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12 魚を直火で、思い出をとろ火で

 


「秋に植える野菜と花、どれが簡単に始められるかなあ」


 ある日の午後。私はアルト様のお母様のガーデニング本を眺めている。

 大きな木にもたれかかって庭を見てみるけれど、爽やかな風に似合わないただの荒れ地だ。

 雑草も生えていなくて、乾いた土があるだけの寂しい敷地。

 お母様はガーデニングがお好きだったと言うけれど、二十年もお日様も当たらなかった場所なのだから当然だ。だから簡単にできるプランター栽培から始めてみたわけだし。


「でも最終的には素敵な庭を作ってみたいわよね」


「そうね」


 いつの間にか隣にきたショコラが一緒に本を眺めて、私の独り言に相槌をうってくれた。


「ガーデニングをするの?」


「せっかくお庭も広いし時間もあるしね。それにアルト様のお母様もお好きだったみたいだから」


「あら、あの子が言ったの? ふうううん?」


 ショコラは意外そうに私を見てから言葉をつづけた。


「そうよ、アルトの母は園芸が趣味だったわ。素敵な花園もあったし、野菜もよく作ってた。彼女が亡くなってからは、手入れする人もいないし」


「私は園芸の知識はほとんどないから、お母様ほど立派なものは作れないとは思うけど。アルト様、園芸には興味がありそうに見えたから」


「そういえば、子供の頃は母親の手伝いにずっと後ろをついてまわってたわ」


 よちよち歩きでお母様の後をついていくアルト様が想像できなくてつい微笑んでしまう。ショコラも懐かしそうに笑った。


「ただ本当に知識がないのよねえ」


 書斎にあったガーデニングの本は、上級者向けのガーデニングデザイン集だ。眺めるだけなら楽しいんだけど、私には早すぎる本だった。


「次街に行くときに、園芸の入門書を買ってきてくれないかしら」


「いいわよ。また店主に育てやすい物、聞いておくわね」


「助かります! あ、そろそろ行かないと」


「どこに?」


「アルト様と約束しているの、魔法講座の!」


「あら午後にも時間を作るようになったの?」


 私の声も弾んでいるけど、ショコラの声も弾んでいるように聞こえる。私は勢いをつけて立ち上がった。


「ううん。今日は特別に夕食作り兼魔法講座なの! じゃあ行ってきます!」


「夕食、楽しみにしてるわ」


 小さいあんよでおててをふりふりしてくれるショコラが可愛い。私はショコラに手を振り返すと、スキップしながらキッチンに向かった。


 キッチンに入ると既にアルト様はそこにいて相変わらずムスリとした表情を浮かべている。


「すみません、遅れちゃいました?」


 時間通り来たはずだけど……キッチンに置いてある時計を見ると約束の時間より早い時刻が表示されていた。良かった、遅刻はしていない。


「いや、俺が早く来ただけだ」


「楽しみにしてくださったんですね、嬉しいです」


 キッチンにかけてあった白フリルのエプロンがひらりと舞って、私の一部になる。


「お前は、都合のいいように解釈する」


「その方が人生幸せですよ」


 アルト様の呆れたような口調も気にならないほどゴキゲンな私は冷蔵庫から魚を取り出した。


「じゃあまず串で刺しますか」


「ああ」


 先日、魚の塩焼きをした。塩を振ってアルト様の炎魔法で直火焼きをしただけのシンプルな料理だけど、大変気に入ってくれたみたいで。アルト様が魚を好きなことには最近気付いた。

『次の魔法講座では、炎の加減について教える。魚を焼いて実践する』と提案してきて、頬が緩むのを隠すのに困ったものだ。素直に言ってくれたらいくらでも焼くのに。



「お前はどうやってこの魚を焼く?」


 串に刺さった魚を手に持ってアルト様は質問した。美男子と魚、なんだかおもしろいツーショットだ。


「攻撃呪文を唱えたら大変なことになるのは先日の人参でわかりました」


「そうだな。――炎を発生させる呪文はなんだ? まずは小さいものでいいから発生させてみろ」


「わかりました。ルーナ・リエーキン」


 家で大きな炎をあげたら大変だ。私は人差し指をたてて呪文を唱えた。

 ――成功だ。私の人差し指からは蝋燭ほどの弱い火がゆらめいている。


「今どんなイメージを浮かべながら呪文を唱えた?」


「家の中なので、灯りくらいがいいなと思って」


 私の答えにアルト様は満足気に頷いてくれる。やった、正解みたいだ。嬉しい。


「魔法はイメージが大切だ。呪文自体は重要ではない。発生させる呪文さえ唱えれば、あとは言葉に頼らずにイメージを膨らますんだ」


「じゃあこの蝋燭くらいの火から、魚を焼くイメージに変更すればいいということですか?」


「そうだ。ここに炎を伸ばすイメージでやってみろ」


 アルト様は私から一メートル離れた場所にいて、魚を構える。シュールな絵面だ。

 私は魚に手を伸ばす。イメージ、イメージ……。ええと……そうだ、たいまつ。たいまつをイメージしよう。ぼおっと音が鳴るくらいのたいまつの炎。


「ルーナ・リエーキン」


 もう一度呪文を唱えると、イメージした通り。一メートル先まで届く炎が出た。

 アルト様は頷くと無言でその炎で魚を炙っている。やっぱりシュールな絵面だ。


「何を笑っている」


「えへへ、成功したのが嬉しかっただけですよ。――あ」


「集中力が足りないからだ」


 私の手から放たれた炎は消えていた。これではまだ魚は生魚のまま。


「イメージが途切れちゃいましたね」


「もう一度できるか?」


「はい。ルーナ・リエーキン」


 一度出現させたものだから、再現しやすい。先程と同じくらいの火が現れて、アルト様がすかさず魚をかざして炙っていく。


「呪文を暗記しても意味はない。簡単な呪文、それからイメージ。こちらの方が都合がいいだろう」


「そうですね。学園でもそうやって教えたらいいのに。呪文をきっちり覚えることが大切だと思っていました」


 外国語みたいだ。前世日本で海外の人に話しかけられた時、文法を思い出そうとして何も話せなくなった私の隣で、友達が単語だけで会話を成立させていたなあ。

 それと同じかもしれない。言葉をきちんと正確に並べるよりも、単語と身振り手振りと伝えたい気持ちがあればなんとかなるものだ。


「……わざと難解にしているのかもしれない」


「わざと?」


「おい、また炎が途切れたぞ」


「あ、すみません」


「余計な事を考えるな」


 アルト様に睨まれてもう一度呪文を唱えた。火を当て続けると段々いい香りになってきた。皮もいい感じに焦げ目がついてきてお腹がすいてくる。


「はあ、いい匂いする。特別講座って魚を焼くことだったのね」


 可憐な声と足元に柔らかい毛の感触を感じる。きっとショコラが私の足元に来ている。


「スープとサラダはもう仕込んであるから、魚を焼いてしまえば夕ご飯はいつでも食べられるわよ」


「もう我慢できないと思ってたところ。じゃあ私はスープを温めておくわね」


「ありがとう」


 炎の下を潜り抜けてショコラはコンロに向かっていく。


 二人と一匹で狭いけれど、夕食をみんなで完成させていく。なんだかすごく懐かしい光景を思い出して、炎の熱さが胸にまでじんわり染み込んだ。

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