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第三章 三億を掛けられた男の周り

           1


「おどれ‥‥‥汚ねぇ所に手ぇ染とんのちゃうか!?」


拳怒組では一ヶ月に一回、組長の元に組の上部が集まり、各々のグループの現状と、今後の動きについて話し合う会議が行われるのだが、同時にその日は組長に上納金を納める日でもある。


上部の者たちが幾分かの大金を貢ぐ中、春野だけはどの上部の者たちよりもずば抜けた程、とは言わないが間違いなく差を作り出すほどの高額を出してくる。


春野が拳怒組に入ってからもう半年という年月が経ちそうになるが、幹部や側近たちはこの額が衰えた事を見たことはない。


「お前らは少し古い考え方をしてるからだ」


「なんやと‥‥!」


朔刃や白蓮といった身の回りの仲間には優しいと

定評のある春野だが、その一方、どこで成り上がったのかもわからない仲間とは気を置く仲であったりするのだ。


「今ある仕方や商売で突き通そうとするからいけねぇんだ。ーー俺のやり方は、アイデアを出して実行する。数撃ちゃ当たると言うだろう?いくつか出してりゃどれかは流行は来る。」


「‥‥‥‥」


「そんなに俺が闇に手を出してるって言いてぇなら、俺の所の組員やつらに吐かせてみろ。その場合、俺は裁判であんたらを訴えて、金を毟り取ってやるがな」


役目は終わった、と言いたげに春野は最後に、絡んできた島打に一瞥をくれて、部屋を去った。



(‥‥‥‥とは言ったものの)


街中を走る馬車の中で、春野は指先で顎をなでながら一人、今後の方針アイデアについて思い悩んでいた。


(元の世界であったことは大半はやった、商売方法も他の店舗に取り入れた。もうねぇぞ)


そう、後の事を考えずに前の世界の知識を一気に流し込みすぎたのだ。


もしこのまま何もせずに終わったらあの幹部達と同類になってしまう。


「‥‥‥春野、何悩んでるの?」


「‥‥‥顔に出てたか」


そんなとき、真横から飛び込んできたどこからしくない心配を含めた声を出した人物に春野は苦笑を浮かべた。


禍緒州は「見ればわかるよっ」と肩を叩きながら声を上げ、顔を向ける。


「で、何悩んでたの?」


「ーー実の話、これからどうしていこうかってな」


それから、先程の会議で起こったことと、今の現状について、前にいる運転手には気づかせないように小さな声で禍緒州に洗いざらい話した。


運転手に聞こえないようにするというのは、無駄な困難を組内で広めてほしくないという理由があってだ。


そして、それを全て受けて禍緒州は長く唸りだした。


(‥‥‥まぁ、そういう面に関わったことねぇし、そんな顔なんのも無理はねぇか)


最後に、ちらっと春野はいまだ悩み続ける禍緒州に一瞥くれて、目を瞑って頭を軽く下げた。


「ーーそういやさ、この街ってスイーツ屋の注目少ないよね」


「‥‥‥あ?」


突然、禍緒州がそんな事を口にしてきた。


‥‥‥まぁ確かに、この街ではスイーツに目を向ける者が少ない。


いまだ整備し直したスイーツ店に客足が少ないのも、今考えればそれも関係あるのだろう。


「ねぇ春野。今月中に画期的なスイーツを売ってスイーツの需要を上げてみようよ!」


「‥‥‥悪くねぇかもしれねぇ。もし俺らが先にスイーツの需要を上げれば周りに邪魔されることもねぇ。」


「でしょでしょ!?そこまでは考えられなかったけど、行けるかもじゃん!」


‥‥‥不安になってきた。



場面は、現在へと戻る。


夜を過ぎ、新たな日が始まって一時間も経っていないような時間帯に、俺は一人、一枚の計画表を前に頭を活動させていた。


(スイーツなんざ、まともに食ったことがねぇからわからねぇ‥‥‥ただデコレーションがすごいってだけじゃ、客は寄ってこねぇ。どうする‥‥‥?)


ーーそう悩む俺の横に、一杯のコーヒーが置かれた。


思わず、俺は少しいつもより目を大きく開いた状態で、背後を振り返った。


「お仕事、お疲れさまです。」


そう恭しく頭をこちらに向けて下げる朔刃が、そこに立っていた。


どこかさり気なさを感じる彼女の気遣いに俺は笑みを返した。


「ありがとな。こいつは感謝して飲ませてもらう。」


持ち手を指先で絡め取り、ゆっくりとコーヒーを口元に運び、口の中に含んだ。


そんな中で、彼女は。


「少し、今回のコーヒーはお高い珈琲豆を使って入れたものです。栄養素も他のものと違って大変高いので、体の調子を整える事を助けてくれるのです」


‥‥‥‥‥。


「ーーそれだ」


「え?」


俺が呟いた言葉に朔刃が声を漏らすが、俺はそんな彼女の両肩を掴んだ。


「は、春野さん!?」


「‥‥感謝するぜ、朔刃。この試合けいかくの勝ち筋、見えたかもしれねぇ!」



時は流れ、時刻は既に昼を過ぎた頃。


「‥‥美味いな、相変わらず」


「春野さんに、せめてもの楽しみを与えたいと思っておりますので」


俺が出した「指示」で、組員が誰もいなくなった事務所内で、俺は朔刃が作った卵入りのカツ丼をかきこんでいた。


とても安物の豚肉で作ったと思えないほどに彼女が作ったカツは、柔らかく、出汁の味がよく染みている。昔、元いた世界で喰った卵焼きのように硬かった卵も、信じられないほどに柔らかい。


一体なぜ、彼女はなぜ捨てられたのか本当にわからない。


「‥‥‥」


ただ、気になる所は、彼女自身が食べる量が大変少ない事だ。 


事務所内の家事の殆どをやっと終わらせて、かなりのカロリーを消費しているだろうに、今食べているのはサンドイッチ一つだけだ。


しかも、今日は他の店舗の手伝いにも行ってもらう日だというのに。


「‥‥‥よく倒れねぇよな」


「ーー?なにかおっしゃいましたか?」


「‥‥別に」


他の人の面倒見てるほどなんだから、自分の管理は大丈夫なのだろうーーー今は、そう信じておこう。


バンッ! 突然、玄関の扉が開けられて、外から賦巳が中に飛び込んできた。


慌ただしい様子で廊下を走り、俺らがいるキッチンに突っ込んだ。


「春野ハン!街の住民から情報アンケート取れましたわ!」

 

「ご苦労。今日はもう休んでいい。」


特に彼の顔を見るということもせずにただ賦巳から渡された者類を受け取る。


まだ残っている料理を放置し、俺は取れたアンケートに目を通した。


ーー題は、なぜスイーツ屋に来ないのか、だ。


一番、健康を損なうかもしれない。二番、高い。三番、普通の食材買っといたほうがいい。


「‥‥‥‥」


そう、二、三番に関してだが、現在この世界はぜっさん不景気と言うやつである。


インフレの渦の中にいる現在の世の中では確かにスイーツなんかより、普通に肉だとかそんなものを買ったほうが値段的にも健康的にもいいだろう。


「‥‥なんか、この計画を立てる意味が薄れていく気がするな」


「禍緒州さんの珍しい努力が無駄になってしまうので、私からもこの案をどうにかしてほしいと思います」


朔刃にまで言われるとか、禍緒州アイツも散々だな。


「‥‥‥‥」


アンケートをテーブルに放りやり、同時に同じテーブルに置いていた拳怒組が経営しているスイーツ店の売上内容についてまとめ上げられた書類を手にした。


現在、店で一番よく売られているのは果物がメインのケーキ。


上の問題を解決した上で、こちらにも利益を回すには、裏ルートを使ってでもできるだけ安く果物そざいを手にする必要がある。


‥‥今、他の組員は抗争に向かっていたり、会議を行っていたり、店舗で作業を行っていたりで全員手が空いていない。


ただ一人、空いているのは俺だけ。


「‥‥‥直々に向かうしかねぇか」


二つの書類と食べかけの料理、そして朔刃を残したまま、俺は帽子を被って事務所を出た。



「さぁあ!!」


「うおっ!?」


振り下ろしてきた木刀を別の木刀で受けと止めるように衝撃を流し、動きが止まった間髪の時に空気を裂く音とともに衝撃を受け流した木刀を弟子の横腹に叩き込んだ。


ダメージはないが、その代わりに発生した衝撃は尋常ではなく、それをもろに受けた弟子は派手に畳の上に転がった。


それを目届け、審判は赤色に塗られた旗を振り上げた。


「勝負あり!」


「‥‥‥よし、休憩しよう。各自、昼休憩に入ってくれ」


その彼女の言葉を聞いて周りにいた弟子たちはため息を漏らし、道場の隅に置いていたバックから弁当を取り出し始めた。


それを微笑ましく見ながら、彼女ーー白蓮は。


「では、私も食に入るとしよう」


道場を後にし、長い廊下の先に設置された自室にて、食事を始めることに。


早朝に朝食と共に作り上げたこの昼食は、肉や魚が一切ない飯と菜だけの弁当だ。


それを前に手を合わせ、白蓮は箸を取った。


「いただきまーーー」


思わず、菜に向かって箸を動かしていた腕を止めた。


当然だ、菜がメインであった弁当の中身メインの殆どが、いきなり焼き鳥に変わっているのだから。


なにかの冗談かとそれを口に含んでみるが、紛れもない肉の味がした。


「どんぐらい肉食わねぇのか知らねぇけど、少しは食えよ」


今更ながら、横から人影が差し込んでいたことに気付き、白蓮は即座に顔を横に向けた。


「‥‥侍である身、肉は特別な日にしか食わぬのだ、春野」


どこか不満そうな声を上げるも白蓮は、手を組んだまま立ち尽くす友人ーー春野の姿を見て、その表情では笑みを浮かべていた。


「今日は一体どんな用事で来たのかな、春野?また私と修行相手になってくれると言うなら嬉しいが‥‥」


「そいつぁまた今度にしてくれ。‥‥‥用事を先に終わらしてぇ、力を貸せ」



「安く物を仕入れるルート‥‥か」


彼女が入れた春野用のお茶と、焼き鳥が盛られた白蓮用の弁当箱を挟んで、二人は春野が持ってきた話について進めていく。


「組の若頭と言ってもこの街に来てからまだ半年ぐらいしか経ってねぇ。そんなやつよりこの街に生き育ちして知恵があるやつなら、そういうのも知ってるんじゃねぇんかってな」


彼女に持ち込んだ話は、物資を行き来するルートについて。


生産地から街にまで生産物が届くには、まず生産地から物を受け取って、そこから街の市役所の設備所で安全性を確認し終えることで街で売られるのがこの世界での常識だった。


その、設備所を通ることで無駄な賃金が増えることになるのだ。


だが、裏ルートではその設備所を通さずに直接で街に届ける事ができるというのだ。


だから、長くここに住み、知識を得てる白蓮ならなにか知っているかと思った次第だ。


「‥‥‥‥すまない、そういった闇のルートについては全くわからないな。親が喜ぶようなことではないと言うこともあるが‥‥‥」


「ーーそうか」


少し、目を細めて春野は一気に茶を飲み干して白蓮に背を向けた。


その冷たい表情の裏では、心を掻きむしっていた。


(どうする?白蓮も知らないとなれば鉄根組あそこらへんから吐き出させるか?いや、そうなったらまた闘争が起こるかもしれねぇ。安全策で自力でーー)


「ただ、私の友人に果物屋を経営しているものがいる。ぜひとも行ってみないか?」


「‥‥‥‥」


異世界ってこんなものか、そういえば。



道場から出発した二人は、彼女の友人兼弟子がいるという店の前にまで来ていた。


木造の家と兼ねて建てられたその果物屋は、周りの店や建築物に比べるとどこか影が薄い。


二人が来たこの地域は亜人が殆どの住民で、人間はいないに等しい。


そして、この店の店主ゆうじんとやら、白蓮から聞くになんとも人間が嫌いだからこの地域に引っ越したのだという。


「‥‥‥‥」


店前には人影は居らず、ただ、どこかのスーパーのように雑に置かれた果物の前に銀製のベルが置かれているだけだ。


チーン 軽く掌でベルを叩き、しばらく待ってみる。


「「‥‥‥‥」」


出てくるどころか気配も感じない。


「本当にいんのかよ‥‥‥てか、よく店の物持ってかれねぇな」


何故かこの世界ではカウンターに代金を適当な額置いている人々が殆どだと白蓮は言った。


それを聞いて、普通にヤクザがいるこの街でよくそのシステムが成り立つなと春野は思う。


そんな中で白蓮が店の中に無言で入っていったので、春野もその後を追うことに。


店の奥は数多くの家具や食材で散らばっており、部屋の中心には火が焚かれている囲炉裏が置かれていた。


その側には桃色の動物の毛皮が丸まって置かれいる。


「奥にもいねぇとなると本当に留守かよ‥‥」


諦めと落胆を混ぜたかのような声を出して、春野は奥の部屋に踵を向けて帰りだす。


しかし、それとは真逆に白蓮は部屋へ上がり、そこで丸まっている毛玉を叩いた。


「ーー!?」


「えっ」


ただの毛玉と思っていたのは、少女の耳と尻尾だったのだ。


毛を逆立て、飛び上がった少女は勢いのまま跳躍を続け、棚の上に乗っかった。


「び‥‥びっくりしましたよ、白蓮」


「すまないな、突然お邪魔させてもらってな。だが、今日はお前にとって悪くない話を持ってきたぞ」


「‥‥‥」


白蓮の言葉を聞きながら、少女はその後ろにいる春野を、明らかに嫌そうな目で睨みつける。


「‥‥この人自身は悪い話のようですね」


「‥‥‥客に対して失礼きまわりねぇ奴だな」


音も立てずに少女は棚から飛び降り、四本足から、二本足で立ち上がる。


立つことではわかったのだが、少女はカフェテリアの店員風の制服を身にまとっており、その身長は春野の四分の一ほどしかない。


そうそう春野と少女は火花をその間で散らしている中で、白蓮は少女の肩を叩いた。


「紹介しよう。彼女は仙覇婢女華せんばひめか見てのとおりだが、ゴボルト族の亜人だ」


「‥‥‥はじめましてですね、お客様。なんのようでここに?」


そう気怠げな気持ちと目線を飛ばしてくる少女に幾分かの怒りを覚えるも、一旦こらえて。


「‥‥単刀直入。健康に良くて、なおかつ相場より安い果物を全て買い占めさせてもらいたい」


「ーー健康にいい果物ですか。でしたらあれがまだあります」


そう言って婢女華は果物が並べられた台の裏をゴソゴソし始め、やがて、青色の刺々しい果物を取り出した。


「‥‥‥なんだコレ」


「果物の王様と言われているウォーツです。甘みがどの果物よりも強い上に、生産量は高く、西の国のジャエルではこれを薬代わりに愛用されているほどです。ただ、この国だけ安全性を認めてはいないので、この果物を扱っているのは私だけです」


「‥‥‥」


解説を聞き終えて、春野は細めた視線で彼女の顔を見据える。


猛獣にでも睨まれたかのように婢女華は尻尾を縮こませたが、やがて春野は鋭い視線を解いた。


「‥‥嘘は言ってないと判断させてもらった。いくらする?」


「‥‥十五入りで三千円ーー」


「よし、もし九十個ほどあるってぇなら買い占めたい。あと、後払いは可能かーーー」


「のところ、三万円です」


「‥‥‥‥‥‥?」


今、目の前の少女が何を言ったのか理解できず、春野はコートから取り出したサインペンを地面に落とした。


「‥‥‥」


瞬間。そんな隙もなく婢女華の首を絞めだした春野が、眉間に深いシワを寄せながら言う。


「いくら人間が嫌いだからってヤクザなめんなよ。そんな嫌なら店しめろや」


恐怖のあまり全身の毛という毛を逆立て、春野が拘束を解いた後はまたまるくなった。


そんな二人のやり取りを見ていて白蓮は思わず深いため息をついた。


「勘弁してやれ、春野。この子だって昔色々あったのだぞ。それに、君も婢女華から果物を買わなければ困るだろう?」


「‥‥‥‥面倒な縁を作っちまったもんだぜ」


そうして春野は鋭く尖らせていた目をもとに戻し(大差変わりなし)、ポケットから一枚のサイン書を取り出した。


「もし、ここに書かれている期限以内に俺が支払わなければ、ここの商品全て言い値で買ってやるよ」


「‥‥ずいぶん気が強いですね」


あの皮肉を交えたような声はどこへやったのか、ずいぶん丁寧に話すようになったな、と春野は心の内で満足していた。


婢女華が書類にサインを書き終え、目の前でしゃがみ込む春野に若干震える手で書き終えた書類を渡したのだった。



「七月の新夏祭の時に合わせてこの果物ウォーツたちを使ったスイーツを出すのがベストだと思うよ?」 


「お前の自由にしろ。面倒くさかったら今回の計画プロジェクトの担当者に任せればいい」


婢女華あれとの出会いから幾分かの日が流れた頃、春野と禍緒州はリビングにて、二人の間にテーブルを挟んだ状態で話を続けていた。


足を組み、目を瞑りながらタバコを口にくわえ、その状態で器用に口を動かす春野を見て、禍緒州はため息を付き、テーブルに委ねるようにして置いていた包帯が巻かれた自身の右腕の上に、力なく左手を置いた。


禍緒州がその右腕に負った傷は、先日、組が経営している戦闘品工場に襲いかかった鉄根組の組員に突き刺されたものだという。


不運なことに、希石の《能力》は他の組員にマナを使い果たしてしまったためにしばらくはなにもできずにいるとのことだ。


禍緒州がこうも気分を下げたのは、さらに過激を増した鉄根組の襲撃であることは、不関係ではないだろう。


この鉄根組の襲撃に関しては今までは川尻組カワジリグループが行っていたが、さすがに他のグループも見ず越さずにいられなくなり、他の組も鉄根組の排除に動くようになった。


それは仲が悪い春野からしても、万々歳と言いたいところだが、それを理由にしてさらなる攻撃を仕掛けてこないかという心情があった。


「‥‥とは言っても、うちには春野がいるから大丈夫だと思うけれどねぇ〜」


急転換。尖らせた口先からそんな呑気なことを吹く禍緒州に、春野はどこか苛立ちと、焦りを混ぜた言葉を吐き出した。


「ーーーお前には言っとく。鉄根組が俺らに襲撃掛けに来るのは、俺が原因だったりする」


「ーーぇ」



ーー二ヶ月前


「ぅ‥‥‥く‥‥‥っ」


死屍累々。サビ汚れた小さな部屋の中、それも黒スーツを身に纏った者たちが床に伏せ、その体から派手に血を流している。


そんな中で、微かにうめき声が上がる。


必死に藻搔いて動こうとする青年の首元を、この場にいる者たちとは正反対に白のコートを纏った俺が掴み上げた。


「‥‥‥せっかくだ。誰にも邪魔されねぇ状況、ボロボロのお前、俺の質問に吐いてもらうぞ」


「ぅ‥‥‥」


だが、首元を掴まれた青年は徐々にその瞳から力を失い、手足を垂れーーー


バギャアアア!!


「‥‥‥ぶぉ」


「死んだふりしても無駄だ。諦めろ」


膝蹴りを至近距離で顔面に喰らい、数少ないこの青年の傷の少ない部位が、派手に崩された。


そのまま、部屋の中に置かれていたテーブルにその崩れた顔面を叩きつけ、俺は質問をぶつけた。


「なんで俺らに襲撃を掛けやがる」


「‥‥‥‥俺は、ただの組員だ。そんなこと、言われたことをただ命令どおりにーーー」


カッ! どこからか春野が取り出した小刀ドスが、上から振り降ろされ、同じくテーブルに叩きつけられていた青年の左手を甲を突き破った。


「ーーーッ!!やっ、やめてくれ!」


「‥‥嫌なら話せ」


「‥‥‥‥‥」


手の甲から血を吹く左手を震わせながら、青年は自身の顔を春野に向けて、答えた。


「お前‥‥‥金流組に懸賞金かけられてるんだぞ‥‥」


「ーーー懸賞金だと?」


確か、禍緒州の話だったら金流組は『勇者』を破門クビになった者たちが集まったグループだとか言っていたはず。


「こればっかりは‥‥俺も知らねぇが‥‥噂によれば、裏社会の勢力を持つ者たちで作り上げた結社があるらしい。‥‥そこで、お前の懸賞金かちが決まったって話だ。お前は俺等を殺しまくってるからな‥‥価値ぐらい知られてんだろうな」


「‥‥‥」


「それ以来‥‥お前に周りの組は、目をつけ始めてる。お前‥‥いつ死ぬかわからない状況だぞ‥‥‥」



「‥‥‥そういうことだ」


「ーーー」


話を終え、春野は力なくまぶたを少し下ろした。


彼に周りのヤクザが目をつけるほどの懸賞金が掛けられているということは彼自身だけでなく、その関係者も、場所を吐かせるため、弱みを知るために、狙われるということを春野は、重苦しく感じていたのだ。


「‥‥こんなこと言うのも何だけどさ‥‥懸賞金って、どれぐらい掛けられてるの?」


「ーーー三億だ」


「さっ‥‥‥!?」


インフレが進み続けるこの世の中でも、3億という金額は、途方も無い額であり続けるのには変わりない。


禍緒州が知るこのヤクザの世界でも、ここまでの金を掛けられてる人物は稀だ。


春野が元いた世界では、逃亡犯罪者でもいなかった。


「ーーーてかさ、春野を売り出せばうち等の金問題解決できるんじゃないの?」


「やめろよ?」


ヘラヘラ笑っていることだから、おそらく笑談なのだろうが、仲間に裏切られるのは本気で勘弁だと春野は顔を引きつらせた。


紛らわしを混じえて、グラスに注いだウォッカを一気に飲み干す春野を見ながら禍緒州は。


「‥‥でもさ、いい意味で考えたらさ」


「‥‥あ‥‥?」


「春野って周りから認められたってことだよね?そう考えたらその懸賞金も有り難く思うんじゃない?」


また呑気なことを言ってくれる、とは思ったが、ここまで悪いことをいい意味にとらえることができる奴は、元いた世界でもいなかっただろう。


「ふっ‥‥‥‥お前のそういうとこ、尊敬するぜ」


「へー、春野も褒めることあるんだね」


笑みをこぼして、足を組む春野は別のグラスに注いだウォッカをテーブルの上で流すように禍緒州に渡した。


「‥‥‥あたし、まだお酒は飲める年頃じゃないんだけど‥‥」


「いいんだよ、一、二歳ぐらい早くて。俺がいた街なんか二十歳でやっとこさ飲めるが、俺は十二から飲んでるからな」


「三億円掛けられてるからってロクでもない人間っていう可能性はあるんだね」


そう言いつつも、禍緒州はそのウォッカを受け取り、春野と同じように一気に中身を飲み干した。


「っぷっはー!これもなかなかいいけど、やっぱあそこの酒が一番だよ」


「あそこ‥‥?」


「大通りの端らへんで中年のおじさんが経営してるお酒屋さん何だけど、そこの酒がすごいんだって‥‥!」


「ほう‥‥少し興味はあるな」


「でしょでしょ!今度一緒に飲みに行こうよ!

‥‥あと、もうウォッカは大丈夫」


そう言い残して禍緒州は春野が再び入れたウォッカを無視して、その春野が最近開発したコーラをちびちびと飲み始めた。


その禍緒州を、春野はどこか悲しげな目で見つめた後、春野は本来禍緒州の分であったウォッカを飲み干した。


ーートゥットゥルー。


「‥‥‥あ?」


「あたし出るよっ」


リビングを出た廊下に設置してある魔道具でんわから、ベルが鳴り響いた。


春野がそれに反応するよりも前に禍緒州が受話器を取りに向かった。


(‥‥‥まぁ、店の方で迷惑な客でも来たってところなんだろうな)


向かった禍緒州を見送り、春野は台所に別の酒でもなかったかと中をいじり始めた。


‥‥と、廊下の方からドダドダとうるさい駆け足が聞こえてーー


‥‥‥。


「駆け足?」


「ーーー春野!」


ドアを突き破るかのような勢いでリビングにもどってきた禍緒州は声を上げ、その場に止まったかと思うと、息を荒げた。


「何があった‥‥?」


そう投げかけた言葉に禍緒州は息を飲み込み、答えた。


「ーー春野が前に行った果物屋さんで、亜人の人と侍の人が襲撃を受けたって」


            2


「ーー君たちは、何が目的だ?」


『‥‥‥‥‥』


小さな店の奥に追い込まれたかのように、そこで周りを囲む武器を構えた人々に、刀を構えた白蓮がそう問いかけた。


それに、そいつらは応じない。


「‥‥‥婢女華、戦えるか?」


「この季節と客のこなさでしばらく運動してなかったといえども、それなりには戦えますよ」


そいつらに剣先を向ける白蓮の後ろで、小さく唸る桃色の獣ーーー亜人の血で狼の゙如き獣と化した婢女華が答えた。


見据え、構えを続ける二人を囲むそいつらの数は十を越え、狭い室内をかこむようにして武器を二人に向けている。


その二人に限られた広さは畳一畳ほどしかない。


広い空間で素早く動き、相手の゙スキをとらえる。それを得意とする二人にとっては地獄同然。


「まだあいつは来ねぇで‥‥」


「どうすんだよこのままじゃ周りの住民にバレるぞ‥‥‥」


「‥‥なら、こいつらに傷をつけりゃあおのずと出てくるだろうよ! やるしかねぇんだ、俺らはーー!!」


その想いを引き金に、そいつらは一斉に攻撃を二人に仕掛けた。


瞬間。白蓮はその両手に握りしめた刀に炎を纏わせ、婢女華はその小さな手に隠された鋭い爪をーーー。


バンッ!! 


「うぼぁ!?」


ナイフを下から振り上げ、白蓮の腹部を狙いを定めていた和服の男が、苦鳴を上げ、その口から血を吐き出した。


それに白蓮や婢女華を含めた全員が遅れて反応し、それに遅れてにその男のように、体のどこかに弾丸を食らったソイツらが、地に倒れていた。


「あいつからパクッたものだが、味が悪いな‥‥‥今度修理にでも出しといてやろうかな‥‥」


「ーーー弟子の伝言に、来てくれたのだな。」


白蓮と婢女華にむけていた注意はどこへやら、そいつらは店の正面口で、発砲した銃を見ながら嘆息をこぼす男に目を向けていた。


「ーー春野!」


「‥‥おう、来てやったぜ。侍と獣やろう」


「失礼ですよ」


軽そうな笑みを飛ばす春野に白蓮は苦笑し、婢女華は明らかに嫌そうなに顔にシワを寄せた。


「どうも彼ら‥‥‥君に用があるらしくてな‥‥‥」


「‥‥‥やっぱりか」


そうやって二人が会話をする中で、傷が浅かったそいつらは武器を春野に向け、その顔と手元に力を込める。


それを受ける中で、春野は顔と視線を店の奥にいる二人に向けて。


「お前らは戦いに参加しないでくれ」


「‥‥‥‥」


「そんな目を向けんな獣女。店の被害は最小限にするって約束するからよ」


どことなく疑いの目を向けてきた婢女華に、春野は軽そうに、しかしその顔の内に宿らせている気持ちは重く、そう返した。


ーーそいつらは。


「川尻春野‥‥‥これも俺らのためなんだ、死んでくれ!!」


そして、武器を振るうそいつらに向けて、春野はなにもないただの拳を向けたのだった。



「‥‥‥‥これは私も、予想だにしませんでした」


「‥‥そう、だな。‥‥‥‥なぁ春野、君はいつもこんな事を日々としているのか?」


「‥‥それは後にしてくれ」


店のすぐそこの通りで死屍累々となって転がるそいつらの中で、あの死亡懇願宣言ことばを口にした中年の男が、その膝を地に付け、頭を深く下げた。


「す‥‥‥すいません、でした‥‥‥」


その謝罪をあえて無視し、中年の前でしゃがみ込み、春野は質問を始めた。


「どこの組の奴らだ」


「‥‥お、俺らは、ただの大通りで経営してる店の店長です‥‥」


「あ‥‥?」


その中年のから出た絞るような言葉に、春野は唖然とする。


よく見ればこの中年も含めて、周りでぶっ倒れてる奴ら全員が制服だったり、私服であった。


鉄根組だけでなく、他の組やグループと交戦してる春野でも、このようなグループはなかった。


「‥‥すいませんでした‥‥‥」


「その言葉は後にしろ。ーー次だ、『俺らのために』だとか言っていたが、それはどういう意味だ?」


「‥‥‥俺らが経営してる店の付近は、何故か数年前から鉄根組のヤクザがよくうろつくようになって、そのせいで客は来なくなって、みんな借金をする羽目になって‥‥‥」


『‥‥‥‥』


「銀行から借りた借金を返済するために、皮肉な話ですが、唯一金を貸し借りしてた鉄根組から借金を借りて‥‥‥そいつがいつの間にか俺らじゃ返済できない額になって‥‥」


「‥‥‥まさか」


「はい‥‥そんなある日に、鉄根組の人に言われました。ーーー『川尻春野を殺せば借金を全てなくしてやろう』って‥‥‥」


他のヤクザ勢力だけではなく、一般市民までもが春野の命を狙うようになる、否、なったのだというのが、それを聞いていた白蓮と婢女華にも分かった。


「‥‥鉄根組あいつらは、懸賞金目当てでお前らの周りうろついていて、仕方なく生まれたお前らの借金を利用して、俺の殺しを依頼したって訳か‥‥‥‥」


「‥‥‥‥」


ついには春野の言葉に何も言わなくなり、ただうずくまっている。


それを見て春野はため息をつき、中年の男に背を向けた。


「なら、鉄根組そこを潰せばその借金はなくなるよな?」


「え‥‥?」


「知るか知らねぇかはお前らだが、俺は拳怒組の若頭。今、組の中で鉄根組を潰す計画を建てている。そのついでだ」


「で、ですがこれは俺らの‥‥」


「何度も言わせんな、これはついでだ。ーーーそれに。」


「それに‥‥‥なんですか?」


「あんたのとこ、たまにツインテールの赤髪の女が来てねぇか?」


「え‥‥あ、はい‥‥」


「ーーならあんたは、俺の組員の知り合いだ」


中年の男を立ち上がらさせ、春野は自身の後ろで立ったままの白蓮と婢女華に向けて言った。


「そういう訳だ、許してやってくれないか?」


「いや‥‥それはまぁ、あなたの宣言通りに店の損害をゼロにしてくれたのでまぁいいのですが‥‥‥」


「‥‥まさか、それが君のセリフになろうとはな‥‥‥」


そう言って白蓮は肩をすくめたのだった。



意識を取り戻した他の奴らに中年の男を通じて話した事を伝え、まとめて帰ってもらったあとのこと。


「‥‥‥春野」


「あ?なんだ?」


春野自身が放った拳の衝撃やアイツラの攻撃で外れていた看板を固定しなおしていた春野に、桃色の毛玉ーー婢女華が声を掛けた。


「少し、あなたの評価を変更させていただきます

‥‥多少、良い方に」


「‥‥そいつはどうも。その調子で人嫌いを克服してくれや」


トンカチで最後の釘をねじ込み終えた春野は、自身の足元を置いていた脚立を支えていた白蓮の横へ飛び降りた。


いつもより鋭くした目で、その近くに立っていた

婢女華を見る。


ーーその小さな手に、湯気が上がる緑茶が入った湯呑があることに、春野は遅れて気づいた。


「あなたがこの店に来たときは、これぐらいのおもてなしはしてあげましょう」


「ーーー素直じゃねぇなぁ」


嘆息気味に吐き出して、渡された緑茶を受け取り、春野は一気に中身を飲み干した。


ーーと。


「ーーっ婢女華、それは‥‥!」


「はい?」


白蓮が上げた驚きの声に間抜けな顔を向けた婢女華。


その胸元から溢れ出した桃色の輝きが、みるみると春野の胸の中心に潜り込んでいったのだ。


「‥‥まさかのお前かよ」


湯呑を返し、代わりに自身の心から取り出したのは、前までは五つしか輝きを宿していなかった大剣。


その輝きの数の中に、桃色の輝きーー『婢』が増されていた。


「‥‥‥‥‥」


春野は視線を、手元の大剣から何が起こったのかいまだわかっていない様子の婢女華に移し、眉間にシワを寄せて。


「‥‥‥お前かぁ‥‥‥」


「‥‥‥なんですか?」


その言葉に含まれた嫌悪の意に反応し、婢女華は目の前の春野を睨みつけた。


「「‥‥‥‥」」


そんな二人を見て、白蓮がおどおどとする中。



ーーー春野が眉間に爪痕を残されたり、婢女華が尻尾を握りつぶされて、急いで白蓮が希石を呼ぶことになったのはまた別の話である。






穂倉白蓮 破壊力「A」・スピード「A」・スタミナ「A」・攻撃距離「A」・知力「A」・魔力「A」・精神力「A」・防御力「B」・耐久力「A」・体力「A』


仙覇婢女華(全て獣時) 破壊力「A」・スピード「A」・スタミナ「C」・攻撃距離「E」・知力「B」・魔力「E」・精神力「C」・防御力「C」

・耐久力「B」・体力「B」

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