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第四章 風化されたものとしたかったもの

            1


「《獣爪大剣ビーストクローカリバー》ァ!!」


派手に掘り起こされた穴が数多くあり、土煙が吹き上がる野原にて、春野はその手に握る大剣に桃色の輝きを宿らせ、刃を斜めに走らせる。


斜めに流れる刃から放たれたのは、一つの刃から分裂した三本の刃ーーその斬撃が、その軌道にいる白蓮の体に迫る。


「穂倉流ーー前儀、《炎ノ障壁》!!」


その刃が、同じくして白蓮がその炎を宿す刀を斜めに走らせることで生み出された炎の壁によって抹消。


希石あいつだったら破れるのに、婢女華おまえじゃ破れねぇんだな」


「私もあれから、鍛錬を積み重ねさせてもらったからなっ!」


手元の桃色の輝きにそう言い吐いて、春野は地に足を踏み込んだ。


それを見て、即座に白蓮は手元の刀を前に、剣身を横に向け、防御を固めた。


それでも春野は勢いを止めず、横腹に引き寄せた大剣を頭上に上げ、白蓮が持つ刀の中段、そこ目掛けて大剣を振り下ろした。


春野の力に押し負ければ、白蓮はその身を刀ごと弾かれ、負ける。


春野は、白蓮に攻撃を防がれたら、その身に一撃を喰らい、負ける。


「「おぉおおおおおおお!!」」


ピピーッ


緊張の場。それに似つかわしくない、高い笛の音が鳴り響いた。


瞬間。それを聞いて二人は驚きを隠せていないようであったが、即座に春野は大剣に込めた力を分散させ、白蓮はその力を緩められた大剣の゙一撃を刀の上段で受け流した。 


その二人に、一人の剣士が歩み寄った。


「惜しいだろうが、時間切れだ」


そう投げかけた希石の言葉に、二人は大げさのように見えるほどに項垂れた。


「チッ‥‥‥これで今まで四回も戦ったんだぞ」


「今回こそはと、私も訓練をさらに高めたはずなのだかな‥‥‥」


互いに武器をしまい、どこかに平べったい所はないかと探し始めた。


いつの間にか時は昼時になっており、激しい激戦を繰り広げた二人の空腹感は、そしてそれをずっと見ていた希石の退屈感はたまったものではないだろう。


「ここらへんでいいな」


そうは言いつつも、白蓮と希石の返事を待つこともなく、勝手にそれなりの平べったい所でシートを敷き始めた。 


三人はその上に腰を下ろし、それぞれ用意した弁当の蓋を開けた。


春野は、唐揚げや豚かつ、豚の生姜焼き、焼き鳥と、高カロリーな肉重視の弁当。


希石は、サンドイッチと冷えたスイーツを中に詰めた弁当。


白蓮は玄米と白米を一対一の割合で詰め込み、僅かな野菜の煮付けをおかずとした弁当。


その弁当を前に、向けて手を合わせ、それぞれ中身に喰らい始めた。


(‥‥アイツ、本当にこの焼き鳥が好きだな‥‥

‥‥)


朔刃あいつが心を許してから、春野の弁当は市販で作られたものから、彼女の手作りのものとなっていた。


そういうわけで、この弁当も例外ではないのだが、この焼き鳥だけは必ず弁当に入れられているのだ。


初めて出会った時にあげた焼き鳥が、そんなに響いたのか。


「‥‥君の弁当を見ると、毎日毎日焼き鳥が入っているな‥‥」


「うちの、女がだなーー」


手に持ち上げた焼き鳥を見つめたまま、春野は事の要因を白蓮に話した。


「なるほどな‥‥‥その真心、実に興味があるな!」


「え?」


と、白蓮は持っていた箸の先端を春野の持つ弁当の中身に向けると。


ヒョイっ。


「?!」


三本あるうちの一本を、つまんでいった。


「んな‥‥‥!?」


「うむうむ‥‥‥お前の同居人の愛を感じる」


「お前愛とかそんな事体験してる暇もなかったろーー!」


そう言って白蓮の頭を引っ叩こうとするが。 


ヒョイっ。


「なっ‥‥!?」


春野の平手打ちを頭を屈めることで躱し、ついでに卵焼きを持っていった。


「うむ‥‥これは少し塩辛いな」


多少のことにうなりつつも、そのまま白蓮は今度は生姜焼きにーーー


チンッ


「「‥‥‥‥‥」」


白蓮はの視線の先、春野が自身の箸を使って彼女の侵略を止めていた。


「「‥‥‥‥‥」」


チンッ


白蓮が箸を動かしたと同時に、春野は自身の箸を跳ね上げさせることで彼女の箸を弾いた。


チンッチンッチンッチンッ‥‥‥‥



三分後.



「くだらねぇことでもっと腹空かしちまったな」


「全くだな」


「見ていた私個人としてはなかなかのものではあったが」


結局、春野は元々あったオカズの三分の一を失い、白蓮は春野が反撃あじつけに使うハズだった自前のタバスコをご飯の上に満遍なくぶっかけられた所で希石が強制的に止めた。


「「‥‥‥‥」」


「‥‥フッ」


「今笑ったか?」


「いや、何も」


春野は物足りないと感じるほどまでに少なくなったオカズの量に頭を抱え、白蓮は野菜を使ってうまくタバスコ飯を食べようとするも、その舌と口周りを腫れた赤に染めた。


そしてそれを見ていた希石は、鼻で笑った。


‥‥そこで、耐えきれなくなった春野が地から跳ね上がるように立ち上がった。


「こんな飯じゃあんまりだ。白蓮、街で定食でも食おうぜ」


「え?!だ、だがあいにく私はお金を‥‥」


「先日鉄根組の組員やつらからアタリの財布手に入ってな。ほら行くぞ」


「なーー!?」


きっと初めてだったのだろう。


言い切った瞬間、春野は白蓮の手をつかみ取り、彼女の体を引っ張り上げて街の方へ駆けていった。


‥‥‥‥。


「‥‥あ、あれ?春野ーーっ私はーー?」


「お前は鼻で笑ったからアウト」


‥‥泣き叫ぶ希石に背を向け、春野は再び白蓮を連れて街に向かって走りだした。


‥‥‥‥‥。


「‥‥分かった。分かったから、泣くのはやめてくれ」


結局春野は希石をなだめることにーー。



『緊急クエスト!緊急クエスト!国都から特別緊急クエストが送達されました!戦闘職の方は直ちに市役所に!詳しい内容は市役所へ!』



街中だけでなく、街の外にまで響くアナウンスが流れるまでは。


            2


「緊急クエストか‥‥!」


「‥‥なに?」


異世界小説やらアニメでは聞き慣れた言葉ではあるが、この世界に来てからは初めて聞く言葉だ。


緊急クエストというだけあって相当大変なものなのだろうが。


「‥‥‥まぁ、俺には関係ない話だな」


何しろ、俺はヤクザだからな。


ただでさえ組の問題や交戦で忙しいというのに、そんなボランティア活動していられるか。


「急ぐぞ、春野!」


「は?」


ガシッと手を握られ、今度は逆に白蓮が俺を引っ張りながら街に向かって走る。


そうされる中で俺は。


「おい白蓮!俺は筋者ヤクザだぞ、そんな国だとかの問題は知ったこっちゃないぞ」


「何を言っているんだ!君も戦闘職フリーターじゃないか!」


‥‥‥‥‥。


そうだったな。そもそも俺、フリーターが先だったな。


‥‥‥‥‥。


「俺は、組の支えしとくからお前らだけ行ってくれねぇか?」


「問答無用!」


カーーンッ 頭におもいっきし白蓮の鞘をつけたままの剣撃を食らった。



「あ、春野さんお久しぶりで‥‥‥‥どうしたんですか、その頭」


無事に着く、ということにはならず、久しぶりにこの市役所に来た俺は、フリーターとして生きてた時に世話になっていたあの受付の女から心配を受けていた。


俺は、どこか一部が腫れた頭を撫でながら。


「ちとばかし、どっかのチンピラザムライに襲われてな‥‥」


「チンピラザムライ‥‥依頼届けを出せば我々が捜査に当たりますが」


「そこまではしなくていい」


それで白蓮あいつが捕まったらこっちも困るしな。


チラッと窓の方に目を向けてみたら、白蓮が希石と雑談をしながら、時折こちらを見つめていた。


「はい、こちらが緊急クエストの内容が書かれた資料です」


(国だとかのために働くなんて、俺は本当にヤクザに向いてねぇなあ)


渡された書類を受け取り、俺は出口に向かいながらその内容に目を通す。


『ーーー国都付近にて数万の軍勢の魔王軍の存在を発見。目的は現時点では不明だが、国都を滅ぼすために身を置いていると推測される。魔王軍撃退の報酬はでき次第ーーー』


「‥‥‥‥」


組の商売問題や組と組の争い、負傷者の手当て、案の不足、懸賞金に魔王軍ーー。


‥‥‥‥。


「そもそもだが、主人公だからって魔王軍と絶対に関わらないといけないものなのか?」


だめです、とそんな声がどこからか浴びせられたように俺は感じたのだった。



「若頭、先日計画していたウォーツを使ったスイーツの担当は誰に任せますか?」


「お前でもいいし、女の組員だったら誰でもいい」


「春野ハン、鉄根組との戦闘カチコミでのリーダーはどうしますか!?ワイですか?!」


「覇武だ」


「春野さん、万が一の事を考えて、次期若頭の候補を‥‥」


覇武おまえでいい」


あの後、白蓮や朔刃達と話し合った結果、婢女華や朔刃といった元戦闘職も含めた団体を結成し、現在春野達は荷物をまとめている途中であった。


だが、若頭はるのもクエストに出るということで、春野は先程から部下たちの質問の数々を浴びせられていた。


「‥‥‥改めて見ると、春野って本当に私達にとって大切なヤツなんだね」


「黙っとれぐぅ助」


野宿用の非常食を詰め込んだ木箱を、つらそうに抱え持っている禍緒州にそう吐き返し、春野は数々のメモ帳にあとがきを残していく。


質問を返し、休むこともなくメモに筆を走らせている春野の目には血管が多く浮かび、その目下には濃い隈ができている。


国都に向かうと決めて、今日出発ということになっているがそれまでの数日、朔刃たちは春野が休んでいる所を見ていない。


「春野さん‥‥何かあれば手紙で伝えればいいですし、ここは少しでも休息を‥‥‥」


「馬車の中で寝る、邪魔するな」


朔刃が少しでもと掛けた勧め、それを春野は鋭い視線と言葉で断った。


「ッ‥‥‥分かり、ました」


微かに、その目の奥に涙を浮かべた朔刃は、それでもこらえ、頭を彼に向けて下げ、春野の元を離れた。


「‥‥‥‥悪いな、朔刃」


周りがドタドタと騒ぎあげる中で、春野はその手に掴んでいた筆を下ろし、僅かに朔刃が消えた道に向けて、頭を向けたのだった。



「春野ハン、荷物の詰め込みが終わったようです!」


「‥‥そうか」


部下の言葉に筆を下ろし、春野はその手の下のメモを机に残し、手荷物をまとめた小さなカバンだけを持って事務所を出た。


「む‥‥‥忙しい状況と聞いていたから遅れるものだと思っていたぞ」


「さっさとこんな事終わらせたいからな‥‥」


事務所を出たすぐそこにいる馬車の前に立つ白蓮に声を掛けられた春野は嫌そうに、そして睨むように彼女の顔を見た。


それを受けて、白蓮は僅かにその顔をそらした。


「春野さーん。荷物入れも終わったんで早くお乗りくださいーー!」


「‥‥じ、準備ができたようだな!行こうではないか!」


そう彼自身の怒りを忘れさせるように、白蓮は似つかわしくない笑みを浮かべて春野を連れて行った。



詰め込まれた数多くの荷物のすぐ側にある壁沿いに設置された二つの台の上に朔刃を除いた春野ら五人は腰を下ろした。


「お尻が痛いなぁ‥‥‥うちの組の馬車ってこんな貧相なものだったっけ?」


「座れるだけまだマシだろ、妹よ」


そんな二人のやり取りを見て、目を細めた春野が。


「‥‥希石、なんで俺が前乗った馬車じゃだめなんだ?あれなら整備も整ってるが」


「あれは短距離しか走れない馬がつけられているからだな。ここから国都までは馬車が一日ぐらい走り続けてやっとたどり着く場所だ。長距離を長く走れる馬が付けられた馬車はこれしかなかったのだ」


両手を上げて、ため息をついた希石は腰にかけてあったフルーレを足元にゆっくりと下ろした。


(‥‥帰ったら設備でも頼んどいてやろうかな)


「皆さんーー、出発しますよーー!」


荷台の中にいるに春野たちに大声をかけたのは、行者台にいる朔刃だ。


これからの旅、唯一馬車の操作に経験がある朔刃が馬車を運転することになったのだ。


「‥‥女に一日中仕事任せんのは気が引けんな」


「そんなことないですよ。春野さんの゙ためでしたら‥‥‥ですよ♪」


そうどこか劣等感を感じていた春野にわざわざ行者台から顔を覗かせて声を掛けてきた朔刃。


それに春野は苦い笑みを返しのだった。



馬車が朔刃の指示で動き、街を出てからまだ数十分しか経っていない頃。


「春野‥‥大丈夫か?」


「大丈夫‥‥‥と言いたいところだな」


ガタガタと魔法と馬のスタミナ量で予想以上の猛スピードで走り続ける馬車の中、俺は仲間に囲まれた状態で床に伏せていた。


かなり気持ち悪くて、吐きそうだ。


婢女華が荷台においてあった非常食用の塩と飲料水を持ってきてくれたが、それを口に含む気すらない。


こうなった理由は単純、不眠と激しい揺れがさらなる歯車を掛けた車酔いだ。


本来なら、四時間は耐えられるはずなんだが、ここまで不眠と予想だにしなかった揺れがここまで刺さるだなんて思わなかった。


「しかし‥‥‥君が車酔いとはな‥‥以外な一面を見た気がするよ」


「んな‥‥呑気なことを言って‥‥‥‥‥」


‥‥‥‥‥。 


「春野、どうしました?」


「ーーー袋、くれねぇか」


ーーその後、何があったかはご想像に任せるとしよう。



虫の鳴き声が中に飛び込んでは掻き消え、明かりが上の月と馬車の中と行者台にぶら下がるランタンのみとなった時間帯。


「‥‥‥ぅえ」


「ひどい状態だな‥‥春野、君はもしかしなくとも、飯もまともに食べていないな?」


「‥‥忙し、かったからな」


意識が朦朧とする中で、春野はかろうじて白蓮の質問に答えた。


症状はさらに進み、白蓮たちから見れば、こんな弱々しくなった春野の姿は見たことがない。


「‥‥早くても国都につくまでは半日はかかる。袋が必要になったら言うのだぞ」


そう投げかけた希石の言葉に春野は言葉を使わす、手を上げて答えた。


口を使うのも、危険らしい。


そんな春野を見ていた禍緒州は、窓から外の風景を覗き込んだ。


その視界いっぱいに広がるのは、ボコボコに荒れ果てた荒野。


「ここらじゃ馬車を止めれる場所はないし、『あれ』も出てくるから‥‥‥早くここを出ないと

‥‥」


珍しく、あたふたした様子を露わにする禍緒州。


どことなしか、周りの空気が重苦しく感じるようになった。


「‥‥‥っ」


最初に、『あれ』を見つけたのは婢女華であった。


尾の毛を逆立て、婢女華は目の先の光景に目を凝らす。


この辺りは荒野、風に煽られ土が空に舞うのはわかるがーーー明らかに、反自然に高く吹き上がる土煙が、こちらに迫ってくる。


その様子に異変を感じ、白蓮が声を掛ける。


「どうした?婢女華」


「‥‥こちらに、何かが来ます」


『ーーっ!』


明らかな警戒を見せる婢女華とその口から発せられる言葉に、白蓮たちは眉間にシワを寄せ、それぞれ武器、もしくは鍛えた体を構えた。


二土煙は、朔刃たちが乗る馬車に並ぶようにして位置をとどめ、その土煙から複数人のお粗末な服を着た男女がその体を覗かせた。


「やはり‥‥『商賊』か!」


商賊ーーー人気のない道に商人などが乗った馬車が通った時、それを狙って金品を狙う盗賊のことである。


土煙ーー荒れた馬車に乗り、こちらに向けてニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる男女たちに朔刃たちが強い嫌悪感を覚える中、ただ一人、白蓮はそいつらに手の内の刀を向けて、言う。


「私は騎士だ。たとえこの身がならず者であろうと、それなりの力を磨いている。‥‥お引取り願う!」


数間、場の音は風と馬の駆ける足音以外、静まり返るーーーが、それを破ったのは商賊たちの嘲笑いだ。


「オマエ、ツヨクテモ、コノカズ、カテナイ!」


目の前からの嘲笑の中で、白蓮は交渉は無理だと判断する。


目の前で商賊刃を持つ武器をちらつかせ、白蓮だけでなく、荷台にいる婢女華たちや行者台にいる朔刃も、その手の内に力を込める。


「ーーヤルゾ、ツッコメ!!」


この商賊のリーダー格と思われる巨躯が張裂けんばかりの声を上げて、朔刃たちが乗る馬車に乗り込むため、足元に力を込め、踏み込んだ。


「ーー?」


商賊たちを迎え撃つべく、白蓮は刀に炎を纏わせ、刃を振るう。


その直接に、足元に違和感を感じた。


時間が遅く感じる白蓮、その目の前に、砕けた木の板が舞い消える。


足元に微かに感じた衝撃、それで彼女らが乗る馬車の側面が砕け散ったのだ。


砕けた木の板に混じってそこから商賊が乗る馬車に飛び込むのは、銀に輝く砲弾ーー。


それが、馬車の側面を突き破って、中に飛び込んだ。


「ウォオオアァ!?」


突っ込まれた衝撃に商賊たちは足を転ばせ、何人かは馬車の外に放り出された。


僅かな月光で、突き破られた馬車の中で、苦痛にひざまづきながらも立ち上がるその背を見て、白蓮は目を見開いた。


「春野?!」


その驚きの歓声に朔刃たちはただ驚いて、商賊たちはザワザワと声を上げ、その本人はただ目を白蓮に向けた。


そして、不機嫌悪そうに眉間にシワを寄せて、言葉を飛ばした。


「別に、そんな大袈裟に言わなくても驚かなくてもいいだろうが。ただの、車酔いだぞ」


「ぇ‥‥だ、だが‥‥」


戸惑う白蓮の答えを待つこともなく、春野は目の前で構え、こちらに近寄ってくる商賊に拳と、鋭く細めた視線を向けた。


「‥‥俺は今、気分が悪いんだ。ーーーゲロ浴びて、そのまま死んでも知らねぇからな!!」



「ブハッ!?」


乾いた木の板を力づくで割ったかのような音が、殴り倒された男の頬から鳴り響き、口から血を流すように吐き出した。


薄暗い荷台の中は派手に腫れ、血を流し続ける男女の姿。


そして、壁で乾き、こびりついた液体が目立っていた。


その二重のひどい有様で朔刃も含めた春野側は気持ち悪そうに濁った声を上げた。


「‥‥オモイ、ダシタ」


血と吐胃液の泉の中、リーダー格の巨躯が弱々しく春野に声を掛けた。


振り返れば、巨躯はすぐ側に転がってあった刀を握りしめ、その刃先を春野に向けていた。


「アンタ、噂ニ聞イテルヨ。三億ノ価値アルニンゲンダッテネ」


「‥‥他の街でも、俺の懸賞金が?」


「ソウダ。オレガイル街、ヤクザ狙ッテル。サツ、アンタノ事警戒シテルヨ」


巨躯の仲間と、仲間たちの心配を込めた視線が二人の周りを囲む中、巨躯は痛みをこらえながらも、たしかに立ち上がった。


「コレハ、ボスノ土産最高ダヨ!」


「っ春野さん!」


朔刃が声を上げるも、体力を大幅に消費し、車酔いに苦しむ春野には、望まれるほどの早い動きはできない。


刃渡り二十は超える長さ、それを持つ刀が春野の腹部に迫った。



ーーー春野の首元の横から飛び込んできた透明状の刃が、巨躯の手首を掻っ切った。



「グァア!?」


失った両方の手首をどうにかして腹で抑え、巨躯は自身の腹と手首を血で染めていく。


何が起こったのかわからない様子を見せる春野たちの視線を浴びる中、巨躯は痛みと憤激に血走らせた目を彼女・・に向けた。


それを追い、春野はその姿を目の当たりにした。


「朔刃‥‥?お前が、撃ったのか?」


「‥‥‥‥」


問いに、朔刃は視線を落とし、仲間たちと巨躯からの視線に返すことはない。


そこでーーー


「ーーうぶっ」


腹の奥から這い上がってくる、頭の奥からねじり込んでくる激しい苦痛。


一刻という時すら許されず、春野はたまらず跪いた。


こちらに駆け寄ってくる仲間たちの言葉は一片も入ってこず、春野は床に身を委ねた。



「ーーのーさんーーーはーーさーー」


「‥‥‥あ?」


暗闇から沈み込むように聞こえてくる力を感じない声。


俺は、いつの間にか自分の顔の上にのせてあった腕をどかし、瞼を開けた。


そうして俺の視界いっぱいに存在していたのは、俺と同じ銀髪の少女ーー。


「朔刃か‥‥‥運転はどうした?」


「あなたが気を失っている間に、襲撃の事もあってか馬車を引く馬の足が早くなりまして、予想よりも早く着いたということです」


「‥‥‥」


あれからそこそこの時間が経っていたのだろう、窓から外を除いてみると、日は既に真上に来ており、馬車が止まっている周りに建てられている飲食店らしき所に人が出入りしている。


「っ他の奴らはどうした?」


今気づいたことだが、あれほど俺の看病をしていた禍緒州たちがいなくなっている。


「今、この街の中を通った所にあった市役所で待っているはずです」


「‥‥そうか」


俺は身を起こして、近くにかけてあった帽子を頭に被った。


そうして荷台を降り、外に出た俺の側に朔刃が付く。


「大丈夫ですか?私が運転している中、大変苦しそうにしていましたが‥‥‥」


「外に出れたら、大丈夫だ‥‥まだ、胃液の味は残っているがな」


朔刃に支えられる形で街中をどうかに歩く俺。


そして、初めてこの街の構図を目の当たりにする。


この大きな二つの山に挟まれる形で存在するこの街は、スタンダード以上の大きさと広さの大通りに、そこで立て続けに並ぶ露店、その周りには人だけでなく、亜人ーー特にリザードマンやエルフ、ドワーフといった奴らが多く確認できた。


そんな大通りをこうも弱りきった状態で歩くものだから度々街の人の視線が集まる。


傍から見れば、俺はいったいどんな存在なのだろうか。


「‥‥春野さん、少しいいですか?」


「‥‥なんだ?」


なんとか足腰に力を入れてかろうじて歩いてると言える状態の俺に、突然それまで静かにしていた朔刃が声を掛けてきた。


朔刃は、そっちの方から声を掛けたにも関わらず、俺の方から視線をそらし、ただ俺の右腕を握る力を強めた。


「私‥‥春野さんとこのような事をするのが夢でした?」


「ーーふらふらに弱りきった男と恥さらしになりながら街中歩くのが楽しみだったのか?」


「ち、違います!好きな人と一緒に歩くのが夢だったって言ってるんです!」


どことなくむきになりながらそう怒鳴ってくるが、大差変わりない気がする。


ーーそれと同時に、未だ俺は朔刃が俺の事を好きになった理由が全くわからない。


家事の手順や好み、癖や性格、だいたいの事は理解しているつもりであるがーー


「あ」


「どうしました?」


ーーまだ、朔刃こいつ)の、あの力について知らなかったな。


それをそのまま朔刃に問おうと口を開く。


が、それで察したのか、朔刃はどこか悲しげに話し始めた。


「前に、話したかどうかは覚えていませんが、私は元々『冒険者』だったのです。その時にもらった《能力》が、《自在ノ鏡》ーー要は、鏡をある程度自由に操れる能力ですよ」


「‥‥なんで隠す必要があった?」


確かに、俺が朔刃の事を非戦闘員と思ってあまり交戦に巻き込ませなかったということもあるが、それでも何回か戦闘に巻き込まれた事はあった。


「‥‥‥この《能力(ちから》を使うと、昔の記憶を、思い出してしまうんですーー今では考えられない、憎々しい記憶が」


「‥‥そうか」


視線を互いにそらし、やがて手を握り合うのもやめた所で、俺らは市役所にたどり着くことができた。



「ーー魔王軍が、撤退しただと?」


市役所の中に入り、そこで仲間と合流した俺は予想外の事態が発生したということを知った。


「は、はい‥‥詳しい情報は何故か入って来ないのですが、それは間違いないとお上の方から‥‥」


市役所の人々が申し訳なさそうに不明確さを告げ、ペコペコと頭を下げてきた。


(どういう風の吹き回しだ‥‥?)


それから市役所にいた戦闘職の奴らに聞くと、複数名が既に戦場に行っており、いくつかの情報を得れた。


・王国軍と魔王軍は戦闘状態に入ってすらいない。


・王国軍がその間に戦場付近の古代兵器を発見した。


・その直後に魔王軍は撤退を開始した。


古代兵器を手に入れた王国軍に恐れて撤退したんだろうと俺に情報を提供した『勇者』がそう語った。


いずれにせよ、不気味な話だ。



国都の中心に、そびえ立つように街を一望とする王城。


四つの塔に囲まれるように建てられたそれの中では、『事態』を生み出そうとしていた。


「およそ四千年前に作られたものだ‥‥!」


王国軍が古代宮殿から持ち帰り、ここまで持ち帰ってきた兵器を前に、色抜けた髭を伸ばした科学者は思わず歓声と、涙を漏らした。


「四千年‥‥!とすれば、【神話戦争】時に作られたものか?!」


「おそらく‥‥ここまでの技術力は四千年前から現在までの間で風化した技術の結晶と言ってもいいだろう‥‥!」


国王の使者の問いに、個人の考えも交えながら答える科学者。


その二人の前に置かれ、動くことを知らないその巨体は、現代では発掘できない素材がふんだんに使われている。


埃と傷にまみれてはいるが、それも後に行われる復旧作業で直され、そしてあるべき力を取り戻すだろう。


「急がねばな‥‥魔王軍との戦いを終わらせるために」




《能力・特性》


川尻春野 《能力》:《極み》効果:仲間と自身の力をふんだんに引き出す大剣を生み出す。

《特性》:《怒り狂った後に》効果:《能力》を発動した5分後、只人となる。


神華鏡朔刃 《能力》:《自在の鏡》効果:攻撃を跳ね返せる鏡をある程度まで操ることができる。

《特性》:《こらえ》効果:一度だけ、自身が致死量となるダメージを食らっても、僅かな体力を残して耐えることができる。


戦塚希石 《能力》:《修復》効果:壊れたものや人体(自分を除く)を元通りに治すことができる。

《特性》:《移り変え》効果:自身のマナを誰かにまるごと渡すことができる。


戦塚禍緒州 《能力》:《自由》効果:弾丸を自由に操ることができる。

《特性》:《逃げ足》:ダメージを食らった時、自身のスピードを爆発的にあげることができる


穂倉白蓮 《能力》:《炎》効果:炎を体や物に纏わすことができる。


仙覇婢女華 《能力》:なし(亜人の血で獣となることができる。)

《特性》:《鉤爪》効果:攻撃を加えたとき、急所に入りやすい。

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