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27 生きてる

 

 私を眠りから覚ましたのは、低い唸り声だった。


「あ、そうか……」


 小さなランプの光が暗い部屋を照らして、ここがアルト様の部屋だと気づく。壁掛け時計を見ると時刻は朝だ。

 お腹に熱を感じて身体を見てみると、アルト様のがっしりとした腕がお腹に回されていた。生身の腕ではなく柔らかいイエローグリーンが見える。――早速着てくれたんだ。

 それは嬉しいけれどそれどころではない。なんたって、後ろから抱きしめられている……これはアルト様の意志なのか、寝ぼけてなのか。多分後者だけど。


「う……ん…………」


 先ほどの苦しそうな声がすぐ後ろで聞こえる。身体をよじって自分の身体の向きを変えると、予想通りアルト様が苦し気な顔でうなされていた。

 何か悪い夢でも見ているのかしら。そう思って頬に手を当ててみる。魔物化していない時では何の意味もないかもしれないけれど。


「……行くな。俺を……置いていかないで……」

「アルト様、大丈夫ですよ」

「離れていかないで……」

「アルト様、朝ですよー」


 額に脂汗を滲ませてひどくうなされているのなら、起こしてしまった方がいいだろう。軽く頬をペチペチと叩いてみると、はっとしたように眼が開かれた。


「……アイノ?」

「はい、おはようございます」

「そうか。昨日はあのままここで寝たんだったな」

「抱き枕にされてました」

「す、すまない」


 すぐに離れようとするから抱き着いてみる。アルト様は半分寝ぼけているから、それ以上は動かずにされるがままになっている。


「私は離れませんよ」

「……もしや眠っている間の俺は何か口走っていたか?」

「うなされてました。置いていかないでって」

「いつも同じ夢を見る。一人だけ取り残される夢だ。――でも、今日はアイノがいた」


 アルト様は縋るように私を抱きしめ返した。夢から醒めたばかりのアルト様はどこか素直だ。


「一人だけ取り残されたのは、前回の暗黒期ですか?」

「そうだ。俺は一人留守番をしていた」

「花嫁行列の時に?」

「ああ。本来なら花嫁行列は一族皆立ち会うものだが、熱が出てしまったんだ。子供ならば一人欠けるくらい許されるだろうと留守番をしていたんだ」

「そうだったんですか」

「眠りから覚めた俺は一人、城で皆の帰りを待っていた。花嫁にプレゼントしようと花束まで作って、バカだった」


 その時アルト様は人間に換算すると十歳だと言っていた。十歳は一人でお留守番くらいならできるかもしれないけれど、一人で生きていくことは難しい。


「数日経っても誰も帰ってこない。暗黒期の従兄は殺されたがしばらく闇は続いていて暗いままだった」


 ぽつりぽつりと語るアルト様になんと声を掛けたらいいかわからないから、私は抱き合ったまま手も握ってみる。

 十歳のアルト様もこうして抱きしめてあげたかった。


「しばらくたってショコラが現れたんだ」

「ショコラが? それまで一緒に住んでいたわけじゃなかったんですか?」

「そうだ。そしてショコラから一族皆滅ぼされたと聞いた。亡骸は国に回収された」

「そんな……」

「ショコラに言われるがまま隠れて暮らして今に至る。あの時熱を出さなければ、と何度思ったことか。俺も家族と一緒に死にたかった」


 見上げるとアルト様はうっすらと微笑んでいた。それはひどく悲しい笑みで、たまらなくなってさらに強く抱きしめた。

 私はアルト様が生きてくれててよかった。出会えたから、生きてくれていて嬉しい。

 そう思うけど、簡単に口にはできない二十年の重みがある。一人迷子になってしまった十歳の子供が、日が射さない暗闇の中で二十年耐えてきたのだから。


「アルト様、今夜から毎日一緒に眠りましょう。私毎日アルト様より先に起きます。夢から醒めた時に絶対おはようって言います。だからどんなに怖い夢を見ても大丈夫ですよ、朝一人ぼっちにしないです」


 だからこれからの提案しかできなかった。


「たまには俺もアイノの寝顔が見たい」


 アルト様の唇が私の頭に寄せられる。くすぐったいけれどしっかり抱きしめられていて動けない。どんな表情をしているかわからないけれど口調は軽くてホッとする。


「私、早起き得意ですよ。あ、でもアルト様も早起きですよね」

「早起きなんじゃない。眠らなかっただけだ」

「え?」

「……眠ると夢を見るのが怖いと言ったら、子供だと思うか?」


 おでこがコツンと当てられる。ようやく見えた表情はいつもよりずっと幼い。


「魔人って食事も必要ないけど、睡眠もとらなくていいんですね」

「そうだな。でもアイノの隣にいると眠くなるよ」

「それって……私といるとドキドキしないってことですか?」

「……ははっ」


 ――初めて声を出して笑うところを見た。アルト様は笑うと、眉と目尻がこんなに下がるんだ。目がなくなっちゃうくらいになるんだ。嬉しい発見に涙が出そうだ。


「ドキドキかは知らん。でもアイノといると、心臓がちゃんと動いていることを感じる」

「……そんなに早くないけど、心臓の音がちゃんと聞こえますよ」


 私はアルト様の胸に手を当てた。トク、トクと規則正しいリズムを感じる。


「アイノが来てから、生きてるみたいだ」

「……アルト様は生きてるんですよ。ちゃんと生きてます」


 至極当たり前のことを言い合ってる。それなのにどうして語尾が涙で濡れてしまうんだろう。

 この人を絶対に幸せにしたい。そんな使命感のような物が熱く滾る。


「ありがとう」

 消え入りそうな優しい言葉が耳元で聞こえて、私はもっともっと力を込めて抱きしめた。


「あれ……?」


 急に部屋が明るく感じた。視線を変えてみるとカーテンから光が零れ落ちている。キラキラと粒のような明るい陽射しが部屋に入り込んだ。


「えっ、暗黒期終わったんですか!?」


 アルト様はそっと私の身体を離すと窓際に移動してカーテンを開けている。私もすぐに窓際に向かった。


 ――数日ぶりに。爽やかな朝の庭が窓の向こうに広がっていた。


「外も見てみるか」


 私たちは外に向かった。久しぶりの光に足は急いでしまう。

 外に出ても間違いなく、そこには朝があった。朝の匂いだってする。今日は雨も降っていない、新鮮な空気をしっかり胸に入れた。


「しかし暗黒期はまだ終わらないはずだ」

「そうよ。一時的な物に過ぎないわ」


 足元から声が聞こえてきたかと思えば、そこにはショコラの姿があった。


「暗黒期はずっと暗闇というわけでもないのよ。心が安定すると光さす時もある」

「じゃあこのお天気もすぐに終わってしまうの?」

「そうねえ。明日はまた暗闇かも。でも、暗闇の割合が少なくなってくると暗黒期も終わりに近づいているから。もしかすると早めに終わるかもしれないわね」


 私は玄関に置いてあるプランターの近くに向かった。まだ芽が出てない土だけのプランター。


「暗黒期、植物たちが気になっていたのよ。でも、たまに日が当たってくれるなら植物たちも安心だわ」

「そうね。お花たちはお日様が必要よね」

「どちらにせよ梅雨だから、日照時間が少なくても大丈夫なものを選んでいたんだけどね」

「このまま暗黒期が早めに終わるといいわね」


 ショコラとアルト様もプランターのもとまでやってきて心を寄せてくれている。


「魔物たちもかなり落ち着いた様子よ。その感じだと二人は仲良くやってるみたいね」

「バッチリラブラブです!」


 私はアルト様の手をとって繋いでみせる。否定もせず振り払うこともせずにそのままにしているからショコラはアルト様を散々からかった。


 ――幸せだった。二人と一匹。迫害された土地でのスローライフだけど。穏やかな幸せな日々。


 だけど、私は忘れていた。魔人の生き残りがいることを国が知っていることを。

 そして知らなかった。暗黒期の終わりに向けて、国が動いていることを。

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