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幕間 王都にて

 


 いくら梅雨で大雨が降っているとはいえ、朝が来ても昼が来ても夜のように暗いなんて初めてのことだった。リイラと昼食をした後、僕は王城から呼び出しを受けた。

 通された部屋では国の重鎮が二十名ほど集まっていて物々しい雰囲気が漂っていた。


「マティアス、お前も未来の王としてこの会議には参加してもらう。国の今後を左右する話し合いだ」

「はい」


 父の真剣な表情に僕はしっかりと頷いてみせる。その場の雰囲気から何か深刻なことが起きたことはわかるのだが、初めて国に関わらせてもらえる密かな喜びがあった。

 今まで帝王学や国史を学ばせてもらっていたが、学園を卒業するまでは国の政りごとに関しては何一つ教えてもらえないと決められていたからだ。


「暗黒期が来た。その意味がわかるな」

「今日のこの暗さは暗黒期が訪れたということなのでしょうか」

「そうだ」

「ではこの会は白の花嫁選定について、でしょうか」

「いや……昨秋にお告げがあり、白の花嫁は既に送られた」


 ――昨秋。やはりそうだ、間違いない。


「その花嫁とは、アイノ・プリンシラ嬢でしょうか」


 私の質問に、父は目を細めて頷いた。

「さすがマティアス様は察しがよろしいですね」と大臣の一人が微笑む。


「それでは、今回の暗黒期は問題が起こりませんね」

「いや違う」


 答えを先回りして正解を出し続けていたつもりだったが、父の冷たい声が返ってきた。


「二十年前、白の花嫁は差し出した。しかし、実際には引き渡していない」

「……?」


「いいか。イルマル王国は、危険な魔人を排除するべきだと考えている」


 父はトーンを落とし、ゆっくりと言った。


「……しかし魔人がいなくなれば、魔物の管理が出来ず国民が危険にさらされるのではないでしょうか。暗黒期が恐れられているのも、魔王が制御できなくなるために魔物が暴走すると学びました」


 僕の言葉に父は小さく呆れたような笑みをこぼした。大臣の反応も芳しくなく、自分の答えが不正解だと突きつけられたことを感じる。


「魔人は野蛮な存在だ。暗黒期は人間ををさらう理由づけに魔物をけしかけて襲わせているだけにすぎん。魔人さえ滅ぼしてしまえば魔物と共存はできる」


 私が説明します、と一人の大臣が立ち上がった。魔法省のトップの初老の男性だ。


「魔物は穏やかな気質であることが判明したのです。魔の森の一区で定期的に調査を行っているのですが、彼らから襲ってくることはありません。魔人が魔物を操り攻撃をさせているのでしょう。いうならば魔物も被害者なのです。

魔物は森で管理し結界を張っていれば恐れるものではありません」


「そこで二十年前、私達はこの国の脅威である魔人を排除することに決めた」


「……魔人は深い森に住んでいて魔物もいます。どのようにして」


「いい質問だ。彼らは普段は森から出てこない。しかし、暗黒期の花嫁行列の時だけは別だ。花嫁を迎えるために一族総出で森の入り口まで現れる」

「ということは……」


「そうだ。二十年前、花嫁行列の瞬間を狙って一族をせん滅させた」


 父は固い声で言った。

 花嫁行列。長い歴史の中、魔人と人間が共存するためにお互いを信頼して行ってきた儀式。その約束を違えたというのだろうか。


「しかし暗黒期が再度訪れた。どうやら生き残りがいたようだな。プリンシラ家の娘の狂言の可能性も残っていたが、今日事実だと確信した。

 そして、今回が魔人を滅ぼす最後のチャンスではないかと思っている」


「今回が、ですか」


「生き残りはいても一人、二人程度だ。想定されていた人数の亡骸は確認した。報復もなく森の中に逃げているのであれば、多数いるとは考えにくい。

 ……彼らは長く生きる。今回花嫁を迎えれば子孫が増えていく。今回が完全に魔人を滅ぼす最後のチャンスだ」


 父は力を込めて宣言すると、大臣たちから賛同の声が上がる。

 いつも意欲的ではない彼らが珍しく何かに急かされているように声を上げる。それほどまでに魔人とは恐れるものなのか。


「今回は戦になるかもしれん。その時はお前にも役割を持たす、そのためにこの場に参加させたのだ」


 父は僕に熱い瞳を向けた。僕はその瞳をまっすぐ返せているだろうか。


「魔法省が何度かアクションを取っていると思うが、返事はあったか?」


「いえ、ございません。何度か門の中に文を差し込んだり、使いの者を出しているのですが返事はありません」


「前回のこともありますから、警戒するでしょうね」


「しかし王国側に魔人を引きずりださないことには、どうしようもありません。こちらから魔の森の奥までこちらが出向くのは分が悪すぎます」


「魔物をけしかけられたら、数で負けてしまいますからね」


「そこで一つ案があるのですが『白の花嫁』が誤りだったとするのです。正しいお告げがあったと正しい花嫁を送り出すのはどうでしょうか」


 一人の大臣が思いついたように提案するが、他の大臣は難しい顔で首を振る。


「もう遅い。暗黒期は始まってしまった。初めて見る人間を花嫁とみなす。新しい花嫁を差し出しても相手になどされん」


「別に『白の花嫁』に特別な力があるわけではないしな」


「では、花嫁――アイノ嬢をおびき出すのはどうでしょうか。もう特別な存在となった花嫁をおびき出せば、魔人は必ず助けにくるはずです」


「プリンシラ侯爵。アイノ嬢の母上などはどうか」


 傍観を決め込んでいたプリンシラ侯爵に皆の目が向く。彼は娘が生贄で、おびき寄せる材料に使うと言われているにも関わらず涼しい顔で答えた。


「アイノの母は継母でして。二人はうまくいっていませんでしたから」


「ではあなたがご病気だということにすればいいのではないか」


「私も長年娘と離れて暮らしていまして先日のお告げで数年ぶりに顔を合わせたのみです。父とも思っていないでしょう。


 ――家族では娘は帰ってきませんよ。ああ、でもそうだ。彼女には唯一友人がいました。リイラ・カタイスト。例の特別入学生の平民ですよ」


 リイラの名前が出てくると思っていなかった。

 僕の身が固まるのと反対に、その場にいた大臣たちの顔はほころぶ。


「ああ! 元々花嫁候補だった平民ではないか!」

「そうだ、彼女が『本物の白の花嫁』だったということにしてはどうだ」

「いい案じゃないか? 国の正式な『白の花嫁』はリイラ・カタイストだと。『白の花嫁』は一人だ。自称『白の花嫁』が国に戻ってこないのならば、リイラ・カタイストが偽の花嫁ということになり、花嫁を騙った反逆罪で処刑される、という筋書きはどうだろうか?」

「それならばさすがにアイノ・プリンシラも戻って来るでしょう」

「友人が自分の代わりに処刑されるのだからな」


 何を言っているんだろうか。

 リイラを処刑するとうそぶき、アイノ嬢をおびき寄せる?そして魔人を滅ぼして、アイノ嬢は……?


「リイラが花嫁?」


「ああそうだ。いつ暗黒期が訪れていつ花嫁を差し出すことになってもいいように毎年生贄を補充している」


「……では、彼女たちは特別に魔力が現れた存在ではなかったのですか?」


 魔法学園アロバシルアには必ず平民がいる。入れ替わるように数年に一人、魔力が開花する平民がいるのではなかったのか?


「しかしいいのですか。あなたの娘ですよ。多少痛めつけることになると思いますし、場合によっては……」


 一人の大臣がプリンシラ侯爵を気遣うように言った。彼にも娘がいたはずだ、重ねてしまったのだろう。


「私はもう娘だと思っておりませんよ」


 プリンシラ侯爵は何の感情も浮かべずに言った。


「そもそもアイノは数ヶ月、魔の森で暮らしているのです。暗黒期を迎える前に孕んでいる可能性もありますから」


「……確かに、その可能性もあるな」


「魔人の花嫁は既に人間ではありません。腹に子がいる可能性も考えるとアイノも処刑するしかありません」


 今、なんと言った……? 彼は彼女の肉親だろう?

 混乱している僕の前ではもう別の話が始まっている。


「魔の森の近くの軍基地はほぼ完成しております」


 防衛大臣がそう言うと、魔法省の役人が続く。


「適性検査を進めており、魔力が高いものを百名程選定しました」

「一ヶ月あれば可能か? 暗黒期は三ヶ月ほどは続くと思うが、あまり悠長にしていられない」

「はい。これから彼らには急いで攻撃魔法や防御魔法を取得させます」


「学園で学んでいない平民に可能なのか?」

 一人の大臣が聞くと、役人はしっかり頷いた。……平民、だと? でもそうだ。完成間近の軍基地の戦士は平民中心に構成されている。


「そのために数多く選定しているのですよ。魔力がかなり高いものもいますし」

「しかし平民に魔力を教えるなんて。今後に影響が出ないか?」

「問題ありません。魔法の覚えが悪く使い物にならないものは処分しますし、魔人との戦に乗じて最終的に基地も潰しますから。彼らには戦死してもらいます」

「恐ろしいことを考えるなあ!」


 魔法省の役人の冷たい言葉に、数名の大臣が下衆た笑いをぶつける。


 ……どういうことだろうか。この国は貴族しか魔力は現れないのではないのか。数年に一度リイラのような特別な平民が現れるだけではなかったか。今の話ではまるで……。


「ひとまず方向性が決まったな。詳細は再度詰めていこう」


 会議は一旦終了を迎え、皆いつものように穏やかに帰り支度を始めている。動揺しているのは僕だけだ。

 穏やかに見えていた……事なかれ主義で現状維持を望むだけに見えていた彼らの知られざる一面を見た気がする。

 父が僕の肩をポンと叩き、部屋から出ていくのを呆然と見送る。


 リイラが、リイラの親友が、犠牲になる……?

 彼らの話しぶりからすると、二人の命の保証など全くない。いやアイノ嬢の処刑はまぬがれない。


 未来の国王として、甘いのかもしれない。でも僕は二人のことを知っている。僕がリイラを大切に思うように、魔の森に向かわされる平民たちにも大切に思う人がいる。


 今までの僕ならこんなことを考えなかった。でもリイラと過ごして、僕はたくさんのことに気付かされた。


リイラを犠牲になんてしない。リイラを「白の花嫁」にしない。


 僕は甘い。この国の仕組みを何も知らなかった。

 僕は無知だ。だから、まずは知らなくてはいけない。この国のことを。そして、魔族や平民のことも。期限はきっと一ヶ月ほどしかない。まず、知らなくては。

いつもブクマや評価ありがとうございます!励まされています。

3章も頑張って更新していきますので、

面白いと思ったらブクマ評価いただけるととても嬉しいです。

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