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16 あったかクリスマスの過去と未来


 ご機嫌で鼻歌を歌っているのはもちろん私。今日はクリスマス!

 チキンを焼いて、ミートパイを作って、ツリーに見立てたサラダも可愛い。アルト様に魔法を教えてもらって作れるようになった人参ポタージュも。自分で育ててみた苺を乗せたショートケーキも我ながら最高の出来だ。

 ご馳走たちをリビングルームに運んでいく。今日はダイニングではなく、ツリーのあるリビングルームで食事をすることにしたのだ。

 ツリーには可愛いジンジャーマンクッキーが飾ってある。先日アルト様とショコラと一緒に作ったものだ。背の高いアルト様が身を屈めて小さいジンジャーマンの顔を慎重に彩っていく様子を思い出して頬が緩む。


「機嫌がいいな」

「メリークリスマス、アルト様! ショコラ!」

「朝も言っていた」

「昼もね」

「何回言ってもいいんですよ、メリークリスマス!」


 アルト様とショコラがリビングルームに入ってきた。

 並んだ料理を見るとショコラが「わあ!」と想像通りの喜びの顔を見せてくれる。アルト様は珍しくワインを開けて、心なしか機嫌がよく見える。

 ゆっくり楽しみたかったのに浮かれていたからかあっという間に食べ終えてしまった。


「今日かなり寒かったから雪が降ると思ったんですけど、ホワイトクリスマスにはなりませんでしたね」


 ケーキを切り分けながら雪を連想した私がそう漏らすと、アルト様が指をパチンと鳴らした。

 部屋の明かりが消えると同時に、いくつも小さな白い光が浮かんだ。ふわふわと、きらきらと漂うそれは光の雪のようで。ツリーにも色とりどりの小さな明かりが灯り、うっとりするほど幻想的な部屋になった。


「素敵!」私が叫ぶと、

「アルトって実はロマンチックな男よね」とショコラが笑った。


「でも本当に、こんな素敵なクリスマスの景色見たことないですよ! きれい……イルミネーションみたい」

「イルミネーションとはなんだ」

「あーえっと、光の魔法のことですよ。ありがとうございます。最高のプレゼントです」


 アルト様は照れたように目線をそらす。雪の光が彼の耳を照らす、とんがった耳はやっぱり赤かった。

 嬉しい、アルト様の気持ちが嬉しい。この光景を見せようと思っていたことが嬉しい。


「あ、私からのプレゼントもあるんですよ!」


 思い出した私は、壁にかけていた大きな靴下から包みを取り出した。


「最近寒いですからね。どうぞ」


 二人は包みを開いてくれる。アルト様には紺色のカーディガンを、ショコラにはレモンの色をした腹巻き(一応犬用の服のつもりではある)をプレゼントした。


 編み物はずっと得意だ。クリスマスのたびに父にセーターやマフラーなど編み物をプレゼントしたっけ。一度も着た姿を見せてくれなかったけど。本当にあの男は最低だった。


 でも、そんなどうしようもない過去も解けていく。目の前にいる二人は私が促すこともなくすぐ身につけてくれているから。


「あったかーい。犬の格好の不便なところて寒いところなのよね。お腹が地面に近いから寒いのよ」


 食べている時は人間の姿になるショコラだけど、腹巻きをつけるためにわざわざわんこ姿に戻ってくれている。ショコラの可愛いお腹が冷やされていたのは大変だ。もっと早くプレゼントしたらよかった。


「二人ともよく似合ってます」


 渡した好意を受け止めてくれる人がいる。それが嬉しい、何よりも。


「私、こんな幸せなクリスマス久しぶりです。こんな日はもう来ないと思っていましたから」


 美味しいご飯を作って、一緒に食べてくれる人がいる。美味しいねと言って、頷いてもらえる。

 そんな当たり前のことが、こんなに暖かなんだ。当たり前のことなのに、


「忘れてました、幸せな気持ちを。ありがとうございます」


「アイノ、私からもプレゼントがあるの」


 ショコラは優しく微笑んでくれる。彼女がリビングルームのドアの方を向くと、扉が開いて大きな箱がふわふわと飛んできた。


「開けてみて」

「これは……」


 中に入っていたのはレースの刺繍が美しい深いブルーのドレスと、ドレスに合うブルーグレーのケープだった。


「アイノがここに来てくれて私も嬉しいの。私はあなたを使用人じゃなくて、家族として迎えたいと思ってるわ」


 穏やかな眼差しを向けてショコラは優しく語ってくれた。そしてショコラが私に前足を向けると、私は小さな光の粒たちに包まれた。

 まるで魔法使いがシンデレラに魔法をかける時のように、光の粉が降り注ぐ。粉がすべて消える頃には、私はプレゼントされた青のドレスを身にまとい、セミロングまで伸びた髪の毛は美しく結い上げられていた。


「ほら、素直になれないくせにロマンチックな魔王様。美しいご令嬢がいるのよ、エスコートしてあげなさい。さっきかけた魔法――アイノがいうにはイルミネーションだったかしら。庭にもかけてあげなさいよ。二人で散歩でもしていらっしゃい。私は食後のお茶を楽しんでおくからからごゆっくり」


「ショコラ……」


 ショコラは人間の姿に変わり、席に戻るとゆったりとした仕草でカップを手に取った。


「行くぞ」


 いつのまにか私の目の前にアルト様は来ていて、手を差しだしてくれている。


「いいんですか?」

「このカーディガンは防寒に優れている、外に出ても問題ない」

「嬉しい! ありがとうございます!」


 差し出されたアルト様の手のひらに自分の手を重ねた。



 ・・


 アルト様が手をかざすと、暗い庭がパッと明るくなった。庭のあちこちにキラキラと魔法が点灯し、前世でみたイルミネーションよりずっと美しくて儚い幻想的な空間だった。


「歩くか」


 アルト様は私の方に腕を突き出す。……これは腕を組んでもいいということかしら。アルト様の腕にそっと触れる、何も言われないから彼の腕に自分の手を添えた。

 アルト様はゆっくりと歩き出す。いつもからは考えられない程の小さな歩幅で。


「寒くないか」

「はい、全く。ショコラがくれたケープ本当にあったかいです」


 首元のファーがもこもこであったかい。でもファーのおかげだけではない。さっきからずっと暖かなのだ。ずっと隙間風が吹いていた胸に、暖かなものが流れ込んできて冷めることがない。


 屋敷の前にある庭を越えて、普段入ることのない森にアルト様は歩みをすすめた。よく見ると小さな道があり、光の粒が導くように照らしている。こんな道があったことを知らなかった。なんとなく森には入れなかったから。


 しばらく進むと、木々が途切れて開けた場所に出た。

 寂れて全く手入れされていないけれど、ここにはかつて庭があったのだろうとわかった。

 奥には大きな屋敷……いや、お城だろうか。古びた大きな建物は朽ちていた。窓ガラスもなく、雨ざらしになった寂れた城だ。建物の中にも植物が生い茂りとても人が住める状態ではない。


 そして庭の隅にはお墓がいくつかあった。


「……クリスマスに連れてくるところではなかったな」

「いいえ。アルト様はここで素敵なクリスマスを過ごしていたんですね」

「ああ」


 小さな優しい光たちに照らされた城は、アルト様の思い出のクリスマスを叶えた場所だ。

 ここで眠る人はきっと、アルト様に優しいクリスマスの思い出をくれた人たちなのだ。


「すまない。ただの散歩のつもりだったが、自然と足がここに向かってしまった」

「いえ、嬉しいですよ」


 アルト様は光の粒たちが飛び交う墓地を優しい目で眺めている。決して踏み入ることができなかったアルト様の優しい過去だ。


「クリスマス、久しぶりではしゃぎすぎちゃいました。母が亡くなってからこんな日が来るとは思わなくて」

「お前の母親は亡くなっているのか」


 アルト様は私を見つめた。


「そうなんです。継母に虐められるっていうよくあるパターンですよ」

「暗黒期が終わって王国に戻れば、また継母の元に戻るのか?」

「たぶんどこかの性悪貴族に嫁がされます」

「そうか」

「私が来年も幸せなクリスマスを送るために、来年もここに置いて欲しいのですが」

「来年はまだ暗黒期かもしれないぞ」

「じゃあ再来年も」


 アルト様はズボンのポケットから小さな小包を取り出した。


「まさか! 婚約指輪ですか」

「……違う。期待するな」


 アルト様の長い指が小包の青いリボンを解いていく。中から出てきたのは、銀色に輝く雪の結晶のブローチだった。


「綺麗ですね」


 アルト様は無言で屈むと、私のケープにブローチをつけてくれる。ブルーグレーのケープにそのシルバーはよく似合った。


「私、来年も再来年も、ご馳走作り頑張りますよ。ジンジャーマンクッキーもたくさん作ります。だから一緒にクリスマス過ごしてくださいね」

「わかった」


 アルト様がわかったと言ってくれたなら、その約束は絶対に守られるのだと思う。

 花嫁になれなくてもいい。ヒロインになれなくてもいい。

 ただこれからもアルト様とショコラと、静かに穏やかに時を重ねていきたい。いつかは私もここで眠らせてほしい、だなんてさすがに困らせてしまうけれど。


 私はアルト様がくれた光のプレゼントたちを、アルト様の隣でしばらく眺めていた。

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