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22 塗りつぶされなかった感情 ◆アルト目線

 


 ずっと『白の花嫁』というものに嫌悪感があった。


 人間様がお情けで用意した人間を無条件に盲目的に愛する。それがどうしても気持ち悪かった。

 本能的に惹かれ合うつがいというわけでもない。ただ単にあてがわれただけの存在。

 魔人が子孫を残すためには人間との婚姻が必要なのもわかる。両親も他の夫婦も仲よくやっている。それでも拒否感があった。



「魔人はなぜこの森でしか生きられないのですか、結婚相手も探しにいけないのですか」

 僕が不満を漏らしても、母は曖昧に微笑むだけだ。僕の言葉の意味がわからない弟が「けっこんあいて?」と不思議そうな顔をしている。


「かあさまだって人間の住処に戻りたくはないのですか」

「私はここでアルトやみんなと暮らすだけで幸せだから。でもそうね。いつかは人間と魔人が一緒に暮らせるといいわね」

「僕は自分の好きな人は自分で探します」

「まあ」 母はくすくすと笑うと

「アルトは夢見がちだからな」隣で話を聞いていた兄がからかうように言った。


「魔人だけが、こんな扱いをされるなんて」

「人間だって同じさ。貴族は貴族同士、平民は平民同士、親が決めた結婚相手と結婚するのさ」もう一人の兄もわかったようなことを言う。

「お前の好きなロマンス小説のようなことは起きないよ」


「かあさまは森に来なくても結婚相手が決められていたのですか」

「私は魔力が高かったからずっと『白の花嫁』と言われてたからねえ。でもそれでよかったの。旦那様は優しいし、こんなに可愛い子たちにも恵まれて。何も不幸なことはないわ」


 母はお日様のように優しい笑みを目の前に咲いている小さな花たちに向けながら柔らかい水のシャワーもかけていく。


「ここの花たちも綺麗になってきましたね。ここは何なのですか?」

 僕たちが住む城のすぐ近くに、小さな屋敷が建てられた。最近母はこの屋敷を美しくするのに忙しい。


「そろそろヨハンの暗黒期が来るみたいなのよ」

「ヨハン従兄さんの!」

「ヨハンと花嫁が二人で暮らせる屋敷を建てたの。人間が最初から魔人に囲まれて暮らすのは怖いでしょうから」

「かあさまも怖かったの?」

「最初は少しね」

 母は過去を思い出すように笑うと僕と弟の頭を撫でた。


 ずっと昔は魔人の数も多かったらしいけれど、今は僕たち家族と親戚の三家族だけで二十人。

 もうすぐヨハンの花嫁が来て、そのうちきっと兄さまたちの花嫁もきて、ここで密かに穏やかに暮らしていく。そう思っていた。



 ・・



 昔の夢を見た。それは幸せな過去のはずなのに背中にじっとりとした汗がはりついていて身体を冷やしていく。

 夢を見たのは久しぶりだ。いや、眠ること自体久しぶりだ。

 眠っていたというより、初めて魔物化して気絶していたにすぎない。昨日の事はほとんど覚えていない。胸の中に湧き上がるような強い感情が流れ込み、そのまま意識は消えてしまった。


「アルト様! 目覚めたんですね!」そう言って明るい笑顔を俺に向けるのは。


 そうだ、彼女が、アイノが『白の花嫁』になってしまった。


「無事なら良かったです。体調は大丈夫ですか?」


 俺の顔を観察しながらアイノは尋ねた。

 自分こそ熱があるくせに、俺のことを心配する。

 理不尽に『白の花嫁』に選ばれてここにやって来たというのにアイノはいつだって俺のことばかり気に掛ける。



 ――この日が来ることを恐れていた。

 暗黒期に『白の花嫁』を与えられると魔人は執着してしまうという。

 自分が彼女を見る目が変わってしまうことが、気持ちがどう変化してしまうのか、それがなにより恐ろしかった。


 しかし目の前で笑っている昨日までのアイノは何も変わらない。

 俺の知っているアイノのままだ。その事実にひどく安堵した。俺は昨日までと同じくアイノを……こ、好ましく思っている。

 魔力をもらって正式に『白の花嫁』になっても。


 ……うん? 魔力をもらって……?


 階段をのぼる足が止まる。アイノが不思議そうにこちらを見てくるが、俺は昨日この唇に……。


「俺は、お前から魔力をもらったか?」


 あれはもしかしたら夢だったかもしれない、そう思って念の為確認してみるが。


「多分。白の花嫁からの魔力の受け渡しの方法ってキスで合ってますか? それなら分けられたと思いますけど」


 やはり夢ではなかったか。あれはキスというより魔力を奪ったに過ぎないが、それでも彼女の唇に噛みつきたい衝動だけは覚えている。それは自分の意志なのかもわからない。


 せめてもの謝罪を口にすると、アイノはきょとんとした後に小さく笑って「嫌じゃなかったですよ。だから大丈夫です」と言った。


 ……そうか、嫌ではないのか。

 アイノはずっと俺の花嫁になりたいと言ってくれているのだから、受け入れてくれるとは思っていた。

 しかし彼女の俺への「好意」が「恋愛感情」なのかどうかわからなかった。俺が恋愛に疎いのはもちろんだが、彼女の語るものは「憧れ」に近く、現実的なそれではないと感じたから。




 ・・


『夜』がきて、昨日と同じく意識が奪われた。

 でもそれは一瞬のことで、ひんやりとしたものが彼女の手のひらから伝わって頭を一時的に冷やしてくれた。目を開けると約束した通り両手が繋がれている。


「アイノ」

 名前を呼んでみると、潤んだ瞳と目が合った。

 その瞳を見た瞬間、冷えたはずの頭がカッと熱くなり、その衝動のまま彼女の手を引いて抱きよせる。

 熱くなった身体に冷たい頬や手のひらが触れると衝動がまた少し収まって身体が落ち着いてくる。


「アイノ」


 どくん。心臓が再び大きく音をたてる。そこからどくんどくんと熱い血が全身に流れていく。


 アイノに優しく触れたいのに。まるで頭の中で火山の噴火が起きたような、激しい熱がどろどろと全身に流れ込み、その熱から逃げるように『花嫁』の名前を呼んだ。

 この熱を冷ますには『白の花嫁』が必要だ。


「どうしましたか?」


 質問する唇に視線が引き寄せられる。――キスをして、全てを奪いたい。この熱を冷ますには全て奪わなくては。

 奪いたい、奪いたい……奪いたい。奪え奪え奪えと暴力的な感情が身体まで流れ込んでくるから、足に爪を突き刺し痛みとして逃がすことで堪える。


「アイノ、俺のアイノ……アイノ……俺のアイノ……アイノ…」


 唇が勝手に開き、彼女の名前を繰り返していく。

 そこに俺の意思はなく、止まらない唇が胸をざわつかせる。

 俺の唇は確かにアイノの名前を呼んでいるのに、まるで知らない誰かを呼んでいる感覚に近い。

 意思を持って彼女を呼んでいるのではなく、ただひたすらに花嫁の名前を呼んでいるに過ぎなかった。それが気持ち悪くて吐き気に変わる。



「はい。貴方の花嫁ですよ」


 混乱した俺の頬にアイノが触れた。

 ひんやりとした手に、びくりと身体が一度震えてざわついていた感情が止まる。

 落ち着いたと思えばまたすぐに『もっと欲しい』とドロリとした感情が俺を急かすから左手を取る。

 左手が頬に触れられるとようやく噴火は止まり、支配されて塗りつぶされていた衝動が和らいでいく。


 腕の中にいるアイノが、愛しい。めちゃくちゃに抱きしめているのに、俺を心配するその瞳が愛しくて恋しい。


 足りない、と思う心は魔物の心ではない。


 俺がアイノを愛しいと思う気持ちだけだ。我慢できずに俺は髪の毛にキスを落とした。


「アイノ、愛している」


 そう漏れたのは、紛れもなく飾り気のない自分の感情だった。


長くなったので次もアルト様目線になります

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