03 推しの話
二限終わり、時間を持て余していた。
体育の授業が早めに終わり、着替えも済ませたので、窓際の一番後ろにある自席でライトノベルを開く。
最近ハマっている「りんご学園」だ。
ヒロインが複数登場するベタな学園ラブコメだが、みんな個性的で可愛い。特に、むっつり系幼馴染ヒロインのミライちゃんが俺のお気に入りだ。ミライたん可愛い!ミライたんまじサイコー!…
「面白いよね、それ」
うわぁっと驚きながら顔を上げると、前の席の背もたれに腰掛けた楓が、こちらの手元を覗き込むようにして話しかけてきた。
楓は俺の一つ前の席で、教室内でも話すことが多い。
「びっくりしたー 楓か、驚かすなよ」
「えへへー、ごめんごめん、てか史郎めっちゃ顔ニヤけててキモかったよ」
「そんなことより楓!これ知ってるのか!」
「りんご学園でしょ、私もそれ好きだよ…てか史郎めっちゃ顔ニヤけててキモかったよ」
「まじか!ヒロインみんな可愛いしキュンキュンしちゃうんだよな!」
「ね!史郎はどのキャラクターが好きなの?…あとさっきめっちゃ顔ニヤけててキモかったよ」
いちいち語尾に罵倒が混じっている気がするが、今はそんなこと気にしない。
「ふっ俺はな、ミライちゃん推しだ!ミライちゃんしか勝たんのだ!」
いやー、まさか楓も「りんご学園」が好きだったとは。
身近に同士がいると、どうしても仲間意識みたいなものが芽生えてテンションが上がってしまう。この現象なんなんだろうね。
「へー、ミライちゃんか。確かに可愛いよね。」
「最近りんご学園にハマってからミライちゃんには目がないんだ」
「ふーん、史郎ってこういう幼馴染ヒロインが好きなんだー」
からかったような口ぶりで楓が言う。
それに対して、俺は少し照れてしまい、思わずさっきまでの饒舌が止まってしまう。
「勘違いするなよ、現実は別だからな……」
照れを隠すために言ったが、その一言がかえってより羞恥感を出してしまう。
それが楓をさらに調子に乗らせてしまったようで、楓はにやにやと企むような顔をした。
「えー?私、別に何も聞いてないよー?」
「……うるさい」
×××
放課後、委員会の当番で水やりをしないといけないので、一人花壇へ向かっていた。
確か、今日は祭里も当番だったはずだ。
昇降口で、上履きからローファーに履き替えると、扉のすぐ向こう側に祭里の後ろ姿があった。
目が合うと、祭里は咄嗟に扉に隠れた…いや、隠れてるのか?これ。
なんだかこそこそとしているが、透明なガラス扉なので丸見えである。
ちらちらとこちらを見てきて、そのたびに目が合う。
何か企んでいることがバレバレだが、本人もそれを分かっているようで、にやにやとしながらわざとらしく俺を待ち構えている。
何してるんだかと思いながら、そのまま昇降口を抜けようとすると、案の定祭里が出てきた。
「っわ!」
「…何してるの?」
「っわ!」
「…」
「もー!驚いてよ!」
ほんとにこの子何してるの?
「いや、ずっと丸見えだったし」
「可愛い妹がぼっちのお兄ちゃんにかまってあげようとしてるんだから乗っかってきてよ!」
「いや別にぼっちじゃないんだが…」
「え、お兄ちゃんクラスで話せるの楓さんくらいでしょ?それ以外にいるの?」
「……いないね」
「ほらー」
うん、ほんとにいないわ!
あんまり気にしてこなかったけど、改めて俺、友達少なすぎるわ!
「…言っとくけど!友達ができないわけじゃないからな。作ってないだけだ」
「うわ、なにその典型的な言い訳」
「いや、ほんとだから!それより、早く水やり行くぞ」
その場から逃げるように早足で、そんなに遠くない花壇へ向かう。
後から祭里がついてくる。
あっという間に当番の仕事が終わった。
花壇の水やりは二人当番制だが、ぶっちゃけ一人でもすぐに終わる。二人なら尚更だ。
「お兄ちゃんそっち終わったー?」
「ああ、今終わったぞ」
「よし、じゃあ帰ろっか」
「そうだな」
あまり回りの良くない、古びたリールをなんとかギコギコと回してホースを巻きこみ、昇降口前の水道のそばに片付けた。
スクールバッグを肩にかけ、祭里と一緒に帰りのスクールバスへ向かう。
「そういえば楓さんと最近話してないなー」
「まあ学年が違うとなかなか話す機会もないだろうな」
「お兄ちゃんはクラスでいつも話すの?」
「たまにって感じかな、休み時間とかに」
「あれ、結構一緒にいるもんだと思ってたけど違うんだ」
「んー、確かに話す方ではあるけど、いつも一緒ってわけじゃないな」
「そうなんだ、昔はいつも一緒にいたのにね」
「まあ楓は人気者だからなー、常にモブキャラ達が群がってるよ」
「お兄ちゃんだってモブでしょ」
「俺は違う。なんてったって…」
「…あー、オナラテロだもんね」
ここでトラウマフラッシュバックーーーーー
「っぐは…!」
「言っとくけど今のはお兄ちゃんが勝手に自爆したんだからね」
「ま、祭里ちゃん…お兄ちゃんのライフはもう0になったみたい……慰めて…くれ…」
「やぁだ、キモい」
「ごふっっっ…!」
祭里の一言で更なる追い討ちをくらった。
「今のは言う必要ないんじゃないの?祭里ちゃん」
「あ、楓さん!」
強制的に会話が終了され、祭里がよく見覚えのある人影におーいと大きく手を振る。
校内の駐車場に出るのとほぼ同じタイミングで楓とバッタリ会った…というより俺たちのことを待っていてくれたみたいだ。
「久しぶり!祭里ちゃん」
「ほんと久しぶりー!ずっと会いたかったんだからー!」
「ふふふっ 私も会いたかったよ」
楓は昔から祭里とも仲が良く、三人で遊ぶこともよくあった。
「待っててくれたんだな、楓」
「祭里ちゃん、また可愛くなったんじゃない?」
…無視された。
「えーそんなことないよー 楓さんこそ、なんかさらに大人っぽくなった!?」
「ふふっわかる?少し髪を切ったのよ」
「…あーやっぱり!すごく綺麗だね!」
多分だけど祭里は気づいてなかったと思う。しかしそんなこと口にはしない。
「早くバス乗ろうぜ、これ逃したら次は一時間後だぞ」
俺たちは早足で川越駅行きのバスに乗りこむ。
部活動に行っている生徒もいるからだろうか。いつも満員な朝の行きのバスとは違って、そこそこ空いていた。
楓と祭里は隣同士に座って、俺はその後ろの窓際の席に一人で座った。
俺たちが座った後に一人、華奢で可愛らしい女子生徒も車内に乗り込んできた。
その女子生徒はキョロキョロと車内を見回して、俺たちのそばまでやってきた。
楓と祭里は話に夢中で、女子生徒を気にする様子はなかった。
「隣、いいですか?」
「ああ、どうぞ」
「ありがとうございます」
女子生徒は俺の隣の席に座る。
長くて綺麗な白銀の髪が印象的だ。
そこらにいくつか空席はあるんだけどな…まあいいか、可愛い子が隣に座ってきて悪い気はしない。寝よう。