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第二章 不器用な笑み

           1


「‥‥‥ただいま帰ったぞ」


かすかに眠気を感じる目を細めながら、春野は玄関の扉を開け、中に入る。


先刻まで、本部の方で今後の組の商売の方針を決める会議が行われており、すでに今の時間は深夜どころか早朝前の時間帯だ。


無論、そんな時間まで起きて彼を出迎える組員ひとはいない。


「ーーーおかえりなさい!」


キッチンの奥から駆け寄ってきたこの少女さくや以外は。


春野は自身の元へやってきた朔刃の視線に合わせるように、膝を地に付ける。


「夜遅くまでご苦労さん、家事なり何なりしてくれて」


「大丈夫ですよ、私も休む時はしっかり休んでいますよ」


彼女の信頼を勝ち取るためには一ヶ月程の時間がかかったが、彼の事を信じるようになった今では拳怒組の大切な従業員として働いている。


人手が足りない店舗の手伝いに行ったり、春野の事務所内での家事を一人でこなしたりと、春野も予想できていなかった結果が待っていた。


おかげで、他の人を動かしやすくなったと春野は心の中で喜んでいた。


ーー同時に、新たに問題が生まれることになったが。


「‥‥‥‥春野さん」

 

「‥‥なんだ」


突如として、春野の体に顔を近づけた朔刃がその顔を睨みつける。


その睨みつけ方は、始めて出会った時と同じだが、『質』が違う。


始めて出会った時は、疑いを。


ーー今は、嫉妬だ。


「春野さん‥‥‥様々な店舗のオーナーをしていられるので移動や関わりが多いのは私も理解しているつもりではありますが、どうか、私に誤解されるようなことはできるだけ避けてください。」


そう忠告するかのように言い残し、朔刃はキッチンの奥ヘ姿を消した。


おそらく、彼女が言っていた臭いとは、さっき行ってた大通りの裏側で経営しているキャバクラにミカジメに行った時に付いたものなのだろう。


‥‥‥あの症状が出始めたのは、俺の事を信じてから一週間も経たない頃だった。


始めのうちはただの気のせいだと俺は思っていた。ただの心配性なんだろうと。


だが、時が経つに連れてそれが事実だというと事を思い知らされた。


「‥‥‥朔刃‥‥どうして俺なんかを好きになりやがったんだ。‥‥俺なんかに‥‥」



「「‥‥‥‥」」


「‥‥‥離れて、くれねぇか?」


「ダメでしたか」


日も昇って久しぶりの休日だというのに、朝から朔刃はソファに腰を下ろしたまま新聞を読む俺の横から離れない。


確かに、ただ横に座っているだけではない。


お茶だとか朝食だとかを持ってきてくれてはいるのだが、不必要に俺のそばにいる。


こういう場面は、前いた世界で見ていたラブコメでよくあるシチュエーションだが、実際にされると、どことなく気持ち悪い。


「‥‥こういうのは嫌いだ、少しでいいから離れてくれ」


「‥‥‥見た目と同じで、心も厳しいんですね」


ため息をつき、朔刃は嫌々と言わんばかりにチマチマと俺から距離を離した。


そうしてから朔刃は、コーヒーを手にした俺に。


「‥‥春野さん。一応私はあなたが好きなんですよ?その人をこんな雑に扱っていいんですか?」


「勝手に好きになっただけだろ。なんで好きでもねぇ俺がいちいち関わらないといけねぇ?」


それを聞いて、朔刃は呆れたかのようにまたため息をつき、両手を上げた。


「こんなにしても私の心を感じ取ってくれないだなんて‥‥‥鈍いですね」


「だからいちいちうるさいってんだろ」


踏ん反り返って、俺は朔刃から視線を外すことにした。


‥‥‥今はこうして逃げているが、このままずっと同じ屋根の下でいるのであれば、必ず剥きあうことになるのだろう。


この、問題は。



「ーー強くなりてぇ」


「唐突だな急に」


その会話は組員に上納金を巻き上げて、組長にその分け前を渡しに行った日の深夜で話されたものだった。


この日は春野が希石を飲みに誘った。


きっと何かを話したいのだろうと希石は思っていたが、案の定だった。


「強くなる、と言っても色々あるが、どう強くなりたいのだ?」


「‥‥‥俺が、『フリーター』だってぇのは知ってると思うがーーー俺、魔法も《能力》も使えなねぇんだ」


‥‥以外だ、とでも言いたそうな少し間が抜けた顔で春野を見る希石。


それを受ける春野はふかし終えたタバコを灰皿に擦りつけ、おでんに手を付け始めた。


「ちなみにだが、お前も禍緒州いもうとと同じように『冒険者』なんだろ?《能力》はどんなやつなんだ?」


「その事実を述べた後にそれを聞くとは、悲しくないのか?」


途端、春野は視線を明後日の方向にそらし、その目を細めた。


それを見てやれやれと希石は手と首を振ったが、その顔を擦り切れたタバコに向け。


「ーーーー?」


視界の端で、ぶら下がる提灯の光とも、街灯の光とも違う、どこか神秘的な光が外から漏れてきた。


何だと春野は視線をそこに向け、その神秘的な光は擦り切れたタバコに手をかざした希石の両手から溢れ出ているという事実を目にした。


しばらくはなにも起こらなかった。


だが、そのしばらくがすぎると徐々にタバコが元の形へと戻っていくのだ。


「‥‥‥‥」


ぽろり、と箸から落とした味の染みた大根には目もくれず、完全に吸う前に戻ったタバコに僅かに見開いた目で、それを見続けた。


「《修復》、自身の肉体以外の破損されたものを治すのが私の《能力》だ。」


「‥‥‥‥」


希石が述べた解説が耳に入っているのか、それが疑問に思ってしまうぐらい春野は元に戻ったタバコに釘付けだ。


「‥‥‥‥つまり、その気になれば出したう(自主規制)を元の食材に戻せるのか?」


「試したことがないからわからないことと、女の娘を目の前に、下品な事を言うな」


謎に作り上げたキリッとした顔でそんな事を行ってきたので、希石は目尻を下げた顔でおでんを食べ始めた。


(‥‥‥自分で言うのもなんだか、そんな話をしたあとに飯を喰うお前も大概だな‥‥)


そうして春野も自分で頼んだ料理に手をつけ始めようとーー


「ーーそれと、私の友人に、強さを引き出させることを仕事としている剣士サムライがいる。明日、特訓をお願いできないかと頼んでみよう」


「‥‥‥‥サムライ?」


           2


翌日。


どことなくいつもよく明るい太陽の下で、俺と希石は彼女が修行を引き受けてくれた友人がいるというその道場に向かっていた。


《能力》が解放されるかどうかはわからないが、修行は懐かしいし、希石の友人がどんな人物サムライなのかが気になったため、案に乗ることにしたのだ。


「あいつは結構お前に興味を持っていたぞ。私の修行にどれほど保つだろうか、とな」


「俺舐められてるのかよ」


「実際の話‥‥彼女の修行に一週間保てばいいとちまたで言われているからな‥‥‥私も始めて合ったときに体験したが、追いつくことはできなかった」


「‥‥‥‥」


一体、どんな修行しうちを受けるというのだろうか。


そんな事を話し、考えている内に、ついに俺らは目的の道場に辿り着いた。


建物の素材としてはかなり年期が入っているようだったが、丁寧に手入れがされているのか、目立った汚れは見当たらず、また、外から見ただけでもその中の広さが分かる。


耳を扉にあててみると、中から「どう〜」「だぁあー!」などといった掛け声が微かに中から響いてくる。


「ーーんじゃ、どんな修行を行うのか、体験といこうじゃねぇか」


そう言い切って、俺は両手で竹で作られた扉を派手に音を立てて左右に開いた。


バギャアアアアアアァアッッッ!!


「‥‥‥‥」


『‥‥‥‥‥』


「‥‥春野、それは前に開くのだ‥‥‥」


希石かのじょの助言間に合わず、破壊力Aおれのちからによって扉はただの押しつぶされ、砕け散った木材へと早変わりだ。


そうして俺とそれを目撃したその友人の弟子がお互いを見続け、なにもせずにいると。


「ーーーようこそ川尻春野。そんな入り方をすると、は思いもしなかったぞ」


沈黙を続ける人々の中に割り込むように、一つの声と人影が姿を表した。


ーーー色が抜け落ちた長髪を、破壊された扉から入り込む風にたなびかせ、とても少女のものとは思えない意志の強い瞳を持つ少女が俺を見据えた。


「はじめましてだな。私がこの道場で師匠をしている、穂倉白蓮ほくらはくれんという」


そう彼女は扉を破壊された事を怒ることもなく、歓迎の意思を示したのだった。



そうして俺と希石は、破壊してしまった扉を直したあとに道場の奥へと案内され、そこで事情を話すことになった。


案内された部屋は、彼女はくれんの自室であり、記録書を詰め込んだ倉庫を兼ねた彼女の自室だった。


そこで白蓮は繊麗せんれいされた動きで茶を入れ、俺と希石の前に静かに差し出す。


それに対して俺は昨日、閉店間際であったこれと言って品も位もあるわけではもないカステラを白蓮に差し出した。


それを見て、どこか満足げに小さく頷きながら白蓮は自分で入れた茶を啜り。


「話は彼女から聞いている。《能力》が使えない、とな」


「‥‥‥どストレートに言えばそうだ。『フリーター』になってからそこそこの時間が経つし、何回も戦いは体験したが、《能力》が目覚めるどころかその予兆すらなかった」


「‥‥‥‥‥ふむ」


そうして白蓮は中の茶が空になった茶器を側に置いていたお盆の上に載せ、再び俺にあの視線を向けた。


「‥‥‥そもそも話になるが、大半の戦闘職の人物は最初は《能力》を使えないぞ」


「ーーーマジで?」


「《能力》というものは自身を認め、自身を知り、自身の強さを、程を知ることで解放されるものとされている。だから、まずそんなに慌てる必要はない」


顔に出てたのか、体ではすました表情を浮かべているが、心の裏を読まれて内心では驚いた表情を浮かべている春野に、剣士二人は笑った。


どことなく腹は立つが、いいことは聞いた。


《能力》解放の条件が自分を知って認めることなら、さらに戦いを続けていけばいつかは目覚めるということ。


「こうしちゃいられねぇな。希石、ちっくら市役所に行ってクエストでハードなやつがねぇか探してーー」


「ちょっと待ってもらおう」


立ち上がり、部屋から出ようとした春野を白蓮が制した。


何だと春野はふすまに手をかけたまま、顔だけを正座を崩した白蓮に向けた。


「せっかくここまで来たのだ」


白蓮は腰を上げ、部屋の上座に飾られてあった長刀を掴み取り、その刃先を春野に向ける。


「一戦、相手を申し込みたい」


そう白蓮は楽しそうに、そして嬉しそうに言い放ったのだった。



白蓮の誘いに仕方なく連れてこられ、たどり着いたのは街の外に出て、辺り一面に広がる野原であった。


「ここなら多少破壊されても別に問題はない。思いっきり力をぶつけ合おうではないか」


「俺、一応破壊力「A」だぞ。お前のステータス見たことねぇから分からねぇが、大丈夫なのかよ」


「私を甘く見ないでほしい。私は多数の弟子を育てる者、日頃鍛錬は怠っていない」


話はここまでだ、と白蓮は自分から距離を取るように促す。


指示を受けるのが嫌いな春野は、不機嫌ながらも徒歩である程度の距離を白蓮から取り、僅かに裾をめくり上げた。


「仕方ねぇからな、俺だって売られた試合ケンカは買うヤクザ。女だからって容赦しねぇからな」


「ふふ、久しぶりだぞ。これほど頼もしげな対戦相手は。ーーぜひとも、この試合が終わったら君の事をもっと深く知りたい」


本気と軽口を叩きあい、両者はそれぞれの構えを取る。


ルールとしては、基本的には何をしようと自由ーーーつまり、相手を殺さなければどんな武器、技を使ってもよし、決着はどちらかの敗北宣言、もしくは戦闘不能と審判が判断したときだ。


愛剣という長刀を握りしめる白蓮を見据えたまま、春野は審判役の希石から別の刀を渡される。太さと質量が握る手から伝わってくる、銀色の太刀だ。


「‥‥では、始めるぞ」


希石の掛け声を引き金として、春野は僅かに腰を下げ、刀を引く。


それも、刃先を自身の肩の側にくるまで。


その行動に違和感を白蓮は覚えたが、事態はそれを許さなかった。


「ーー始め!」


「ッッラァア!!」


瞬間、春野はラジオ体操の『アキレス腱』の領域で左足を前に踏み込み、その握っていた刀を白蓮目掛けて投げ飛ばした。


『ーーー!?』


当の本人以外、誰も予想だにしなかった斬新な攻撃。それを目前として白蓮は目を見開いた。


「ッ『ウォール』!!」


一度愛剣を引っ込め、代わりに突き出した右手から白蓮は四枚の障壁ーーー『ウォール』を展開することで直撃は防いだ。


が、四枚の障壁ウォールは一瞬で砕け散り、止まることを知らない刀はかろうじて体を動かした白蓮の左太腿を浅く、だが派手に削った。


「不覚‥‥!」


「言ってる暇なんかねぇぞ!!」


歯を軋り、刀を握る手に力を込める白蓮は自身の元に迫る白い砲弾ーー春野の固めた拳を刀の中段部位で受け止める。


ギリリッと不快な摩擦音が二人の間で響き、白蓮は自身が受け止めたものに目を見開く。


自身が受け止めたと思っていたものは拳ではなく、どこからか春野が取り出した白銀の刃、小刀ドスだ。


もし、一瞬でも遅れていたら胴のどこかに小刀の刃が突き刺さっていた。


「一撃必殺は免れた見てぇだが、攻撃おどろきはこれからだぞ!」


「ーーふっ。久しぶりだぞ、希石並みにぶつかり会える奴は!!」


瞬後、荒れ狂う銀の閃が弾け、輝きがほとばしり、火花が散る。


当然、リーチの長さや剣術の高さは白蓮が上だが、春野も目の前の猛攻に食らいついている。


そして、剣撃のぶつかり合いは突然終わりを迎えた。


「ーーふん!」


春野の縦に裂く剣撃を自分の方に押し込ませるように受け流し、勢いのまま身を引かれた春野の腹部に蹴りを叩き込む。


鍛えているとはいえ、その身から出るものとは思えない衝撃に春野は体を後ろに弾かれた。


勢いのまま吹っ飛び続ける春野を細めた目で見据え、白蓮はその左足を地に叩きつけた。


「穂倉流ーー中義、《炎天火獅子(エンテン丿シシコ)》!!」


その足から、溢れんばかりの炎が吹き上がり、橙色の炎が絡むように白蓮の体を一瞬で包み込んだ。


「覚悟、川尻春野!!」


術者を燃やさず、それ以外を焼き尽くす炎を包み、一つの輝きとなった白蓮が、前に踏み込む。


輝きが通ったあとの野原は炎が染め上げ、新たな炎を吹き上げる。


「ーー」


両足を地面につきたて、無理矢理勢いを止めた春野は膨大な輝きを持つ炎を目の前にする。


橙色の輝きの元である長刀を横に傾け、勢いを沈めた春野の右肩に放つ。


「嘘だ‥っ?!」


思わず間抜けした声が漏れ、それでも春野は生存本能と経験から、その右手の内で握る小刀を斜めに走らせる。


ガギャアアアァン!! 甲高い砕け散る音と散り散りになる橙色の炎、剣身が銀と橙に染められた雪のような輝きを見せる。


それを周りに観客でもいれば感動でもしただろうが、それを発生させた二人は感動するどころではない。


「ーー」


炎の嵐に包まれる直前、春野は輝きで霞む視界で右手を見た。


手の内、握っていたナが小刀今では柄しか残されていない。


本来あったはずの刃身は削り取られた後に灼熱で溶かされたような跡だけを残していた。


この小刀は、一度だけ自分を目の前の炎の嵐から守ってくれたのだと、春野は思考ですら霞み始める脳内でそう思った。


だが、それだけだ。


「ーー」


自分の胴に迫る炎の斬撃、少なくとも、威力は意図的には下げているのだろうが、それでも直撃すればしばらくは動けないことはかなわないだろう。


固めた拳を持った腕は小刀が消滅した衝撃で弾かれ、届かない。


これを防ぐことは、できない。


最初は、一方的に攻め押していたはずだったのに、油断していたらこれか。


昔から、俺はこうだった。


借金取りとして人生を歩んでいた時は借金していた奴の事情を聞くと、すぐ同情してしばらくの間わざと見逃していた。


おかげで俺のほうが生活が苦しくなるだなんてことはよくあった。


火の怪の若頭となってからは親父の遺伝だからって生活が苦しい組員の上納金を免除していたりしていた。


同僚からはバカ優しいとよく言われていたが、それ親父の遺伝だと俺は言っていた。


今、それは仲間思いとして生きていると思うが、

それは、目の前の、それも将来、親友となるかもしれない少女に傷を付けることはを許すだろうか。


「ーーふぅ」


イメージするのは自身の心。


親父の慈悲おもいを全てとした自分の心、エネルギーを巡らせる心臓、命を保ち続ける脳ーーー全てに、呼びかけろ。



「来いよ、《極み》!!」


「ーーッ?!」


獅子が牙が並び揃えられた口を閉じるかのように、灼熱の炎が春野を包み込む。


ーーそれが、内からの連続的な衝撃波に打ち砕かれたのだ。


炎の輝きは粉々となって消滅し、その爆裂的な衝撃は、白蓮の周りの地面を土塊として吹き飛ばした。


その衝撃の中心で、春野は肉体と干渉し、直後に体から灰色のちぎれちぎれのオーラが彼自身を包み込む。


それだけでない、先の衝撃で吹っ飛び、地面に転がった朔刃たちの体から、別々のオーラがスルスルと春野の吹き出すオーラに溶け込んでいくのだ。


《ーーーー目覚めよ、内なる自信チカラ!》


春野を包んでいた赤、青、黄、橙、緑、桃、紫、白、黒、そして銀の十の色を染めたオーラが一つの物を形作る。


長く伸ばされた剣身、その下につけられた円状の十のボタン、ずっしりと質量をつけたその力ーーー。


オーラは完全に形を整え、大剣となったのだ


「‥‥‥それが君の、《能力》か!」


春野が両手で握りしめる大剣、そのにじみ出る力と対敵する白蓮は思わず、笑みを浮かべた。


           3


春野の腕以上の長さを持つ剣身、九つの輝きに囲まれるようにして存在する『極』の字を持つ銀の結晶クリスタル


「ーーーあぁ、俺らしい《能力》だな」


軽く大剣を振るい、その剣先を同じく剣先を向ける白蓮に向けた春野は笑みと、その瞳に純粋な輝きを浮かべた。


‥‥‥‥と、同時に春野の頭上では五分間のタイムが表示されているが。 


「‥‥‥チッ、こいつさえなけりゃあ試合を楽しめたってのによぉ」


ーー怒り狂った後にーー


この特性があり続ける限り、春野は一生縛られ続けるのだ。このときまで、《能力》を使えずにいたから、すっかり忘れていた。


「ーー春野。怒りに浸る時間ヒマがあるなら続けようではないか」


「‥‥そうだな、こいつの力を試してぇ!!」


そして、白蓮は愛剣を横に構え、春野は大剣を縦に構えた。


そして、春野は歩を進める。


飛ぶことも、走ることもせずにただ、歩く。


ーー残り、四分。


「ふんッ!」


いまだ炎を纏い続ける愛剣を振るい、複数の斬撃を飛ばし、向かわせる。


赤閃の斬撃は勢いを緩める事を知らず、力加減ができているかどうかすらわからないほどだ。


「っぉッオオオラァアアア!!」


それを目前として春野は大剣を引き、体を捻るという動作だけで数々の赤閃を躱す。


そして、目の前の視界に赤閃がなくなる。


その瞬間に一気に距離を詰め、大振りの剣撃が白蓮の細い剣身に叩き込まれた。


「ぐ‥‥‥!」


受け止めた勢い、剣身を通じて受け流すことは叶わず、通じた威力はまるで指で弾かれたハジキのように後方へと弾き飛ばされた。


ーー残り三分


そうして春野は吹っ飛んでいく白蓮を追うことはせず、手の内に握る大剣に付けられた結晶を目にした。


「‥‥こいつは‥‥」


十のボタンがある中で、輝きを放っているのは橙、緑、白、銀の四つだけであり、それぞれ別の文字が刻まれている。


橙は『禍』、緑は『希』、白は『朔』、そして、九つのボタンに囲まれるように付けられた銀は『極』。


(‥‥‥‥まさか、仲間あいつらの力を使えるのか‥‥!?)


ふと、春野は戦いを見守る朔刃たちに目を向けた。


その視線を受けて、彼女らは複雑そうな気持ちを宿した目を向けるが、春野はそれを見て気が狂ったかのように笑みを浮かべた。


「力、借りるぜ。お前ら!!」


春野は、刀を地に突き立てることで勢いを殺した白蓮を見据え、自身は大剣の剣先を彼女に向けた。


ーー残りニ分


「ーー」


結晶を自分の体に向け、四つの輝くボタンの中で、春野は緑の輝きを宿す『希』の結晶に指を当てた。


途端、僅かに灰色のオーラを纏っていた剣身が緑色のオーラを纏い、力が放たれる。


「《鋭剣閃光大剣フルーレスパークカリバー》!!」


突き出した剣先、そこから渦を巻く緑の輝きが一直線に白蓮に迫る。


「穂倉流ーー前義、《炎ノ障壁(ホムラ丿ヘキレキ)》!」


目の前には渦を巻く輝き、それを前に白蓮は炎を纏う刀を地に突き立てた。


瞬間、彼女の前の地面が盛り上がり、土煙を上げて爆散する。


その溝から吹き出た炎が横にも拡がり、六角形の障壁が張られた。


自身に迫る全てを焦がす炎で作られた障壁バリアー


ーーそれを渦巻く輝きは真正面から粉々に砕け散らせた。


「ぐっ?!」


即座に防御を固めた白蓮を輝きが包み込み、内からの爆発が彼女を微かに焦がし、弾く。


「‥‥破る‥‥だと!?」


「‥‥‥‥」


そして、戦いは終焉を迎える。


ーー残り一分。


「決めるぜ、俺!」


大剣を上に掲げ、春野は中心の『極』を押した。


そこから溢れる銀の輝きは周りを囲む仲間の輝きをも集め、一つの収束した輝き(ちから)を作り出した。


「《根絶カイザー皇帝イレイス大剣カリバー》ーーーッッ!!」


そして、再びその剣先を白蓮に向けた事を引き金に、四つの収束した輝きが一直線に放たれた。


それが通り過ぎた軌道は音もない衝撃を連続的に放ち、辺りに被害を及ぼす。


「穂倉流ーー奥義、《炎裂壊滅刀フレイムブレイクソード》!!」


それを、刀先から放たれた炎の柱が真正面から激突した。


二人の中心で輝きと炎は膨れ上がり、散り散りとなり、それを見る観客からは何が起こっているのかがわからない。


そしてーーー。


「「ーーーーーーっ!!」」



炎の色とも、四つの輝きとも違う無色の光と爆発、衝撃が二人を包み込んだ。



「‥‥‥この人が《能力》を解放できたことは嬉しい限りですが、結局はこのような結果になったのですね」


場面と時は変わり、隘路道場。


希石の《能力》と朔刃の治療を受ける白蓮はその言葉にどこかもの惜しそうな顔を浮かべた。


その横で、倒れたままの春野はあの爆発から一向に起きるどころか気配もしない。


あの爆発が起こったとき、五分間が過ぎて圧力に耐えれなかったのだろうと白蓮は話す。


「‥‥‥しかし、もし彼がもう一秒でも動くことができたなら‥‥‥私は負けていた‥‥」


「‥‥‥」


あの爆発を受けた二人は、春野は勿論、白蓮の方も深刻な傷を負っていたので、今回の試合は引き分けということになったのだ。


本来は手をある程度抜いての試合であったはずなのに、まさかここまでの激戦を繰り広げることになろうとは、誰も思ってはなかった。


「‥‥‥ちっ」  


「ーーッ春野さん!目が冷めたんですね!?」


『ーー!』


朔刃が向かった部屋の奥から、彼女の喜びが隠せない歓声が上がったことで、白蓮たちは春野が意識を取り戻したことを感じ取る。


多少の傷の痛みはあるも、希石の肩を借りることで白蓮も奥の部屋に向かった。


そこで、頭に手を当てながらも確かに上半身を起こした春野が、そこにいた。


「‥‥‥すまなかったな、白蓮」


どこか力を抜かしたような細めた目で白蓮を見て、春野はその状態のまま軽く頭を下げた。


それを見て白蓮はかなり動揺した様子であったが、しばらくして春野以上に頭を深く下げた。


「こ、ここここちらこそすまなかった‥!」


堅気ヤクザ者であるから、礼儀はできないと思っていたが、誤解だったか‥‥!)


「‥‥‥今、何か思ったか?」


「あ‥‥」


まるでつぶやきのような春野の言葉に白蓮はバッと頭を上げた。


それを見て、確信づいたかのように春野は白蓮から目をそらしてコートを着始めた。


「‥‥どうせ、堅気がなんだかとでも思ったんだろ?」


「あ‥‥その、だな」


「訳はいらねぇ。‥‥‥とりあえず、これで終わりだな。今日は、世話になった」


白蓮が動揺してる間に、いつの間にかたたみ終えた布団を白蓮に預けて、部屋を出ていく。


「‥‥‥‥‥‥春野!」


その背を追い、白蓮は呼び止めの声を上げた。


それに春野は、ゆっくりと顔を彼女に向ける。


「君の力は、私でもわからないほどの力を宿している。私は、そんな君がどんな成長を遂げるのかが知りたい。ーーーまた、対戦を頼む」


「ーーーその友好的なセリフ、俺も言いたかったんだが、俺のガラじゃねぇと思ってな」


そう春野は、どこか不器用さを感じる笑みを彼女に飛ばした。


白蓮も、同じように不器用な笑みを。


「ーーーーあ?」


最初に『それ』に気づいたのは春野であった。


なにかに気づいた様子の春野に周りは違和感を覚えるが、徐々に気づいていく。


唯一、『それ』を放ち続ける彼女ーー白蓮だけがわかっていない様子であった。


「白蓮‥‥‥お前の胸見てみろ」


「私の‥‥‥?」


視線を、春野の顔から自身の胸に下げる。



その中心で、赤色のひかりが溢れる出ているのだ。



「これは‥‥‥!?」

そう驚きをあらわにしていられるのもつかの間、その靄が狙いを定めた矢のように一気に春野の胸の中心に潜りこんでいくのだ。


「おぉ‥‥‥?」


どこか、あの《極み》を出した時と同じ様な感覚が、胸を通じて全身に伝わってきた。


「春野さん!大丈夫ですか!?」


そこに駆け寄った朔刃が春野の体を揺さぶる。


それでも呆然としたままの春野を見て、朔刃は同じくして呆然としている白蓮を疑いの目で睨んだ。


なにかやったのか、と言いたげな目に白蓮は慌てて弁解を始めるが。


「‥‥‥まさか」


二人の修羅場を無視し、春野は全身から銀の輝き、そして周りから白蓮以外の四つの輝きを突き出した右手の内で混ぜる。


‥‥やがて作り上げた大剣を傾け、春野は『極』の周りに付けられたボタンに目を向けた。


「‥‥やっぱりか」


『ーーー?』


先の戦闘では輝いていなかった赤のボタンーーー『白』の輝きが作られていた。


「《極み》とは、大切な仲間を作ることによって輝きを取り戻していくのか‥‥‥!?」


「ーーいいぜ。楽しくなってきたじゃねぇか、異世界生活おれのぼうけん!!」



‥‥この後、上機嫌になった春野の指示で、賦巳が無理矢理白蓮たちのも含めて居酒屋で奢らされたのはまた別の話である。



川尻春野 破壊力「A」・スピード「A」・スタミナ「A」・攻撃距離「E」(《極み》使用時は「B」)・魔力「E」(《極み》使用時に使う仲間の力の魔力は含まないとする。)・精神力「A」・防御力「A」・耐久力「A」・体力「A」


神華鏡朔刃 破壊力「C」・スピード「B」・スタミナ「C」・攻撃距離「A」・魔力「A」・精神力「A」・防御力「B」・耐久力「C」・体力「C」



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