30 私のために生きてください
時が止まったような気がした。
ショコラの発した言葉の意味がまるでわからなくて、私は完全に固まってしまっていた。
「なぜリイラ・カタイストを処刑、ということになる」
「白の花嫁は一人しか存在しない。星詠み師のお告げでリイラは『白の花嫁』に選出されたが、アイノが自分こそが花嫁だと主張し魔人側も認めているのであれば、星詠み師とリイラが共謀して国を騙したことになる。暗黒期で不安定な国民を混乱に陥れたこと、『花嫁』と騙ったこと、で極刑ですって」
「……そんな! 無茶苦茶じゃない!」
ようやく我に返った私は叫んだ。こんなことで、処刑なんて。リイラが自分から名乗り出たわけでもないのに!
「私は『白の花嫁』になるお告げの夢を見ただけなの。もし本当に星詠み師が選出したのなら私の夢のほうがまちがいだったのよ! 誤解だって言わないと。リイラには咎はないと」
「そうするとアイノが罪に問われるわよ」
「だとしても、国がそれを認めて花嫁として送り出したんだから、私は正当な花嫁なわけで、なぜ星詠み師がそんなお告げを!? とにかくリイラには全く否がないことだけ伝えられたら……!」
「アイノ。これはそういう問題ではない」
興奮してしまった私にアルト様は静かに言った。
「……」
「国の目的はリイラ・カタイストの処刑ではない。彼女の罪などどうでもいいはずだ」
アルト様は私をまっすぐ見つめて言った。……本当は私も気づいていた。国の行為の意図することに。認めたくないけれど。
「リイラ・カタイストを餌にアイノを王都に引き釣りだそうとしている」
「そしてそんなアイノ自身も餌ね」
ショコラは一瞬目を閉じてからアルト様に視線を向けた。
「国はアルト様を殺そうとしている……そういうことね……でも、私が抗議と否定をしにいかないとリイラが……」
「リイラは処刑されるでしょうね」
ああどうして。こんなところだけゲーム通りなんだろう。
リイラは国に『白の花嫁』に選ばれてしまうし、命を狙われてしまう。
そしてアルト様の命も……。このまま行きつく先はバッドエンドしかないというのだろうか。
「一応アイノが言った内容で返事を出しておくわ。聞き入れられることはないと思うけれど……」
「この茶番の目的から考えると、減刑されることはないだろうな」
「そうね」
……そうだ。ゲーム通りならば。
「リイラは逃げてるかもしれない」
そうだ、きっとそうに違いない。マティアス王子とリイラの恋は走り出していた。きっと逃げている。――ゲーム通りにいくと国は死ぬ気で追いかけてくるけど。
「リイラがどこか安全な場所に逃げることができたなら国の要求は聞かなくたっていいわ! どこに逃げ込めたら……」
「安全な場所といえば、ここだろうな」
「そ、そうだわ! なんとかしてリイラがご両親の雑貨屋にたどり着けたらこの館に繋がるのだけど……国もリイラの探すなら一番に両親のもとに行くわよね」
「雑貨屋以外でも転移を繋ぐことはできるわ。彼女の居場所を探しましょうか」
ショコラは初めて笑顔を見せると口笛を吹いた。先ほどの鳥型の魔物が数匹窓から入り込んでショコラの元にやってきたかと思うと、すぐにまた窓から飛び立っていった。
「今のは?」
「私の使い魔よ。リイラを探させるわ」
……ショコラも使い魔なのではなかっただろうか。
「リイラ・カタイストの両親の保護はどうする?」
「そうね。今から彼らと話をしてくる。彼らにも生活があるし、リイラが訪ねてきた場合のことを考えてそのまま待機してもらった方がいいでしょうけど。彼らの元に国の使いが来るようであれば、すぐにこちらで保護するわ」
「そうだな」
「じゃあ善は急げということで。私はカタイスト家に話をして、その後はリイラを捜索してくるから」
ショコラはそういうとすぐに犬の姿に戻って、二階に駆けていった。
私も手伝いたい。じっとしてなんていられない。……でも、私に行動できることはない。国に捕らえられたら終わりだ。
アルト様もそれは同じ気持ちらしく、落ち着かないようで指をトントンとテーブルに打ち付けている。
その様子を見ているとアルト様の瞳が金色に変わり――。
そうだ、今日は話が長引いてしまったから。気づかぬ間に『夜』が来ていた。
「アルト様、調子はどうですか」
「問題ない。部屋に行くか」
アルト様はそう言うと私を軽々と抱き上げてダイニングルームに向かう。歩きながらも前髪にキスを落としてくる。『夜』のアルト様は白の花嫁溺愛モードに入ってしまっているけど、今日ばっかりはそんな気持ちになれない。
部屋に入ったアルト様は私を抱いたままベッドに腰かけた。金の瞳はとろけるように熱い。
「あの、アルト様。リイラが私心配で」
「それどころではないと? だが今のアイノに何ができると言う」
「それはそうなんですが」
「アイノに今必要なことは、俺に魔力を分け与える事、それから今後に備えることだ。ずっと心配していてもどうにもならない」
「それはそうなんですが……」
同じ言葉を繰り返してしまった。アルト様は目を細めると私の髪の毛を撫で始める。
「私のせいでリイラが大変な目にあっていると思うと」
「お前のせいではない。国の暴挙だ。もとを正せば魔人である俺のせいだ」
「そんなわけないです」
「ではお前のせいなわけもない」
アルト様の大きな手が私の頬を包み込んだ。親指が私の唇をふにふにと遊ぶ。
「アイノ、お前は何が不安なのだ」
「アルト様やショコラ、リイラが危険な目に遭うことです。私がここにやってくる時期がもう少し遅ければ違ったかもしれません」
「しかしお前と四季を過ごしたからこそ愛し合えている」
「あ、あい……」
恥ずかしい単語をさらりと言われた。照れた私の反応にアルト様は満足したように微笑んだ。
「お前が来たのは必然だ」
私を甘やかさす声と、手のひらと、瞳だ。全てを許すように優しく包みこんでもらえる。
「気にしなくていい」
そう言って何度も私の頬を撫でるから、されるがままになっているとアルト様の瞳は凪いだ青色の瞳に戻った。
何度夜を迎えても、青色の瞳に戻ったばかりのアルト様は気恥ずかしそうに視線をそらす。それから私を膝からおろして隣に座らせた。
「……アイノ」
「はい」
「先ほど俺がいったことは本心だ」
視線をそらしたままアルト様はぽつりと言った。
「お前は俺を案じてくれているが、俺は自分のことはどうでもいい。いつか魔人は途絶え。魔物さえ守られればそれでよい。、万一暗黒期が来るのなら潔く死にたかった」
「だ、だめですよ! アルト様王都に行っては――」
「話を最後まで聞け」
焦る私に小さく笑ってからアルト様は続けた。
「人間側がお情けで恵んだ花嫁は必要ないし、人間に溺れる自分などおぞましいと思っていた。国に森に突入されることがあればそのまま死んだっていいと思っていた。――でもお前が、アイノが来てくれた」
アルト様は私の方をむいて、その瞳に私をうつしてくれる。
「アイノが俺を必要としてるなら、死なないと約束する」
「すごく必要です。私の命よりも大切です! だから絶対約束ですよ」
私はアルト様に小指をさしだした。遠慮がちに指を絡められる。
「アルト様、私のために生きてください」
「……わかった」
「私ももちろん生きますよ。アルト様の生きる希望ですからね!」
「自分で言うな」
隣に座るアルト様の腕に寄りかかって自分の体重を預けてみる
「アルト様、今も家族はいらないって思ってますか?」
「どうだろうな。今の俺はアイノとショコラがいればいい。……でもそうだな、アイノとなら」
「私は家族にいい思い出がないから家族というものに憧れがあります。今も充分家族ですけど 」
「暗黒期が終われば――」
そう言うとアルト様の顔が赤く染まる。彼が言ってくれた意味を感じて嬉しさと照れくささで恥ずかしくなってきたから「ちょっと死亡フラグみたいで嫌だわ」とふざけた。
「死亡フラグとは」と不思議そうな顔をしたアルト様もかわいい。
いつものように眠気が襲ってきてウトウト始めた私をアルト様は横たわらせてくれて毛布をかけられる。
トントンと子供をあやすような手のリズムは心地よくて眠りを誘った。今夜、怖い夢は見ない気がする。
いつも読んでいただきありがとうございます。
すみません、少しだけタイトル変えました。




