鮪人間
ある仕事帰りのこと。夜、私がいつもの帰り道を歩いていると、何だか喉が渇いてきて、販売機で何か飲み物でも買おうかな~と、近くの公園に入ると。
「ん?」
販売機の傍には街灯がなくて真っ暗で。近づくまで気づかなかったけど、販売機の前に誰かいる。目が悪い私は、更に近づいてよく見ると─…
「え…え?」
販売機のボタンの淡い青にうっすら浮かぶ、誰かの影。誰か…というか、何か…かな?
鮪だ。しかも、普通の鮪じゃない。2本足で立つ鮪だ。何と言うか、鮪を縦にしてそれに人間の手足を生やした感じ。
体は完全に、あの鮪で。手足は完全に人間のもの。しかも、しっかりすね毛やうで毛などの無駄毛も生えてる。そして、裸足だ。
被り物だろうと思ったけど、それにしても生臭いし、体のつやつや加減が完全に魚だ。何より…
ギョロっ…
「ひっ!?」
鮪の目が、やけにリアルにクリクリと動き、そしてその目が私のことを見た。
────ブゥウ~…ン……
販売機のモーター音が、暗闇に響く。
鮪と私は少しの間見つめあっていた。いや、私は恐怖で体が動けなくなっていた。
それでも私は、恐怖で動かない体を無理矢理に動かし、ゆっくりゆっくりと鮪のことを見ながら、後退りする。
すると。
「!?」
すっ…と、鮪の手が動いた。鮪の手が動くと、私はビクッと体を跳ねさせた。
──…ヤバい!食い殺されるっ!
なんて思ってたけど。
カチッ…カチッ…カチッ…
鮪は私にではなく、販売機の方に手を伸ばしそして、カチカチと販売機のボタンを押し始めた。
「…?」
鮪は何度かボタンを押すと、しゃがんで取り出し口のところに手を入れて探る。立ち上がってまたボタンをカチカチ。そしてまたしゃがんで、取り出し口をカタカタ。
「もしかして…」
私は鞄から財布を取り出すと、120円を出した。そして、恐る恐るその鮪のところに近づき。
「あの…もしかしてこれが飲みたいの?」
と、鮪がさっきからずっとカチカチと押してるコーラのボタンに指差す。が。
「……」
鮪は無反応。
私はとりあえず販売機にお金を入れて、鮪が押してたコーラの缶のボタンを押した。
ガラガランッ!
取り出し口に落ちてきたコーラの缶の音が、暗闇に響く。
「はい、どうぞ」
私は取り出し口からコーラを取ると、コーラの缶を鮪に渡した。すると鮪は、そのコーラ缶を受け取った。けど。
「………」
鮪は缶を持ったまま、ボーッと突っ立ったままでいた。
うーん、飲んだことないのかな?
「ちょっと貸して。あのね、こっちをこうして…」
プシュ!
鮪に渡したコーラを一旦手に取り、コーラの口を開け、また鮪にコーラを渡した。けど。
「………」
鮪はさっきと同じように、コーラを持ってボーッと突っ立っている。
私はそうだ!と思い付き、財布からまた120円を取り出すと、それを販売機に入れ、鮪と同じコーラを買った。
そして。
「これはね、こうして飲むのよ」
と、コーラの缶を開けて、鮪に飲み方を教えるようにしてコーラを飲んで見せた。すると。
「………」
鮪は両手でコーラの缶を持ち、それを口のところに持っていった。鮪がコーラを飲もうとした時、私は「あっ!」と気づく。鮪は今、空に向けて口を開いているような状態。今飲もうとしたら確実に、顔に浴びるわムセるわにる。
「待って!」
と、私はコーラを飲もうとしていた鮪の手を掴んで止めた。すると鮪はぎろっと私を見た。けど、怒ってる風ではないようだった。
「ごめん、今飲んだら顔にコーラを浴びそうだなって思って。…あ、そうだ!ちょっと待ってて。私ストロー持ってたよ」
と、いつだったか、コンビニでもらって結局使わなかったストローが鞄にあったのを思い出し、鞄からそのストローを取り出した。
「これをね、こうして…っと。これなら飲みやすいと思うよ!」
コーラにストローを入れ、それを鮪に渡した。そして、ストローの吸い方をジェスチャーで教えると。
「……」
ズズズ…と、鮪はストローからコーラを飲むことができた。始めて炭酸飲料を飲んだのか、一口飲んだ瞬間、ブルブルと体を震わせ、ぶんぶんと頭を振った。一瞬固まって、手に持つコーラをジーッと見ると、またコーラをズズズ。そしてまた体を震わせ、少し固まってまたコーラを飲み、今度はごくごくと一気に飲んだようだ。
よほどコーラが美味しかったのか、コーラを飲み干した後、鮪はまたコーラのボタンをカチカチと押し始めた。
「ははは、気に入っちゃったのかな?」
と、私はまた鮪にコーラを買ってあげた。すると鮪は今度は自身でコーラの缶を開け、それにストローをいれてごくごくと飲んだ。
「おぉ~…この短期間で覚えたんだ。すごいね」
コーラをごくごくと飲む鮪。なんだか最初見た時より、嬉しそうな顔をしてるように見えた。
それにしても、この鮪何だろう?てか鮪?それとも人間?新種の生物?そういえば最近魚が高いから、久しく鮪なんて食べてないな~…
まじまじとその鮪を見てると、私のお腹が鳴った。
そして。
「ねえ、鮪さん。今から私のお家に来ない?私コーラ好きでさ、家の冷蔵庫にコーラがいっぱいあるんだ。こんな暗いところで飲むより、私のお家でコーラ飲も?ね?」
と、ジェスチャー混じりでその鮪に言うと。
「……」
やっぱ、うんともすんとも反応しない。ならばと、私はくるっと振り返って歩いてみた。すると鮪は、無言で私の後からついてきた。
そのまま鮪をお持ち帰りし、私は久しぶりに鮪を食べた。
久しぶりの鮪は美味しかった。手足はやっぱ人間の肉の味で、その部分も最高に美味しかった。
また鮪人間?に出会わないかな~と、鮪の刺身を食べつつコーラを飲んで思うのだった。