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29 人間と魔人の深い溝

 

 数日ぶりに太陽が顔を出した。

 最近は太陽が出る日も多い。暗黒期は予定よりも早く穏やかに収束に向かっていき、何事もなくこれまで通り二人と一匹の生活が続くと思っていた。


「アイノ・プリンシラは白の花嫁ではない。本当の白の花嫁はリイラ・カタイスト」

 国から届いた書簡の内容が忘れらない。アルト様とショコラは抗議文も出してくれたし、国が何と言おうともう私が花嫁だ。アルト様の心変わりを心配しているわけでもない。だけど喉に小骨が突っかかったような不安がある。何か大変なことが起きてしまうような予感が。


「何をしている」

「わっ、アルト様いつの間に!」


 せっかくの晴れ間なのでと花壇の雑草抜きをしていた私の背後からアルト様が現れた。


「雑草を抜いてるんです」

「魔法で一瞬で終わるだろう」

「はい。アルト様が教えてくださったからすごく楽になりました。でもこうして無心に抜きたいときもあるんですよ」


 無数に生えた雑草を一本ずつ引き抜いていく。根がしっかり張っているものがスポッと抜けた時の感触は手で抜かないと味わえない。


「昨日の雨でかなり抜きやすいんですよ」

「本当だ」


 アルト様は私の隣に屈んで、手近な雑草を抜いた。


「先日の国からの手紙が不安か?」

「そうですね。……私、暗い顔してました?」

「お前は何か考えている時に手を動かす」

「あはは、バレてましたか。何か恐れていることがあるわけじゃないんですよ。アルト様に愛されている自信もありますからね!」

「そうか」


 アルト様も雑草抜きの楽しさに気づいたのか、連続で抜き始めた。雑草抜きはやり始めると案外止まらないものである。


「私気になったことがあるんですけど、聞いてもいいですか」

「なんだ」


「そもそもどうして魔人はこんな森の奥に住んでいるんでしょうか。二十年前に国は魔人を裏切りましたが、それまでは花嫁行列はきちんと行われていたんですよね。それって人間と魔人の中に契約があったってことですよね? 魔人は魔物を管理してくれている立場ですし、戦闘力でいっても互角以上でしょう。どうしてこんな森に追いやられているのかわからなくて」


「……俺も伝聞でしか知らないが。かつて何百年も前の昔、魔人は栄えていた。アイノがここに初めて来たとき言っていただろう、俺のことを魔王を。イルマル王国ほど大きくはないが村くらいの土地と人口はあった」


 ゲームの魔族の規模はそれくらいだったはずだ。大きくはないけれど一つの街として成り立っていて、アルト様は魔王だった。


「千人ほどの魔人がいて、それと同じだけの人間の花嫁が必要だ。魔の国はイルマル王国の海に浮かぶ孤島にあったから、毎年何十人もの、いや何百人もの人間の女が攫われた。暗黒期など関係なく好きな時に攫ってきては子を産ませ殺してを繰り返していた」


「なんだか想像ができないです」


「昔の魔人は魔物に近かったと言われている。何度も人間と交わりかなり人間に近くなってきたのではないか」


 私の中で魔人はアルト様だけだから全く想像はつかなかった。


「魔人による被害は深刻で、ついにイルマル王国は魔人と全面戦争を行い、何十年もかけた争いは人間側が辛勝した。しかし全ての魔物と魔人を滅ぼすことはできず、魔の森に逃げ込まれた。そこで国は魔人交渉を行い平和条約を結んだ。魔の森から出てこないこと、暗黒期が来るたびに一人嫁がせること。戦う力も人口も激減した魔人は受け入れざるを得なかった」


「では二十年前に約束を違えた国は最悪だってわけですね」


「条約も友好的に結ばれたものではない、人間側が魔人を憎むのも仕方ない」


「数百年、魔人は人間側を侵さずここでじっと耐えていたというのに。ひどいですよ!」


「それはアイノが魔人寄りの考えになっているからだ。人間側が魔人を恐れるのはわかる」


「でも国がしたことは酷いですよ!」

「俺も二十年前のことは許せない、しかし向こうの考えもわからないわけではない」

「でも……!」

「全部抜けたぞ」


 話を真剣に聞いていた私は完全に手を止めてしまっていたが、アルト様の前にはこんもりと雑草の山が出来ている。いつの間にこんなに抜いていたのだろう。


「俺は人間にわかってほしいわけではない」

「私はわかってほしいですよ。何百年も前の魔人は確かに酷いことをしたかもしれませんけど、アルト様やご家族は何もしていないのに!」

「仕方がないことだ」

「でも――」

「いいんだ」


 アルト様は立ち上がると雑草に指を向けた。雑草たちが浮かび上がったかと思うと、それに火が上がり一瞬で灰になって消えた。それを見守るアルト様の瞳は暗く、初めて会った時のような瞳をしていた。

 ――アルト様は諦めている。ずっと自分を諦めている。


 魔人の優しさに。ううん、アルト様の優しさに気づかない人間はバカ野郎だ。



 ・・


 夕食の席にはショコラがいた。人間の姿でもりもりと食べてくれている。

 食卓に並んでいる食事はどれも我ながら美味しいし、みんな揃っているし。和やかな時間のはずなのだけど。


「報告があるの」

 家に入ってきた時からショコラは浮かない表情をしていた。悪いニュースがあることは明白だ。


「魔の森近くに三ヶ月程前から建設されていた場所があるんだけど、どうやら基地っぽいのよね。しかも数百人単位で訓練もしている。この時期にたまたまとは思えないわ」


「森に入ろうとした様子は?」

「それは今のところないわね。先日の子供の件があったから、誰かが森に入ってきたらわかるようにしていたから。誰かが入った形跡はなし」

「今度こそ滅ぼそうとしているのか」

「……そうかもしれないわね。まあ子供の件もあったから魔物の見張りを強化しているだけと思いたいんだけど」


 魔人を滅ぼす。つまり、それはアルト様を殺すということだ。

 どうして。私が『白の花嫁』として立候補すれば、この世界は不幸に染まらないのではないか?

 そう思って立候補してきたのに。ゲームのシナリオ通り、アルト様を殺そうと世界は動いているの?


「もしかして……私のせいかしら」


 アルト様を救うために。リイラや国を救うために。

『白の花嫁』になったのに、私のせいでアルト様に死は近づいたんじゃないのか?


「私が立候補しなければ生き残りがいることは気付かれていなかったんじゃ」


 声が震える。自分の選択肢が、アルト様をバッドエンドに導いているというのか。


「違う」

「どちらにせよ暗黒期がきたらわかることよ」

「でも……軍基地って……」


 三ヶ月前から建設され始めた基地。暗黒期よりも前だ。

 私の立候補は、国に準備をさせる時間を作ってしまったのではないだろうか。アルト様を死に追いやるための準備を。


「アイノのせいじゃないわよ。あなたが来なければ、花嫁行列までの間に魔物が人間を襲って火種を作ったかもしれないし。花嫁行列でまた襲ってきたかもしれないわ」


 だとしても、立候補するなら暗黒期が訪れてからでもよかったのではないか。せめて二年生になってからでも。

 あの生活を早く抜け出したくて、早くアルト様に会いたくて。私以外の人間が花嫁になるの嫌で。でもこんな展開になるのなら。

 私の選択が――


「アイノ」


 アルト様の優しくて低い声が大きく響いた。名前を呼んでくれてるだけなのに、私を肯定するような声だ。


「本当にアイノのせいじゃないわよ」


 ショコラも微笑んでくれる。

 それでも、私は。


 その時、一匹の小さな鳥――いやよく見ると手のひらサイズの魔物だ――が部屋の中に入ってきてショコラの肩に止まった。魔物は口に封筒を咥えていてショコラはそれを受け取った。


「ありがとう。はあ、イルマル王国からの書簡よ。見たくないわね」


 白い封筒に押されている刻印を見て、ショコラは顔をしかめた。ショコラは小さな手で封筒を破り中に入っている紙を取り出した。

 げんなりとした顔を作っていたショコラだが、中の文字を読んだ途端に表情がなくなる。そして微動だにもせずじっと紙を見つめている。


「ショコラ、どうした。何が書いてあった」


 アルト様が声を掛けるとようやくショコラはこちらを向いた。


「白の花嫁を騙るリイラ・カタイストを処刑すると……書かれているわ」


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