婚約破棄とかそんなのいいから、私にご褒美(BL展開)をください!
「ベルベット! 君との婚約は破棄する!」
お腹を空かせた生徒たちが集う食堂に、男の怒号が響いた。
男は金髪の髪をした王子様風な見た目をしている。白い制服の胸ポケットには赤いハンカチがあり、理想の王子様像そのものだった。
そんな彼が声をあげて指を差しているのは、一人の女子生徒である。
「……はい?」
優雅にナイフとフォークで食事をする女性だ。
彼女は長い薄紫の髪を背中に垂れ下ろしている。整った顔立ちと、見事なプロポーション。そんな彼女は、優雅で高貴な女性の見本とすら思える仕草で食事を運んでいた。
「いきなり何をおっしゃるんですの?」
意味がわかりませんわねと、ナプキンで口をふく。ぎゃあぎゃあ喚く男性を無視して立ち去ろうとした。けれど彼に肩を掴まれてしまい、半ば無理やりに話を持ち出されてしまう。
「君のやり方は、あまりにも酷い。俺の心は常に傷ついているんだ!」
そう叫ぶ男の隣には小柄な少女がいた。彼女は男にぴったりとくっつき、泣きそうな目をしている。
「ベルベット、君はそれでいいのかもしれない。でも俺は……」
くっついている少女の肩を抱き、ベルベットの前でイチャついた。少女は顔を赤くし、嬉しそうにふふっと微笑んでいる。
そんな少女を他所に、男はベルベットを指差した。
「──受けではない! 攻がいいんだ!」
声高らかに宣言する。
それを目撃していた生徒たちの間には動揺が走った。受けやら攻やらの、聞きなれない言葉を耳にしたからである。中には辞書をひいている生徒もおり、カオスな状態となった。
しかし言った本人である男は、自慢げに鼻息を荒くする。隣にいる少女もウンウンと頷き、ベルベットを睨んでいた。
「……馬鹿、ですの?」
はあーと、ベルベットから大きなため息が盛れる。美しい顔をひくつかせ、眉間にシワを寄せた。両足を広げ、その見目に似合わない格好で指差しを返す。
「わたくしたちは、あなたの見た目がいいから受けとしているのです! 相手が筋肉質な幼馴染みですのよ!? 細いあなたと筋肉質な男。どちらが攻で受けかなど、明白ですわ!」
ベルベットは言い切った。
しかし男も負けてはおらず、それは偏見だと文句を言う。
しばらくしてその口論が収まり、二人は同時にため息をついた。
男は少女から離れ、ベルベットの前まで進む。ベルベットもまた男の前まで歩み、無言で睨んだ。
「……ベルベット、俺たちは一生わかり合えないのだろう。だかこそ、君との婚約は破棄する」
「そうですわね。ここまでわからず屋な方と婚約していても、楽しくもありませんもの!」
そう言いながら、二人は互いの手を取り合って熱い握手を交わす。
「そうだな。俺たちは袂をわかったんだ。君が俺を受けと言い続ける限り、仲良くはなれそうにない」
男は踵を返し、ともにいる少女の手を握った。少女は顔を赤くし、男の胸へと顔を寄せる。そして「私はあなたが攻だと信じています」と、少女もまた騒動の一員なのだと周囲に足らしめた。
「ああ、嬉しいよ。さあ、行こう。これからいろんな人たちに、訂正をしていかなくてはならないからね」
ベルベットへと背を向けて立ち去ろとする。
そんな男と少女を見つめながら、ベルベットはニヤリとほくそ笑んだ。
「ふふ、無駄ですわよ?」
「なに?」
「だって既に、その手の薄い本を出版してしまいましたもの」
「……はあ!?」
予想だにしなかった展開に男や少女だけでなく、その場にいた生徒たちまでもがどよめく。
男が「そんなの聞いてないぞ!?」と叫んだ。
しかしベルベットは勝ち誇った様子で、右手で口を隠す。指を軽く鳴らし、ふふふと妖艶に微笑んだ。すると食堂の出入口、廊下、挙げ句の果てには窓から。いたるところからたくさんの女性が、ぞろぞろと集結していった。
「残念でしたわね。既にわたくしは、こうしてあちこちに同士を配置しておりますの」
女生徒の制服を着ている者から、コック姿の女性とまで。はては庭師の姿をしている妙齢の女までもが加わっていた。なかには学園の教師もおり、かつてないほどに規模が大きいのだと知らしめられる。
男や少女、他の生徒たちはあんぐりとした。言葉が出ないようで呆けている。
それでもベルベットは楽しそうに語った。
「意見の食い違いで婚約破棄? 上等ですわ! わたくしには、男性同士の熱い友情がありますもの! これさえあれば、ご飯十杯はいけますわ!」
ベルベット側の女性たちはうんうんと肯定する。
食堂にはベルベットたちの高笑いが、いつまで響いていた。