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28 寂しがり屋の魔王

 


 暗黒期は静かに過ぎていった。

 お日様はなく暗い空が続くけれど、私達の生活は静かに過ぎていく。

 時間をかけて美味しい物を作って、魔法を教えてもらって。雨が降り続くからなかなか庭仕事はできないけど。和やかなスローライフは続いている。

 以前と違うことは、ショコラが時々しか帰ってきてくれないことと、魔力を受け渡すことでやたら私が早寝になったこと。


 そして私とアルト様の関係だ。

『白の花嫁』としてではなく、恋人だと思ってもらえているというだけで気持ちは落ち着く。

『夜』のアルト様は刺激的でやっぱりドキドキさせられっぱなしだけど、昨夜を思い出して照れている朝のアルト様は可愛い。

 毎日一緒に眠るようになって「おはようございます」と告げた時に、恥ずかしそうに照れくさそうに返される小さな「おはよう」が嬉しい。



「あの……アルト様もやりたいのですか?」


 雨で暇だからパンでも作ろうかと思って、私は材料をまぜているんだけど。アルト様はじっと私の手元を見ている、もう十分も。


「いや、見ているだけだ」

「面白いですか?」

「ああ」


 本当だろうか。昼食を終えてキッチンに移動した私の後にアルト様はついてきて何をするでもなくただ見ている。片付けの洗い物から、パンの材料を量るところまで何ひとつ面白いポイントはなかったと思うのだけど。


「アルト様もやってみますか?」

「いや、いい」

「ここから力仕事なので手伝ってもらえるとありがたいんですけど」

「わかった」


 ボウルの中の生地はある程度まとまってきたところだった。

 台に打ち粉を振って、生地を取り出し粉に擦り付けながらこねていく。


「この生地を伸ばしたり、叩いたり。とにかくこねることを繰り返します」

「わかった」


 アルト様は言われるがまま、生地を台に打ち付けて、伸ばして、こねる。ぎこちない手つきだけど、私よりも力は強くて作業も丁寧だ。


「こうか?」

「すごくいい感じですよ」

「これで終わりか?」

「まだまだですよ! このベタベタしている生地が滑らかになるまでひたすらこねるんです。ボコボコの表面がつるつるになっていくんですよ」

「……結構時間がかかりそうだな」

「十分くらいかかるかもしれません。力仕事でしょう?」

「確かに」


 一人でやると結構手も腰も痛くなるから手伝ってもらえるのは大変助かる。それに二人並んでキッチンに立っているだけでなんとなく嬉しい。


「これは何を作っている?」

「普通の丸パンの予定です。今日の夜はシチューのつもりなので」

「ふむ」


 話しながらもアルト様の手はリズミカルに動いて、生地はどんどん滑らかになっていく。


「パン作り特技に出来ますよ。アルト様はどんなパンが好きですか?」

「先日アイノが作った木の実のパンはうまかった」

「あれおいしかったですよね。また作りましょう! ブルーベリーを収穫したからそれも入れて」

「うん」

「ショコラが買ってきてくれたオリーブの瓶詰も使い切ってないから、オリーブをたくさんいれたパンもいいなあ。チーズやベーコンもいれて」

「うまそうだな」

「今度一日かけていろんなパンをつくりましょうか」


 ささやかな約束がくすぐったかった。

 丸パンはもちろん成功して、焼き立てのパンを二人でつまみぐいしたらあまりのおいしさに夕食の分がほとんどなくなってしまったけれど。


 ・・


 気づけばアルト様がそばにいる。そんなことが毎日のようにある。


 あるときはダイニングの窓を拭き上げようとぞうきんを絞っていたらアルト様が後ろに立っていた。


「魔法を使わないのはわざとか?」

「無心で拭くの結構好きなんですよ。まあこれは半分本音で、魔法だと加減が難しいんです」


 窓掃除を魔法でやるのは案外難しい。水でびちょびちょになりすぎてしまったり、結局あまりきれいにならなかったり。ごしごしと拭き上げてピカピカになるのを見るのも好きだから、手作業でいいかと思っていた。


「では魔法の練習をするか」

「いいんですか! 水の加減が難しいんですよね」

「イメージが悪いんじゃないか?」


 ……こんな風に気づいたらアルト様が隣にやってきて、一緒に作業をすることが増えていた。



 今はリビングルームで編み物をしているのだけど。向かいあったソファにアルト様は座って私の手元を凝視している。膝の上には魔法書も置いてあるが、明らかに読んでいない。


「アルト様もやりたいですか?」

「いや……器用に編むなと思って見ていた」

「あんまり見られるとやりにくいのですが」

「……すまない」


 私は手を止めてアルト様の隣に移動してみた。


「アルト様ってもしかしてものすごく寂しがり屋ですか?」

「どこかだ」

「最近私たちほぼ二十四時間一緒にいませんか?」


 日中自分の部屋に引きこもることが多かったアルト様だけど、ここ最近はずっと私と同じ空間にいる。


「……嫌だったか?」

「楽しいからいいですよ」

「なら良かった」


 アルト様は気まずさをごまかすように魔法書を手に取るから、アルト様の手に自分の手を重ねてみた。


「でも恋人らしいことは『夜』だけですよね?」


 今の生活で、少し不満があるといえばそれだった。『夜』は私のことを抱きしめて、甘い声で名前を呼んで、髪を撫でて、ほとんど毎日のようにキスをするというのに。

 昼間は一緒に過ごしているのに、一定の距離があって触れることはない。

『夜』は酔っ払っているようなものだとショコラも言っていた。気持ちが高まって気が大きくなって理性が飛ぶ。

 それならシラフの状態でも、恋人のようなことがしたいと思うのは当たり前だと思うのよ。


「……」

「お昼にキスをされたこともないですし」

「まあそうだな」


 アルト様はさっと目をそらすけど、私は両手で頬を挟んで自分の方に向けてみる。


「……『夜』に魔力をもらうから、昼まで無理をさせるのはよくない」

「無理してないですよ」

「身体はわからない」

「でも」


 抗議の声を上げてみると色づいた頬のアルト様が「目を閉じろ」と言ってくれるから、私は素直に目を閉じた。

 初めて気持ちが通じ合ったときのような、本当に触れたかわからないほどのキスをして、すぐに顔は離れた。


 ……何度もキスを、もっと深いキスだってしているのに。こんなに照れている初な姿を見れるなんて。可愛い。本当に可愛い。

『夜』は私が翻弄されっぱなしだから、仕返しだ。

 腕を引っ張って顔を近づけると私からもキスをした。

 困ったようにアルト様は眉を下げて「だから煽るな」と、今度は噛みつくようなキスをされた。


「へへ。嬉しい。たまにはこうやってお昼もキスをしてくださいね」

「体調は大丈夫なのか?」

「はい。問題ないですよ」



 真面目に私の顔色を確認した後、私の顎に長い指が添えられる。

 そのままもう一度キスを――



「あ、ごめんなさい。いいところだったわよね」


 ギィと扉の音が鳴りリビングルームに入ってきたのはショコラだった。アルト様は本当に素早く即座に私から離れた。……そんなに照れることないのに。


「ショコラおかえり!」

「ただいま。邪魔者は出ていくからごゆっくり、といいたいところだけどそういうわけにもいかないの」


 からかうような表情をしていたショコラの顔が真剣なものに変わる。近づいてきて私の膝に飛び乗った。


「何かあったのか?」

「残念ながらね。魔物が人間の子供を襲ったわ。命に別状はなさそうだけど」

「なんだと……どういうことだ?」

「魔物たちは制御できていたんじゃないの?」


 アルト様の心はおだやかで魔物たちもそれほど凶暴化していない。日がさしこむ日も増えてきたし暗黒期が始まってひと月ほど経つから、早ければそろそろ終息に向かっていくのではないか。そんな話をしていたというのに。


「森から出てしまった者がいたか?」

「いいえ、森に子供が紛れ込んだのよ」

「なんだって? 暗黒期にそんな危険な」

「迷子になってしまったと言っているけど、どうやって門を越えたのかしらね」

「まさか国が仕向けた?」


 アルト様の声は硬く鋭い。それを受けたショコラも「ありうるわね」と強張らせた声で答えた。


「今朝起きたことだけど、昼には話が王都中に広がっているみたいだったわ」

「まずいな」


 こうなることをアルト様は恐れていたはずだ。人間と魔物の軋轢の火種となるものを。

 しかし子供は魔物に襲われた。これが国が仕向けたことならば――。魔人や魔物は、人間にとって悪役になってしまう。


「それからもう一つ嫌なニュースがあるわ。変な手紙が来ていたの、国からみたい」


 ショコラは手紙を取り出して、私たちに渡した。アルト様が開いた手紙を私も覗き込む。


「アイノ・プリンシラは白の花嫁ではない。本当の白の花嫁はリイラ・カタイストである。早急にアイノ・プリンシラは王都に戻るように」


 目に入る言葉に身体が凍りつく。アルト様の花嫁に立候補した時から何よりも恐れていたが起きてしまった……! リイラが本当の花嫁……!


「アイノ、大丈夫? 顔が真っ青よ」

「え、ええ」


 意思と関係なく手が震えてしまう。――そんな私の身体をアルト様が抱き寄せた。


「花嫁はアイノしかいない」

「そうよ、アイノ。国の戯言は気にしてはダメ。そもそも暗黒期に入ってからもうひと月はたつのに今更なにを言っているのかしら」

「王都に戻る必要はない。……抗議文でも出すか」

「そうね。どうせ生き残りがいることは掴んでいるでしょうし」


 アルト様とショコラは『本物の白の花嫁』が現れたことはさほど気にしていない。私を花嫁だと認めてくれている二人にとっては「何をおかしなことを言っているんだ」と思うくらいだわ。


 でも。本来ならば『白の花嫁』はリイラなのだから。

 何らかの強制力が働くことだってあるのだ。それがこの手紙に繋がってると思えてならない。

 背中にまわされたアルト様の手はあたたかくて、身体の震えは止まったけれど。底冷えするような恐怖が足元からせり上がってきていた。

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