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24 私はヒロインじゃないから

 


「はあ」


 何度目かわからないため息が漏れる。編み物もまったく進まずに眠くもないのにベッドに入って横になっている。

 ……リビングルームに戻ろうか。でもアルト様と顔を合わせるのが怖くて、部屋から出る気がしない。昨日アルト様は私の体調を気遣ってずっと編み物の様子を見守ってくれていた。

 いつもならその心配がありがたくて嬉しいのだけど。


 昨日のキスの後の、アルト様の表情が忘れられない。


 キスされることは嫌ではない、アルト様だから。

 身体だってもう全然大丈夫だから、気にせずに魔力を受け取ってくれたらいい。


 でも、キスした後のアルト様の「しまった」という顔にはどうしようもなく傷つく。

 魔力を渡すと『いつもの』アルト様に戻ることには気付いた。

『夜』のアルト様が『白の花嫁』を求めて、蕩けて溺れた瞳を向けてくるのに魔力を渡した瞬間に、瞳が凪ぐことがたまらなく悲しかった。


 それを求めてここに来たのに、傷つくなんてバカらしい。


「アイノ、入っていいかしら」

「ショコラ!? もちろんよ! 入って!」


 数日ぶりに聞く優しい声と可愛いあんよでよちよち歩く姿に涙が滲む。


「元気にしてい――ないようね」


 ショコラは私の顔を見て苦笑するとベッドに飛び乗った。


「ショコラは元気にしていた?」

「私は問題ないわ。今日は魔物も落ち着いてるし、頼まれていた買い出しに行こうと思って」

「ありがとう、メモは用意していたのよ」


 立ち上がろうとすると肩にぽんと前足を置かれる。


「アイノ、ひどい顔だわ。体調というより気持ちの問題かしら?」

「……覚悟が足りなかったのかも」


「うーん、そうね。足りないのは覚悟じゃないわ。――足りないのは会話よ。

 アイノはいつも張り切って好意を伝えてくれるし、肯定的に受け取ってくれるから暗黒期もまったく問題ないと思ってしまったわ」


 私にブランケットを優しくかけ直しながらショコラは言った。


「でもアイノだって普通の女の子だものね。私たちがあなたに甘えすぎていたわ」

「甘えすぎていた?」

「そう。私たちはいつだってあなたの明るさと強引さに救われてる」

「強引さっていいのかしら」

「もちろんよ!

 二十年、私は悲しみに暮れるあの子に何もしてあげられなかった。寄り添うことしか出来なかった。本当にあの子が求めていたものは、暗闇をぶち壊す明るい太陽だったの」


 ショコラは私をじっと見つめた後に窓の外に視線をうつす。朝も昼も夜もわからない暗闇がそこにはある。この暗闇の中アルト様はずっと……。


「私もなんだか暗闇に飲まれちゃってたかも」

「それはそうよ。まあそもそもあの子が意気地なしなのが悪いし、アイノだけが頑張る必要は一切ない。でも、話はしないとね。

 アイノ念願の『白の花嫁』になってみて、どう? 」


「『白の花嫁』になりたかったけど、いざなってみるとなりたくなかったのかも」


「アルトにもそれだけが伝わってると思うわ。表面ですれ違ってない?」

「私が花嫁を嫌がってると思ってる……?」

「あの子はなんだかんだ優しいからね」

「それは知ってる」

「そして鈍感だから。でもアイノの本質はそこじゃないでしょ。どうして『白の花嫁』になりたくなくなったの?」


 認めないようにしていたけれど『白の花嫁』になりたくないんじゃない、アルト様の恋人になりたいだけなのだ。


「でもそれは……」

「欲しいものは欲しいって言っていいのよ」


 ショコラは肉球をぽすんと私の頬に当てた。


「アルトは不器用の塊だけど、本当はアイノもそうだったのね。あなたはずっと明るくて自由に見えて、本当に欲しいものは言わない」

「私が本当に欲しいもの」


 ――それはアルト様の心だ。うわべで愛されても虚しいだけだ。形だけの花嫁なんていらない。


「あの子はアイノがいないとダメダメだから。きっとあなたの気持ちなんて何一つ気づかずに、斜め上の想像をしているわよ」

「ふふ、ちょっと想像つく。私アルト様のこと見えなくなってた」

「混乱するのも無理もないわ。でも『夜』の姿じゃなくて、昼や今まで過ごした時間を信じて」


 そうだ。アルト様は朝が来れば今までと変わらなかった。激情はひそめても穏やかな優しさは変わっていない。


「ありがとう。私らしくなかったわ」

「うん。でも、いつでも明るくいる必要なんてないから」


 ショコラの柔らかい前足が私の手と重ねられる。


「だけどね。不安な時こそ会話をすることは忘れないで。わかり合うことはあなたの心を守ることにもなるの」

「知るのは怖いわ」

「知らないほうがもっと怖い」

「……本当にそうね」

「それはアルトも同じ。アイノの欲しいものを言ってみて。不器用なりに応えようとは努力するはずだから」


 最初は何も怖くなかった。失うものがないから花嫁になりたいと平気で言えた。

 でも今、欲しいものが言えないのは。この場所を失うのが怖いから。使用人でも、なんでもいいからここにいたい。

 でも使用人ではもう足りなくて。このめちゃくちゃな感情に絡め取られているのが辛かった。


 ほどいた感情はシンプルで、アルト様のことが好き。アルト様の特別になりたい。ただそれだけのことだ。


「私は買い出しに行ってくるわ。夕食の時間には帰るから久々にアイノの料理が食べたい」

「何が食べたい? 何でも作るわよ」

「じゃあ焼き魚と人参スープは絶対に。あとサラダも食べたいわ。デザートのプリンも」

「わかった」

「じゃあ行ってくるわね」

「ありがとう、ショコラ」


 ショコラはデスクに飛び移ると、買い出しメモを咥えて部屋から出ていった。


「よし!」


 私は自分の頬を思いっきり叩いた。

 そうよ、一人メソメソして悲劇のヒロインしている場合じゃないんだわ。

 私はヒロインなんかじゃない。ただのモブだから。自分で勝ち取らないといけないのよ。


 気合いを入れて立ち上がると、アルト様の部屋まで向かう。

 ノックをすると、すぐに扉は開かれて「どうした?」と気遣う声音が聞こえる。


「お話があるのですが! 入ってもいいですか?」

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