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07 胃袋を掴んでみせます

 


「暗い」


 朝のはずなのに暗い、時刻は朝の九時。しかし夜のように暗い。朝の光を感じなかったから寝坊してしまった。

 プリンシラ家の私の部屋・物置も窓はなかったけど、朝がきたことくらいはわかったのに。日光というものが存在しない。


 昨日ショコラが買ってきてくれた深緑のワンピースを着た。レトロな丸いフォルムのデザインで可愛い。お願いしておいた白フリルのエプロンもある。魔王城で働くクラシカルメイドをイメージしてみました。


なんだかアルト様は人間にいい印象は持っていなさそうだし、暗黒期までは、使用人として必要だと思ってもらおう。


 髪の毛はボブになったので動きやすい。数少ない荷物の中から、白い花の髪留めを取り出すと前髪を束ねてとめた。これは以前リイラにプレゼントしてもらったもので、リイラがレースを縫い合わせて作ってくれたもの。とても気に入っていたけどサンドラに見つかればどうなるかわかっていたので、なかなか身に着けることができなかったのだ。ここでの暮らしなら毎日だってつけられる!



「おはようございまーす!」


 廊下に出て大きな声を出してみる。何事も元気よく挨拶から、共同生活を円滑に進めるためには必要なもの!


 返事はないのでそのまま階段を下りていく。階段の下にはショコラがいて「おはよう」と返してくれた。


「ゆっくり眠れたみたいね」


「ちょっと寝坊しました」


「ここに寝坊の概念はないわよ」


 曜日も時間も関係ない引きこもり生活なのだ。


「さて、朝ごはん! 作りますか!」



 一日を元気に過ごすためには朝食から!ここ二年、ろくな食事をしていなかった私が言うのもなんだけど。とりあえず気合いをいれてダイニングに入る。


 ダイニングはきれいに掃除したけれど、暗い食堂は「最後の晩餐」て感じだ。洋館に閉じこめられて疑心暗鬼のなか、食事中に一人が毒に倒れる。そんなダークでミステリーな雰囲気が漂っている。


「この屋敷はもう全部がホラー映画の舞台みたい」


 ダイニングの奥に行くと、キッチンがあった。……乙女ゲームの舞台なだけある。デザインだけはアンティークだけれど、機能面はわりと近代的なキッチンだ。

 現世で食事を作ったことはあっても、侯爵令嬢アイノの十六年間でキッチンに入ったことはない。


 料理の知識はあるけど、この時代の調理に自信はない。

 蛇口をひねれば水が出てくるし、スイッチを押せば炎が出た。乙女ゲームのご都合世界観に感謝だ。食器棚の隣には冷蔵庫のようなものまである。ショコラはたくさん買ってきてくれたみたいで冷蔵庫はパンパンに詰め込まれていた。


「どう? 使えそう? 魔道具の使い勝手はいいはずよ」


魔法は全てを解決する、ありがとうございます。


「ありがとう、問題ないわ! ねえよかったら一緒に食べない? 食べられないってわけじゃないんでしょ」


「じゃあ頂こうかしら。手料理なんて二十年ぶりだわ」


「犬って何食べるんだっけ? ドッグフード以外だと……」


「人間の食べ物でいいわよ。私、別に犬でもないし」


「えっ?」


 サラッと二十年ぶりに、とか言ってるし本当にこの子……いやこの人? は何者だ。


「ふふ、女はミステリアスな方がいいわよ。久しぶりに甘いものが食べたいわ」


「甘いものね! アルト様は甘いもの、召し上がるかしら」


「そういえばあの子が好きな物って何だったかしら」


「まあいいわ。いらないって言われたら私が食べたらいいんだから」


 朝食の甘い物といえば、フレンチトーストでしょう!

 陶器のボウルに卵を割って、牛乳と砂糖を入れて混ぜていく。


「あら、本当に慣れた手つき。侯爵家で使用人でもやらされていたの?」


「まあそんなところ」


 プリンシラ家にプラスの罪を加えてしまったけれど、使用人以下の扱いをされていたんだから間違いでもない。


 バゲットをナイフで切ると、ボウルに漬け込む。

 蜂蜜もあるし、ジャムまである。――そういやショコラはどうやってこんなにたくさんの物を買ってきたんだろう。ミステリアスわんこを見る。この小さい身体の何倍も買い込んでそうなんだけど。


「もっと漬け込んだ方がいいけど、もうお腹すいたな」


 前世で時短フレンチトーストを作るときはレンジでチンしてたけど、さすがにそんな電化製品はない。あれってどういう原理だったっけ。

 なんかレンジにまつわる怖い事件があったな。……そうだ、レンジは内部の水分を細かく振動させて摩擦熱を起こすんだった。


 水魔法を使ってみるか。

 私は手を伸ばすと「ルーナ・ヴェーシ 震えろ」と唱えた。


 指先でそっと触ってみるとバゲットはほんのりあたたかくなる。ちょっとでも染み込めばいいんだからこれくらいでもいいはず。

 私はフライパンを火にかけて温める。バターを端からそっと転がすとジュワという音と食欲を誘う香りが広がる。


「今魔法使ってた? なにしてたの?」


「美味しくなる魔法」


 私は浸していたバゲットをフライパンにそっと入れた。


「はあ、いい匂い」


「なんだかお腹すいた気さえするわね」


 ショコラも鼻をひくつかせている。

 さらに香りが強まったので、フライ返しでぎゅっぎゅっと押しつぶしてみる。私はちょっと焦げ目がついた方が好きだ。そしてひっくり返す。うん、いい色になってる。

 しばらくして反対側もぎゅっぎゅっと押し付けて、ショコラが出してくれた皿に乗せた。


「なんだ、この匂いは」


 なんと!ちょうどいいところにアルト様が現れた。


「朝ごはんです!どうぞ!」


「食事は取らなくていい……ショコラ、食べる気なのか」


「ええ。だってこんなにいい匂いがしてるんですもの。久々に食べてみようかと思って」


 パンッ!と弾ける音がして、思わず目を瞑る。もう一度目を開けるとそこにはクリーム色の髪色をした五歳くらいの女の子が立っていた。


「!?」


「食べるときは人間の姿の方が美味しいと思って」


 状況的に考えるとそれはショコラしかありえなかった。だけど犬が女の子に? そんな高度な魔法を使える使い魔なんているんだろうか。


「ほらアルトも」


 ショコラ(人間の姿)はアルト様を引っ張ると、私が皿を置いた席の前に無理やり着席させた。


「お好みで蜂蜜やジャムもどうぞ」


 私はフォークとナイフを皿の隣に並べてやる。渋々と言った表情でアルト様はフォークを取った。

 なるほど。アルト様は押しに弱い、と。


「私もう我慢できないので!いただきまーす!」


 砂糖をたっぷり入れたので、焼き目はほんの少し焦げてキャラメリゼみたいになっている。レンジ風魔法のおかげで中まで染み込んでいるから、外はサクッ! 中はトロリ! という文句なしのフレンチトーストができた。今日は時間がなかったけど、生クリームやフルーツも添えたい。


「はあ、これ。やめられないかも」


 ショコラは次々と頬張っていく。私たちが三口目を頬張るの見届けてからアルト様は小さく切り分けて口に……アルト様が食べた!


「甘い」


「甘いもの、どうですか?」


「嫌いじゃない」


 むくれた顔のまま咀嚼しているけど、これはクーデレ男の美味しいのサインだ! その証拠にアルト様は二口目も切り分けている。つい頬がゆるむ。


「私は食事をしないと生きていけません。だから毎食作ります。魔人は食べなくても平気だけど、食べてもいいんですよね? 良かったら嗜好品として、食べてください!」


「食べる食べる!」


 もう皿が空になっているショコラは指についたジャムをペロリとなめながら手を挙げた。


「アルト様はどうですか?」


 三口目を口に入れたアルト様を見てみる。アルト様は顔をそらして「食べる」と呟いた。私は口角が上がってしまうのが止められない。


 フレンチトーストで心トロリ作戦大成功である。

 花嫁たるもの、胃袋を掴まなくてはいけない。

 暗黒期が終わっても、ここに置いてもらう作戦そのいち。好調ではないでしょうか。

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