34 おわりとはじまり
穏やかで未来を夢見る楽しい三日は一瞬で過ぎた。この三日は一番幸せな時期だったのかもしれない。
明るくて、広がる未来を夢見ることができるのはこの期間だけだから。
貴族も平民も魔人もみんな一緒に暮らせる世界は、理想では美しく思える。だけど実際にクーデターを起こした後、直面するのは混乱で、これからは現実ばかり立ち向かってくるのだから。
きれいな未来だけを夢見られる最後の時だということを心の中ではわかっていたから。この三日は誰もがいつもよりはしゃいで楽しく過ごしていた。
明日は国王の演説が開かれる日だからとダイニングルームにご馳走を並べて昼から酒を振る舞い、軽い立食パーティーを開催中だ。決起集会というか英気を養うというか、とにかく美味しいものを食べて明日は頑張ろう! というわけだ。
やっぱり今日もみんなどこか無理に明るい表情を作っていて、それが胸をざわつかせた。
パーティーだからといつのまにかダンスが始まっていたりして。私はそれをなんだか落ち着かない気持ちでぼんやり見つめていた。
「これ初めて食べました、美味しいですね」
隅でドリンクを飲んでいた私の隣に臨時魔法士の青年が現れた。根菜を煮込んだ煮物風を皿に乗せている。今日は私も料理をたくさん作ったのだ。なんちゃって煮物、受け入れられてよかった。
「ありがとうございます」
「貴女は元々貴族のご令嬢だと聞きました。料理が得意なんて驚きました、なんだか母の料理を思い出します」
「素朴な味でしょ?」
「すみません! 褒めているつもりでしたが」
「ふふ、伝わってます。ありがとうございます」
褒めてくれた彼は真面目そうな青年で少し笑ったあと、彼は真剣な表情になり「明日貴女のこと命にかけてもお守りします」と言う。
「そんな。ご自身のことも大切にしてください」
「いえ。私は一度死んでいた身なのです。殿下たちが助けてくださったから命があるだけなのです。
私たちは皆、国に選ばれた英雄だと自身を過信していて舞いあがっていました。裏に隠されていたことも気づけずに。私たちは皆マティアス様に感謝していますし、彼の作る未来を信じたくなりました。今はまだあまり想像できないことですけどね」
「わかります」
私も数日前は想像つかなかった。アルト様とこの森以外で過ごせる未来を、想像したこともなかった。
「軍に残っている魔法士たちも皆平民ですから。国には思うところがありました。明日は思いっきりぶつけるつもりです」
軍にいる臨時魔法士たちもこちら側についているのは、ほとんどリイラのヒロイン力のおかげだ。
臨時で魔法士を育てるためにアロバシルアから教師が派遣されていて、それが攻略対象の一人。リイラは彼の好感度もあげてくれていたのだろう、今回の作戦に賛同してくれているらしい。彼はこの場におらず軍の方に残ってくれているそうだ。
「明日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします!」
人の良さそうな笑みを彼が向けてくれたところで「アイノ」と低い声がした。先程までマティアス様たちに囲まれていたアルト様が目の前に立っている。
「そろそろ屋敷に戻ろう。『夜』が始まる前に」
「あっ、もうそんな時間でしたか。では帰りましょうか。お話ありがとうございました」
「料理美味しかったです! ありがとうございました! 明日はよろしくお願いします!」
青年に挨拶もそこそこにアルト様に手を引かれる。リイラたちに軽く挨拶をして会場を後にした。
・
「あれ。まだ五時でしたね」
アルト様の部屋に入った私は部屋の時計を見て現時刻を知る。暗黒期は空の変化はないから時計を見なくては全くわからない。
「少し疲れた。賑やかすぎる」
「まだ五時ですし、お茶でも淹れてきましょうか」
「いやいい」
そう言ってアルト様はベッドに座ったので私も隣に腰かける。
「暗黒期があけたら……アイノはこの森を出たいか?」
「アルト様がここに住んだままなら私もそうしたいです」
「そうか」
「もしかして私の幸せは森を出た場所にあると思ってます?」
「……他の人間と喋っているのを見たらそう思っただけだ」
アルト様は私を見ずに小さく答えるから、腕を引っ張ってこっちを向かせる。
「まだ私の愛を信じてませんね」
「そういうわけではないが……俺は魔人だ。理想論では平等だと言ってもまた迫害される可能性だってある」
「それなら迫害上等ですよ。また森でのんびり暮らしましょう。私の幸せはここにしかないですよ」
「わかった」
「あ、でもアルト様も。言ってましたよね。白の花嫁は国から与えられるものだって。選択肢が私しかなかったから……イルマル王国に行ってみたら、他の女の子に目移りしませんか?」
ふざけて言ってみると、アルト様はわかりやすく不機嫌な顔をしたから小さく笑ってしまう。
「言っただろう、魔人の愛は重いんだ」
「そうでした」
まだ『夜』ではないけれど、もう夜を始めてしまおう。明日への不安をかき消すためにも。
・・
空は暗闇に包まれたままの午前。正午から始まる国王の演説目当てに人並みは城前に流れていった。
その流れの中にショコラを抱いて私がいた。近くには同じように民衆に紛れ込んだ臨時魔法士の六名もいる。
どのように広場へ移動するか考えて、私は人混みに紛れる事にしたのだ。私自身は餌なのだから、アルト様が現れるまでは簡単には処刑されないはずだし、大々的な花嫁行列も行っていない私は人々に顔を知られていない。民衆に身を隠し頃合いを見て叫ぶ予定だ。
王都にある空き家に転移を設定して、何食わぬ顔をして民に紛れている。
皆一様に不安な顔をしていて、ひそひそと話しながら歩みを進めている。
「また魔物が人間を襲ったらしいよ」
「いつまでも暗黒期は続いているし……」
「今日は重大な発表があるらしいけど、何だろうか」
私も同じように不安げな顔を作って流れについていった。
王城まで到達すると既に大勢の民が集まっている。城の二階部分には大きなバルコニーがあって、そこで国王のありがたいお話が始まるのだろう。……漫画とかでよく見るようなギロチンとかはないな。首を乗せられている状態のまま待機だったら、いくら助けてもらえるとしても怖すぎる。
ポケットから懐中時計を取り出すと正午まであと十分ほどだった。私は広場を見渡してみる。バルコニーの下には緑のケープを着た青年たちが並んでいて、あれがきっと臨時魔法士だ。アルト様がやってきたらあそこから迎え撃つ作戦なのだろう。バルコニーにも何名かは並んでいる。残りは森前で待機と指令が出ているそうだけど、彼らはアルト様と一緒に来る予定だ。
王立騎士団の制服を着た者もいるけど、民の誘導などを中心に行って広場のすみにいる。対魔人戦には関わらせたくないのだろう。彼らは皆由緒正しい貴族の息子たちなのだから。
演説が始まって盛り上がってきたら、私の出番だ。リイラは安全な場所にいるとわかっているうえで、迫真の演技ができるかはちょっと不安なところだけど。父親の前で白目を向いた演技がもはや懐かしい。
ゴーンゴーンと、正午を知らせる鐘が鳴り国王が姿を現した。