみたくなったのです。辛い日々から逃げようと思って、嘘をついてしまったのです!」
大声で叫んだ私に民はどう反応していいか迷っているようだ。この場で聞くような内容ではない。聞かされても仕方ないことだ。でもそれでいい小さな時間稼ぎと父親への小さな仕返しなだけだ。
「関係ない! その女が国を騙したのは事実だ!」 と皆からの目線を受けていた父が叫ぶ。困惑している民とは違い、その場にいる大臣の視線は突き刺さっているからだ。
「お父様! 酷いですわ! もとはと言えば貴方が愛人家族を家に連れてきたことから始まりましたのに! 娘を一度も心配しようとせず、今から処刑までしようとしているだなんて!」
予想していない醜い親子の言い争いが始まり、困惑した空気に包まれているなか
「黙りなさい」見かねた国王が低い声を出した。
「アイノ・プリンシラの心情は理解した。しかし身勝手な理由で国を騙したのは事実だ。お前がその身勝手な行為で、民は混乱に陥っており、暗黒期はいつもよりも深い。そのせいで死傷者まで出たのだぞ!」
そしてまた民に向かって叫ぶ。国王の威厳ある声に、困惑からとけた国民も再度ざわつき始める。
「はい。罪は償うつもりです。ですが、リイラ・カタイストは解放していただけませんか? 彼女こそ本当の『白の花嫁』なのですから罪人ではありません」
そう言うとリイラの身代わりになっていた少女は解放され、彼女の腕を拘束していた魔法士が私の腕を掴んだ。
「では、アイノ・プリンシラの処刑を行う。言い残したことはあるか?」宰相が私の前に立って尋ねた。
「いえ。地獄からプリンシラ家の不幸を祈っています」
「そ、そうか」
そうして私は魔法士に両腕を引きずられ、バルコニーから国民に顔を出す。
「……処刑は後ほど行う。先に魔の森について国民に説明をしよう」
大臣たちはそう相談している。アルト様が出てくるまでは私は餌なのだ。そう簡単に殺すわけにはいかない。私は捕らえられたまま、外からよく見える場所に立たされた。だから大声をあげた。
「お伽話の世界だと思っていた魔の森は本当にありました! なかなか楽しい暮らしでしたよ。魔人は悪い人ではないです。私はそこで半年ほど暮らしていましたから! 白の花嫁でもないのに! 虐げられた暮らしより何千倍も幸せな日々を送っていました! 死ぬ前にそれだけ伝えておきます!」
私の大声に「魔人はまだこないのか!」と宰相が小さく叫んでいる。構わず私は続ける。べつに今の私の叫びですぐに国民の考えが変わることはない。でもこれから王子が作っていく未来のためのわずかな種まきだ。
「私のことはいつ処刑していただいてもかまいません。――でも一つ聞いてください!前回の花嫁行列から二十年の時が過ぎましたが、誰も魔物に襲われていなかったのはなぜだかわかりますか!? 魔人が魔物を制御し続けてくれているからですよ! ではどうして今回子供が襲われたかわかりますか? 国の――」
叫ぶ私の口は抑えられた。私の顔を掴んで無理やり手のひらを押し付けてくるのは――血走った目をした父だった。「魔女め!」と叫びながら。ああ娘が最期だというのにこの男は。
私はフロータ・ルイロー、と抑えられた口の中で小さく唱える。