02 生贄、私にやらせてください
「どうしたんだアイノ。お前が会いたいというだなんて」
父は笑顔を浮かべているが、明らかに困惑を隠せない顔をしていた。何度もメガネをクイクイしていて、手を動かしていないと落ち着かない、そんな様子だ。
私が父を呼び出すなんて初めてのことだから警戒しているのだろう。
休日の昼下がり、城下町のケーキショップにて。見覚えがあるのはゲームでも攻略対象とのデートでよく使ったから。
私はせっかくの機会だし父の金だし、目の前にケーキをずらりと並べて優雅に食べる。
父は一体何を私が言い出すか不安なのだろう。ご希望通り胸ぐらを掴んでもいいのだけど、私には仕事があるのだ。
「お父様に会いたくなっただけです」と反吐が出るセリフを甘えた声で言う。吐きそう。
「そうか。久しぶりだからな。何か欲しいものはないか」
きまずい顔を隠そうともせずに父は言った。娘への機嫌の取り方は金しかわからないらしい。
「お父様とお話したかっただけですわ」と言って、ひとまず学園生活について話すことにした。世間話を挟んでおきたい。
リイラという平民の友達が出来たと告げると父の顔は微妙に変化した。平民を見下す貴族の悪いところが出てる。
ますます父の嫌いポイントがたまったが、とりあえず私は世間話を進めた。
「アイノ。すまない。そろそろ予定があるんだ」
父はさっさとこの場を切り上げたいらしい。でも父がそう言ったのなら、始めるしかない。
「待タレヨ……!」
私は自分の限界くらい高い声を出した。喉がつぶれたケロケロ声が絞り出されて、父はぎょっとした顔をした。
正直めちゃくちゃ喉が痛いが、父の表情を見ると手応えを感じる。
「我ハ預言者ナリ」
預言者の口調がわからないので謎のキャラ設定になってしまったが、父親の顔色はますます悪くなったのでイケそうだ。
「マモナク暗黒期ガクル……白の花嫁ハ、コノ娘ダァ……!」
「なんだって!?」
父が席を立ち、ガタンと大きな音がして椅子が倒れた。まわりの目がこちらを向いたを感じる。
私は白目をむいて、ガクッと燃え尽きたように力を抜いた。そして床に崩れ落ちる。
「アイノ!」
父がすぐに駆け寄ってきて私を抱き上げる。まわりから悲鳴が聞こえて「女の子が倒れた?」とざわざわしている。
私は目を開けてきょとんとした顔を作ると「……あれ?どうしたのですか、お父様」と言った。
これで前座は完成だ。あとはお告げがきたと自演するだけだ。
父の手がガタガタ震えているが、薄情な父親ならば私を魔王に捧げるのは朝飯前だろう。
なんたって魔王よりも凶悪な親子に私を預けていたのだから。
・・
翌朝、私は父に手紙を出した。
「昨日不思議な夢を見ました。夢の中の私は花嫁姿で、預言者と名乗る人からお告げがありました。お話がしたいです」
と書いて送ると、昼には王城に呼び出された。
謁見の間には国の重鎮らしいおじさんたちと、父、それから国王がいた。
ああそうだ、自分のことしか考えていない貴族の中には国王もいたんだった。たしかこの男、王子ルートではラスボスとして活躍していて、何度もバッドエンドで殺されたっけ。
この国は滅びた方がいいかもしれない。
「プリンシラ侯爵から話は聞いた。して、どのようなお告げがあったのだ」
「まもなく暗黒期が訪れ、私が今回の花嫁だというお告げです」
一人の重鎮からうめき声が漏れたのを皮切りに場は騒然した。「なぜだ……!」「暗黒期がなぜ」「まさか魔族が……?」「花嫁が現れたということはそういうことか?」と口々に声を上げる。
……なんだか想像してた反応と違う。
驚かれるとは思っていたが、それは「なぜ白の花嫁のお告げがあったのか」という反応だと思っていたのだ。占いなどで決めるのではなく、おえらいさんが都合のいい女を決めるからだ。
彼らは、暗黒期が訪れること自体に驚いている。
数十年前にも、それ以前も暗黒期は訪れたはずなのに。まるでおとぎ話の中のことが本当に起きた、という反応だ。
国王は父に「お前が話したのではないだろうな? 娘の狂言だという可能性は?」と聞いた。
「そんなまさか……ありえません。そんな狂言をする必要もありませんし……」
「まあそれもそうだな」
重鎮や父の顔は青ざめていて、国王も渋い顔で何やら考え込んでいる。皆の言葉や反応にはやはり違和感を感じる。
「夢の中で預言者からお告げがありました。今から一年後、この世界は暗黒に包まれるだろうと」
「一年後?」
「正確な時期まではわかりませんが」
彼らはまた顔を見合わせてザワザワが広がる。ザワザワしすぎていて言葉が聞き取れない。しゃっきり一人ずつ喋って欲しい。
「本当のようだな……」
「私の話を信じてもらえるのですか?」
「ああ。誰も暗黒期の訪れの時期は知らん。それにお前がその嘘をついて何の得になろう。ところで、白の花嫁とは何か知っているか?」
国王は頭が痛いのか眉間を指で押さえながら、私に聞いた。
「魔王の花嫁になると聞きました。魔王は暗黒期を迎えると本能的に人間の花嫁を欲して乱心します」
「そうだ。白の花嫁となってくれるのか」
「この国のためならば命を捧げることも惜しくありません」
出来るだけ凛と聞こえるように言った。
「ふむ」
「暗黒期が来る前に魔王の元に行かせてもらえませんか? 暗黒期が始まると同時に魔物も暴れるでしょうから、被害は少ない方がいいでしょう」
場の空気がザワザワとしたものからしんみりとした物に変わることに気づく。皆、私をこの国を救う慈悲深い聖女だと思ってくれたに違いない。
「イルマル王国のために申し出てくれたこと感謝する。プリンシラ侯爵、お前の娘はこの国の誇りだ」
「……ありがとうございます!!」
娘が生贄になるんだから、演技でもいいからもう少し悲しむくらいしたらどうだろうか。
娘が魔王に嫁ぐことに涙一つもこぼさないくせに、自分が褒められて嬉し涙にじませるとか、親の資格ゼロ親である。
こうして私は「白の花嫁」に立候補して、魔王のもとに嫁ぐことが決定したのだ。