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25 答え合わせをしてみれば、

 


 夜に何度か訪れているけれど、昼間に訪れるアルト様の部屋はなんだか変な感じで。昨夜と部屋の明るさも変わらなければ、同じくベッドに腰掛けてもいるのにまるで違う部屋に入り込んだ気がする。


「体調が悪いのか?」


 アルト様はそう言うと私を凝視した。顔色や仕草をチェックして、私の身体だけを純粋に心配している。

 ショコラが言っていた「斜め上の想像」を思い出す、こういうことだ。失礼な話だけどアルト様が私の恋心に気づくとは到底思えなかった。だから、私から言うしかないのだ。


 だけど、なんと切り出していいかはわからない。

 勢いで部屋を飛び出してきたものの、何を話せばいいかわからない。私の気持ちを伝えて、それでどうすればいいのか。



「辛いなら横になるといい」


 考え込んだ私にアルト様はそう言うと、扉の向こうを指を向けた。すぐに扉が開いて水差しがゆらゆらと運ばれてくる。


「水は必要か? 気分は?」

「……すみません」


 心配してくれる仕草が愛しくてどうしても頬がゆるんでしまう。


「何がおかしい」

「すみません。――アルト様、キスしてくれませんか?」

「な……」


 自分の口から突然滑り出た言葉に私自身も「はあ!?」と叫んでいる。何を話せばいいかわからなくて焦った末にとんでもないお願いが滑り出てきた。


「今魔力を渡しても夜には関係ないぞ」


 呆れた声が聞こえる。声と同じく呆れた顔がそこにあると思って見上げると、顔を真っ赤にして目をそらしたアルト様がいた。

 ……昨夜まではこの反応にショックを受けていた。煽情に支配されてキスをした直後に戸惑って目をそらすアルト様に。でも不思議と今はこの不器用な反応のほうが嬉しい。


「ダメですか?」

「……ダメではないが……なんのために、なぜ……」


 なんのために。本当にそうだ。なんでこんなお願いをしてしまったんだろう。

 でも知りたかった。まやかしのキスじゃなくて、アルト様が私のことをどう思っているかを。


 使用人として、そばにいることは認めてもらえているはずだ。

 白の花嫁として、魔物化したアルト様に必要としてはもらえているはずだ。


 ――ではアイノのことは?

 それを知りたくて突拍子もないお願いが口から飛び出た。


「ええと……その……」


 私のことを恋人として、好きになってくれませんか?


 そんなワガママを言ってしまっていいのだろうか。キスをしてほしいなんてワガママは言えるくせに。本心をさらけ出すのが怖い。

 思わずうつむいて「ええと、その」と単語にならない言葉を並べたままでいる私の隣に、アルト様が移動してきたことが気配でわかった。


「体調が悪いわけではないんだな?」

「はい」

「魔力が苦しいとかもないか?」

「はい」

「お前は、その……嫌ではないのか、キスが」

「はい」


 アルト様を見上げると、青い瞳と目が合った。穏やかな海のような青にゆらりと熱を感じる。


 瞳は雄弁で、私はこの瞳で見つめられたかったのだと知る。

 青を目に焼き付けてから目を閉じてみる。


 鉤爪のない指が私の顎を掬い、そっと向きを変えられる。

 落ちてきたのは、本当に触れているか疑うほどのキスだった。


 目を開けると、真っ赤な顔が目の前にあって私はその熱い頬に右手を触れた。


「冷たい。魔力は流れていないはずだが」

「アルト様のほっぺが熱いからですよ」

「そうか」


 そう呟くとアルト様は口をつぐみ、目線をどこにおいていいのか悩んでいる。


「実を言うと、昨夜のキスに落ち込みました」

「……すまなかった」

「あ、ごめんなさい。違うんです。キスが嫌なんじゃなくて、私は『白の花嫁』としてしか求められていないのかなって悩んで。自分に嫉妬というか、うまくいえないんですけど……ええと、つまり……」


『白の花嫁』だというのに『白の花嫁』が嫌で、自分に嫉妬って……何を言ってるんだ、私は!

 アルト様がそんな私をしばし見つめてからデスクに向かって指を向ける。デスクから何かが飛んできてアルト様の手の中に収まった。


「これを」


 アルト様が私に見せたのは小さな包みだ。開けてみろと言われたので青いリボンをといていくと小さい箱が現れて、中に入っているのは雪の結晶のような指輪だった。


「これは?」

「……この家に代々伝わる指輪だ」

「代々伝わる……? 魔道具のようなものですか?」

「ちがう!」


 アルト様は私から箱を奪ったかと思うと、次に私の手首をぎゅっと掴んだ。


「……?」


 アルト様の手が放たれたときに左薬指にきらめくのは雪の結晶だ。


「魔人が花嫁に贈る指輪だ。……これをクリスマスに渡すつもりだった」


 言葉の意味を確かめるためにアルト様を見上げると、彼は今度は目をそらさずに私をまっすぐ見ていた。


「俺は『魔物化』したから、花嫁だと思ったわけじゃない。『白の花嫁』ではなく、お前……アイノだからそばにいて欲しい」


「……」


 言葉が紡げなかった。言葉だけじゃない、頭が真っ白になるとはこのことだ。こんなふうにきちんと言葉にしてくれるとは思わなかった。アルト様が以前から私を…………?


「俺はあまり女の気持ちはわからない。アイノの悩みは、この答えで解決できただろうか」


「あの、私もあんまり勘は良くなくて。これは私のことを好き――恋愛として好きだと、自惚れてもいいのでしょうか」


「そうだ」ぶっきらぼうに聞こえる声が、優しい。


「嬉しいです。念の為に言いますけど、私もアルト様のことが恋愛として好きです!」


「……念の為って」


 アルト様の口角が上がりわずかに目尻がさがる。その表情を見ると、本当なのだと胸の奥から喜びが溢れてくる。


「なんでクリスマスに指輪くれなかったんですか?」

「魔物化した姿を恐れるかもしれない」

「そんなことを気にしていたんですか!? アルト様のこと怖いだなんて思いませんよ!」

「魔人の愛が重いことはわかるだろう」

「愛なら大歓迎ですよ!」

「しかし……昨日は怖がっていた」


 思い出すように呟いた声は自信なさげに小さい。


「昨日ですか?」

「俺が、キ、キスをしたときだ」

「あれは……魔物化している時しか求められないんだなって悲しくなっちゃっただけですよ」

「そ、そうか……」


 なんとなく気恥ずかしく黙ってしまうとアルト様も黙る。でもそんな沈黙さえ胸をくすぐる。


「お昼のアルト様でも私にキスしたいって思ってくれますか?」


 尋ねるとわずかに目を見開きしばらく意味を考えたあとに困った顔をするのが愛しい。


「……まあそうだな」

「もう一回しますか?」

「今日はいい。……色々と追いついていない」


 アルト様は口元を抑えて顔をそむけた。

 それは、キャパオーバーって解釈してもいいのかしら。

 感情を制御せずにぶつけてくれる『夜』のアルト様にはドキドキさせられっぱなしだけど、感情を溜め込んで捌け口なく赤くなっているアルト様はもっと愛しかった。


「ふふ」

「笑うな」

「だって、夜と全然違うから」

「そっちの俺の方がいいのだろうか」

「アルト様は全部好きですよ。でも気になることはあります。『魔物化』してるとき、瞳が金色になっていると時に記憶はなくなっていたりしますか? 誰かに乗っ取られているような感覚だったりは?」

「それはない」


 アルト様は強く断言して、もう一度私を見つめた。


「暗黒期前に指輪を渡せなかった理由の一つでもある。自分が自分ではなくなって、アイノをアイノとして見れなくなったらと。――夜はたしかに気持ちが抑えきれないし増幅する感覚がある。でも、根にある気持ち自体は変わらない」


「すみません。今の言葉、とんでもなく愛の告白じゃないですか?」


「……ああそうだ、自分でも驚いている」


 あれは全部本心で、私に対する純粋な気持ちだったの?

 今私を見つめる瞳は穏やかで、夜のような激しさはまったくない。それがどうしようもなく嬉しくて涙が滲む。


「嬉しいです。私もアルト様のことが大好きです」


「……夜は驚かせてしまうことがあるかもしれない。正直あまり感情の制御はできない。しかし傷つけないようにしたい。嫌なことがあったら言って欲しい」

「嫌なことなんてないですよ」

「そう言われて止められなくなったらどうするんだ。禁止事項を決めておいて欲しい」


 大真面目な顔でそんなことを言うのだからおかしい。

 全部奪ってくれても、嬉しいだけなのに。


「わかりました。考えておきます」


 私がそう言って立ちあがるから「どうした?」とアルト様に尋ねられる。


「ショコラがプリンを食べたいと言っていたのでそろそろ作ろうかと」

「……そうか」

「あ、もしかして私とまだ一緒にいたかったですか?」

「都合よく解釈する」


 アルト様も立ち上がり私を見下ろして、

「いつものアイノが戻ってきたな」とかすかに微笑む。


「今回だけは都合よく解釈できませんでした。実はそこまで自信ないのかもしれません」

「今回のことこそ都合よく解釈していい」

「言葉や昼間も行動で示してもらえると大変助かります」

「善処する」

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