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13 魔王が生きる理由

 


 優しい午前の陽を浴びて小さな緑の双葉が揺れている。なんと! 先日蒔いたラディッシュの種から、双葉が開いたのです!


「可愛いですね」


 私は隣にかがんでいるアルト様に声をかけた。

 アルト様は無言だけど、緑の芽たちに嫉妬してしまうほど彼らを愛情たっぷりの目で見つめている。私の言葉が一切耳に入らないくらいにね!

 水やりをしようとして芽を発見した私は、一応アルト様の部屋に行って声をかけてみた。芽が開いたと伝えて十五秒後には扉を開いて「行く」とアルト様は言った。待ち遠しく思ってくれてたみたい。


「芽が開いたので、今日は間引きをします」

「間引き?」

「密集してたり生育が悪い物を間引くんですよ。もう少し成長したらまた間引きします」

「抜かれた物は別のところに植えるのか?」

「うーん。一度抜いてしまったらあまりうまくはいかないみたいですよ」


 ショコラが買ってきてくれた園芸入門を読みながら答える。特に根菜系は根が傷つくとうまくいかないみたいだ。


「そうか」


 もしアルト様にしっぽがついていたなら、きっとしっぽは垂れ下がっていたに違いない。アルト様は元気のなさそうな葉をつついている。


「優れた物だけを選んで、残していくんだな」

「そうですね」


 そうしみじみと言われると、間引かれた芽に共感してしまう。

 プリンシラ家にとって、私はこの芽だった。サンドラを引き立てて消えていく存在。


「じゃああっちの土に植えませんか、この子たち。あまり育たないかもしれませんけど」


 私は庭の奥を指さした。土が盛り上がっている場所が見える。

 プランター栽培の次は小さな畑を作ってみようと思って、少し土を耕しておいたのだ。

 まだ植えるものは未定だったし、この子たちをうつしてもいい。


「そうしよう」


 アルト様は、先ほどまでつついていた芽をもう一度優しくつついた。すぽんと芽は抜けて、私が指さした方向に移動していく。他の芽たちも続いていった。


「間引きすると、根が傷ついてしまうからダメになるんですけど。このアルト様の優しい魔法なら場所を変えてうまく育つかもしれません」

「そうだといいが」

「ふふ」


 私たちは立ち上がって飛んでいった芽たちを追いかけた。彼らは行儀よく整列して土につかっている。


「お布団かけてあげましょう」


 私が言うとアルト様は座り込み、魔法ではなく大きな手で一つずつ丁寧に土をかけていく。

 その手が優しくて、お母さんが布団をかけてくれた日のことをなぜか思い出してしまった。


「ここは日が当たるが、いいのか?」


「芽が出たので大丈夫ですよ。プランターも日があたる場所に移動させましたしね」


「わかった」

「アルト様は植物が好きですか?」

「まあ……嫌いではないな」

「動物も好きそう」

「嫌いではない」


 全てに土をかけ終えたアルト様は汚れた手袋をはたいて答えた。


「そういえば魔物ってどんな子なんでしょうか? 実物を見たことがないんです」

「見るか?」


 アルト様の青い瞳が私を見上げた。目が合って私はすぐに頷いた。


「会いたいです! 会えるんですか?」

「二区に行けば何匹もいる。明日、予定はあるか?」

「予定がある日なんてないですよ。この子たちの水やりくらいですね」

「じゃあ明日の十時に」

「出張魔法講座ですね!」


 用が終わったアルト様は立ち上がり、屋敷に戻ろうとして――。


「水やりをしなくては」とすぐに戻ってきた。柔らかいシャワーが、間引かれて消えていくはずだった子たちに降り注いでいった。




 ・・



 森は以前と様子が違って見えた。黒い結界が張ってあった時はホラー映画の森だったけど、お日様があたる今はごくごく普通の森になっている。

 アルト様はスタスタと迷うことなく歩いていて、私も速歩きでアルト様の隣に並ぶ。


「なんだか魔物がいる気がしませんね」


 森は静かなまま、足音一つ影一つさえ見当たらない。


「様子を伺っているんだろう」

「魔王様の花嫁の登場にドキドキしているんでしょうか」

「お前はいつも楽しそうだな」

「おかげさまで」

「前から気になっていたんだが、魔王というのは? 俺のことか?」


 アルト様は思い出したように質問した。


「はい。アルト様のことです」

「たいそうな呼び方だな」


 チチチ、と鳥が鳴く音が聞こえたかと思うと何かがアルト様の肩に止まった。小さな鳥――かと思ったけれど、コウモリに近い気がする。コウモリとの大きな違いは、顔の真ん中に大きな目玉がついていること。一つ目コウモリ、the魔物って感じがする。


「小さいですね」

「ああ」


 次に私たちの前に颯爽と現れたのは一見普通の狼だった。白い毛並みが美しい。利口そうな顔がアルト様を見つめている。


「これはウッコルフ」

「普通の大型狼に見えますね」

「そうだ。彼らは口から稲妻を吐く。ただそれだけのことだ」

「怖く見えませんね」


 魔物といえば、見るからに気持ち悪いものとか、人間絶対コロス! と襲ってくるものだと思っていた。

 でも今アルト様の周りに集まってきているのは、パッと見は動物に見える子たちばかりなのだ。おどろおどろしい雰囲気などなくモフモフ大集合のほんわか場面に見える。


「魔物は怖くない」


 アルト様は穏やかな表情でウッコルフを撫でた。ウッコルフは気持ちよさそうに目を細めてされるがままになっている。


「私が触ったら怒りますか?」

「いや、怒らない」

「じゃあ失礼しますねー」


 こわごわ背中を撫でてみる。本当に大型犬と変わらない触り心地だ。尻尾がパタパタと動いていて、喜んでいるように見える。少しだけピリッとする気もするけどわずかに静電気を発しているみたいで時々バチバチと音がする。背中から手をすべらせて、顎の下を撫でると気持ちよさそうにクゥンと鳴いた。


「ア、アルト様! めちゃくちゃかわいいのですが!」

「そうだろう」


 アルト様が珍しく微笑んでいる、気がする。口角が少しだけ上がっているだけとも言うけど。とにかく穏やかな表情で他の魔物も同様に撫でてやっている。魔王と魔物というより、モフモフに囲まれる飼い主といった感じだ。


「彼らはどうやって生活してるんですか?」

「野生の動物と同じだ。草食もいるし、森に迷い込んだ動物を食べるものもいる」

「なるほど。本当にただの動物ですね」


「そうだ」


 アルト様はそこで言葉を切った。モフモフ魔物たちを見つめながら表情が翳る。



「少し魔力があったり少し見た目が違うだけだ。人間は『魔物は人間を襲うもの』だと思っている。でも人間から攻撃をしかけなければこちらから襲うことはない。ただ普通の動物より能力が高くて、取り扱いが危険なだけだ」



「……私も魔物は恐ろしいものだと思っていました」


 きっと動物の熊とか、ライオンみたいなものなんだろう。不用意に近づくと危険だけど、きちんと住むべき場所をわければ攻撃対象にはならないのだ、お互いに。


「魔王などいない」


 アルト様は言い切って、私をもう一度見た。


「何百年も前。魔人がたくさんいた時は、魔人を統べる王もいたみたいだがな。

 ここ最近――といっても数百年だが。最近の魔人は魔物の管理者なだけ、だ」


「魔物の管理者?」


「そうだ。大半の動物は繁殖期がくれば気性が荒くなる。魔物も例外ではない。そんなときに人間の世界に出ないよう、暴れないよう、魔力で抑えているんだ」


「人間の魔族のイメージとは真逆ですね」


 魔人は魔物を武器のように使い、人間を襲わせる。そんなイメージがある。私だってサンドラを脅すときに、八つ裂きにすると言ってしまったのだから。


「無知からの恐怖で悪だと決めつけただけだ。魔人は魔物から人間を守っている。まあ、正確にはそれも魔物を守るためだ。魔物が人間を襲うと、魔物全体が攻撃されてしまうからな」


「そうだったんですね」


 アルト様が生きている理由がわかった。死にたがりらしい彼が死ぬに死ねないのは、ここにいる子たちのためなのだ。アルト様がいなければ、彼らは人間の住処に近づいてしまい……きっと滅ぼされる。


「それじゃあやっぱりアルト様は子孫を作った方がいいのではないですか?」


「心配せずとも魔人は長生きだ。俺が死ぬまでにはこいつらが暴走しない魔法を完成させる」


「毎日部屋にこもっているのは研究をしていたんですね」


 次から次へと撫でて! とやってくるモフモフ魔物たちに囲まれながらアルト様は頷いた。


「私、魔法もっとがんばりますね!」


 暗黒期になると、アルト様も動物の本能が抑えられなくなる。この子たちを守るために、私も魔力をあげないと!


「ああ」


 柔らかく肯定してくれたのが嬉しくて私はモフモフ魔物たちをワシャワシャ撫でた。

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