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プロローグ:ドアマットモブは思い出す

 

 昼間とは思えないほどの暗い森。道といっていいのかわからないほどの道を進み、三メートルはある背の高い鉄門に突き当たった。しばらく門の前に立ってみるが反応は全くない。


「すみませーん!」


 私は門をガタガタ揺らすことにした。バサバサと鳥が飛んでいく。鳥じゃなくて魔物かもしれないけど。


「すみませーん!!! 魔王様いますかー!!! 私、生贄の! 白の花嫁です!!!」


 返事はない。


「あのー! アルト様いますかー!!! すみません!!!」


 もうこうなったらヤケだ。ガシャンガシャンと門を揺らして叫ぶ。返事はないけどこっちも諦められない。ここで受け入れてもらえなければ国は滅ぶ。


「すみません!!! アルト様!!!」

「――うるさい。人間がなんの用だ」


 突然、門の向こうに人影が現れた。姿を現してくれた魔王は――ゲームの特徴通りの人だった。

 さらさらの黒い髪から覗く切れ長の青い瞳。高い鼻にきゅっと結ばれた薄い唇。背はすらりと高くて顔の小ささは人間離れしてる。まあ人間じゃなくて魔王なんだけど。

 彼は私をじろりと見る。どう見ても歓迎されている感じはしない。


「私、白の花嫁です。あなたのもとに嫁ぐことになりました」


「いらん。帰れ」


 これが、いつか国を滅ぼすとされる魔王と生贄である私の出会い。

 転生者視点で言い換えると、ヒロインを溺愛してヤンデレになる魔王と、単なるモブである私の出会い。

 

 孤独な独りぼっちの魔王を溺愛するスローライフストーリーのはじまり。

 

・・


 一見和やかな家族団らんの夕食風景。


「これ、もういいわ」


 金髪碧眼の美少女がスプーンを置いて、後ろに控えているメイドに合図を出す。

 メイドは飲みかけのスープの皿を下げると、末席に座っている茶髪の少女の前にその皿を置いた。皿にはかき集めれば一口分になるほどのスープしか残っていない。

 金髪の少女の目線に促されるように「お姉様のいつくしみに感謝して、この食事をいただきます」と茶髪の少女は唱えた。


 夕食の席には、母、娘二人、息子と四名がいたが、茶髪の少女の前だけ料理は何も並べられていない。

 他の三名が「いらない」と言えば、食べ残しだけが運ばれる。

 野菜くずだけが残った皿を空にすると、メイドが三名分の皿を持ってきて彼女の皿の上に傾ける。彼女の空いた皿には三名分の魚の骨が積み重ねられた。

 彼女は「いつくしみに感謝して、この食事をいただきます」とまた唱えた。


 デザートを食べ終えたでっぷりと太った金髪の少年は、飲みかけのグラスを持って立ち上がると「残ったから」と、少女のパンの皿の上でグラスを傾けた。もちろんパンも母がかじった物だ。水分がパンに染み込んでいき、吸い切れない分が皿に広がっていく。

 少女はそれを見守りながら、奥歯で魚の骨をすりつぶしてなんとか飲み込んだ。三人は食堂から既に出て行ったがメイドがじっと彼女を見張っているからだ。


 彼女の名前はアイノ・プリンシラ。プリンシラ侯爵家の次女である。


 二年前まで彼女は幸福な人生を送ってきた。しかし愛する母を亡くして日々は一転。

 ほどなくして父が新しい妻と二人の姉弟を連れてきた。アイノが初めて会った姉弟は父と血が繋がった子供なのだと言う。父は仕事で王都に一人離れて住んでおり、不貞を働きこっそりと第二の家庭を築いていたのだ。


 父の裏切りにショックを受ける間もなく、いつの間にか使用人は彼女たちが連れてきた者ばかりになり、新しい母と姉弟はアイノを虐げるようになった。父はアイノの現状を知ってか知らずか王都に戻ったまま顔を出そうとしない。



 魚の骨をすりつぶし終えたアイノは自室に戻った。

 彼女にあてがわれた部屋は、アイノ三人分ほどの小さな物置で毛布しかない。彼女が愛用していたものは姉に取られるか、売り払われた。母の形見であるネックレスだけはこっそりと靴に忍ばせて没収を免れたが。

 ふうふうと手に息をあてる。物置は隙間風が入ってきて寒い。毛布をすっぽり頭からかぶさる。


「早く春がこないかなあ」小さなつぶやきは風の音でかきけされた。



 ・・



 ある日のこと。

 庭掃除をしていたアイノは母に呼び出された。部屋に向かわなければ何をされるかわからない、彼女は急いで母のもとに向かった。


「遅かったわね」母は苛ついた様子でアイノを見た。部屋には姉のサンドラもいてアイノを睨みつけている。一体何をしてしまったんだとアイノの身体はこわばる。


「お待たせして申し訳ございません」


 母は大きなため息をつくと、カードをアイノの足元に投げ捨てた。


「あなた宛です」


「私……ですか」


 アイノにカードを送ってくれる存在は思いつかない。いるとすれば王都に住む父くらいだが、誕生日でさえ一度も手紙をもらったことなどない。アイノがカードを拾うと真っ白なカードに文字が浮き出てくる。


「これは……」


 それは入学通知だった。これが何なのかアイノは知っている。王都にある魔法学園アロバシルアの入学通知だ……! 十六歳になると魔力のある者だけに入学通知が送られるとは知っていた。


 隣を見ると悔しそうな顔をしたサンドラも同じカードを持っている。サンドラは姉だが、年齢は同じなのである。


「なんでこいつに」


「魔力がある子供には届いてしまうから」


「嫌よ! こいつと一緒には通いたくない。お母様なんとかならないの? 目に入るだけで気分が悪いわ」


「国が決めたことだから逆らえないわ」


「こんなグズにも届くなんて。国は何を考えているのかしら」


 サンドラはアイノをさらに強く睨みつけるけれど、アイノは二人の会話が頭に入らない、それどころではない。思考をびゅんびゅん巡らせていた。



 この生活から抜け出せるわ、アロバシルアは全寮制の学校なんだから!

 私にも魔力が認められるなんて!嬉しい!


 ――いや、アイノはそんなことは考えていなかった。彼女が考えていたことはただひとつ。



(わたし、転生してる――!?)




☆☆☆




「いやったーーー! このドアマット生活からおさらばだーーー!!!」


 大声で叫びたいけど、本当に叫んだらあの性悪たちに何をされるかわからない。私は物置に帰った後、心の中で叫んでバンザイするだけにおさめた。


 この二年あの親子の言われるまま、それが当たり前だと思って受け入れてきた。自己肯定感がゴリゴリに削られて自分はグズで虐げられて当たり前の存在だと思っていた。


 でも、前世を思い出してみればそんなわけない!

 前世の価値観がプラスされたら、客観的に自分を見ることができる。私がグズなんじゃない、あいつらがクズなだけだ。

 そう思うとすべてが馬鹿らしくなる。前世のことはあんまり覚えてないけど、きっとポジティブな人間に違いない。十六年間のアイノにポジティブな性格がアップデートされて、完全体アイノになった。



 私は部屋の隅に置いてある毛布の中からごそごそと小さな鏡を取り出した。プリンシラ家の者なのに身だしなみも整えないなんて!と髪の毛を燃やされたことがあったので、割れて捨てられていたサンドラの手鏡を拾ったんだ。


「うーん、やっぱりアイノのことは知らないな」


 鏡の中の私をまじまじと見る。サンドラほど美女ではないけど、なかなか可愛い顔をしてる。アイノのこれまでだけ見ると転生ガチャ大失敗だが、顔だけなら転生ガチャ成功だ。


 この絶望生活もあと少しで終わる。学園に入ってしまえば人間として最低限の生活は保障されるはず。そう思うとあとちょっと魚の骨くらい食べてやろう。



 ――――魔法学園アロバシルアからのカードを見た途端、前世の記憶を思い出した。

 乙女ゲームも転生漫画も大好きだった私は、状況と、そしてどの乙女ゲームに転生したのかを一瞬で把握した。どの世界に転生したのか即座に判断できるこの力は、どの世界の転生者にも与えられるスキルなのかもしれなない。



 魔法学園アロバシルア、それからサンドラ・プリンシラときたら!

 『フォスファンタジア』しかないでしょう!!!


 フォスファンタジア、通称フォスファンは大好きなゲームだから詳細まで覚えている。でもアイノ・プリンシラという人物は思い当たらない。

 姉であるサンドラが登場人物の一人なのだから、ゲームではアイノはただのモブだろう。



 アイノはモブ。

 でも、魔力はある。


 それならばこの世界に転生した私がやることは一つしかない!


 フォスファンのヤンデレ悪役魔王・アルトと恋して、ついでにこの世界を救うしかない!!!

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