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08 もしかして俺のこと•••

 帰宅後、手を洗っているときもまだ考え込んでいた。

 さっき祭里と一緒にいたあの女の子のことだ。

 本当に今朝バスで俺の学生証を拾ったのか、疑問はまだ解けていなかった。


 こんな些細なことに対して、考えすぎだろうか。


「お兄ちゃん長い!早く代わって!」

「あ、すんません」


 考えるのに集中しすぎて、無意識にのろのろとしていたら祭里に()かされてしまった。

 すぐに手についた泡を流し、浴室の扉に掛けられていたタオルを手に取る。


「ただいま終わりました」

「うむ」


 なんだか偉そうな返事をされた…

 身を寄せて洗面所を空けると、祭里がそこに入って手を洗う。


「あのさ、さっきの子なんだけど」

「上司に対する言葉遣いがなっていないぞ。史郎くん」


 こちらが質問を投げたいのに、祭里は調子に乗ってしまった…

 わざとらしく「こほんっ」と言っている。

 しばらくこのノリに付き合ってあげないと話は聞いてくれないらしい。


「えーと、祭里さん…さっき一緒にいたあの子って、バスの中で俺の学生証拾ったって言ってたんですよね?」

「なずなちゃんのことか。ああ、そうだが。それが何か?」

「ああ、なずなちゃんって言うんだ。拾ってくれたのって今日のことですよね?今朝…ですよね?」

「そうだね。彼女は今朝拾ったと言ってたよ」


 やっぱりそうなのか。


「さっき一緒に帰ってたってことは、あの子結構近所に住んでるんですよね?」

「うん、まあそう…なのかな?多分そうだ。なんか今日一緒に帰ったけど、そういえばどこに住んでるのか聞いてないな」

「そうですか…」


 まあ、何回も同じスクールバスで見かけているということは、同じ川越方面だろう。

 それに、さっき祭里と別れた場所的に、駅に戻ると言うことはおそらく無いだろうし、スーパーでも見かけたのだから近所に住んでいる可能性は高い。

 そうじゃなきゃ怖い。


「なになにお兄ちゃん、あの子が気になるのー?」

「そういうわけじゃないけど…いや、気になると言えば気になるのか…」

「えっ…」


 返答が意外だったらしく、にやにやとしながら聞いてきた祭里は手を止め、ぽかんとしていた。


「え!まじ!?確かにすごく可愛いもんね!」


 いつの間にか上司と部下の設定は消えているが、祭里はそんなことそっちのけで、話題に食いついてきた。ピラニアの如く食いついてきた。うわー!恋愛ピラニアだ!逃げろー!


「なんか勘違いしてるみたいだが、違うぞ。そういうことじゃないからな」

「えぇ〜、ほんとかな〜」

「いやいやほんとだって、そんなつもりで聞いたわけじゃないから」

「ふぅーん、そっかそっか〜」


 ほんとにそういうつもりじゃないんですけど!

 祭里はニヤニヤとして、全然信じていないようだ。


 祭里は手を洗い終わり、ぱっぱと水を切っている。

 とっくに水気を取り終わっていたが、ずっと手に握っていたタオルを渡す。

 あれ、ハエが飛んでるな、外から連れてきちゃったかな…


「ありがと。んで、なんでそんなにあの子のこと聞くの?」

「実は今朝、バスの中であの子のこと見かけたんだ。…ていうか会ったんだ。」


 祭里は驚いた様子だが、さっきからハエが頭の周りを飛んでいて鬱陶しい…


「え、お兄ちゃんなずなちゃんと知り合いだったの!?」

「いや、知り合いではないけど時々バスで隣に座ってたり、前にスーパーで財布を拾ってくれたりしたんだ」

「あ、こないだ拾ってくれたのってなずなちゃんだったんだ!」

「ああ、それで、今朝もバスで隣に座ってたんだけど」

「うーわ、わざわざ隣に座りに行くとかきっしょ!」


 祭里の辛辣な一言が心にぐさっと刺さる。

 罵倒されるのが好きとかそういう特異的な体質を持っている人なら歓喜なのだろうが、残念ながら俺はそんな体質持ち合わせていない。


 あとハエが鬱陶しい!

 

「いや違うから!向こうが俺の隣に座ってきたんだから!」

「出たよ、キモオタお兄ちゃんの妄想。私じゃなかったらお兄ちゃん通報されてたからね」

「妄想じゃないから!これちゃんと現実だから!」

「ほんとかなぁ〜、今まで彼女できたことのないお兄ちゃんのことだからな〜」

「ほんとだって!お前は俺をなんだと思ってるんだよ!」


 俺、お兄ちゃんなのに、こいつのお兄ちゃんなのに、威厳がなさすぎる。


 話が蛇足しすぎたので、咳払いをしつつ本題に戻る。


 相変わらずハエは飛び回っている。


「それで、俺がその子のことについて聞く理由だけど…」

「はい」


 話し出したタイミングで、ハエがおでこに留まってきた。


「ぷっくくくっ」


 真面目な話に切り替えようとしたが、堪えきれなかった祭里が笑いだす。


「おい!今俺が真面目に話そうとしたろ!」

「だってお兄ちゃん、さっきからハエが寄ってきてるんだもん!どんだけ臭いのお兄ちゃん!」


 ひどい。ひどすぎる。そこまで言わなくてもいいのに…

 祭里はタオルで口元を押さえながら、ゲラゲラと大きく笑っている。

 もういいもん!お兄ちゃん怒っちゃたんだからね!ふんっ!


 その場でじっとし、ハエが目の前に来たタイミングで両手をパチンと叩き合わせ、ハエを退治した。

 洗面所にそのまま流し、タオルで手を拭きながら話を仕切り直す。


「で、俺がその子のことについて聞く理由だけど」

「はいはい」


 ピシッと表情を整えた祭里は、耳を傾ける。


「その子が本当に今朝のバス内で俺の学生証を拾ったのかなって気になったからだ」

「え、なんでそんなこと気にするの?」

「今朝、バスで眠ってたんだ。それで、到着するときに起きたら、その子は隣にいて、俺の手を握って寝ていたんだ…」


 あれ、祭里が固まっている…

 俺ちゃんと話したよね?伝わってるよね?


「お兄ちゃん、また妄想?モテなさすぎてとうとう幻覚を見るようになっちゃったんだね…」

「違うから!あと、このやり取りもういいから!」

「まあ、わかったよ、で?」


 んーあんまり信じてなさそう…

 ってか普通に考えてみたら、確かに信じられない話でした。うん。

 気づいたら見知らぬ女の子が隣にいて、手を握っているなんて意味わかんないもん。


「それで、その子も後から目が覚めて、俺と目が合うとパニックになっちゃったみたいで、先に降りて行っちゃったんだ…」


 完全に疑っている目で見られている。

 説明すればするほど疑われていく…


 祭里は呆れたような顔をして、はあっとため息をついてから口を開く。


「……お兄ちゃん」

「妄想じゃない!妄想じゃないから!自分でも何言ってるかよく分からないけど、ほんとだから!」

「はあ、その話が本当だとして、それがどうしたっていうのさ」

「あの子、バスで俺の落とし物拾ったって言ってたんだろ?俺が後から降りたのにおかしくないか?」

「あ、確かに」

「だろ?いつ拾ったんだろう…俺がいるときに拾ったならその場で渡せたはずだし…」


 ここまで話すと、祭里はやっと真剣に話を聞いてくれたようだ。


「んー、あ、そうだ!本人に直接聞いてみたら?」

「いや、それはさすがに…わざわざ聞きに行くのも、ねぇ…」

「テスト終わったらうち来るからそのとき聞けばいいじゃん!」

「え!来るの!?」

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