10 人参降って地固まる
お日様が真上に来た頃。庭掃除でかき集めた落ち葉に向かって私は手を伸ばす。
「フロータ・ルイロー」
呪文を唱えると落ち葉たちはふわふわと舞い上がって、ダンスするかのようにその場にゆらゆらと滞在した。
「うん、成功。浮遊させたまま移動させるには……」
アルト様に借りた魔法書を片手に、次の魔法を唱える。
――――あれから毎日魔法の勉強をしている。やっぱりある程度魔法は使えたほうが便利だし、日々使っている方が魔力も上がる。
暗黒期は魔力が必要なはず。アルト様の花嫁になるためにも魔力アップは大切!
「ふう、もうこんな時間か」
落ち葉たちと戯れていたらあっという間に時が過ぎていた。そろそろ夕食の準備をしなくちゃ。
・・
今夜は宣言通り、人参のポタージュを作ろう!
人参を四等分にして大きめの鍋に入れる。人参は大きめにカットしてじっくり茹でると甘みが強くなるから。
茹でている間に、玉ねぎをスライスしてバターをたっぷり入れたフライパンで炒めていく。飴色になるまで丁寧に炒めたらオッケー。
ついでに付け合わせのサラダの準備まで済ませて、冷蔵庫で冷やしておく。
「うーん。どうやってなめらかにしようかな」
人参と玉ねぎを前に悩んでいた。ミキサーもブレンダーもないから。
かなり柔らかくなっているからフォークで潰してもいいけど、あまりなめらかにはならない。私はツブツブ感が残ったどろりとしたポタージュも好きだけど、人参嫌いなアルト様に喜んでもらうならなめらかでサラサラとした飲み心地のほうが良さそう。
「こういう時こそ魔法じゃないかしら」
ミキサーの代わりになる魔法はどんなものかしら。
ミキサーは……刃を高速回転させることで粉砕していたはず。
「うーん。それなら風魔法で人参と玉ねぎを木っ端みじんにするのがいいかな」
魔法書をペラペラめくってみる。木っ端みじんなら攻撃魔法のページを見てみるか。
攻撃魔法は三年生から習う上級魔法だけど、対象が人参と玉ねぎなら魔力量も少なくていいはずだ。とりあえず鍋とフライパンからそれぞれ三分の一の量をボウルに入れてみて、それっぽい呪文を見つけて唱えてみる。
「アウラー・ヴィンド・ホーガバー」
ボウ!!!
破裂音がなり、衝撃に目をぎゅっとつむる。恐る恐る開けた視界には無残に飛び散った人参と玉ねぎがあった。
野菜どころかボウルまで粉々になっている! 爆発のせいでキッチンに並んでいたフライパンや様々な調理器具も吹っ飛んでいる。
「う、魔法って調整が難しい……残りの材料は無事だったのが救いね」
三分の二残しておいた人参と玉ねぎは鍋とフライパンごと吹っ飛んだけど、上手に着地してくれていたので中身は無事だった。
「私にはまだ早かったか……」
料理を爆発させる系ヒロインにはなりたくない。攻撃魔法クッキングはしばらく禁止よ、禁止!
「何の音だ」
珍しく慌てた雰囲気のアルト様がキッチンに顔を出した。
キッチンの惨劇に眉をひそめるけど、なんとなく状況を察したらしいアルト様は肩の力を抜いた。どうやら心配してくれたみたい。
「すみません。魔法の加減を間違えてしまったみたいで」
「何の魔法を使った」
「攻撃魔法です」
「人参相手にか?」
アルト様は壁に張り付いた無惨な人参の姿に同情するように言った。
「やっぱりやりすぎでしたか。理論的には間違ってないと思ったんですが」
「何をしようとしたんだ」
「ポタージュを作ろうと思ったんです。ポタージュって知ってますか?」
「知ってる」
「人参と玉ねぎを粉砕しようとしたんです。……あ、でも大丈夫ですよ! まだ半分以上残ってますから。夕飯には間に合います」
私はボウルとフライパンに残っている人参と玉ねぎを見せて慌ててアピールした。アルト様は無事な野菜たちに目をやってから
「また爆発させるんじゃないだろうな」と私に視線を戻した。
「もうやめておきます。無駄にしたら嫌ですし。フォークで潰したり、みじん切りにすればいいので」
「貸してみろ」
ボウルとフライパンから、人参と玉ねぎが浮かび上がる。ふわふわと浮遊したそれらを操っているのはもちろんアルト様だ。
アルト様の指の向きが、野菜からキッチンに転がっている鍋に移動すると、野菜たちは風に乗り細かく刻まれながら鍋に向かっていく。
鍋もふわふわと浮遊し、野菜たちを受け止めながらコンロの上にお行儀よく座ってくれた。
コンロ前に移動して鍋の中を見ると、人参と玉ねぎはペースト状になっている!
「わ、すごい! アルト様! ありがとうございます!」
振り向くと怒ったような顔をしたアルト様と目が合った。
「アルト様の魔法ってすごく綺麗。今のは攻撃魔法使ってないですよね? 何を使いましたか?」
「攻撃魔法は威力が高すぎる」
「風魔法でしたよね?」
「ああ。高速回転させただけだ。風魔法を使って粉砕したかったのだろう?」
アルト様はめんどくさそうに目をそらすけど、質問には答えてくれる。
「この攻撃魔法は切り刻むと書いてあったので、ぴったりかなと思ったんですが」
魔法書を見せてみるとアルト様の表情は苦々しく変化する。
「よくこの呪文を唱えてこの程度で済んだな」
「ダメでしたか?」
「空間を切り刻む攻撃魔法だ。魔力の低さと呪文の理解度の低さでなんとかなったな」
「攻撃魔法って危険ですね……自己流ではなく魔法学園で学ぶ意味がわかりました」
「今後、料理には攻撃魔法を使うな」
「ごめんなさい」
木っ端みじんになっていたのは人参ではなく自分だったかもしれない。魔法ってこわい。
「人間は呪文に頼りすぎている。それよりもイメージが大事だ」
アルト様は私から受け取った魔法書をパラパラめくりながらつぶやいた。
「と言いますと?」
「こんなに呪文で細分化しなくても、簡単な単語でも魔法を操ることはできる。イメージが弱いから呪文を唱えることになる」
「だからアルト様たちは呪文を唱えないんですか?」
「そうだ」
なるほど。今回のミキサーにしたって、単純な風魔法の呪文と野菜を粉砕するイメージだけで十分だったかもしれない。
学園は呪文をたくさんの暗記する学び方だったけれど、アルト様の考え方の方が使い勝手はよさそうだ。
「アルト様、無理を承知でお願いなんですが!」
「断る」
アルト様は私に魔法書を突き返して簡素に言った。
「まだ何も言ってないですよ」
「何を言うつもりかわかる」
「じゃあお願いします! 魔法、教えてください!」
「お前は諦めるということをしらないのか」
「はい! それにアルト様だって、暗黒期に魔力必要ですよね? 私の」
「お前……」
アルト様はいつものように眉間のシワを寄せた。そんなところのシワが深くなったら美形が台無しなのでやめてほしい。
「私、魔力たいしてないんです。お願いします! それに料理の幅も広がると思うんですよ! アルト様の好きなお魚も! やりたい調理方法があるんです!」
「お前はいつもそうやって次から次へと理由を並べる」
「理由があるんですもの。一日ひとつでも! 五分でもいいですから!」
「はあ……」
アルト様は眉間のシワに手を当てる。そしてため息をわざとらしく吐いてから
「お前はいいと言うまで百は理由を並べてくるんだろうな」と呆れたように言った。
「百でも千でも並べますよ!」
「いばるな。……まあいい。いつも食事を作ってくれる礼だ」
「いいんですか!? それにお礼って……!? そんなに食事喜んでくれてましたか?」
どうしよう、嬉しい。犬に懐いてもらった気分! 声が自然と弾んでしまう!
私の反応にアルト様は気まずそうに顔をそらす。でも気づいてしまった、人間とは少し違うとんがった耳が色づくのを。
「ふふ! 魔法の力でさらに美味しいご飯も作ってみせますよ! 料理は一工夫するだけでもっと美味しくなりますからね!」
「……部屋に戻る」
「はい! あっ、ありがとうございました人参のこと! 明日からよろしくお願いしますね!」
アルト様はそれ以上は返事をせずにキッチンから出ていった。きっと照れた顔を見せたくないからだ!
あの耳と同じ色に染まった頬を見てみたいけど、その楽しみは今度にとっておこう。




