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32 魔人の未来を夢見る

 

「アイノ! 会いたかった!」


 そう叫んで私を抱きしめたのはリイラだ。先日の雑貨屋と全く同じシーンになって少し笑ってしまう。でもこうやって笑みがこぼれるのもリイラが目の前にいるのを確認できたからだ。

 逃げている、そう聞いていても実際に自分の目で確かめないと落ち着かなかった。


 お昼には転移の準備が完了して、魔法の力も最大限使ってなんとか城をピカピカにし終えて私は『白の花嫁』のためだったという部屋で待機した。

 転移魔法とは面白いものだ。私が入ってきた扉は城の廊下に繋がっているはずなのに、次に扉が開かれた時に入ってきたのショコラ、それからリイラだ。リイラは入ってきた途端私に抱き着いて、リイラ越しに見た扉から続々と男性が入ってくるのが見える。


 マティアス王子、それから見覚えがある人たち――フォスファンの攻略対象だ。そして見覚えのない男性が六名。

『白の花嫁』の部屋は、私の部屋の三倍はある広めの部屋だが全員集まるとさすがに手狭だ。この部屋で話し合いをするのだし、とソファや椅子を運んできてみたが全員は座れないだろう。


「リイラ、無事でよかった。彼らは?」

「今回は受け入れてくれてありがとう」


 リイラの隣に出てきたのはマティアス王子だ。他の面々は後ろに控えて王子の言葉を待っている。


「お久しぶりです。殿下もお元気そうで」

「堅苦しいのはいい。もう僕は王子を名乗るつもりもないんだ、反逆者だ」

「それは素敵な役ですね。――マティアス様、国が私やリイラを処刑しようとしていること、魔人を滅ぼそうとしていることはご存知なのですよね?」

「ああ」

「それを回避するために、一時的にでも協力体制を取ろうと思っていらっしゃるということで間違いないですよね?」

「そうだ。僕はリイラを助けたいし、魔人についての国の判断は早計だと思っている」

「わかりました。ショコラから聞いているかと思いますが、この部屋は魔法が使えません。武器も一度お預かりしてよろしいでしょうか」

「わかった」


 王子は素直に剣を置こうとするが、一人が「それはさすがに危険ではありませんか?」と進言している。

 彼は宰相の息子だったと思う、王子の右腕のはずだ。


「大丈夫です。ご不安でしたら、私をあなたの隣においてください。白の花嫁は魔人に愛されていますから。簡単な人質になります」

 私がそう言うと王子が剣を置き他もならった。ショコラがそれをまとめて部屋の隅に移動させるとノックの音がした。

 皆の表情がさっと硬くなるのがわかる。初めて魔人に会うのだ。緊張するのも無理はない。


 扉がゆっくり開いてアルト様が顔を出した。もちろんアルト様が笑顔など作れるはずもないので恐ろしく感じてしまったかもしれない。でも彼だって緊張しているのだ。


「ようこそ」


 アルト様はそう言って両手を軽くあげて武器がないことを証明してからソファに腰をかけた。「どうぞ」と座ることを促すので、対面にリイラと攻略対象たちは座った。知らない六名は彼らの後ろに控えたまま固まっている。私もアルト様の隣に座ってショコラは私の膝の上に乗った。


「はじめまして。僕はマティアスと申します。ご存知だと思いますが、イルマル王国の第一王子でした。今回は助かりました。国の手があと一歩まで迫っていたので」

「……」


 にこやかに話すマティアス王子と対照的にアルト様は黙ったままなので「緊張しているんです」とフォローをいれておく。


「……魔人の生き残りだ。アルトと言う」

「アルト様、紹介します。彼はエリアス――」

 そう言って王子は宰相の息子を紹介して、次々と攻略対象たちを紹介していく。ゲームの記憶はだいぶ薄れてきているけれど聞き覚えのある名前ばかりだ。


「そして彼らは――のちほど改めて紹介します。名前だけ自分で伝えてくれる?」

 王子が促すと六名はそれぞれ名乗った。同年代らしき人もいれば、中年の男性もいる。王子に賛同した者か臣下か。


「早速ですが、本題に入ります。僕たちは一時的に協力をする、リイラやアイノ嬢の処刑、魔人の殺害を回避するために。ですがもっと根本的なことまで踏み込みたいのです」


 王子は前のめりになり、アルト様をじっと見つめた。


「僕は、これを機にクーデターを起こすつもりです。ご協力いただけませんか」

「クーデター? しかし君は第一王子なのだろう。なぜそんなことをする必要がある」

「この国を変えたいからですよ。一気に」

「ふん。賛同できんな。争いが起こる」

「おや、平和主義ですか」


 エリアス様が口を挟んだ。にこやかなキラキラ王子と違って、眼鏡の宰相の息子は少し嫌味っぽい性格らしい。そういえばこんな人だった気もする、でもこの男もリイラに陥落してここに来ているのだと思うと少し可愛い。


「争いは好まない」

「しかしアルト様。どちらにせよこのままだと争いは避けらないのです」


 彼はこの国の問題と今後の国の計画を簡単に説明してくれた。

 この国は一部の貴族のためにあること、本来なら全ての民が手にしている魔力を許さずに貴族のみが力を持ち支配していること、貴族のために税収が増え苦しむ平民が増えていること、政敵を追放し魔力を制限していること、民の不満が噴出し始め近い未来にはクーデターも起きてしまう可能性があることを。

 国民の前で演説を行い、その場でリイラと私、アルト様を処刑したいと考えていること。それが失敗したとしても軍が魔の森に押し寄せてくること。軍は魔力を自覚させた平民の臨時魔法士中心だということ、彼らは魔人を滅ぼした後は処分されること。後ろにいる六名は軍基地で用済みと判断され処分されかけた人なのだと話した。


「どちらにせよ死人が出るか」

 マティアス様の話を静かに聞いていたアルト様は、全ての話が終わってから一言呟いた。


「はい。甘いかもしれませんが、僕は生まれ持った家柄だけで決める世にはしたくないのです。それから――魔人も迫害される必要はないかと」

「甘いな。それは恵まれた立場だったから言えることだ。しばらく国は混乱するぞ」

「はい。でも数年後に民がクーデターを起こす方が最悪の事態になるでしょう。今僕が国王と対立して国を変えた方が血も流れません」

「殿下。それはこれから数年の理想論です。現時点でするべきことをまず話してはどうでしょうか」

「ああ、そうだな」


 アルト様が考え込んでいるのを見て、エリアスが口を挟んだ。


「ひとまず直前に迫っている問題、二人の処刑、魔人の殺害、臨時魔法士の処分についてです。アイノ嬢には悪いのですが、おとりになっていただけませんか?」

「どういうことだ」

「そこが国王の首をとる唯一の機会だからですよ。魔の森まで軍が来る場合、王を始め重役たちは安全な場所にいるだけですから。演説中は王が皆の前に立ちます」

「でも警備は厳重なのでしょう」


 ショコラが尋ねると、王子は後ろを振り返って処分されたはずの魔法士たちを見た。


「臨時魔法士たちは僕たちの仲間です。彼らだけでなく、今軍に残っている者も」

「どうやって?」

「それはまた話しますよ。とにかく彼らは仲間です。国は魔人を恐れているのと、魔法士たちを最終的に処分したい気持ちから前線に立たせる仕事を全て彼らに押し付けていますから。演説の日も魔人討伐部隊として、彼らが派遣されます」

「なるほど。確かにそう考えると今回が唯一の好機とも思えるな」

「はい。対魔人の時でなければ、王の警護は王立騎士団が全て行っています」

「今後はともかく今回はそれでいこう。しかしアイノに危険が――」

「やります」


 アルト様はきっと最後まで私を案じるだろうから、代わりに答えた。


「大丈夫ですよ、アルト様が助けてくれますから」

「演説は三日後を予定しています。国はリイラを探しながら、リイラが見つからないことは極秘にしているはず。自分が代わりに行くと文だけ送っておいてくれないでしょうか」

「やっておくわ」


 王子の依頼になんでも有能なショコラが答えた。

 アルト様はまだ納得しきれていない顔をしているが、現状それ以外に方法はない。

 この演説を逃せば、国が軍を魔の森に派遣することは決定している。彼らが本当にこちらの味方になったのなら襲われる心配はひとまずないけれど裏切りに国はすぐに気付くだろう。安全な場所にいる国王を引きずり出す機会はなくなってしまう。


 ……ぐう。

 緊迫した場だというのに、リイラのお腹の音が響いた。リイラはチャーミングな表情「えへへ、ごめんなさい」と謝る。


「じゃあお昼ご飯にしましょうか! そんなことだろうと思ってサンドイッチ大量に作っておいたの」


 私が言うとリイラが「やったあ」と明るい声を出した。彼女の声に皆毒気が抜かれて自然と柔らかい表情になる。やっぱりリイラはヒロインだ、場を和ませる力がある。


 色々と考えないといけないことはあるけれど、腹が減っては戦はできぬだ。

 ひとまず彼らは魔人に敵意はないし、協力したいと思ってくれている。将来的に魔人も普通に暮らせる日々が来る、そんな夢を見てもいいのかもしれない。


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