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孤独な悪役魔王の花嫁に立候補します〜魔の森で二人と一匹が幸せを掴み取るまで〜  作者: 川奈あさ
2章 スローすぎるライフ

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17 春の眠気に誘われて

 

「ルーナ・ヴェーシ」


 色とりどりの花に柔らかく水が降り注ぐ。


「どうですか。かなり広範囲に一気に水やりができるようになってきたんですよ」


 私の手が届く範囲だけでなく、何メートルも離れた場所までシャワーは広がっている。

 自慢げな口調になってしまうのは魔法だけではない。何メートルも先まで花壇が広がっているからだ。


 秋に蒔いた花の種たちが開花したのだ! スローすぎるライフはいつのまにか半年が過ぎていた。


 ……春が来た、ということは、リイラも二年生になったはずだ。二年の中盤に暗黒期は訪れる。だからそれまでに花嫁になる! と目標を掲げて過ごしてきたけど、相変わらず花嫁に向けられる甘さは全くない。


 隣に立つアルト様をこっそり見る。アルト様は魔法で雑草を抜いてくれている。

 ――こうして、隣にいることは許されていると思う。

 クリスマスの日に、これから先のクリスマスの約束はくれた。でもそれは花嫁としてじゃない、と思う。王国に戻れば私は虐げられる生活に戻る。それがわかっていてアルト様が追い出すわけがない。その優しさに甘えているだけだ。


 暗黒期になったら、少しは私のことを求めてくれるんだろうか。

 そんな小さなワガママが胸の中に咲いてしまって、春の訪れは私の心を焦られた。春風が吹くたびに私の心も少し荒れる。


 私はアルト様のことを好きなんだろうか。

 前世の推しとして、キャラクターとして好きだった。萌えの塊だった人。


「おい。水、やりすぎじゃないか」


 私の手首を長い指が捕らえた。


「はっ、すみません……」


 手からシャワーが止まる。本当だ、目の前の花壇は大雨が降った時のようになっている。


「ぼーっとしていました」

「お前が考えごとなんて珍しい」

「それは失礼ですよ」


 私がふざけて睨むとアルト様はほんの少し口角をあげた。アルト様が大笑いしているところは見たことはないけれど、こうして時々口を歪めてくれる事が増えた。そのたびに私の胸はクリスマスの日のような優しい灯がともる。


 キャラクターとしてのアルト様は萌えで、胸がどきどきする人だったけど。こうして隣にいるアルト様はじんわりと嬉しくなるのだ。なぜか時々泣きたくなるほどに。


「じゃあ行きましょうか」


 私は猫車の持ち手を掴んで言った。中には花の苗がいくつも積んである。


「俺が押す」

「ありがとうございます」


 押すというか……猫車はアルト様の魔法によって自動で進んでいく、森の中に。私たちは猫車の後を追いかけて森の中に入って小さな道を進んでいく。そしてお墓の前で猫車は静かに止まった。


「よし、やりましょう」


 あの日からやることが一つ増えた。アルト様の思い出の屋敷を、少しだけ華やかにすることにしたからだ。

 ここに眠る人たちの気分が少し明るくなれば、と。これは完全なる自己満だけど、どうせスローすぎるライフでやることなんてほとんどないんだ。自分の気持ちが明るくなることをやるのは健康にだっていい。


 アルト様のお母様のような立派なガーデニングはできないだろう。それでも過去に美しい庭園だったボロボロの荒れ地から、季節のうつろいを花で感じられるくらいにできたらと思っている。


「そろそろ休憩しましょうか。お弁当も持ってきましたから」


 たくさんの苗を仕入れてきたので一日作業になる。屋敷は五分もあれば帰れるのだから、たまにはこういうのも新鮮でいいでしょう!


 春の日差しが強いので、私たちは大きな木の下に腰かけた。陰になるここは涼しく風も気持ちいい。


「お弁当といえば、サンドイッチですよね」


 紙袋の中からサンドイッチを取り出して手渡す。野菜とハムを挟んだだけの簡単なものだけど、働いた後、太陽の下で食べるご飯ってなんでこんなに美味しいんだろう!



「うまい」

「良かった。外だと更においしいですよね」


 素っ気ない口調だけど、最近素直にほめてくれることが増えた。くすぐったい気持ちを隠すようにかぶりつく。


「なんだか眠くなってきました」


 春の風が心地いい。光が少しだけ遮られたこの場所で満腹。昼寝の条件が揃ってしまっている。


「ふぁぁ」


 あくびをこぼすとアルト様がこちらを見ていた。黒いさらさらの髪の毛が陽の光で透ける。私を見る瞳は春の光のように優しい。……こんな風に見つめられると落ち着かない。


「ちょっと休憩しませんか……!」


 穏やかなまなざしから逃れるように私は目を瞑った。「眠くなってしまいました」


「ああ」

「アルト様もどうですか?」

「俺は本でも読んでいる」

「持ってきてたんですか」

「いや、今から呼ぶ」

「なるほど……じゃあちょっとだけ休憩しちゃいましょ」


 時間だけはたっぷりあるのだ。春の眠気に誘われたまま少しだけ眠る贅沢を味わいたい。ああ、本当に眠くなってきた……。



 ・・


「ん……。ああ、そうだ。お昼寝してたんだ」


 思ったより眠ってしまった気がする、身体の重さは眠りすぎた時のそれだ。

 でもここは涼しくて気持ちがいい。もう一眠りしちゃおうかなあ。目を閉じようとしたけれど、違和感を感じて右隣を見る。この身体の重さは……。


「ん!!」


 大声をあげてしまいそうになったから口を必死に閉じる。私の肩に寄り添って小さな寝息を立てているのはアルト様だったから!

 長いまつげはしっかりと伏せられ、少しだけ開いた唇からすうすうと規則的な息が漏れる。触れた肩が熱い。

 アルト様の膝の上には魔法書が乗っている。本を読んでいる途中に眠ってしまったのかしら。

いつも眉間にシワがよっているのに、和らいだ表情はあどけない。


 いつまでも見ていられるなあ。お日様の場所的にもう三時くらいになっていそうだけど、また明日作業すればいいもんね。

 アルト様の無防備な顔を見つめるほうが重要だ。


 だけど、アルト様の瞳はすぐに開いてしまった。


「おはようございます」

 じろじろ見てしまったことがバレないようににこやかに挨拶してみる。

 アルト様の瞳は大きく見開き、姿勢を正すとまわりを見渡している。寝ぼけてるんだ、可愛い。


「……俺は眠っていたのか?」

「はい。ぐっすり」

「俺が寝ていた……」


 アルト様は呆然と呟く。寝顔が見られたのが恥ずかしかったのかな。


「大丈夫ですよ、私も今起きたところですから。じろじろ見てませんよ」

「見てたな」

「へへ」

「何がおかしい」

「幸せだなと思って」


 幸せ以外の表現が思いつかなくて、笑みをかみころせない。口を閉じようとするとエヘヘと漏れてしまう。

 ただでさえ気持ちのいい日なのに、こうして二人寄り添って昼寝して、寝顔を見た見てないなんてどうでもいいことを言い合う。


「お前は本当にいつも楽しそうだな」

「アルト様のおかげですよ」


 別に私は常にゴキゲンガールなわけではない。前世を思い出してからはポジティブにはなったけど、元気でいられるかは別物だ。

 お前を見ていると辛気臭い気持ちになる! と何度水をぶっかけられたか。楽しそうだな、と呆れた口調で言われるたびに本当はすごく嬉しかった。


「アルト様といると嬉しいですよ、楽しくて」

「変なやつだ」


 アルト様はそっぽを向くけど、どんな顔をしているかわかる。


「おもしれー女ってことですね!」

「言ってない」


 一日三食、美味しいご飯を食べて。しっかりお日様にあたる。

 ただそれだけの、スローライフ。ずっとこんな日が続きますように。



 ・・


 六月の魔の森は梅雨が訪れていた。日本の価値観が組み合わされたこの世界は四季も日本風だ。


「今日も雨かあ」


 目覚めて時計を確認すると、朝七時だ。部屋はまだ暗く、今日は大雨になるのかもしれない。

 梅雨が来る前に種まきをし終えてよかったと思っていたけれど、天気が荒れるなら何か対策をしたほうがいいかもしれない。今日は園芸入門を読んで過ごすか。


 身支度を軽く整えて廊下に出ると、アルト様の部屋からアルト様とショコラが出てきた。


「おはようございます」


「アイノ」


 ショコラの緊張感がある声を初めて聞いた。二人を見ると、見たことないほど深刻な表情をしていた。


「暗黒期が来たわよ」

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