04 ナスは爆発する
ぼぉんっ!!!
弾けるような、低く重たい破裂音がした。
ナスが…ナスが爆発した…
休日の昼間、空腹を感じお菓子でも食べようとリビングにやって来たが、お菓子は見当たらなかった。冷蔵庫にはナスのみ。…いやなんでナスしかないんだよ。後で祭里と買い物に行こう。
仕方なく、唯一あったそのナスを食べることにした。
しかし、包丁を使うのすら面倒に思い、とりあえず加熱すればいいだろうという考えに至った俺は、ナスを水洗いしてまるごとタッパーに入れ、レンジでチンした。
そのまままるごとチンしてしまったのがダメだったらしい。見事に爆発してしまったのだ。
いやー、びっくりした。ナスって卵みたいに爆発するんだね。
「今のものすごい音なに!」
爆発に気づいた祭里が部屋から飛び出してきた。
あ、やばい、怒られる。
「祭里ちゃん、なんでもないよ、ちょっとナスをレンチンしたら爆発しちゃっただけだから、全然平気だから、お部屋に戻りなー」
「いや何してんの!早く掃除して!」
「…はい」
ティッシュを3枚手に取り、電子レンジを開いて中を覗くと、ぶわっと熱気を感じた。
飛散したナスの肉片がタッパーの蓋を突破したらしく、電子レンジの内壁全面に張り付いていた。
「うわー、派手に飛び散ってるね」
「ああナスが…俺のナスが…」
「さっさと片付けてよね、おたんこなす」
「わかったよ。あ、キッチンペーパーの方がよかったかな」
「もう、さっさとしてよ、おたんこなす」
さりげなく「おたんこなす」呼ばわりされているが…んーまあいいか。今回は俺が悪いので何も言えない。
キッチンペーパーを使うと、意外と簡単に拭き取ることができた。
電子レンジの内壁に張り付いたナスの肉片たちを全てかき集め、アルコール消毒液を吹きかけたティッシュで全面を拭きあげた。
「よし、綺麗になったぞ。結構あっさり終わったな」
「何があっさりなの、もう。ナスを温めるときは切り込み入れるとかしないとダメだからね、おたんこなす」
「…はいよ」
「そういえば、なんでナス食べようとしてたの?」
「小腹が空いてたから何か食べようと思ってな」
「それでナス?」
「他に何も無かったんだよ」
「あー最近買い物してなかったもんね。あとで買い物行こっか、おたんこなす」
うーむ…また「おたんこなす」呼び。
「…なあ祭里ちゃん、お兄ちゃんのことおたんこなすって呼ぶのやめないか?」
「おたんこなすにおたんこなすって言って何が悪いの、おにいっ…おたんこなす」
「わざわざ言い直さなくていいんだよ」
ダメだ完全にハマってしまったようだ。
こうなるとしばらく「おたんこなす」呼びはやめてくれなさそうだ。
×××
祭里と近所のスーパーに来た。
自宅マンションから徒歩三分もしないくらいの距離にあるスーパーだ。
祭里が買い物かごを取り、スマホのメモで買うものを確認する。
「かごは俺が持つよ」
「お、ありがとう!おたんこなす!」
うん、もう慣れた。
「何買うんだっけ」
「ええと、卵と牛乳とーお肉!ポン酢とか醤油も買わなきゃ」
「調味料も結構切れてたもんな」
「そーそー あ、あとお野菜も買っとこうか」
お野菜って…
基本的にはしっかり者である祭里だが、たまにこういう子供っぽいところがある。
こういうところに気づくと、可愛いなぁーと思うのだが、どつかれるのであえて口にはしない。
「そうだな。お、新じゃが安いな。これ買おう」
よし、一通り買うものは揃った。
「まあこんなもんだろう」
「お兄ちゃん、あとお菓子も買っていい?」
あ、お兄ちゃん呼びに戻ってる。よかったー。
家事は基本的に祭里に任せっきりだが、家計の管理は俺が担当している。
料理や掃除、洗濯などほとんどの家事をしてもらっているので、俺も何かできないだろうかと考えたところ、数学が少しだけ得意だからという安直な理由で家計管理をすることになった。
まあ、祭里にはいろいろ任せているからね、これぐらいはしとかなきゃね。
「ああ、今月は結構節約してたからいいぞ。」
祭里は「やったぁ」とるんるんしながらお菓子コーナーへ向かい、後からゆっくり追うように俺も向かう。
節約してたというか、ただ買い物行くのが面倒でサボっていただけというべきか。
俺がまもなくお菓子コーナーにたどり着くタイミングで、にこにこご機嫌の祭里が、お菓子を二つ片手に持って戻ってきた。
「これお願いしまーす」
「何で二つなんだよ…。まあいいけど…」
「一つはお兄ちゃんのだよー、ちょっとちょうだいね!」
「……はいよ」
祭里の好きないちごチョコ系のお菓子が二つ。
うん、これ明らかに二つとも祭里が食べるためのチョイスだよな。
恐らくほとんど祭里に取られるのが目に見えているが、まあ妹の笑顔が見られるのなら、これぐらい構わない。
「よし、レジ行くか」
「うん!」
レジに並び、鞄からゴソゴソと財布を出して会計の準備をしようとした。
「それにしても、今日は荷物いっぱいだねー」
「ん、ああ、そうだな」
あれ、財布見つからないな…ポケットに入れたんだっけな…
「そのかご、ずっと持ってて重くない?代わろっか?」
「いや、いいよ。ありがとうな」
ズボンのポケットも鞄のポケットも全て漁ったが、見つからない……
「ん?どしたのお兄ちゃん」
「な、なんでもないよ、大丈夫…」
「そお?」
ない……
どこにもない…
「ね、ねえ、ほんとに大丈夫?」
「……」
財布忘れた!
さぁーっと一気に血の気が引いていく。
「お、お兄ちゃん?」
言えない。今更財布忘れたなんて言えない。
「ま、祭里ちゃんや…」
「な、なに…」
「お兄ちゃんね、お財布置いてきちゃったみたい…」
祭里はしばらく黙り込んでから口を開く。
「はー!何やってんの!おたんこなす!」
ああ…また「おたんこなす」呼びに逆戻りしてしまった。
「どうしよう祭里ちゃん、やばすぎてやばみを閉じ込めたハンバーグが作れちゃいそうだよ」
「うるさい!家近いんだから取ってきて!荷物は持っておくから!」
「わ、わかった。行ってくる」
買い物かごを祭里に渡し、店の出口へ向かった。
「あの、すみません…」
店を出るのとほぼ同時に、後方から聞き馴染みの無い女の子の声がした。
「すみません!」
ぽんと肩を叩かれてようやく俺に声をかけているのだと確信した。
振り返ると、この前帰りのバスで俺の隣に座ってきた女子生徒の姿があった。
私服姿だが、一際目立つ可愛らしいそのルックスは印象的だったので、すぐに気づいた。
「君は…」
「これ、落としましたよ」
差し出されたその手には俺の財布があった。
「あ、これ!拾ってくれたの?」
「はい、さっき落としたところを見かけたので」
「ありがとう!よかったー、家に忘れたかと思って帰っちゃうところだったよ」
「よかったです。それではこれで失礼します」
「あ、うん。ありがと…ね」
その女子生徒は静かに微笑み、ぺこりと頭を下げてすぐに去ってしまった。
あ、祭里を待たせているんだった。すぐに戻らなければ。
「あれ、早かったね」
「ああ、どうやら落としてたみたいでな。同じ学校の人が拾って届けてくれたんだよ」
「何それあっぶな。気をつけてよねー」
「すまんすまん」