05 一本遅れのバスで
朝の七時四十分ごろ、今日も一人で自宅を出発した。
誰とも会わずに、一人でスクールバス乗り場まで来ると、もうすでに七、八人ほど特に面識の無い同じ高校の生徒たちが並んでいた。
私もその列の最後尾に着く。
いつも通り、お兄ちゃんを置いて先に登校する。
だってお兄ちゃんと楓さん二人の邪魔をするわけにはいかないから。
私がいるとき、この二人は私を間にして、とても仲良くしてくれる。
その時間は、本当に心の底から楽しいものだと思える。
しかし、この二人は、私がいない二人きりのときだと、もっと楽しそうにしている。
二人は、私に気を遣っているわけではなく、無意識のうちにそうなっているのだろう。
なんとなく分かる。ずっと昔から二人を見てきたから。
ぼんやりとしながら待っているとバスがやってきた。
バスが停車すると、扉が開き、並んで待っていた生徒たちがぞろぞろと乗り込む。
二人乗り座席の窓際の方に詰めて一人で座る。
ここから学校までおよそ四十分間、特にやることもないのでいつも仮眠している。
今日も同じように、仮眠しようと目を閉じる。
「祭里ちゃんおはよ!」
目を開けると、楓さんが隣に座ってきていた。
「あれ、楓さん…おはよう。今日は早いね」
「そうなの!祭里ちゃんはいつもこんな早く来ててえらいね!」
楓さんはよしよしと頭を撫でてくる。
基本的に楓さんといるときは、お兄ちゃんも一緒にいるため、二人だけで話す機会はあまりない。
楓さんのことは好きだけれど、正直言ってこの人のことをよく知らなかったら苦手な人の部類に入ると思う。
お兄ちゃんと三人でいるときだったらちょうどいい距離感を保てるのだが、二人になると、楓さんは「妹が欲しかったのー」とかいって昔から私のことを構い倒してくる。
私はそれに圧されてしまっている。
今もそうだ。うん、お兄ちゃん、助けて。
「い、いつもお兄ちゃんと一緒に登校してるよね。今日は一緒じゃなくていいの?」
「ん?ああ、別に一緒に行く約束してるわけじゃないからね!」
「あ、そうなんだ」
へー、待ち合わせしているわけではないのか。
でもまあ、同じ時間のバスに乗っているから自然と毎日一緒に登校しているんだろうな。
「それに今日は遅刻しそうって連絡来たからね!」
ん?お兄ちゃんから連絡が来たから早く来たってこと?
それって、いつもはあえてお兄ちゃんが来る時間に合わせてるってことになるような…
「え、お兄ちゃん遅刻しそうなの?」
「うん…なんかお腹痛いんだって」
「ああ、どおりでお兄ちゃん何回もトイレ行ってたわけか」
「史郎大丈夫かな…」
「まあ大丈夫でしょ、朝ごはんは一応食べてたし。後半のバスには間に合うんじゃない?」
「そうなんだ、それならよかった!」
ああ、なんてわかりやすい人なんだろう。
言動や態度を見ていれば、楓さんがお兄ちゃんのことをどう思っているのか丸わかりだ。
本当に分かりやすくて可愛い人だ。
それなのにお兄ちゃんは…
×××
お腹が痛い。
スクールバスに間に合えばいいのだが…あ、一応楓に連絡入れとくか。
朝、いつも通り楓に置いて行かれているのだが、今日は腹痛に襲われているためバスの時間にも遅れてしまいそうになっていた。
とりあえずトイレで前屈みに座ったままスマホを開き、楓に「少し遅れる」と連絡をした。
瞬く間に既読がつき、「なんでよ!」と返信が来た。
うん、短い文面だけど騒がしい。
腹痛に襲われている最中にメッセージのやり取りを続けるのもなかなか辛いものだ。
「腹痛」とだけ返しておいた。
楓は直接話すときも基本元気いっぱいといった感じだが、メッセージ上のやり取りになると、さらにそれが増す。
「お大事に!先に行ってるね!」と返信が来た。了解!と書いてあるスタンプで返し、スマホを閉じた。
しかし即座にまた通知が鳴り、確認すると楓から「もー!スタンプ禁止!」と来ていた。
いやなんでだよ…
腹痛もあって、煩わしくなってきたので、「おけ」とだけ返して再びスマホを閉じた。
また通知がなった。「五文字以下も禁止!」と表示されていた。
いやどうしろって言うんだ。
しばらく無視しよう。お腹痛いし。
数分後、準備を済ませてスクールバス乗り場で並んで待機していた。
腹痛も治り、なんとか後半出発のバスには間に合ったようだ。
楓の姿は無く、おそらく先の時間のバスに乗っていったのだろう。「無視するなー!」とか色々メッセージが来ていたけれど…まあいいか。あとで返そう。
すぐにバスはやってきた。
バスが停車し、扉が開くと、並んで待っていた生徒たちはゾロゾロと車内に乗り込む。
俺もそれに続き、二人乗り座席の窓際の方に詰めて一人で座った。
いつもはここで、楓と雑談をしながら時間を潰すのだが、今日は一人なので暇だ。
結構時間かかるし、寝ようかな。
イヤホンを装着して、目を閉じた。
目を覚ますと、もうすぐ学校に着くところまで来ていた。
隣に座っている人…女の子だろうか。頭が俺の肩に密着しており、手を握られていた…
不自然すぎる状況を理解するのに時間がかかる。
俺の手を握っている主を見てみると、先日、スーパーで財布を拾ってくれた銀髪の女子生徒だった。すやすやと眠っている。
え、なにこの状況、どう言うこと?
頭が肩に乗ってきてしまうのは分かる。しかし、手を握ってくるっていうのは…ねぇ…
この子と面識も無いしな…
てか川越方面に住んでるのか…いやそりゃそうだよな、この前帰りのバスでも見かけたんだから。
同じ学年では見たことがないので、他学年だよな…
ちょっと幼っぽく見えるから一年生だろうか…
至近距離でまじまじと顔を見ながら考えていると、バスが学校に到着し、停車した。
その女子生徒は目を覚まし、その大きな瞳と目があう。
女子生徒は固まりつつ、みるみると顔を赤くした。
「えーっと、君は…」
「ご、ご…ごめんなさい!」
「あ!ちょっと!行っちゃった…」
こちらから話しかけようとしたが、彼女はパッと弾かれたかのように俺から離れ、バスから飛び出して行ってしまった。
「何だったんだ…」