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26 不安はひとつもない幸せなだけの夜

 


「んふふふ」


 夕食の席でごきげんなのはショコラだ。

 私とアルト様が作った焼き魚に豪快にかぶりつきながらずっとニコニコとしている。


 ショコラの視線が私の指に向けられるから、私がじゃん!と指輪を見せるとショコラも「きゃあ!素敵!」と騒いだ。アルト様は白けた目を向けているけど口角はかすかに上がっている。


 久々の二人と一匹の食事が嬉しくて、私も頬はゆるみっぱなしだ。ショコラと姉妹のようにはしゃいで、アルト様が微笑んでくれる。幸せな時間だ。


「ショコラもう行っちゃうの?」


 プリンを食べ終えたショコラはすぐに犬の姿にかわり森に戻ろうとしている。


「うん。なんだかちょっと魔物たちのざわめきを感じるの。二人が仲良くしてくれていたら、アルトの制御もうまくいくだろうし、きっと問題ないと思うわ」


「すまない、ショコラ。本来は俺が魔物を守る立場だというのに」


「あら違うわよ。暗黒期の魔人は家にいて花嫁との新婚生活を過ごすことが一番。魔力を制御しきれない者がきても混乱を招くだけ。いつだって他の魔人が対応して森を維持してきた。ここは私の――使い魔の出番よ」


「……ありがとう」


「それよりそろそろ時間じゃないかしら? 早く服を脱がないと弾け飛ぶわよ」


 ショコラは笑顔を見せると、椅子から飛び降りた。


「アイノの食事がないと元気が出ないから、また食べに来るわ! じゃあ二人は仲良くね!」


 トテトテと扉に向かい、前足で器用にバイバイの仕草をすると部屋から出ていった。



 ・・


『夜』の訪れはいつだって緊張するけれど、今日の緊張はその二倍にも三倍にもなる。


「……私今夜を耐えられるかな」

 出来上がったばかりのサマーニットを握りしめて呟く。


「今夜、何かあるのか?」

 アルト様が私の隣に腰掛けた。


「だってアルト様の気持ちを知ってしまったんですよ! 今までは魔人はそういうものだからって思ってましたけど……それが全部アルト様の本心なんて聞いたら……」


「そう言われるとこの後やりづらいんだが」


「何をしてもらっても! 大丈夫ですので!」


「胸を張るな」


 アルト様はそっぽを向くけどやっぱり耳は赤くて愛しい。


 ――そんなやり取りをしているうちにアルト様の姿が変化したから、私はすぐに胸に飛び込んでみた。両手を繋ぐより抱きしめたほうが魔力は伝わるはずだ。アルト様の気持ちがわかった今、遠慮をする必要もない。


「アイノ」

 金色の瞳のアルト様は、私の言動に動揺したりしない。余裕の表情で微笑む姿は、ドキドキするような物足りないような不思議な気持ちだ。

 アルト様は私の身体をひょいと抱き上げて、膝の上に向かい合わせに座らせる。身体が密着して顔を見られるのが恥ずかしい。


「アイノ」

 名前を呼ばれる。これは私のことが愛しくて仕方ないって顔だ。多少感情が高ぶっているとはいえ、元となる気持ちを確かめたから純粋に嬉しい。


 アルト様の頬に両手を当てる。やっぱり手を添えるのは気持ちいいみたいでアルト様は目を細めた。

 両手首を掴まれてその腕を下げられると、おでこにキスが落とされる。まぶたと、頬にも落ちてきて最後は唇に軽く触れた。


「くすぐったいです」

「可愛い」


 目が合うともう一度キスをされる。触れるだけなのに驚くほど熱い。アルト様は私の手首にもキスをしてから、もう一度唇にキスをした。

 頭の後ろに手が回り引き寄せられる。私の頬が熱い肌に到着したから「ああそうだ、ニットを着せてあげなくちゃ」と思い出すけれど、大きな手で髪の毛をかき混ぜられるから何も考えられなくなってしまう。


 真上を見上げると、金色の眼差しが優しく降り注いでいて溺れそうになる。

 魔力を私からも渡そう。アルト様の頬に両手を当てて引き寄せると、自分からキスをした。小さく触れてすぐ離れようと思ったのに手首はがっちりと固定されていて抜け出せない。息を吸おうと離れてもすぐに次の口づけがやってきて、開いた唇に差し込まれる熱がある。頭はぼうっとしてきて対応するのに必死になるたけだ。


 本格的に苦しくなってきて胸を軽く叩くと、見下ろす瞳が青に戻ったところだった。


「……す、すまない」


 アルト様はハッとしたように謝ると、私を膝の上からおろして隣に座らせた。


「ふふ……!」

「何がおかしい」

「だってさっきまで余裕の表情で微笑みながら私に迫ってきてたのに! 可愛いアルト様に戻ってるんですもの!」

「『夜』の俺は気が大きくなるみたいだ」


 さっきまであんなに自信満々に微笑んで射抜くような瞳で情熱的に見つめてきたというのに。今はむくれた顔をそらすのが精一杯なのが愛しい。

 気持ちを確かめ合えば全ての言動が、私を好きだと言っているように見えてしまう。


「体調はどうだ?」

「大丈夫ですよ。やっぱり身体が慣れてきたんでしょうか?」

「それなら良かった。……何もしないと言ったのに、キスをしてしまったから」


 先程のキスを思い出すと私も笑ってはいられず、恥ずかしさがこみ上げてきて何も言えなくなる。お互い黙ってしまうから私は「あのキスは反則ですよ」と呟いた。


「あれはお前が煽った。……制御できないからやめてくれ」

「でも嫌ではないですよ。アルト様も嫌ではないですよね?」

「はあ」


 アルト様は眉間のシワを手を当てて大きなため息をついた。


「嫌なわけない」

「ふふ、もう不安はないから大丈夫ですよ」

「そうか」

「――じゃあそろそろ部屋に戻ります。体調は全然大丈夫なんですが、魔力を渡すとすごく眠くなるんです。だから最近すごく早寝ですよ。部屋に戻るとすぐ寝ちゃうんです」


 ふぁあとあくびをして立ち上がると、ベッドに置いてあったサマーニットを渡した。


「これ着てくださいね。羽の大きさが合わないなら調整するから言って下さい。夜は冷えるので」

「いまから調整するのか?」

「寝落ちしちゃいそうなので明日やります」

「寝落ちしてもいい」


 アルト様はサマーニットではなく、私の手を掴んだ。


「もう少しこの部屋にいないか?」

「でも私寝ちゃうかもしれませんよ」

「わかった」


 わかったと言うわりにアルト様は手を離してくれない。少しの沈黙の後にアルト様は私を抱き上げてベッドに横たわらせた。


「ここで眠ればいい」


 なるほど。ニットの穴の大きさをすぐに調整してほしいわけではなさそうだ。

 ここで眠っていい……それは眠ってほしいということかしら。

 「ずっとそばにいて欲しい」という意味だと解釈する。都合よく考えていいと言われたんだもの。


「ほんとに眠っちゃいますよ。この部屋にいてもいいんですか?」


 アルト様は私の身体にブランケットをかけた。


「おやすみ、アイノ」


 私の髪の毛を撫でてくれる優しい手が、都合のいい考えを肯定してくれているように思えた。

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