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18 それってプロポーズですか?

 


「はい、どうぞ! いつものフレンチトーストですよ!」


 アルト様とショコラにそれぞれフレンチトーストを配るけれど、二人の表情は少し固い。


「今日は生クリームもあるんですよ。ご飯を食べて元気に暗黒期を乗り切りましょう」


 部屋を出てすぐに暗黒期だとショコラに告げられて……ひとまず私たちはいつも通り朝食をとることにした。


「糖分取らないと頭も回りませんしね!。――あ、そうだ」


 私は生クリームをテーブルに置いてから、アルト様の前に移動してみた。


「どうですか? 一番初めに私を見ましたよね? 私のこと花嫁に見えますか?」


 私の言葉にショコラが小さく吹きだした。私は至って真面目でふざけてるわけじゃないのに!


「……正直まだわからん。でもお前以外を今日は目に入れないことを約束する」


 アルト様は私をじっと見てから、そう言った。あっさりと言いのけたけど、それって……。私は思わずショコラを見るけれど、ショコラは何も言わずにニコニコと状況を見守っている。


「あのアルト様、それってプロポーズと取ってもいいんでしょうか!?」


 私の言葉にアルト様は思い切りむせた。


「お前のそのポジティブな受け取り方は尊敬を覚える」

「だって! 私以外の人間を目に入れないって」

「お前が初めてここに来た時にそう言ったんだろう」

「覚えててくれたんですね、嬉しいです!」

「はあ。もういい。お前が花嫁だ」


「や、やったー! ショコラ聞いた!? 花嫁だって!」

「聞いたわよ。まあ花嫁の仕事は夜からだけどね」


 ショコラはフレンチトーストに生クリームをたっぷりつけて口に入れてから微笑んだ。アルト様は黙々と食べているけど照れているのはもう気づいている。


「結局花嫁の仕事ってよくわかっていないわ」

「最初に言っていたでしょう? 魔力をわけるだけよ。人間の魔力に触れる事で衝動を抑える事ができるから」

「アルト様は夜がくると、暴れん坊になるわけですね」

「そうそう、暗黒期はそんな感じ」


 ショコラが笑う隣で「暴れん坊って……」とアルト様が呆れた顔をしているけど、他に表現が思いつかなかったんだもの。


「何かあったら祈ってちょうだい。花嫁の祈りは私にも届くはずだから」


 いつの間にかショコラの皿は空っぽになっていて、人間の姿からいつものわんこに戻っている。いつもなら食後のお茶をゆっくり飲むのに。


「どこかに行くの?」

「ええ。今日からしばらく森で過ごそうと思っているの。魔物と、一応王国側も警戒したくて」

「国を?」

「念のためね。魔物が王国側に入ってしまえば火種になりかねないから」


 ショコラは私の足元までやってくると、私を見上げて真剣な表情になった。


「アイノ、一つ約束をしてほしいことがあるの。暗黒期は決して三区から出ないと約束して。国も警戒しないといけないし、暗黒期は魔物の気も立っているから。どうしても何か用事があるのなら。二階の方から街に出ることはできるし私も買い出しにはいけるから。とにかく森には入らないで」


「約束するわ」


「ありがとう。アルトのことは貴女を信じてるからあまり気にしてないわ。二人だけの新婚生活をごゆっくり」


「し、新婚生活!」


 私がどぎまぎしているうちに、ショコラは微笑みを残してダイニングから颯爽と出て行った。残されたのはどこかきまずい私とアルト様だ。


「……暗黒期の始まりってなんだか静かですね」


 天気の話をするみたいに、それくらいしか話題は思いつかなかった。外が暗いだけで何か変わるわけでもない、でも何かいつもと違う。


「俺もそう思った」

「夜に変化が起きると言っても想像がつきません」

「俺も今回初めて暗黒期の過ごし方を知る」

「魔人の年齢の経過がよくわからないんですが、二十年前はまだアルト様は赤ちゃんだったんですか?」


 アルト様の実年齢がわからないけれど、二十年前の暗黒期は経験しているとばかり思っていた。


「前回は人間に換算すると十歳だった。だけど、花嫁が来た暗黒期は知らない。前回、花嫁は来なかったからだ」

「花嫁が来なかった……?」


 アルト様は何か迷うようにフォークとナイフの手も止めた。少しだけ考えて話し始める。


「前回、花嫁は来なかった。花嫁行列を迎えに魔の森に魔人一同向かったが、そこには花嫁と王国軍がいた」

「そんな――」

「暗黒期は訪れた。しかし暗黒期を引き起こす原因の魔人が殺され、強制的に暗黒期は終わった。だから花嫁が来た場合を知らない」

「まさかアルト様のご家族は」

「そうだ。その時に皆死んだ」


 この話題はこれ以上踏み込んでいいのかわからない。彼の心を巣食う闇はきっとここから来ているからだ。なんと声を掛けていいのか。どんな言葉が陳腐になりそうで言葉を発することが出来ない。


「お前が気にしなくていい」


 アルト様はそう言うと食べ終えた食器に指を向けた。ふわりと食器がキッチンに移動していく。


「夜に力を借りることになる。日中は休んでおくといい」


 いつもより優しい口調でそう言うと、彼はダイニングから出て行った。一人にしてほしい、そんな背中だった。


 しかし。休んでおけと言われても。

 ぐっすり快眠してしまったし、夜が気になって落ち着かない!


「こういう時は小麦をこねるしかないな」


 夜が長くなるのであれば、お茶菓子が必要になるんじゃない!? モヤモヤした感情があるときは小麦にぶつけるしかない。どうせ何かしていないと気が落ち着かないんだから、クッキーでも作ろう!




 ・・



 暗黒期の陽は沈まない。ずっと暗いままだからだ。

 だけど、時刻は十八時半。そろそろ定義としての夜になってもおかしくない。私たちは早めの夕食をとっていた。


「ショコラがいないとなんだか寂しいですね」

「そうだな」

「今日はクッキーをたくさん焼いたんですよ」

「そうか」


 私はどうでもいい話題を振り、アルト様は生返事を繰り返した。

 二人ともいつ訪れるかわからない変化にそわそわして、会話など意味を成していない。


 そして、唐突にその時は来た。

 食後の紅茶を飲んでいたアルト様の手からカップが滑り落ちて割れた。カップが割れた音に気づき、アルト様を見ると姿が変化していく。


 いつも装着している黒の手袋が弾け飛んだ――ように見えた。人より少しだけ鋭いだけだったはずの爪が、鳥類のような鋭いかぎづめに変化したことで手袋が裂けたのだろう。

 同じことはシャツにも起こった。バギバギ……と骨が折れるような音がして白いシャツが弾け飛び、アルト様の背中からは大きな黒い羽が生えていた。頭には鋭い角が生え、唇に納まりきらなかった牙も見える。

 ちょっと耳がとんがっているだけで、あとはただの人間にしか見えなかったアルト様が――


「なんというか、オーソドックスな魔人ですね」

「……お前は本当に緊張感がないな」


 アルト様は気が抜けたように小さく笑う。いつもと違うのは犬歯が鋭い牙になっていること。


「意識は普通にいつもと同じなんですね」

「らしいな。――怖くないのか?」


 アルト様の穏やかな青い瞳が私を見つめている。


「いつものアルト様に少し魔物要素が足されただけですからね」


 シャツが弾け飛んで上半身裸になってしまっているのがなんとも可愛く思えるほどだ。下半身に目を向けると靴も弾け飛んでいて、足も鳥類のようになっている。


「怖くないですよ、アルト様です。いつもの」

「そうか」


 アルト様は迷子の子供のような表情をしている。二十年前花嫁は訪れなかったけど、この姿に変化した魔人を十歳のアルト様は見ていたはずだ。その時に彼は何を思っただろう。


「どうですか? 今なら私のこと花嫁に見えますか?」

「どうだろうな?」

「特に変化ないって顔してますね」


 口角をあげてこちらを楽しげに見てくれていたアルト様の表情が突如変化した。驚いたような表情から苦悶に変わる。


「アルト様?」

「……」


 アルト様は胸を抑えてうつむいた。――暗黒期は制御が利かなくなる。それが始まったと言うのだろうか。


「アルト様、大丈夫ですか?」


 近くまで駆け寄ると、アルト様は苦しそうに喘ぎながら崩れるようにしゃがみこみ胸を抑えたままだ。

 どうしよう。そうだ、花嫁の仕事! 魔力、私の魔力を分け与えれば……!

 アルト様の前に膝をつき、顔を覗き込むと


「アルトさ――」


 アルト様が顔を上げ至近距離で目と目が合った。アルト様のはずなのに知らない誰かに見えた。

 アルト様の瞳は金色に鈍く光っていた。月のように暗さを抱えながら煌めく瞳に魅入られるように身体が固まる。


「アイノ」


 初めて……初めて私の名前を呼んでくれた。低く甘い声が私の身体を駆け巡って動けないままでいると、彼の鋭い爪が私の顎に触れた。そして私は誘われるように彼に引き寄せられ、言葉を発する暇もなく唇が重なっていた。


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