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孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜  作者: 川奈あさ
3章 暗黒期は溺愛期

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19 もう一度呼んでください

 

「え?」


 唇が一瞬重なったかと思うとすぐに離れた。

 知らない鈍い金色の瞳が私を捕らえると「アイノ」ともう一度名前を呼ぶ。いつもは温度のない声が、熱い。


 アルト様の熱が伝染したかのように私の頬も熱くなる。動けないままでいると、顔が近づいてきて……私の首元に顔をうずめた。首にかかる息は熱い。


 え? やっぱり暗黒期ってそういうこと!?


 頭が真っ白になって何も思い浮かばないけど、とにかく受け入れるしかない! 私は花嫁なんだから!

 次の展開に備えて私は目をぎゅっと瞑った。



「……ん?」


 だけど、いくら待っていても何も動きがない。目を開けると、私の顔のすぐそばにアルト様の柔らかい髪の毛があって、彼は動かないまま私に体重を預けてもたれかかっている。


「アルト様? 大丈夫ですか?」


 身をよじり彼の身体を少し起こして顔を確認してみる。

 息は熱いまま、目を瞑っているアルト様に意識はない。でも先程のような苦悶の表情は薄まりただ眠っているだけのように見える。


「キスしたから魔力を分け与えられたのかな……?落ち着いたのかな?」


 規則正しい寝息のようなものが聞こえてくる。

 角も牙も羽も魔物の状態のままだけど、ひとまずは様子を見るしかなさそうだ。


「フロータ・ルイロー」


 呪文を唱えて手を伸ばすと、私の部屋からゆらゆらとクッションとブランケットが飛んでくる。本当はアルト様を自室に運んであげられたらいいけど、私の魔力では軽いものしか運べない。

 クッションの上にそっとアルト様の頭を乗せてブランケットをかける。……うん、やっぱりただ眠っているだけみたいだ。

 いつかお昼寝の時に見たあどけない表情で眠っている。


 ……なんだか身体が重くてだるい。

 アルト様に魔力を分け与えたからかな。明日からも暗黒期は続くのだし、私もさっさと寝よう。

 そう思って立ち上がろうとしたのだけど、うまく足に力が入らず立ち上がれない。

 それにすごく眠い。瞼が強制的に閉まっていく……。



 ・・



 どれくらい眠ってしまったんだろう。陽がのぼらない暗黒期は時間が読めない。壁にかけてある時計を見てみると朝になっていた。


 目の前にはアルト様の顔。まだ眠っているみたいで瞳は閉じられている。彼の手を取ってみると、鉤爪は縮み人間と同じ爪に戻っている。背中にあった羽も見えない。朝になると姿はもとに戻るのかしら。

 牙はどうだろうかと唇を観察しようとして、キスを思い出して身体が熱くなる。


「あれってキス……だったよね」


 そう呟くのとアルト様が目を開けるのは同時だった。


「アルト様! 目覚めたんですね!」

「ここは」

「我が家のダイニングですよ」

「眠っていたか……」


 寝起きで少しぼんやりしているみたいだけど、意識はしっかりある。そして瞳の色は青に戻っていた。


「無事なら良かったです。体調は大丈夫ですか?」

「問題なさそうだ」


 そう言うとアルト様は身体を起こした。私も身体を起こそうとするけど力が入らない。


「お前こそ大丈夫か?」

「うまく力が入らなくて」


 アルト様が背中に手を回して、私を起こしてくれる。肩を抱かれる形になってまた体温が上がってしまう。


「座れそうか?」

「すみません、横になってても大丈夫ですか。座れそうですけど身体がだるくて」

「わかった」


 そう言うとアルト様は私を軽々と抱き上げて、ダイニングを出ていく。


「わっ」

「掴まっていろ。多分熱がある」

「熱が?」


 目覚めて間近にアルト様がいたから体温が上がったのかと思っていたけど、本当に体調が悪かったみたいだ。

 アルト様の言葉に甘えて、服に掴まろうと思ったけれど……そうだ、アルト様の服は昨日弾け飛んだから上半身裸だった。手の行く先に悩んで、結局首に手を回した。想定していたより密着してしまうし直に体温を感じてどぎまぎする。


「すみません」

「お前は悪くない。多分俺が魔力をもらっ――」


 階段をのぼる足が突然止まった。


「どうかしましたか?」


 すぐ近くにあるアルト様の顔を見ると、彼こそ熱があるんじゃないかというくらい赤い顔になっている。


「俺は、お前から魔力をもらったか?」

「多分。白の花嫁からの魔力の受け渡しの方法ってキスで合ってますか? それなら分けられたと思いますけど」

「あれは現実だったか」

「はい」

「……」


 私から顔をそむけているアルト様の顔はやっぱり真っ赤で、それを見ている私の体温はさらに上がってしまったんじゃないだろうか。


「……すまなかった」

「でもキスしないといけないんですよね?」

「そんなことはない。触れるだけで人間の魔力を受け取れる」

「じゃああれはアルト様の意思ですか?」

「違う……いやわからない……すまなかった」


 アルト様がこんなに狼狽えている姿は初めて見た。

 階段の真ん中で、私を抱き上げて、冷や汗を浮かべながら思案しているアルト様は少しシュールで、可愛くて愛しい。


「嫌じゃなかったですよ。だから大丈夫です」

「そ、そうか……」


 そう言うと赤い顔のまま階段をのぼるのを再開し、私の部屋まで到着した。

 優しくベッドにおろし、布団をそっとかけてくれる。


「一気に魔力をもらってしまったみたいだ。……すまなかった」


 ベッドの横にしゃがみ、私の顔を覗き込むアルト様の瞳からはまだ動揺が消えていない。


「大丈夫ですよ。それにちょっと嬉しいです。本当に花嫁になれた気がして。魔力を渡したってことは、これで本当に私はアルト様の花嫁になれましたよね?」

「……お前以外を目に入れないと言った」

「ふふ」


 私が笑うと、ようやくアルト様の表情も和らいだ。

 そして私のおでこに手を乗せる、ひんやりと冷たくて気持ちいい。


「やはり熱があるな。眠っていろ。食欲はどうだ?」

「あんまりないですね。お水だけもらってもいいですか?」

「わかった。他に欲しいものは? してほしいことは?」


 あれこれ聞いてくれるアルト様が珍しくて、また笑みをこぼしてしまう。


「大丈夫ですよ。眠れば元気になりそうです」

「そうか」

「あ、でも一つお願いしたいことがあります」

「なんだ?」

「昨日アルト様、私のこと名前で呼んでくれましたよね? 普段から呼んで欲しいです」

「……呼んだか?」

「絶対呼びました。はい、どうぞ。アイノって呼んでください」


 アルト様は困惑した様子で私のことを見ている。


「今からか?」

「そうです」


 私がもう一度アルト様を見ると、彼は口を小さく開いてまた閉じる。そして覚悟を決めたようにもう一度口を開いた。


「ア……アイノ」

「ふふ」

「ほら、言ったぞ。これでいいか?」

「はい」


 ただ名前を呼ぶだけなのに、そんなに力を込めて、顔を赤くしなくてもいいのに。

 おかしくなってまた笑ってしまう。


「笑うな」

「だって嬉しくて」

「名前を呼ぶだけでか?」

「はい。なのでこれからもお願いしますね」

「……ふん」


 アルト様は付き合ってられんというように立ち上がった。


「もう行っちゃうんですか?」

「水を取ってくるだけだ」


 そう言ってすぐにアルト様は部屋から出ていった。

 世話焼きアルト様が珍しくて、仕方なくだとしても名前を呼んでくれたことが嬉しくて、そして白の花嫁になったんだと思えて。

 それらを全部噛みしめるように目を閉じると、心地よい眠りに落ちていった。

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