01 ヒロインはいじめられ仲間
学園生活が始まっても私は相変わらずいじめられていた。
どうやら悪役令嬢サンドラは転生者ではないらしい。断罪も恐れずに、元気に取り巻きを引き連れて私とリイラをいじめている。
内容はしょうもないことで。リイラの平民がうつるとか臭いとか、私の穢れた血がうつるとか臭いとか。私の母は由緒正しい家なんだけどな!
ちなみにサンドラは攻略対象たちの婚約者ではない。
ヒロインがスムーズに恋ができるように『イルマル王国の貴族は学園生活の三年間で結婚相手を決める、それまで婚約者は作らない』とご都合主義設定がある。
つまりサンドラは婚約者が奪われたという同情される理由もなく、普通にただ嫌なやつでただの悪役だ。まあ恋を盛り上げる舞台装置として生まれたキャラともいえるので、そのあたりは同情できるが。
サンドラは私に対してもいい働きをしてくれた。私とリイラはいじめられ仲間になれたのだから!
リイラの代わりに白の花嫁になるならば、暗黒期が訪れる前に自分から立候補する必要がある。
ゲーム通りでいけば、二年生の中盤頃に世界は暗黒に包まれる。
あと一年は余裕がある。その間に、今私が生きている世界とゲームの世界は本当に同じなのか。リイラは本当に存在しているのか、どんな子なのか、様子を見たいと思っていた。
友だちというのは一番最高のポジションよ、サンドラありがとう!
「えへへ、びちょびちょになっちゃったね」
リイラが私に笑顔を向ける。
サンドラとその仲間たちは、いじめっこの定番・水ぶっかけイベントを起こして、私とリイラは濡れネズミになっていた。
性悪母は外面だけは良い。だから制服や備品は全て新品で揃えてもらえたというのに。入学してまだひと月もたっていないのに、私の制服も備品もずたずたのボロボロになっていた。それはリイラも同じである。外面を気にするならまず娘をなんとかするべきでは?
「タオルあるから使う?」
サンドラの行動パターンは読めるので、今日は水をぶっかけられるだろうなと思っていた。
あの女はワンパターンなのだ。彼女の行動は大体読める。
「アイノは強いね」
涙ぐみながら笑いかけてくれる。なるほど、イケメンたちが魅了される笑顔だ。
リイラはピンク髪のサラサラストレートヘア。乙女ゲームのヒロインになるために生まれてきた女の子。庇護欲そそられる丸くうるんだ瞳に口角のあがった唇、細くて白い身体。女の子はかわいいで出来てるんだよ、を体現している。
「慣れてるだけよ」
「アイノはずっと耐えてきたのね。あの方がお姉様なんですものね」
「実は生まれ月は私の方が早いのよ」
「あら、そうなの?」
「でもサンドラを長女ということにしているの。長女の方がいい縁談が入りやすいみたいだから」
落ち込んでいるリイラを笑わせるジョークのつもりだったが、ブラックジョークだったらしい。リイラの顔が曇る。
「とにかく慣れてるから私はいいの」
「こんなこと慣れたらいけないわ。こんな風にされていい人なんていないもの。あなたは素敵な人、慣れたらだめよ」
リイラは力強く私の手を握った。すごい。ヒロインのセリフだ。
こういう欲しい言葉をくれるから、イケメンたちは心を許していくんだわ! もちろん私もリイラの事が好きだ。
「アイノがいてくれてよかった」
追加の決めセリフもくれたので、リイラのことは絶対死なせたりしない! と決意を新たにした。
・・
リイラをよくよく観察して感じたことだけど、リイラも転生者ではなさそうだ。転生小説や漫画では、何人も同時に転生するということが往々にしてある。
もしリイラも転生者で「アルト最萌えなの! メリバでもなんでもいいからアルトルートにいく。私が生贄に立候補するわ!」というならば、白の花嫁レースに勝てる気はしなかった。
しかしリイラは転生者のそぶりはなかったし、順調に攻略対象の一人である王子との恋を育む予感がしている。
まだ出会いイベントと、サンドラのいじめからの慰めるイベントしか起こっていないけれど、リイラは王子に憧れの気持ちを抱き始めている。
上級生の王子ルートに入るためには、知力パラと屋上庭園で逢瀬を重ねることが必要だ。
私は死に物狂いで勉強してリイラの知力パラ上げを影ながら支え、王子がいそうな時間に屋上庭園に誘った。屋上庭園は正直しょぼくて不人気で誰も来ないから、王子がこっそり一息つける居場所になっている。
私は先生に呼び出されたとか、サンドラにいじめられた(悪者にしてごめん!)とか適当なことを言ってリイラとの約束に何度か遅れた。
王子とリイラが顔見知りになり距離が縮まったのを確認してからは、あまりでしゃばらないようにした。
ヒロインと攻略対象なのだ、私がアシストしなくても恋が走り出せば止まらない。国を敵にしても恋は止められないのだから。
私が、王子✕リイラが好きなのもあるけど、王子ルートは唯一攻略対象が全員生き残るルートでもある。国の闇に切り込んで、彼が新国王になる大団円だ。この世界に生き、結末を知る者としてはこの展開が一番ありがたい。
・・
半年ほど過ぎた頃。学園の休日、私は久しぶりに父に会いにきていた。
この男のことはあの親子よりも嫌いだ。前世を思い出す前は「お父様に会いたい」と父恋しさに涙することもあったけど、前世を思い出して完全体アイノになってからはこの男には憎しみしかない。
全てはこの男のせいだからだ。大好きな母と幼い私を裏切って浮気して二重生活を送り、虐げられている私を見て見ぬふりをしやがって。
なんならあの親子を王都から領地送りにしたのは、新しい女が出来たかもしれないし、実は兄弟がまだどこかにいるのかもしれない。
そんなこの世で一番憎むべき父親だが、唯一いいところは侯爵とで国の重要な仕事に就いているらしいということだ。それなりに地位と影響力がある父親の前で演技をするのが本日のミッション。